教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

4 / 35
4話 僧兵アダン

 翌日の早朝――。

 

 澄んだ空気に混じり、訓練場から響き渡る威勢の良い怒号が宮殿全体にこだました。

 そこを通りかかったシードの耳に、その声が鮮明に飛び込んでくる。

 

「オラァ! なんだなんだ、だらしねえぞ! 枢機卿団に敗北は許されねえ! もっと気合い入れろ、ゴルァ!」

 

 怒鳴り声とともに豪快に振り下ろされる巨大な魔力の両手斧が、訓練場の空気を断ち切る音を上げた。

 

 その刃を振るうのは、屈強な肉体を誇る僧兵――アダン・ウィットロック卿だ。

 彼の橙色の瞳は鋭く光り、赤茶の短髪を振り乱しながら、まるで戦場の獣のごとき覇気を放っていた。

 

 その迫力に圧倒され、訓練場で鍛錬中の若い僧兵たちは次々と後退る。

 そんな光景を目にしたシードが訓練場へ足を踏み入れると、アダンは彼に気づいて大きな声を張り上げた。

 

「お、猊下じゃねえか! ちょうどいいところに来たな! こいつらに稽古をつけてやってくれよ!」

 

 斧を掻き消し、乱れた赤茶の短髪を掻き上げながら、アダンがシードの方へ歩み寄る。

 

 彼は元々どこかの騎士爵だったが、今は枢機卿団の僧兵としてシードに忠誠を誓う右腕だ。

 粗野な物言いと横暴な性格、酒好きに女好き――そんな彼と、冷静沈着なシードは対照的な存在だったが、その実力と信頼関係は揺るぎないものがあった。

 

「僕が稽古を、ですか?」

 

 少し意外そうに問い返すシード。しかし次の瞬間――

 

 ガシィン!!

 

 突如、訓練場に響き渡る硬質な衝撃音。

 アダンが魔力で具現化した両手斧を、シードの首筋へと振り下ろしていた。

 周囲の僧兵たちの間に緊張が走り、息を呑む。

 

 だが、その刃はシードに届くことなく、見えない結界に阻まれている。

 魔力が激しくぶつかり合い、火花が宙を舞う。

 

「あなたのやり方は、いつもながら強引ですね」

 

 迸る火花の奥で、シードが銀灰の瞳を冷たく輝かせながら呟く。

 アダンはその視線に射抜かれ、一瞬怯むように冷や汗を滲ませながら笑みを浮かべた。

 

 アダンは歯を食いしばるように両手斧に力を込める。

 眉間に皺を寄せ意識を集中させる彼に対し、シードは涼しげな表情のまま目を閉じていた。

 

「へっ……さすが猊下だな」

 

 アダンは斧を掻き消し、後方へ飛び退くと、訓練場に散らばる若き僧兵たちを振り返る。

 

「お前ら、運が良かったな! 猊下の思念魔術を目の当たりにする機会なんざ、滅多にねえぞ!」

 

 思念魔術――呪文を介さず、意志の力だけで発動させる高度な魔法。

 その威力と集中力、魔力を練る複雑さから、ラナスでも扱える者はごく僅かに限られる。

 

 結界を瞬時に展開したシードの技術も、アダンの武器具現化も、紛れもなくその域に達している。

 

 僧兵たちの間から静かな歓声と憧れの声が漏れた。

 

「坊ちゃん……いや、猊下。アンタとはいつかサシで本気でやりあいてえもんだ」

 

 アダンはウインクを投げながらシードの肩を軽く叩くと、ご機嫌な足取りで訓練場を後にした。

 

 シードは彼の背中を目で追い、僅かに目を細める。

 冷たい銀の瞳の奥に、確かな信頼の色を滲ませていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。