シードの身体は無数の傷を負い、銀髪に赤い血が滲んでいた。
黒い法衣は降り注ぐ雨に濡れ、鮮血で重く沈む。
雨粒はまるで止めどなく流れる彼の出血を煽るかのようで、魔力の消耗と相まって、意識は朦朧としていた。
周囲には、死霊たちが煙のように漂い、敵兵たちを貪っている。
だが、それでも敵は尽きることなく――残る枢機卿団の生存者は彼とイリューフェだけだった。
傷を負いながらも、イリューフェはふらつく足を無理やり動かし、彼を守ろうとその小さな身体を盾にしていた。
「……わしが……まだ……!」
青い瞳に涙を浮かべながら、彼女は自らの限界を押し切るように叫んだ。
だが、その手に握られていた守りのネックレスが力を失い、崩れ落ちていった。
戦況はもはや勝利など望めぬほど壊滅的だった。
シードは重く足を引きずりながら、泥だらけの地面に血糊を引きつつ、最後の敵兵を屠ろうと死霊を召喚する。
だが、その手から放たれる魔力は弱々しく、かつての圧倒的な力は失われていた。
戦いは間もなく終わろうとしていた――だが、それはどちらにとっても「勝利」と呼べるものではなかった。
「きゃあぁぁっ!!」
突然、耳を裂くような叫び声が戦場に響き渡った。
シードは顔を上げ、霞む視界の先を捉えようとする。
そこに映ったのは――水の刃に貫かれ、鮮血を撒き散らすイリューフェの姿だった。
水飛沫を伴って小柄な身体が宙を舞い、音を立てて泥まみれの地面に叩きつけられる。
彼女はそのままボロ雑巾のようにシードの足元に転がり込んできた。
――その瞬間、彼の中で何かが崩れる音がした。
「イリューフェ……」
シードは膝をつき、雨に濡れた彼女の身体を抱き起こした。
彼女のベールは泥に汚れ、顔には血が滲んでいる。
「わしと……したことが……しくじってもうた……けほっ……」
苦しげに咳き込みながらも、彼女は涙に濡れた目で彼を見上げる。
雨粒が彼女の青い瞳をさらに曇らせ、声がか細く震えていた。
「おぬしが……どんな選択をしようとも……きっとそれは正しい……おぬしが最後に……そう信じられるのなら……ごほっ……」
彼女はシードを責めることはしなかった。
冷たくなりつつある手が、彼の手をぎゅっと握る。
だが、その力は弱く、雨の冷たさにすぐに失われていく。
「わしは……本当は……おぬしのことが……」
声は途切れ、伝えきれぬ想いは雨音に飲み込まれるように消えた。
イリューフェの青い瞳が光を失い、シードの腕の中で静かに息を引き取った。
シードは無言のまま、彼女の遺体をそっと地面に横たえた。
だが、その静寂は次の瞬間に破られる。
「ウ……ウォオアアアアア!!」
地を揺るがすような咆哮と共に、突如シードの背後から冷たい両腕が彼を押し倒した。
雨飛沫が舞い上がり、彼の視界に映ったのは――アダンだった。
「ア……ダン……?」
それはシードにとって予想外の出来事だった。
一度魔力で支配した従霊が、術者に牙を向くことなどありえなかった。
かつて忠実な右腕として彼を守り抜いた僧兵は、今や虚ろな目でシードを見下ろし彼の首を締め上げる。
「く……っ……」
アダンの腕に込められた力は凄まじく、シードの身体は泥の中で動きを封じられた。
「ウッ……バ……カ……ヤ……」
アダンの口から漏れ出た断片的な声に、怒りと悲しみが混じり合う。
虚脱したような瞳が、今にも泣き出しそうに震えているように見えた。
シードの銀の瞳は、次第に焦点を失い、視界が暗く閉じていく。
抵抗する腕から力が抜け、ずるりと泥の中に落ちた。
雨音だけが戦場に響き渡り、彼の意識は静かに沈んでいった。
亡霊の叫びと、血の匂いに満ちたその場には、何の救いもなかった。
ただ、雨が静かにすべてを覆い隠すように降り続いていた――。