インフィニット・ストラトス―空を駆ける渡鴉― 作:D-ケンタ
二時間目が終わったあと、教室内の空気は授業前と違っていた。
『……』
それもそのはず。授業の途中でやってきたレイヴン、彼は男性であり、彼女たちの認識では二人目のISの男性操縦者ということになる。
一人でも驚きだったのに、まさかの二人目。気にならないはずがない。
それでも誰一人レイヴンに話しかけに行かないのは、彼の纏う空気によるものだ。それがどこか話しかけづらい雰囲気を彼に纏わせ、周囲の生徒たちは気になりこそすれ話しかけることはできずにいた。
そんな中で、彼に接近する人影が一つ。
「よ、よお」
『……』
声をかけられ視線を向けると、そこには同じクラスの男子で、一人目の男性操縦者、織斑一夏が立っていた。
「レイヴン、だっけ?俺は一夏。たった二人の男子だし、仲良くしようぜ」
そう言って右手を差し出す一夏。レイヴンはその手に一瞬視線を向けると、彼の手を握り返す。
『…オリムラ・イチカ。よろしく頼む』
「おう!ところで気になってるんだが、首の機械で話してるのか?」
『…そうだ。声帯が不自由でな』
そう言って首の機械を触る。
実際にはこの機械はダミーであり、レイヴンの身体がISを量子変換したものだと気づかれないようにする擬態の一つである。
「病気か何かか?ああいや、言いたくなかったら言わなくてもいいんだ。困ったことがあったら何でも言ってくれ」
『…分かった』
無表情のまま頷くレイヴンに、一夏も笑顔で返す。
一夏がレイヴンに話しかけたことで、教室内の緊張した空気が和らぎ、クラスメイトたちの安堵のため息が聞こえる。
そんな中、一人の女子生徒が彼らへと歩み寄った。
「ちょっとよろしくて?」
「へ?」
その女子生徒は、堂々とした立ち姿で彼らの前に立っていた。
そのオーラからは、一般人とは違うものが感じられる。
「訊いています?お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
態とらしく声を上げて信じられないといった表情を浮かべる女子生徒に、レイヴンと一夏は自然と顔を見合わせる。
「悪い、俺はお前がどこの誰か知らないんだ。レイヴン、お前は?」
一夏が若干申し訳なさそうにそう答えたあと、レイヴンへと話を振る。
「な、なんですの?」
レイヴンはジッとその女子生徒を見つめてから、声を出した。
『…セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生』
「へー」
「あなたは少しは礼儀をわきまえてるようですね」
感心したような二人を差し置き、レイヴンはさらに続けて話す。
『貴族の生まれで、数年前に両親を亡くしている。IS適性はA。専用機は第3世代型ISブルー・ティアーズ。同名の自律兵器を搭載した射撃特化機体であり、中長距離戦闘を得意とする』
スラスラと彼女―セシリアの情報を話していくレイヴンに一夏は驚き、当のセシリアの表情も引きつっていく。
「あ、あなた、どこまで知ってるんですの?」
『…少し調べただけだ』
そう返すレイヴンに妙な感じを覚えながらも、セシリアは一つ咳払いをし、表面上は取り繕う。
「ま、まぁいいですわ。その方のおっしゃった通り、わたくしは選ばれた人間、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのですよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そ、そうか。それはラッキーだ」
なんとか調子を戻したセシリアのセリフに、一夏はそう返しながらも、頭の中ではあまり理解はしていなかった。
それが伝わったのか、セシリアは苛立ったような表情を浮かべる。
「大体、そちらの方はともかく、あなたはISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを動かせると聞いていましたから、少しくらい知性を感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
本当に困ったように一夏が返す。レイヴンは二人のやり取りをただ見ていた。
「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方の様な人間にも優しくしてあげますわよ。ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから」
「入試って、あれか?ISを動かして戦うやつ?」
自慢気に話すセシリア。だがこのあとに一夏が言い放つ言葉は想像できなかっただろう。
「あれ?俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
称賛が返ってくると思ったらまさかのセリフに、セシリアは開いた口が塞がらないといった感じであった。
「倒したというか、勝手に壁に突っ込んで自爆したんだがな。レイヴンは?」
二人の視線がレイヴンに向く。彼の表情はこの教室に来たときから変わらずの無表情であり、何を考えているか予想がつかない。
しばし無言の時が流れたあと、レイヴンが答えた。
『…試験は受けていない』
「え、それはどう」
「それはどういうことですの!?」
ずぃっとセシリアが身を乗り出してレイヴンに問いかける。
「試験も受けずに入学できるなんて、そんなの可能なはずありませんわ!」
『…事情があってな』
「その事情とは何ですの?」
あまりの剣幕に一夏も止めようとはしたが、自分も気になったので黙ってレイヴンの返答を待つ。気づけば周囲の生徒たちも耳を傾けていた。
『…それは言えない。知りたければ、オリムラ先生に聞いてくれ』
「な、なんですのそ」キーンコーンカーンコーン
言いかけたところでチャイムが鳴る。このままではオリムラ先生に目玉を食らうぞと言われ、各自自分の席へと戻っていった。
そして程なくして、不穏な空気を残しながらも次の授業が始まった。
◇
「再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな」
授業が始まってすぐ、ふと思い出したように千冬がそう言った。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。……まあ、クラス長だな。一度決まると一年間は変更できないからそのつもりで」
教室内がざわめきだす。その様子を咎めることもせず、千冬は生徒たちへと問う。
「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
「はいっ。織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思います」
やはり当然というべきか。男子である一夏を推薦する声が上がる。次々と上がる推薦に当の本人は困惑しているが。
「な、なんでそうなるんだ!」
「自推他推は問わないと言っただろう」
「だ、だったら俺はレイヴンを推薦する!」
悪あがきのように一夏がレイヴンを推薦する。
「レ、レイヴンさんか…」
「いやでも、結構いいかも」
「あのクールな視線で見下されたい!」
一部変な意見はあったものの、レイヴンが推薦されたことに好意的な声が上がる中、千冬は微妙な表情でレイヴンを見た。
それはそうだろう。彼の正体を知る彼女にとって、彼がクラス代表になるのはあまり歓迎できないだろう。
『…構わない』
レイヴンがそう発言すると、教室内のざわめきが大きくなり、千冬は頭を抱える。
しかしこの喧騒に待ったをかける声が上がる。それは千冬からではなく、ある生徒から上げられた。
「納得がいきませんわ!」
それはセシリアの声だった。
彼女曰く、男というだけで選出することに納得いかないらしい。更には、実力的に自分が選ばれるのが妥当だと。
もっともらしく聞こえるが、いけなかったのは彼女はその演説の中で他国を馬鹿にするような発言をしてしまった。それが一夏に火をつけ、互いに口論へと発展する。
「決闘ですわ!」
「いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」
そして決闘で決着をつけようということになったのだが、ここで問題になるのがレイヴンだ。
「さっきからだんまりですけど、あなたもですのよ」
『……』
彼も推薦されている以上、この勝負に参戦するのが当然だろうが、十蔵との約束がある。
レイヴンは千冬へと視線を向ける。
「…はぁ。今回は仕方ない。クラス代表はオルコットの案を採用する。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。三人とも用意をしておくように」
そこで話を終えた千冬は授業を再開する。終了後、千冬はレイヴンを呼びつけた。
内容は先ほどのことだ。
「面倒なことに巻き込んだな、すまない」
『構わない。これも普通の人生に必要なのだろう』
「学園長には、私から説明しておく。まあ、奴らにはいい薬だろう」
『分かった』
話を終え、戻ろうとしたレイヴンだったが、千冬に止められる。
「分かってると思うが、当日はくれぐれもやりすぎないようにな」
『分かっている。ジュウゾウとの約束だ。殺しはしない』
そう言って教室に戻るレイヴンを見送った千冬は、深くため息を吐いた。
◇
全ての授業が終わり、生徒たちが寮へと帰宅する頃、レイヴンは学園長の前へと呼び出された。
高級そうなソファーに腰掛けるレイヴンの眼の前には学園長の轡木十蔵が、テーブルを挟んで座っている。さらにその横には織斑千冬が立っており、部屋の中は異様な空気となっていた。
「どうですか?初めての学園生活は」
『正直なんとも言えん。ジュギョウも、クラスメイトとの会話も、すべてが始めての経験だ』
「そうですか。まぁ初日ですからね」
そう言うと、十蔵はテーブルに置かれたカップを手にとり、中の紅茶を一口飲む。
「ところで織斑先生から聞きましたが、何でも今度クラス代表の座をかけ決闘するとか」
『ああ』
「話の経緯は分かっています。まぁ、彼女たちにとってもあなたにとってもいい経験になるでしょう。ですがくれぐれも、やりすぎないようにお願いします」
『分かっている』
レイヴンの返答に十蔵は一息吐き、彼の眼を見て続ける。
「ISには絶対防御という、搭乗者を守るシステムがあります。しかしそれも完璧ではありません。万が一どちらか、あるいは両方が」
『大丈夫です。いざという時は私がいます』
突然この場にいる誰の声とも違う女性の声が、レイヴンの発声用スピーカーから聞こえてくる。
「え、エアさんか。驚かさないでください」
『すみません。そんなつもりはなかったのですが…』
「ふぅ…。確認しておきたいのですが、もしその"いざ"という時が来たら、どうするつもりなんです?」
十蔵の疑問ももっともだ。もしもの時どういう手法をとるのか知っておきたいというのは当然だろう。
『その時は、レイヴンの機体の制御を奪い強制停止させます』
「そんなことが可能なのですか?」
『はい。現に今この身体の主導権は私にあります』
その発言に十蔵と千冬はレイヴンの様子をみる。
確かに先程からレイヴンは発言しておらず。細かい所作もその雰囲気もレイヴンのものとは違う。
『…エア。そろそろいいか』
『失礼しました、レイヴン。今お返しします』
レイヴンとエアの声が続けて聞こえたと思ったら、レイヴンの首が下がり、再び上がると雰囲気がまた変わっていた。
「えっと、今はレイヴンさん、で合ってますか?」
『ああ。見ての通り、エアの方がこの身体の制御は俺より上手だ。万が一は彼女が止めてくれる』
「随分信頼されているのですね」
『当然だ。話は終わりか?』
「ええ。お時間を取らせました」
レイヴンはソファーから立ち上がると、そのまま退室した。
残された二人は不安そうな顔でその背中を見送るのであった。
◇
IS学園の学生寮。その一角にある長らく使われていない、半分物置とかしていた部屋。そこがレイヴンに割り当てられた部屋だった。
はじめこそエアが不満を口にしたものの、空いてる部屋がここしか無かったのと、レイヴンが気にしないというのでこの部屋に決まったのだ。
『……』
《お疲れ様です。レイヴン》
古びたベッドに腰掛けるレイヴンに、エアが労いの言葉をかける。
先程とは違い、この声はレイヴンにしか聞こえていない。
《これが、ウォルターが望んだ、"普通の人生"なのか。エア》
《恐らくそうでしょう。ルビコンにいた頃に閲覧した文献にも学校というのが記載されていました。ここで過ごせば、"普通の人生"を送れるでしょう》
《そうか…なぁエア》
レイヴンはエアに呼びかけると、一拍おいてさらに続ける。
《俺は正直、この生活が良いのかまだ分からない。ルビコンにいた頃と違いすぎる》
《レイヴン…》
《だが…分かったことが一つだけある》
キィ、と音を鳴らし、レイヴンは首を回して視線を窓の外へと向ける。
《今日を過ごして、アイスワーム戦の時と近い感じがした。恐らく俺は、"楽しい"のだと思う》
《レイヴン…そうですね》
レイヴンの言葉に相槌をうつエアの声は、どことなく優しい声色であった。
窓の外からは、月明かりがレイヴンの身体を照らしていた。