戦いは終わり、玉座の間には重苦しい静寂が広がっていた。
シードはアダンとイリューフェの名を呼んだが、やはり彼らの亡霊を呼び出すことはできなかった。
「彼らは僕を生かしたのか……」
彼は低く呟きながら、自らの胸に手を当てた。
身体には確かに鼓動がある。傷も消え、体温も感じられる。
だが、その奥底――心の芯は冷え切ったままだった。
おそらく彼らは、シードに何かを託したのだろう。
だが、それが何かは彼自身にはわからない。
生きている実感がどこにもない。それだけが彼の中に確かな事実として残っていた。
その時――教皇の間の扉が乱暴に開かれた。
「せ、聖下は……教皇聖下はどうされたのだ!?」
現れたのはハイレンス総大司教だった。
彼は焼け焦げた玉座と、その前に燻る黒い残骸を見て顔を蒼白に染めた。
震える声で問いかける彼に、シードは冷淡に答えた。
「レグナは滅びた。教国はもう終わりだ」
その言葉は余りに冷酷で、余りに無機質だった。
ハイレンスにはそれが突きつけられた残酷な現実のように響いた。
ハイレンスの表情が崩れていく。計画が無に帰したことを悟り、絶望の重みでその場に崩れ落ちたかに見えた。
しかし、次の瞬間――その目が狂気に輝き、震える指先でシードを指差した。
「は、は、叛逆者だ!! こっ、この男を殺せ!!」
叫び声とともに、総大司教の部下である僧兵たちが怒涛の勢いで部屋に雪崩れ込む。その全員が武器を構え、シードを包囲した。
「フッ、はははははっ……聖下はもういない……!」
ハイレンスの声が次第に高まり、哄笑に変わる。
「ならば、貴様を殺せば、私が教皇だ! この国の支配者だぁ! はぁっははははーー!!!」
その姿は、権力への渇望に取り憑かれた亡者そのものだった。
果たして、これも彼の計画だったのか、それとも単なる成り行きだったのか――シードにはもはやどうでもいいことだった。
ただ一つ確かなのは、この狂乱に終止符を打たねばならないということだ。
「来りて迸れ。荊棘の電閃――」
シードの呪文が淡々と紡がれた。
短い詠唱が終わるや否や、無数に枝分かれした稲妻が彼を囲む僧兵たちを貫く。
雷光が炸裂し、部屋全体を轟音と閃光で満たした。
青白い衝撃の中、僧兵たちは一瞬のうちに命を散らした。
シードは冷たい視線をハイレンスに向け、扉の前で怯えたようにへたり込む彼にゆっくりと歩み寄った。
「あとはあなただけだ。ハイレンス総大司教」
その言葉に、ハイレンスは血の気を失い、顔を歪めた。
そして、恐怖と絶望に追い詰められた彼は、狂ったように叫び声を上げた。
「ひっ……そ、そんな……ここまで来て、私は……諦めぬ……諦めてなるものかぁぁ!!!」
半ば狂乱した彼は、震える手で懐から赤い球体を取り出し、高々と掲げた。
その球体は脈打つように胎動し、不気味な赤い光を放ち始める。
それを見た瞬間、シードは目は細め、鋭い声を響かせた。
「『神の心臓』……なぜそんなものを……」
それは禁忌の
球体の内部には絶大な魔力が封じ込められており、起爆すれば国一つを吹き飛ばすほどの破壊力を持つ。
使用も所有も禁じられた代物を、総大司教が手にしているとは想像もしていなかった。
ハイレンスは、シードの僅かな動揺を見て狂喜するように笑い出した。
「は、はは……これならばいかに猊下と言えど、ひとたまりもありますまい……」
その声は恐怖に震えながらも、異様な高揚感に満ちている。
「さあ、猊下……い、いや、ヒューメリア……私と共に逝こう……ははははは!!!」
ハイレンスの笑い声が玉座の間に響き渡る。
赤い球体はさらに激しく鼓動を始め、不気味な光が周囲に漏れ出していた。
それは死と破壊のカウントダウンを告げる鐘の音のようだった。