外界から完全に遮断された玉座の間には、冷たい静寂と剣戟の音だけが響き続けていた。
もはや親子の確執などではない。そこにあるのは、互いの命が尽きるまで終わらぬ死闘だった。
教皇レグナが握る黒曜の剣――ロス・オブセスが、魔力の光をさらに濃密にしていく。
どうやらこの剣は、鞘から抜かれた瞬間から所有者や周囲から魔力を吸収し続け、時間の経過とともにその威力を極限まで高める性質を持つようだ。
その証拠に、シードが呼び出していた死者の軍勢は、次々と薙ぎ払われていた。
再召喚が追いつかず、彼の亡霊たちの数は目に見えて減少している。
「はぁ……はぁ……どうした! お前の力はこの程度か!」
傷つき、息を切らせつつも、レグナは高らかな笑い声を浴びせた。
一瞬、彼の黒髪が揺れる。
そして金色の瞳を炎のように輝かせながら、黒き刃を振りかぶった。
容赦も迷いもない、ただ殺意だけが込められた攻撃。
そして――ついにレグナの剣がシードの間隙を捉えた。
閃光の如き鋭利な一撃が、彼の脇腹を深く切り裂く。
冷たい刀身が彼の肌を侵した瞬間、焼け付くような痛みが駆け抜ける。
「ぐっ……」
シードの口から苦悶の声が漏れる。
薙ぎ払う剣閃とともに赤黒い血が勢いよく噴き出し、空中で血飛沫となって舞った。
その返り血がレグナの法衣を濡らし、さらに濃い赤に染め上げていく。
シードは耐えきれず膝をつき、そのまま冷たい石畳に突っ伏した。
彼を守っていた不死のしもべたちの気配も完全に消え失せている。戦況は明らかだった。
レグナは周囲を見渡しながら、勝利の確信に満ちた笑みを浮かべる。
「神の威光にひれ伏す時が来たようだな」
黒曜の剣をゆっくりと振り下ろし、冷たい刀身をシードの首筋に押し当てた。
その感触に、彼の心臓の鼓動が速まる。このまま刃が振り下ろされれば、すべてが終わる。
だが、彼の心の奥底には捨てきれない希望があった。
(まだ……『彼女』が……)
彼の中にはまだ呼び出していない亡霊が残されていた。
最も強き亡霊。だがその名を呼ぶことには大きなリスクが伴う。
彼女はシードにとって、最も懐柔が難しい存在だからだ。
だが、もはや手段を選べる状況ではない。
シードは荒い息を整え、掠れた声でその名を呼んだ。
「イリューフェ・ナイト・クラニア……」
その名が発せられると同時に、空気が変わる。
冷たい霧が玉座の間に漂い始め、辺りを白く覆い尽くしていった。
「むっ……!?」
異様な気配と肌を刺す霊気に、レグナは思わず後ずさった。
微かに呼吸が乱れる。
亡霊召喚の術式は成立している。しかし、シードは確信を持てなかった。
果たして彼女が従うだろうか。
あの時のアダンのように、抵抗される恐れがあった。
死霊術は術者と繋がりの深い魂ほど、従わせることが難しい。
生前、術者に対して抱いていた感情が強ければ強いほど――。
やがて霧の中から姿を現したのは、一人の老婆だった。
修道服に身を包み、腰を曲げたその姿は、かつての少女イリューフェの面影を僅かに残しているものの、もはや完全に別人のようだった。
「何者だ……?」
レグナが、怪訝な目で亡霊を見据えた。金色の瞳には警戒と不信が浮かび上がる。
今までの亡霊とは格が違うことを、直感的に悟っているようだった。
老婆はレグナの視線を受け流すように静かに立ち尽くす。
霧の中で、神聖に佇む不可思議な亡霊の目だけが淡く輝いていた。