教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

33 / 35
33話 狂宴

 宮殿を出たシードを待っていたのは、大司教団とその配下の僧兵たちだった。

 彼らはすでに戦闘態勢を整え、重厚な包囲網を敷いていた。

 

 だが、それだけではなかった。

 

 周囲に集まる民衆の視線――恐怖と怒り、そして憎悪。そのすべてが彼に向けられていた。

 

 シードは無言で彼らを見渡す。すでに情報は広まっているのだろう。

 彼が教皇を殺した「叛逆者」として扱われていることは明白だった。

 

 その中、大司教の一人がシードの前に進み出た。

 長い法衣を引きずるようにして歩きながら、侮辱を込めた鋭い声を放つ。

 

「猊下……いえ、教皇殺しの叛逆者。どこへ行かれるおつもりですか?」

 

 僧兵たちは武器を構え、シードを取り囲みながらじりじりと前進する。

 その目には明確な殺意が宿っていた。

 

 シードは彼らを一瞥し、短く言い放つ。

 

「死にたくなければ僕に構うな」

 

 その言葉は感情の欠片すら感じさせない、冷たい刃のように響く。

 銀灰の瞳には光がなく、まるで死人がそこに立っているかのようだった。

 

 周囲を取り巻く空気は彼の一言で瞬時に冷え込み、僧兵たちが足を止める。

 だが、そんな沈黙を破ったのは、大司教の怒声だった。

 

「戯言を! 皆の者、かかれ! ロスリエスの名の下に、この叛逆者を粛清するのだ!!」

 

 その言葉が引き金となり、僧兵たちは一斉に襲いかかった。

 

 鋭い剣先、矢の雨、神聖魔術の猛攻がシードに向かい、周囲の民衆からも石や瓦礫が投げつけられる。

 怒りと恐怖に駆られた彼らは、秩序を忘れた群衆と化していた。

 

 しかし、シードは微動だにしなかった。

 静かに目を閉じ、冷たく低い声で呪文を紡ぎ始める。

 

「……霊び遍く宿怨の魂魄よ」

 

 死霊術――彼が手にした力であり、同時に彼を呪縛するもの。

 この禁忌を得た時点で、彼の道には後戻りなど存在しなかった。

 

「屍人の狂宴を以て此に跪け――」

 

 その呪詛が響いた瞬間、空気が一変する。

 

 周囲の温度が急激に下がり、肌を刺すような霊気が広がる。

 僧兵たちが身震いし、足を止めた。

 その隙を縫うように、霧の中から巨大な異形の影が現れた。

 

 それは――かつてヒューメリアと呼ばれたものだった。

 

 今や触手のような腕を持つ怪物となった亡霊は、憎悪と怨嗟をその身に宿しながら、襲い来る僧兵たちを次々と捕らえ、喰らい尽くしていく。

 

 悲鳴が上がるたびに、皮膚が裂け、臓物が舞い、脳漿が撒き散らされた。

 

 命の残響がとめどなく街中に轟き渡る。

 そして喰らわれた者たちは、すぐさまシードのしもべたる亡霊として立ち上がり、かつての仲間たちに牙を剥いた。

 

 民衆は恐怖に駆られ、その場から逃げ出そうとするが、彼らの逃走は叶わなかった。

 ヒューメリアの触手が逃げ惑う者たちを絡め取り、彼らの命を次々と貪り尽くしていく。

 

 シードはその光景をただ無感動に見つめていた。

 目の前で展開される地獄絵図に、彼の心は微塵も動かなかった。

 

 民衆が憎むべきは、自らを支配してきた腐敗した権力の象徴――教皇や総大司教たちのはずだった。

 しかし、彼らはその矛先をシードに向けた。それこそが、この国の本質だったのかもしれない。

 

「……」

 

 誰にともなく呟いた声は、冷たい風にかき消された。

 

 

   * * *

 

 

 やがて、すべてが静寂に包まれた。

 僧兵たちは全滅し、民衆の命もすべて散り果てた。

 

 宮殿の周囲には、赤黒い血に染まり、食い散らかされたおびただしい数の死体と、それらの上で蠢く亡霊たちだけが残されていた。

 

 シードは視線を上げ、血の臭いに満ちた空気を吸い込んだ。

 湿った空気が喉を通り過ぎても、何の感情も浮かばない。

 ただ、一つだけ確かなことがあった。

 

 ――自分がこの国を壊した。

 

 その日、教国は血に染まり、一人の若い男によってすべての命が刈り取られた。

 救いも、絶叫も、すべてが消え去り、昏い静寂だけがただ残されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。