教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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22話 止まない絶叫

 シードは冷たい銀の瞳でイリューフェを一瞥する。

 その視線にもはや情も温もりもなく、まるで無関心な冷酷ささえあった。

 

 彼女が目の前で涙を流していようと、ただの道具であるかのように見下ろしている。

 

「あなた一人だけで逃げればいい。この状況で逃げられると思うのなら」

 

 雨音に掻き消されそうなほど無情な言葉が、彼女の耳に突き刺さる。

 

 四方を山に囲まれた盆地――唯一の脱出口は、ここに至るまでの道のみ。

 狡猾なハイレンス総大司教が、その退路に罠を仕掛けていないはずがないことを、彼女も理解していた。

 

 その時――

 

 鋭く空を切る音と共に、水の刃がシードの左肩を掠めた。

 黒い法衣に深紅の血がじわりと滲み、雨に濡れた布をさらに重くする。

 

 だが、彼は顔色一つ変えず、ただ冷徹に敵を見据える。

 自らの流す血すらどうでもいいかのように。

 

 

 * * *

 

 

「猊下っ! 退却命令を……!」

 

 湿った土にまみれた僧兵たちが、泥水を跳ね上げながら必死にシードへと駆け寄ろうとする。

 

 しかし、その進路を阻むかのように――

 

「ウアアアアッ!」

 

 地面から湧き上がった亡霊たちが立ち塞がった。

 

 シードの命令に従い、敵味方の区別なく命を刈り取る霊たちが、凄惨な殺戮を繰り広げる。

 

「猊下っ……なぜ、なぜこんな……!」

 

 僧兵の一人が叫ぶ間もなく、亡霊の鋭い爪が彼の胸を貫く。

 絶望の表情を貼り付けたまま、彼の魂はその場で霧散し、シードの掌へと吸い込まれる。

 

「う……うわあああっ!」

 

 次々と倒れていく僧兵たち。その無念を受け止める者は誰もいない。

 魔術を封じられた彼らには戦う術もなく、死してなお、亡霊として主のしもべとなる。

 

 シードの銀の瞳は、そんな彼らの末路を冷ややかに見下ろしている。

 

 彼の冷酷さはこう語っているようだった――「死んだ者にも使い道がある」と。

 

「もう……やめてくれ……」

 

 イリューフェの震える声が、荒れ狂う戦場に細く響いた。

 彼女の青い瞳には涙が溢れ、その涙が雨と共に頬を伝って落ちていく。

 

「おぬしは、本当はこんなことをしたくないはずじゃ! アダンを……彼らを自由にしてやってくれ……!」

 

 彼女は痛切に訴えかける。魂の叫びそのもののように。

 しかし、その声がシードの耳に届いたのかどうか、彼は何も答えなかった。

 ただ無言で、冷徹な目で戦場を見渡している。

 

 渦巻く亡霊たちの中に、一際目を引く存在があった。

 

 ――アダン。

 

 虚ろな目をした男が、かつての逞しい体躯と、両手に握られた巨大な斧を揺らしながら、敵味方関係なく薙ぎ払っている。

 

「ウ……ウォオオオオッッ……!!」

 

 その咆哮は、生者の時と同じほど力強く響く。

 だが、そこに宿る意志は今や彼自身のものではない。

 

 亡霊と化したアダンは、シードの命令のままに動く、ただの操り人形だった。

 

 その姿を見たイリューフェは、堪えきれずに嗚咽を漏らした。

 

「もう……もういい……おぬしの力を、誰も責めたりせん……だから、だから……やめてくれ……」

 

 彼女の涙が雨に流され、空中に消えていく。

 だが、その涙が訴える真実は、シードには何の影響も与えなかった。

 

 彼の銀の瞳は冷たく、情の欠片も見せないまま、戦場のすべてを冷ややかに見下ろしている。

 

 もはやそこにいるのは、感情を捨て去り、「剣」としての役目だけを生きる存在だった。

 

 雨は止むことなく降り続ける。

 盆地には血と絶叫が渦巻き、亡霊の呻きが終わりなく響き渡る。

 その中心で、シードは冷たく立ち尽くしていた。

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