教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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35話 女神と死霊術師

「はぁっ!!」

 

 草原に響き渡る、一声の咆哮。

 

 ラナスオル――破壊と創造を司るラナスの女神。美しい白髪が宙を舞い、紫の瞳が雷光のように鋭く輝く。

 

 大地を蹴り、疾風の如き速さで跳躍した彼女の細い右腕が、凄まじい力を宿して振り下ろされる。

 

 シードは即座に思念魔術の結界を展開する。だが、それは神の力の前になす術なく砕け散った。

 

 彼女の右手――破壊の象徴「セヴァスト」が触れた瞬間、魔力の防御は無残にも崩壊し、余波がシードの黒衣を切り裂く。

 

「これが破壊の右手『セヴァスト』……さすが、女神の名に相応しい、恐るべき破壊力です」

 

 砕けた魔力の破片が宙に舞う中、シードは無表情のまま小さく呟く。

 その言葉には驚愕や恐怖の色はなく、むしろ僅かな敬意さえ込められていた。

 

「……」

 

 ラナスオルは怪訝な表情を浮かべ、紫の瞳を鋭く細める。

 彼女は今まで無数の敵を粛清してきたが、破壊の右手の一撃を前に恐れを見せない者などいなかった。

 

 だが、この男――シードは違う。彼の銀灰の瞳には恐怖どころか、奇妙な高揚すら宿っている。

 

(この男……死を恐れないのか?)

 

 一瞬、彼の瞳が狂気に染まる。

 

 虚無に囚われ続けた彼が、初めて全力を尽くして戦える相手。

 人間の可能性が神に届き得るのかを試す絶好の機会。

 

 たとえ敗北し、命を奪われたとしても――この戦いこそが自分の信念に従い、生き様を全うすることに他ならなかった。 

 

 彼の瞳には生への執着も、死への恐怖もなく、ただ虚無と闘志だけが渦巻いていた。

 

 ラナスオルは彼の不気味なまでの冷静さに戦慄した。

 

 ――次の瞬間、シードの口から短い詠唱が紡がれた。

 

「来りて包裹(ほうか)せよ。うつせの衣――」

 

 彼の呪文と共に、辺りにはまやかしの影が広がる。

 亡霊たちと幻術が空間を埋め尽くし、ラナスオルの視界を奪う。

 

 幾重にも交錯する亡霊の群れ。その数は瞬く間に膨れ上がり、ラナスオルの破壊の右手を無力化せんと絡みついた。

 

「厄介な魔術を使うのだな……!」

 

 ラナスオルの左手が暖かな光を帯び始める。

 それは創造の神「フェルジア」。

 

 その力が亡霊たちを浄化し、幻術を霧散させる。

 

 人間の魔術(エーテル・ルミナ)の常識を容易く覆す神術(アルター・ルミナ)の美しさと恐ろしさに、シードは思わず驚嘆を漏らした。

 

「創造の左手『フェルジア』……」

 

 だが、その瞳に灯るのは既に驚きではなく、冷静な分析の光。

 創造の力であれ、破壊の力であれ、彼にとっては「超えるべき対象」にすぎない。

 

 ――その時、彼の中にひとつの疑問が浮かぶ。

 彼は何気なくそれを口にした。

 

「ラナスオル……」

 

 シードが静かに名を呼ぶ。低く、底知れぬ重さを帯びる声。

 

「あなたの被造物である死と再生の神、ロスリエス。僕がこの力に辿り着いた理由がその神にあるのだとしたら、あなたはどうするのですか?」

 

 ラナスオルの瞳が僅かに揺れる。

 彼の問いには確かに彼女を試すような意図が込められていた。

 

「なんだと……?」

 

 彼女の困惑に、シードは冷たく続ける。

 

「『死は再生の礎となる』。僕はその教えに従って生きてきた。いや、そうすることを強いられてきたと言うべきでしょうか……」

 

 彼の声音には皮肉が滲む。

 ラナスオルは眉をひそめるが、少しだけ沈黙を挟み、冷徹に言葉を返す。

 

「それはロスリエスの力の象徴であり、性質だ。教えなど、人間が勝手に解釈した方便に過ぎない」

 

 ラナスオルの返答に、シードは僅かに目を伏せた。

 

「……そうですか」

 

 その言葉は静かに放たれた。だが、その冷たい響きの奥には諦念が混ざっているように感じられた。

 

 神の性質を、人間たちがただ自分たちに都合よく解釈し、人心掌握の手段に使った。

 そんなことは薄々わかっていた。

  

 結局、信じるべきは己の力のみ――彼の信念が揺らぐことはない。

 

 

 

   * * *

 

 

 

「君はなぜ、こうも簡単に人の命を奪える!? 一体どれだけの命を蝕んだのだ!」

 

 戦いの最中、ラナスオルの怒りに震える声が響く。

 

 シードにとって答える価値のない問いだ。

 だが、それに応じた彼の言葉は、さらに冷酷だった。

 

「人の命など、限られた時間の中で燃え尽きる儚いものです。あなたはそれを守ることに価値を見出しているのでしょうが、僕にとっては……ただの材料に過ぎません」

 

 亡霊たちが再び現れ、冷たい霊気を纏って立ち上がる。

 その光景はまるで「命を力の材料」とする、彼の言葉を具現化したかのようだった。

 

 怒れるラナスオルを見据えながら、彼はさらに続けた。

 

「……『奪う』という表現が気に入らないのなら、こう言い換えましょう――僕は、命を利用しているだけです。それが一人であれ、千人であれ、力を得るための手段としての価値しかない」

 

 その無感情な言葉に、ラナスオルは唇を噛み締めた。

 

 話し合いの余地はもはやない。

 彼を殺す以外に、終わらせる方法はない。

 それが、女神としての彼女の「使命」。

 

 女神ラナスオルの破壊の波動が荒れ狂い、空が悲鳴を上げる。

 

 だが、戦いの余波が――ラナスの大地に、精霊に、人々に刻む爪痕はあまりにも深いものだった。

 

 彼らの対立は数年間続き、やがて両者の「死」によって幕を閉じることとなる。

 それは神話となり、ラナスの人々に永遠に語り継がれる。

 

 

 

 【完】




※此処までお読みいただきありがとうございました。

この続きは、拙作「冷酷死霊術師とわがまま女神のリスタート 〜殺し合いの因縁を超えた先の、あまりにも短い幸福〜」に繋がりますので、よろしければそちらもご覧ください。
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