「ここで使えるのはお前の従える亡霊と、この剣だけだ……!」
教皇レグナは冷笑を浮かべながら、漆黒の刀身を構えた。その剣には吸い上げられた魔力が宿り、淡く輝いている。
一方、シードは無言のまま自らの周囲に漂う冷たい空気を感じ取っていた。
失われた魔術の代わりに、彼が呼び出すのは不死の軍勢。
彼の命令に呼応し、次々と形を成していく亡霊たちの姿が薄闇の中から浮かび上がる。
「……神の賜り物、ですか」
シードの低い呟きが、静寂の中に吸い込まれていく。
その声には微かな嘲笑が混じる。疲労か、それともこの状況を楽しむ狂気の兆しなのか、彼自身にもわからなかった。
「ならば、それを超える力を見せましょう」
一触即発の静けさを破るように言葉が放たれる。
次の瞬間、シードは一歩前へ踏み出した。
彼の足元に滴り落ちた血溜まりが跳ね、その音が冷たい石畳の上に響いた。
僅かな瞬きの間に二人の距離は詰められる。
横薙ぎに振るわれたレグナの一撃が、鋭い風切り音を伴ってシードの腹部を狙う。
しかし、その刃の軌道に彼の姿はすでになかった。
視界に捉えたのは、一瞬の幻影。
その刹那、彼はレグナの背後を捉える。
「……!」
驚愕を抑え込むように、レグナは反射的に剣を振り返らせた。
黒い刀身が音を切り裂きながら突き出される。
しかし、シードはそれすらも紙一重でかわす。
まるで亡霊のような滑らかな動きが、レグナの攻撃を翻弄し続けた。
宙を舞ったシードの掌から、白い両手斧を構えたアダンの亡霊が呼び出され、音もなくレグナの背後に浮かび上がった。
無慈悲な刃が彼に向けて振り下ろされる。
「ぐっ……!」
咄嗟に刃を構え、レグナは攻撃を受け止める。
しかしその重さは並ではなかった。膝が沈み、石畳には亀裂が走る。
さらに追撃を仕掛けるように、呼び出された大司教団の亡霊たちが足元にまとわりつく。
その冷たい霊気がレグナの感覚を奪い、動きを鈍らせた。
躊躇の隙を突くかのように、アダンの斧がレグナの左肩に深々と食い込む。
「ぬうぉぉっ!!」
苦悶の叫びとともに、彼は刀身に自身の魔力を注ぎ込む。
その魔力は黒曜の剣を蒼白い光で覆い、振り払われた一閃がアダンの亡霊を霧のように掻き消した。
亡霊の断末魔が虚空に溶けていく。
「ほう……」
かつての部下が再び散る様子を見ても、シードの表情は微動だにしなかった。
彼の亡霊たちは不死の存在。倒されてもまた呼び出せばよいのだ。戦いは、それを繰り返すのみ。
レグナは僅かに後退し、血が滲む肩を押さえた。
その眼差しには、憤怒の色が色濃く宿る。
「……よくぞこの状況で私を翻弄するものだ」
軽く吐き捨てるような嘲りが混じる言葉。
しかし、その奥底にはシードの力に対する確かな警戒が隠されている。
「だが、お前の力ではこの『剣』には決して届かぬ!」
レグナは再び剣を構えた。刀身に吸い込まれ続ける魔力がさらに輝きを増し、その威力は限界を超えようとしている。
一方、シードは静かに呼吸を整え、僅かに目を細める。
傷口が開きかけ、滲む血がじわりと衣を染めていくが、彼は気にも留めなかった。
戦いの高揚感が痛みを超え、彼の銀の瞳に狂気の光が宿っていた。
二人の間に漂うのは、剣戟の余韻と死を孕んだ静寂だった。