教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

26 / 35
26話 黒曜の剣

 教皇レグナの金色の瞳が、一瞬だけ驚愕に見開かれた。

 しかし、その刹那の表情に浮かんだ動揺は、すぐさま冷徹な仮面に覆い隠される。

 

 彼は玉座の前からシードを見下ろし、威厳を保ちながら低く問いかけた。

 

「……何をするつもりだ、シード」

 

 その問いかけに、シードは無言で答える。

 虚無そのものを映したような冷たい銀灰の瞳が、玉座の主をじっと射抜いていた。

 

 そして彼の口から、静かに呪文が紡がれ始める。

 まるで深い淵から響く、呪いのような低い詠唱だった。

 

「霊び遍く宿怨の魂魄よ。暗晦(あんかい)の夜天を以て此に跪け――」

 

 その声が終わりを迎える頃、玉座の間の空気は一変していた。

 

 まるで異界が現世に侵食するかのように闇が満ち、息が詰まるような重厚な圧迫感が広がる。

 

 そして、外界との繋がりを断ち切る異質な静寂がゆっくりと支配すると、この場所が別の次元へと切り取られたかのような違和感で満たされる。

 

 ――いかなる力を持ってしても邪魔することは許されない、決闘の場。

 

 レグナはその異様な空気に眉一つ動かさず、静かに金色の目で見据えている。

 全身に纏う威圧感は、闇の圧迫に飲まれるどころか、さらに鋭さを増していった。

 

「……それがお前の答えか」

 

 低い呟きの後、レグナの手が腰の剣にかかった。

 

「ならば、私も応えねばならんな」

 

 神から賜りし片手剣――「黒曜の剣ロス・オブセス」。

 鞘から抜き放たれた漆黒の刀身が鈍く輝き、まるで周囲の闇そのものを吸い込んでいくようだった。

 

「お前には失望した」

 

 レグナはその剣を掲げ、玉座の前から一歩踏み出す。

 その佇まいには揺るぎない自信と、絶対的な権力を握る者の狂気が滲んでいた。

 

「私はお前に、偉大な建国者――()(つく)す者『セルアシア』の名を与え、最高の剣に育て上げた。だが……その刃をこの私に向けるとは! 愚か者が!」

 

 レグナの叫びに、玉座の間の空気が震える。

 一方、シードは静かに教皇の視線を受け止めていた。

 

 彼の背後には、呼び出された亡霊たちが影のように漂い、低い呻き声を上げている。

 

「その手負いの身体で、この私を斬れると思うなよ!」

 

 ――刹那、レグナの剣が一閃した。

 

 漆黒の刃が放つ斬撃は、空気を切り裂きながらシードへ向かって疾走する。

 

 シードは即座に思念魔術を展開し、見えない結界で攻撃を防ごうとする。

 

 だが――。

 

「っ……!」

 

 一閃が結界に触れた瞬間、ほつれるように魔力が霧散し、なんの抵抗もなく打ち破られた。斬撃がそのままシードの頬を掠め、一筋の血が滴る。

 

「魔法が解除された……?」

 

 シードの眉が僅かに動く。だがレグナは余裕の笑みを浮かべ、漆黒の剣を誇らしげに見せつける。

 

「お前はこの刀身を見るのは初めてだったな。ならば教えてやろう」

 

 彼は刀身を掲げ、ゆっくりとその力を語り始めた。

 

「ロスリエスより賜りし剣『ロス・オブセス』……この剣は抜かれたその時より、周囲の魔力を貪り始める。味方であろうと、敵であろうと関係ない。もちろん、この私自身の魔力すらな」

 

 レグナの手に握られた剣は、黒い光を放ちながら、まるで生き物のように胎動する。

 刀身が吸収し続けた魔力が、白い燐光となって滲み始めていた。

 

「これが神に授けられた、すべてを守るための私の『剣』だ!」

 

 レグナの声が玉座の間に轟く。

 その姿は、神の威光を背負う執行者そのものだった。

 

 一方、シードはその威圧感の中でも一歩も引かず、冷たく鋭い視線をレグナに向け続けていた。

 背後の亡霊たちの呻き声が深く闇を満たし、両者の間に張り詰めた空気が戦いの幕開けを告げていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。