教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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31話 神の心臓

 戦いは終わり、玉座の間には重苦しい静寂が広がっていた。

 

 シードはアダンとイリューフェの名を呼んだが、やはり彼らの亡霊を呼び出すことはできなかった。

 

「彼らは僕を生かしたのか……」

 

 彼は低く呟きながら、自らの胸に手を当てた。

 身体には確かに鼓動がある。傷も消え、体温も感じられる。

 

 だが、その奥底――心の芯は冷え切ったままだった。

 

 おそらく彼らは、シードに何かを託したのだろう。

 だが、それが何かは彼自身にはわからない。

 

 生きている実感がどこにもない。それだけが彼の中に確かな事実として残っていた。

 

 その時――教皇の間の扉が乱暴に開かれた。

 

「せ、聖下は……教皇聖下はどうされたのだ!?」

 

 現れたのはハイレンス総大司教だった。

 

 彼は焼け焦げた玉座と、その前に燻る黒い残骸を見て顔を蒼白に染めた。

 震える声で問いかける彼に、シードは冷淡に答えた。

 

「レグナは滅びた。教国はもう終わりだ」

 

 その言葉は余りに冷酷で、余りに無機質だった。

 ハイレンスにはそれが突きつけられた残酷な現実のように響いた。

 

 ハイレンスの表情が崩れていく。計画が無に帰したことを悟り、絶望の重みでその場に崩れ落ちたかに見えた。

 

 しかし、次の瞬間――その目が狂気に輝き、震える指先でシードを指差した。

 

「は、は、叛逆者だ!! こっ、この男を殺せ!!」

 

 叫び声とともに、総大司教の部下である僧兵たちが怒涛の勢いで部屋に雪崩れ込む。その全員が武器を構え、シードを包囲した。

 

「フッ、はははははっ……聖下はもういない……!」

 

 ハイレンスの声が次第に高まり、哄笑に変わる。

 

「ならば、貴様を殺せば、私が教皇だ! この国の支配者だぁ! はぁっははははーー!!!」

 

 その姿は、権力への渇望に取り憑かれた亡者そのものだった。

 

 果たして、これも彼の計画だったのか、それとも単なる成り行きだったのか――シードにはもはやどうでもいいことだった。

 

 ただ一つ確かなのは、この狂乱に終止符を打たねばならないということだ。

 

「来りて迸れ。荊棘の電閃――」

 

 シードの呪文が淡々と紡がれた。

 

 短い詠唱が終わるや否や、無数に枝分かれした稲妻が彼を囲む僧兵たちを貫く。

 雷光が炸裂し、部屋全体を轟音と閃光で満たした。

 

 青白い衝撃の中、僧兵たちは一瞬のうちに命を散らした。

 

 シードは冷たい視線をハイレンスに向け、扉の前で怯えたようにへたり込む彼にゆっくりと歩み寄った。

 

「あとはあなただけだ。ハイレンス総大司教」

 

 その言葉に、ハイレンスは血の気を失い、顔を歪めた。

 そして、恐怖と絶望に追い詰められた彼は、狂ったように叫び声を上げた。

 

「ひっ……そ、そんな……ここまで来て、私は……諦めぬ……諦めてなるものかぁぁ!!!」

 

 半ば狂乱した彼は、震える手で懐から赤い球体を取り出し、高々と掲げた。

 

 その球体は脈打つように胎動し、不気味な赤い光を放ち始める。

 それを見た瞬間、シードは目は細め、鋭い声を響かせた。

 

「『神の心臓』……なぜそんなものを……」

 

 それは禁忌の魔法機械(アーティファクト)――「神の心臓」と呼ばれるものだった。

 

 球体の内部には絶大な魔力が封じ込められており、起爆すれば国一つを吹き飛ばすほどの破壊力を持つ。

 使用も所有も禁じられた代物を、総大司教が手にしているとは想像もしていなかった。

 

 ハイレンスは、シードの僅かな動揺を見て狂喜するように笑い出した。

 

「は、はは……これならばいかに猊下と言えど、ひとたまりもありますまい……」

 

 その声は恐怖に震えながらも、異様な高揚感に満ちている。

 

「さあ、猊下……い、いや、ヒューメリア……私と共に逝こう……ははははは!!!」

 

 ハイレンスの笑い声が玉座の間に響き渡る。

 

 赤い球体はさらに激しく鼓動を始め、不気味な光が周囲に漏れ出していた。

 それは死と破壊のカウントダウンを告げる鐘の音のようだった。

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