「付喪神の囁き~大内義隆、歴史を紡ぐ~」   作:三浦左衛門丞

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お知らせ
こんにちは、紀理です。

第7話と第8話の間に閑話を挿入しているよ。

いつも、よしたかくんの側で彼を支える、まつゑさんと小四郎くん。
二人がどんな想いを胸に秘めているのか、その心の内を、私が少しだけ皆さんにお見せしています。

良かったらみてくださいね。
https://syosetu.org/novel/382169/8.html


第12話「冬に芽吹く絆」――凍てつく心に宿る光

 

(1511年)

 永正八年二月 亀童丸(きどうまる) 満三歳 数え五歳

 

 東向御殿の朝は、雪光に照らされていた。囲炉裏(いろり)の温もりが心地よく、侍女(じじょ)が炭を足す音が穏やかに響く。

 

 俺は母上の膝の上に座り、彼女の暖かな小袖(こそで)の袖を小さな手でくいくいと引っ張った。

 

「ははうえ。あねうえに、あいたい」

 

 脳裏に焼き付いているのは、月見の夜に見た珠姫の寂しげな横顔。

 あの人を、守りたい。柄にもなく、そう思ったのだ。

 

 俺の言葉に、母上は驚いたように顔を上げた。ここ数ヶ月で俺の言葉は急速に上達しており、母上は嬉しそうに目を細める。だが、すぐに困ったような表情で問いかけた。

 

「まあ、亀童丸。お上手になりましたね。ですが、どうして急に珠姫(たまひめ)に?」

 

「さむいから」

 

 たった一言。だが、その言葉に込められた深い意味を、母上は瞬時に悟ったようだった。彼女ははっと息を呑み、俺の瞳をじっと見つめ返す。その眼差しには、息子の成長への喜びと、そのあまりに早い成熟への戸惑いが浮かんでいた。

 

 俺がこくりと頷くと、母上は愛おしげに俺の頭を一度だけ撫で、すぐにその表情を曇らせた。

 

「まつゑ。あの子の母方の……あの事もあります。伝えるべきでしょうか」

 

「あの事」とは、珠姫の本家(ほんけ)が絡む影のことだろう。母上はそれを警戒し、珠姫との距離を測っている。

 

「そのままお伝えするのがよろしいかと。姫君もお寂しいのでしょう。若様の純粋なお心が、かえって良い橋渡しになるやもしれませぬ。それもまた、一考の価値ありと存じます」

 

 母上は少し迷った末に頷き、侍女に使いを出すよう指示した。俺は心の中で安堵した。これで、珠姫との絆を少しでも深められる。

 

 

 

 珠姫からの返事を待つ、ある日のことだった。俺は雪がうっすらと積もった庭で、小四郎の稽古(けいこ)を眺めていた。

 稽古は、真剣そのものだった。数え九歳とは思えぬほど鍛えられた体幹(たいかん)から放たれる木刀は、鋭い気合と共に空を切り、舞い落ちる雪片(せっぺん)を弾き飛ばす。

 

 やがて、百回は振ったであろうか。小四郎が木刀を納め、肩で大きく息をつく。その額からは汗が湯気となって立ち上っていた。俺は、侍女が慌てて羽織らせようとした上着を制し、一人で縁側(えんがわ)から庭へと降りた。

 

 雪を踏む俺の小さな足音に気づき、小四郎が驚いて振り返る。彼はすぐさま片膝をつき、頭を垂れた。

 

 俺は彼の前に立ち、その赤い頬と、かじかんだ手を見つめた。そして、記憶の底にある四十年の歳月分の重みを込めて、静かに、しかしはっきりとした声で告げた。

 

「こしろう。つとめ、ごくろう」

 

 瞬間、小四郎の肩がぴくりと震えた。彼がゆっくりと顔を上げると、その黒い瞳が驚きに見開かれている。

 

 小四郎の目から、それまで張り詰めていた緊張の糸がふっと解けていく。彼は込み上げる熱いものをこらえるように唇を固く結ぶと、再び深く、今度は雪に両手をつき、頭を地につけて平伏(へいふく)した。

 

「ははっ!この命、若様のために!」

 

 それは寒さを忘れさせるほどの、力強い誓いだった。俺たちの間に、新たな絆が結ばれたのを、俺は確かに感じていた。

 

 

 その後の数日間、小四郎の稽古を見る目が変わった。彼もまた、俺への接し方に微妙な変化を見せている。忠義(ちゅうぎ)という言葉の重みを、互いに理解し始めていた。

 

 

 そんな折、母上の計らいで姉上が東向御殿を訪れることになった。俺の「会いたい」がそのまま伝わったらしい。

 

 部屋では、侍女たちと貝合(かいあ)わせの遊びに興じるふりをしていた。

 俺はわざと間違え、隣に座る千世(ちよ)に甘えてみせる。

 

「ちよ、むずかしい」

「まあ、若様」

 

 千世が嬉しそうに手助けしてくれる。俺はすかさず褒めたたえた。

 

「ちよは、じょうずだなあ」

 

 千世は顔を真っ赤にし、他の侍女たちも微笑ましげにこちらを見ている。人心掌握の基本は、まず最も身近な者からだ。

 

 やがて、まつゑに導かれ、姉上とお芳の方が静かに入室した。雪のような白練(しろねり)の地に、大輪の椿(つばき)友禅染(ゆうぜんぞめ)で描いた華やかな小袖を纏った姉上は、数え七歳とは思えぬほど背筋を伸ばし、完璧な作法で座す。

 

「亀童丸さま、本日はお招きいただき、まことにありがとう存じます」

 

 その声と立ち居振る舞いは、月見の夜に垣間見せた素顔を隠し、年上であり本流の姫であるというプライドの鎧を纏っているようだった。

 

 母上は、その硬い挨拶をやわらかく受け流す。

 

「珠姫、堅苦(かたく)しい挨拶はよいのです。亀童丸がそなたを心待ちにしておりました」

 

 その言葉を合図に、母上はまつゑとお芳の方を伴って席を立つ。去り際にまつゑが千世に目配(めくば)せを残し、部屋には俺たちと数人の侍女だけが残された。

 

 場の空気を読んだ千世が、心得たとばかりに口を開いた

 

「若様、姫様。歌で遊びましょう。人はいさ 心も知らず ふるさとは」

 

 澄んだ声が部屋に響く。俺は転生前の知識が蘇り、思わず口を開いた。

 

「はなぞ……むかしの」

 

 言葉は途中で止めたが、部屋の空気が一瞬凍りつく。姉上が目を見開き、俺をじっと見つめる。その瞳には驚きと、ほのかな嫉妬(しっと)が混じっていた。

 

 千世が興奮気味に声を上げた。

 

「若様、まことにご賢明(けんめい)でいらっしゃいます。歌をそらんじていらっしゃるとは」

 

 他の侍女たちも「可愛くて賢いなんて」と褒め上げ、部屋が一気に賑わう。

 

「あねうえ、つづきを」

 

 姉上の目を見て、にっこりと笑いかける。

 

 姉上は動かなかった。俺の顔を、戸惑ったように見ている。プライドが、年下の、それも側室の子である俺の助け船に乗ることを許さないのだろう。侍女たちの期待に満ちた視線が、姉上の肩に重くのしかかる。

 

 しばしの沈黙の後、(うつむ)きがちに、ほとんど吐息のような声で呟く。

 

「……花ぞ昔の、()匂ひ(におい)ける」

 

 姉上の硬い表情が、確かに和らいだ。

 

 笑みは無いが、強張っていた室内の空気が変わる。

 部屋の静寂を破って千世が「まあ、姫様もお上手!」と声を弾ませた。

 その声に、姉上は顔をわずかに赤らめ、視線を俺のほうへ移す。

 

 姉上の口元に浮かんだ微かな笑みを、俺は見逃さなかった。 凍りついていた部屋の空気が、ふわりと溶けていくのを感じる。

 

 その後は、侍女たちに促されるままに始まった貝合わせや歌遊びが、穏やかに続いた。

 

 楽しげな笑い声の中で、姉上は時折、はっとしたように姫としての仮面をつけ直す。だが、今はそれでいい。この、年相応のたわいない時間が、今は何よりも重要だった。

 

 やがて宴が終わり、見送りの時が来た。姉上は去り際に振り返り、俺という存在を確かめるような強い光を瞳に宿していた。今日の目的は十分に果たせた。

 

 

 

 その夜、意識が浮上すると、俺は懐かしい場所にいた。そこはもう、戦国の御殿ではない。勤めていた、資料が山積みになった山口県庁の一室だった。

 

「よしたかくん、今日の主役は大変だったねぇ」

 

 机の端に腰掛け、白銀(しろがね)の髪を揺らしながら紀理がからかうように笑う。彼女の姿を見ると、四十年の人生を生きた「俺」の感覚が、すっと身体の中心に戻ってきた。

 

「今日の千世ちゃんたちの、あの熱狂ぶり! 若様も隅に置けないね」

「からかうな。計算の内だ」

「ふぅん? じゃあ、歌のことも?」

 

 図星を突かれ、俺は思わず黙り込む。そして、短い溜息と共に呟いた。

 

「……事故だ。危ないところだった」

 

 一瞬の油断が、全てを台無しにしかねなかった。その危うさを思い返し、俺は唇を噛む。

 だが、紀理はくすりと笑った。

 

「事故を、好機に変えた。見事な切り返しだったわね」

 

 手厳しい分析を予想していた俺は、意表(いひょう)を突かれて顔を上げる。紀理は悪戯(いたずら)っぽく片目をつむった。

 

「君が促したのは、歌の続きだけじゃない。珠姫ちゃんのための『舞台』だった。だから、あの一瞬が生まれたのよ」

 

 紀理の言葉が、すとんと胸に落ちる。そうだ。俺がすべきなのは、知識をひけらかすことじゃない。

 

「なるほどな。才の使い道、か」

 

 霧が晴れるような感覚だった。俺が目指すべき道が、はっきりと見えた。

 

「事故を、好機に変えた。見事な切り返しだったわね。でも、忘れないで。今の君はまだ赤子で、一人では何もできない」

 

「わかっている。だからこそ、考えねばならん」

 

「うん。じゃあ、問うけど。その覚悟を持つ今の君に、決定的に足りないものは何?」

 

「俺の『手足』だ。俺の意志を汲み、俺が動けない分を補ってくれる人間。小四郎のような剣だけではない。共に学び、天下を語らえる『友』であり、揺るぎなき『臣下』となるべき存在だ」

 

 俺の答えに、紀理は満足そうに深く頷いた。

「了解。じゃあ、始めようか。君が(つむ)ぐ、新しい歴史の布石(ふせき)をね」

 

 夢が薄れていく中、俺の心には、これまでとは違う、より強く、確かな覚悟が刻み込まれていた。





現在は週1ペース金曜日での更新を予定しています。
裏で資料調べや構成を進めており、時代背景や物語に深みを持たせる準備中です。

執筆の裏話や進捗状況はNOTEにも書いていますので、
制作過程やChatGPTに興味がある方はぜひ覗いてみてください。
朗読版も用意しました。VOICEVOXで読み上げた音声を、Noteの記事内に埋め込んでいます。

https://note.com/miura_saemonjo/n/n1dbde4b0bb2b

※AIツール(ChatGPT等)を執筆の補助に使いながら、自分の構想をもとに書いています。AIの可能性などを模索し、比較などもしています。
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