教国の剣 〜孤独と虚無の鞘〜   作:えびふぉねら

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7話 修道女の誓い

 夜も更け、静寂が支配する時間帯。

 

 シードの自室に、怒りを孕んだ足音が響く。

 広々とした部屋には、魔術書や魔法機械(アーティファクト)が整然と並び、まるで知識の砦のようだ。

 

 その中を歩むのは、差し込む月光に金髪を輝かせたイリューフェだった。

 

「やっぱり、あの魔力の残滓はハゲレンスのもんじゃった!」

 

 憤りを隠さない彼女の言葉に、シードは顔を上げる。

 

 ハゲレンス――ハイレンス総大司教のことだろう。

 水竜の死体から汲み取った光の粒子を解析し、彼女はその魔力が総大司教によるものだと断定していた。

 

「そうですか。しかし、それを教皇に報告したところで……」

 

 シードの声は途中で途切れる。

 報告しても意味がない――いや、それどころか彼の忠誠心を疑われ、身柄を拘束される可能性すらある。

 自分の正義を貫くための道は、この国において極めて狭いのだ。

 

「じゃが、このまま放置したら、あのハゲの行動はどんどんえすかれぇとするぞぇ!」

 

 イリューフェは真剣な面持ちでシードの隣に立ち、そっと肩を寄せた。

 その声がふと静まり、次の言葉は消え入るように紡がれる。

 

「げい……シード殿。おぬしは、自分の幸せについて考えたことがあるのかぇ?」

 

「……幸せ?」

 

 彼は一瞬驚いたように目を細め、隣に立つ彼女を見つめた。

 その言葉の意味は理解できる――しかし、それが何を指すのか、彼には分からなかった。

 

 脳裏をよぎるのは、父である教皇の厳格な教え。

 感情は戦場では判断を鈍らせる不確実な要素であり、排除すべきものだと叩き込まれてきた。

 

 「幸せ」――そんな曖昧なものを追い求める余地など、彼の人生にはない。

 

「それは弱き者が追い求める、不確かな概念……僕には関係ないものです」

 

 シードの冷淡な答えに、イリューフェの瞳に悲哀が宿る。

 若くしてこれほどまでに感情を抑え込み、機械のように育て上げられた青年――。

 彼の背負う重圧が、その心をどれほど蝕んできたのか。

 

 そして何より、それを当然のように強いた教皇への疑念が胸を掠める。

 

「シード殿……」

 

 イリューフェは少し言葉を探すようにしながら、彼の手をそっと握りしめた。

 その温もりが、彼女の誠実さを物語るようだった。

 

「わしらはただ、おぬしに従うだけの者ではない。おぬしの未来を照らす光でありたいんじゃ」

 

 彼女の言葉は、まるで家族のような温かな響きとなって彼の耳に届いた。

 

「もし、おぬしが自身の道を見失った時、それを助けてやるのも、わしらの務めなんじゃ」

 

 握られた手を通じて伝わる想い。

 それは、どれだけ厳しい状況にあってもシードを支えたいという誓いだった。

 

「どうか、おぬしが後悔せぬ道を選んどくれ。わしらはいつだっておぬしの味方じゃ」

 

 月光が部屋の中に静かに降り注ぐ中、シードは彼女の言葉を噛み締めるようにして、ベールから覗く金髪を見つめていた。

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