教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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23話 死の宴の終焉

 シードの身体は無数の傷を負い、銀髪に赤い血が滲んでいた。

 黒い法衣は降り注ぐ雨に濡れ、鮮血で重く沈む。

 

 雨粒はまるで止めどなく流れる彼の出血を煽るかのようで、魔力の消耗と相まって、意識は朦朧としていた。

 

 周囲には、死霊たちが煙のように漂い、敵兵たちを貪っている。

 だが、それでも敵は尽きることなく――残る枢機卿団の生存者は彼とイリューフェだけだった。

 

 傷を負いながらも、イリューフェはふらつく足を無理やり動かし、彼を守ろうとその小さな身体を盾にしていた。

 

「……わしが……まだ……!」

 

 青い瞳に涙を浮かべながら、彼女は自らの限界を押し切るように叫んだ。

 だが、その手に握られていた守りのネックレスが力を失い、崩れ落ちていった。

 

 戦況はもはや勝利など望めぬほど壊滅的だった。

 

 シードは重く足を引きずりながら、泥だらけの地面に血糊を引きつつ、最後の敵兵を屠ろうと死霊を召喚する。

 

 だが、その手から放たれる魔力は弱々しく、かつての圧倒的な力は失われていた。

 

 戦いは間もなく終わろうとしていた――だが、それはどちらにとっても「勝利」と呼べるものではなかった。

 

「きゃあぁぁっ!!」

 

 突然、耳を裂くような叫び声が戦場に響き渡った。

 

 シードは顔を上げ、霞む視界の先を捉えようとする。

 そこに映ったのは――水の刃に貫かれ、鮮血を撒き散らすイリューフェの姿だった。

 

 水飛沫を伴って小柄な身体が宙を舞い、音を立てて泥まみれの地面に叩きつけられる。

 彼女はそのままボロ雑巾のようにシードの足元に転がり込んできた。

 

 ――その瞬間、彼の中で何かが崩れる音がした。

 

「イリューフェ……」

 

 シードは膝をつき、雨に濡れた彼女の身体を抱き起こした。

 彼女のベールは泥に汚れ、顔には血が滲んでいる。

 

「わしと……したことが……しくじってもうた……けほっ……」

 

 苦しげに咳き込みながらも、彼女は涙に濡れた目で彼を見上げる。

 雨粒が彼女の青い瞳をさらに曇らせ、声がか細く震えていた。

 

「おぬしが……どんな選択をしようとも……きっとそれは正しい……おぬしが最後に……そう信じられるのなら……ごほっ……」

 

 彼女はシードを責めることはしなかった。

 

 冷たくなりつつある手が、彼の手をぎゅっと握る。

 だが、その力は弱く、雨の冷たさにすぐに失われていく。

 

「わしは……本当は……おぬしのことが……」

 

 声は途切れ、伝えきれぬ想いは雨音に飲み込まれるように消えた。

 イリューフェの青い瞳が光を失い、シードの腕の中で静かに息を引き取った。

 

 シードは無言のまま、彼女の遺体をそっと地面に横たえた。

 だが、その静寂は次の瞬間に破られる。

 

「ウ……ウォオアアアアア!!」

 

 地を揺るがすような咆哮と共に、突如シードの背後から冷たい両腕が彼を押し倒した。

 雨飛沫が舞い上がり、彼の視界に映ったのは――アダンだった。

 

「ア……ダン……?」

 

 それはシードにとって予想外の出来事だった。

 一度魔力で支配した従霊が、術者に牙を向くことなどありえなかった。

 

 かつて忠実な右腕として彼を守り抜いた僧兵は、今や虚ろな目でシードを見下ろし彼の首を締め上げる。

 

「く……っ……」

 

 アダンの腕に込められた力は凄まじく、シードの身体は泥の中で動きを封じられた。

 

「ウッ……バ……カ……ヤ……」

 

 アダンの口から漏れ出た断片的な声に、怒りと悲しみが混じり合う。

 虚脱したような瞳が、今にも泣き出しそうに震えているように見えた。

 

 シードの銀の瞳は、次第に焦点を失い、視界が暗く閉じていく。

 抵抗する腕から力が抜け、ずるりと泥の中に落ちた。

 

 雨音だけが戦場に響き渡り、彼の意識は静かに沈んでいった。

 

 亡霊の叫びと、血の匂いに満ちたその場には、何の救いもなかった。

 ただ、雨が静かにすべてを覆い隠すように降り続いていた――。

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