宮殿を出たシードを待っていたのは、大司教団とその配下の僧兵たちだった。
彼らはすでに戦闘態勢を整え、重厚な包囲網を敷いていた。
だが、それだけではなかった。
周囲に集まる民衆の視線――恐怖と怒り、そして憎悪。そのすべてが彼に向けられていた。
シードは無言で彼らを見渡す。すでに情報は広まっているのだろう。
彼が教皇を殺した「叛逆者」として扱われていることは明白だった。
その中、大司教の一人がシードの前に進み出た。
長い法衣を引きずるようにして歩きながら、侮辱を込めた鋭い声を放つ。
「猊下……いえ、教皇殺しの叛逆者。どこへ行かれるおつもりですか?」
僧兵たちは武器を構え、シードを取り囲みながらじりじりと前進する。
その目には明確な殺意が宿っていた。
シードは彼らを一瞥し、短く言い放つ。
「死にたくなければ僕に構うな」
その言葉は感情の欠片すら感じさせない、冷たい刃のように響く。
銀灰の瞳には光がなく、まるで死人がそこに立っているかのようだった。
周囲を取り巻く空気は彼の一言で瞬時に冷え込み、僧兵たちが足を止める。
だが、そんな沈黙を破ったのは、大司教の怒声だった。
「戯言を! 皆の者、かかれ! ロスリエスの名の下に、この叛逆者を粛清するのだ!!」
その言葉が引き金となり、僧兵たちは一斉に襲いかかった。
鋭い剣先、矢の雨、神聖魔術の猛攻がシードに向かい、周囲の民衆からも石や瓦礫が投げつけられる。
怒りと恐怖に駆られた彼らは、秩序を忘れた群衆と化していた。
しかし、シードは微動だにしなかった。
静かに目を閉じ、冷たく低い声で呪文を紡ぎ始める。
「……霊び遍く宿怨の魂魄よ」
死霊術――彼が手にした力であり、同時に彼を呪縛するもの。
この禁忌を得た時点で、彼の道には後戻りなど存在しなかった。
「屍人の狂宴を以て此に跪け――」
その呪詛が響いた瞬間、空気が一変する。
周囲の温度が急激に下がり、肌を刺すような霊気が広がる。
僧兵たちが身震いし、足を止めた。
その隙を縫うように、霧の中から巨大な異形の影が現れた。
それは――かつてヒューメリアと呼ばれたものだった。
今や触手のような腕を持つ怪物となった亡霊は、憎悪と怨嗟をその身に宿しながら、襲い来る僧兵たちを次々と捕らえ、喰らい尽くしていく。
悲鳴が上がるたびに、皮膚が裂け、臓物が舞い、脳漿が撒き散らされた。
命の残響がとめどなく街中に轟き渡る。
そして喰らわれた者たちは、すぐさまシードのしもべたる亡霊として立ち上がり、かつての仲間たちに牙を剥いた。
民衆は恐怖に駆られ、その場から逃げ出そうとするが、彼らの逃走は叶わなかった。
ヒューメリアの触手が逃げ惑う者たちを絡め取り、彼らの命を次々と貪り尽くしていく。
シードはその光景をただ無感動に見つめていた。
目の前で展開される地獄絵図に、彼の心は微塵も動かなかった。
民衆が憎むべきは、自らを支配してきた腐敗した権力の象徴――教皇や総大司教たちのはずだった。
しかし、彼らはその矛先をシードに向けた。それこそが、この国の本質だったのかもしれない。
「……」
誰にともなく呟いた声は、冷たい風にかき消された。
* * *
やがて、すべてが静寂に包まれた。
僧兵たちは全滅し、民衆の命もすべて散り果てた。
宮殿の周囲には、赤黒い血に染まり、食い散らかされたおびただしい数の死体と、それらの上で蠢く亡霊たちだけが残されていた。
シードは視線を上げ、血の臭いに満ちた空気を吸い込んだ。
湿った空気が喉を通り過ぎても、何の感情も浮かばない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
――自分がこの国を壊した。
その日、教国は血に染まり、一人の若い男によってすべての命が刈り取られた。
救いも、絶叫も、すべてが消え去り、昏い静寂だけがただ残されていた。