宮殿内の長い廊下は、闇に包まれた静寂の道だった。
磨き上げられた石床に、シードの足音が微かに響いては消える。
空気は冷え切り、まるでその場全体が彼を見張っているかのような冷たい緊張感が漂っていた。
シードはふと足を止めた。
「……僕に用ですか、ハイレンス総大司教」
銀灰の瞳が薄闇を射抜く。
暗闇の奥から漂う気配――それはただの敵意や憎悪ではない。
絡みつくような殺気と、理性を逸した狂気が混ざり合い、シードの周囲の空気をじわじわと蝕んでいく。
短い沈黙が流れた後、かつんと不気味な足音が響いた。
暗がりから現れたのは、白い法衣に身を包んだスキンヘッドの男――ハイレンス総大司教だった。
「ご機嫌よう、猊下」
その低い声はどこか湿り気を帯び、嫌悪感を誘う。
彼の深緑の瞳が薄暗い中で妖しく輝き、まるで底なしの井戸を覗き込むかのような不安感を与える。
ハイレンスは数歩の距離を詰めたかと思うと、次の瞬間、獲物を狩る猛獣のようにシードを追い詰めた。
彼の背中が冷たい石壁に叩きつけられる。
「……」
彼の反応を待つ間もなく、ハイレンスの右手が壁に押し当てられ、逃げ道を塞がれる。
左手はシードの頬を軽く撫でるように滑り、わざとらしい親密さを装った仕草で彼の顔に近づいた。
スキンヘッドを覆う黒い布のクロブークが揺れ、シードの肩に触れる。
「美しい銀髪、銀色の瞳、整った顔立ち……本当に、あのお方の生き写しだ」
深緑の瞳が狂気の光を宿し、不気味に輝いた。
シードの母親のことを口にしているのは明白だったが、彼はその母についてほとんど知らない。
物心つく前に病で亡くなったと聞かされているだけの、遠い記憶の影にしかない存在だ。
総大司教はその事実を知っているかのように、恍惚とした声で言葉を漏らしながら、さらに顔を近づける。
唇が触れんばかりの距離に達した瞬間、シードが反射的に顔を背けようとすると――
「動くな」
低く響くその声と同時に、総大司教の左手がシードの首を掴んだ。
冷たく硬い指が次第に力を込めるたび、喉が締め上げられ、息が詰まっていく。
「……っ……!」
シードの身体が反射的に硬直する。
だが、銀灰の瞳は揺れることなく、冷徹にハイレンスを見据えていた。
「どうだ、その気高き瞳が濁るのを見せてみろ……」
ハイレンスは微笑み、歪んだ快楽の中で力をさらに強める。
シードの胸の奥で鼓動が鈍く響く中、彼はその男の意図を見極めようとしていた。
喉を締める手に込められた力は、権力に取り憑かれた野心家の支配欲そのものを体現しているかのようだ。
しかし、やがてその手は急に力を失い、離れていった。
総大司教は興味が失せたかのようにシードの首から手を放すと、彼を見下ろしながら吐き捨てるように言い放つ。
「……つまらぬ」
深い軽蔑と底知れぬ悪意が滲む声が落ちた。
シードは苦しげな呼吸を整えながら、胸に芽生えた冷たい感情を抑えるように目を伏せた。