教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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25話 「剣」の帰還

 シードはたった一人で宮殿へ帰還した。

 

 枢機卿団の生存者は彼を除き、誰一人としていない。

 黒い法衣は泥と鮮血に塗れ、その姿が戦場での過酷な戦いを雄弁に物語っていた。

 

 教皇レグナ・アンブロゼ・クロウディートが鎮座する玉座の間は、いつも通り冷たく静謐な空間だった。

 

 黄金の装飾が施された壁面に反射する蝋燭の灯火は、シードの銀髪を鈍く照らし、赤く濡れた法衣を一層際立たせる。

 彼の足音が石床に響くたび、死者たちの呪詛のような静寂が追従してきた。

 

 レグナはそんな息子の姿を目にしても、微塵も表情を変えない。

 冷ややかな金色の瞳は、まるで無機質な宝石のようにシードを見据えていた。

 

「戻ったか、シード」

 

 玉座の高みから降り注ぐ声は厳かでありながら、感情の一切を削ぎ落としたように冷たかった。

 

「枢機卿団を率いる者としての責務は果たしたか?」

 

 その言葉に、シードの銀の瞳が僅かに揺らぐ。しかし、彼はその微細な揺らぎを即座に押し殺し、冷静さを装った声で答えた。

 

「……大司教団が謀反を起こしました。枢機卿団は壊滅。イリューフェも命を落としました」

 

 短くも無情な報告。それに含まれる多くの死――イリューフェの最期の笑顔、アダンの咆哮、僧兵たちの無惨な絶叫。

 

 それらが走馬灯のように頭をよぎる。だが、教皇の反応は無情そのものだった。

 

「些細な損失だ」

 

 金色の瞳が僅かに細められたが、その声には軽蔑すら混じらない。

 あたかも有象無象の虫が潰れたかのような無関心な響きだった。

 

「すぐに代わりの兵をくれてやる」

 

 その一言に、シードの胸の奥で微かな感情が蠢いた。

 怒りか、失望か、それとも悲しみか。

 

 曖昧な、感情と呼ぶべきかわからない何かが、確実に彼の理性の壁を揺らしていた。

 だが、その揺らぎを押し殺し、彼は静かに問いを重ねた。

 

「……大司教団の策謀を、あなたは知っていたのですか?」

 

 ハイレンスとアヴェルスの信徒との共謀。あの時召喚された「水竜」がすでにその始まりだったと、シードは確信していた。

 

 レグナの金色の目が鋭く光る。

 そして、玉座の上から冷酷な声が紡がれた。

 

「知っていたとして、それがどうした?」

 

 その瞬間、シードの心臓を冷たい手が掴むような感覚が走る。

 沈黙する彼を前に、レグナはさらなる言葉を畳みかけた。

 

「大司教団の行動もまた、教国を守り、安定させるための一手だ。お前もそのくらい理解しているだろう」

 

 シードは答えない。ただその言葉を静かに飲み込む。

 教皇はその沈黙を肯定と解釈したのか、非情な追い打ちを放つ。

 

「お前の部下は情を抱きすぎていた。アダン、イリューフェ――」

 

 嘲るような薄笑いを浮かべながら告げる。

 

「彼らはお前を情で揺さぶり、剣を鈍らせようとしていた。感情を持った駒など、お前には必要ない」

 

 その言葉に、シードの拳がゆっくりと握り締められる。

 だが、顔には何一つ変化を見せない。まるでその感情を封じ込めるかのように問いを放った。

 

「……あなたの言う『守る』とは、一体何を意味するのですか」

 

 その問いが、教皇の理性を打ち砕いた。

 

 レグナは玉座から立ち上がり、金色の瞳に狂気を宿す。

 

「すべてだ!」

 

 彼の声が玉座の間に轟き渡る。

 

 仰々しく両腕を広げ、まるでこの国すべてを掌握しているかのように、教皇は叫び続ける。

 

「教国の威光、民の信仰、他宗への制圧――! それらすべてを守るために、犠牲が出るのは当然だ! お前はそのための剣だ! 私に振るわれる剣なのだ!!」

 

 彼の狂気染みた声は空気を震わせ、玉座の間に不吉な圧力を生み出していた。

 しかし、それを浴びてもなお、シードの銀の瞳は何一つ動じなかった。

 

「……もういい」

 

 静かな一言が、二人の間の重い空間へと落ちていく。

 シードの身体から、触れた者すべてを凍らせるような昏い魔力が滲み出し、玉座の間を霊気で満たしていった。

 

 金色の瞳と銀の瞳が、決して交わることのない決意と憎悪を宿して、互いを射抜いた。

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