教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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21話 雨の中の死神

「猊下……!」

 

 イリューフェの悲痛な声が、激しい雨音に掻き消される。

 

 彼女はシードのもとへ駆け寄った。濡れた金髪が頬に張り付き、彼女の青い瞳には悲哀が宿っている。

 彼女が守りの力が込められたネックレスを握りしめると、僅かではあるがそれは枢機卿団の守護となった。

 

 僧兵たちもまた、武器を構えながらシードの側に集結する。

 

 だが、彼らの表情には明らかな恐怖が浮かんでいた。

 それは敵に対してではなく、自分たちの主であるはずのシードに向けられたもののように見えた。

 

 こちらの魔術が封じられ、さらには「雨」という、水の神アヴェルスの信者にとって圧倒的有利な状況。

 劣勢は明らかであり、戦う理由すら問われかねない中。

 

 それでも、枢機卿団の指導者は敵を見据えたまま退くことはない。

 

 雨の中、シードは冷然と口を開く。

 

「この程度の罠で僕を仕留められると思うのなら、試すがいい」

 

 銀の瞳が光を失い、冷酷な闇だけを湛えている。

 彼は右手を高く掲げ、低く抑揚のない声で呪文を紡ぎ出した。

 

 ――魔法禁止区域。

 

 その名の通り、特殊な魔方陣に囲まれたこの場においては、現代語魔術や神聖魔術といった一般的な術式は全て機能しない。

 

 だが、シードが手にした死霊術――理を超えた禁忌は例外だった。異なる規則に従い、彼の力を顕現させた。

 

「霊び遍く宿怨の魂魄よ。冥約の符契(ふけい)を以て此に跪け――」

 

 詠唱と共に、周囲の空気が揺らぎ始めた。

 

 雨音に混じり、亡霊たちの低く呻く声が響き渡る。

 人の姿を形どった薄白い霧のような存在が次々と姿を現し、大地を覆い尽くすように徘徊する。

 

 亡霊たちはシードの命令に応じるかのように、敵へと襲いかかった。

 その手が触れるだけで、命の灯火が刈り取られ、ハイレンスの配下たちは次々と崩れ落ちていく。

 

 だが――

 

「ぐっ……猊下っ……!」

 

 苦悶の声が背後から響いた。

 

 枢機卿団の僧兵たちがその場に膝をつき、胸を押さえてもがき苦しんでいる。

 シードの操る死霊たちが発する負の霊気が、敵味方を問わず命を蝕んでいるのだ。

 

「はははっ、猊下! まるであなたは死神だな!」

 

 盆地の上から見下ろすハイレンス総大司教が、歓喜の笑い声を上げる。

 

 彼の背後では、大司教団の神聖魔術とアヴェルスの信徒たちの水の魔術が放たれ、矢継ぎ早にシードたちを襲う。

 

「シード殿、やめるんじゃ! ここは退却じゃ! このまま戦えば、被害は甚大じゃ……!」

 

 イリューフェは雨に打たれながら、シードの背中にしがみつくように叫んだ。

 だが、その声は彼に届かない。

 いや――届いていても、届かないふりをしているだけかもしれなかった。

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