僕のヒーローアカデミア ヒノカミ英雄譚 作:枝那
雄英体育祭が終わり、2日間の休みを経て、いつものように授業が始まる。
その体育祭の熱狂の渦中にいた縁壱と一佳の二人は、雨の中談笑しながら通学路を歩いていた。
「ねぇねぇ、キミたち!!」
「?、はい」
突然見ず知らずのサラリーマンに声を掛けられ、二人は立ち止まる。
「ヒーロー科の火神縁壱くんと、拳藤一佳さんだよね!」
「はい、そうですが…」
「体育祭見てたよー!二人とも、ナイスファイトだった!」
どうやらこのサラリーマンは体育祭を観ていたようだ。全国が注目するビッグイベントなのだから当然と言えば当然なのだが。
そのサラリーマンが声を掛けたのを皮切りに、いつの間にか人だかりが出来ていて二人は囲まれていた。
「まさかオールマイトに勝っちゃうなんて」「拳藤さん2位惜しかったね」「おじさん感動しちゃったよ~」「握手お願いしまっス!!」「ヤバ!生で見るとめっちゃ可愛!!」「お姉さまって呼んでもいいですか……?」
「あ、あわわわ………」
大勢の人から注目を浴び、さすがの彼女もしどろもどろになってしまう。他方縁壱はいつもと変わらぬ仏頂面のまま律儀に応対していた。
「つ、つかれたぁ……」
人混みを抜け出した一佳は、弱弱しくそう声を漏らす。
授業どころかHRもまだ始まっていないというのに、ゲッソリとやつれている。
「ここまで観てくれる人がいるとはな。雄英の知名度は末恐ろしい」
「そうだね。一瞬で注目の的になっちゃったよ」
二人が歩くのを再開してしばらく経つと、やがて校門が見えてくる。
「あ、火神くんに拳藤さん。おはよう」
「おはよー」
「ああ、おはよう、緑谷。怪我治ったんだな。良かった」
「うん。まだ少し痛むけどね」
いつも通り変わらない様子の緑谷だが、その顔には疲労感が浮き出ている。
「その様子だと、お前も大勢の人に話しかけられたようだな」
「やっぱり、火神くんたちもか……。凄いね、雄英ブランド」
「なー」
三人が肩を並べゆっくり歩いていると、後ろからバシャバシャという水音が近づいてくる。
「何呑気に歩いているんだ!遅刻だぞ!おはよう三人とも!」
カッパに長靴というスタイルで、雨の道も気にせずズカズカと走っていくのは飯田。
「遅刻ってまだ予鈴5分前だよ?」
「雄英生たるもの10分前行動が基本だろう!!」
飯田につられて三人も急いで校舎へ走っていく。その途中で、二人はあることを思い出した。
飯田の兄、ヒーロー・インゲニウムが敵に襲われたという連絡が入り、彼は体育祭を早退した。尊敬している兄が傷つけられ、思い詰めていないか気が気でなかったが……
「兄の件なら心配ご無用だ」
緑谷がそのことについて尋ねると、彼はカッパを脱ぎながらそのように答えた。
「要らぬ心労をかけてすまなかったな」
心配をかけたことを詫びながら彼らに笑いかけ、飯田は先んじて教室へと向かっていった。
「………」
(……いや、アレは)
けれど二人には、彼の笑顔がどこか作り物のように思えてならなかった。
◇
「おはよう」
一佳と別れ、緑谷と共にA組の教室へ入る縁壱。既にほとんどの生徒が集まっており、歓談を交わしていた。
「お!火神じゃん!」
彼が入って来たのに気付いた上鳴が真っ先に声を掛ける。
「なあなあ、お前も来る途中話しかけられた?」
「そうだ。やはり皆も同じようだな」
「やっぱりなー!」
やはりと言うべきか、他のクラスメイトたちも登校の途中で話しかけられていたそうだ。彼らは自分が思っていた以上に世間の関心を集めていたことを理解させられた。
「でも火神くんだけは別格だよねー」
「そうそう。ニュースでもめっちゃ報道されてたし」
「『オールマイトに勝利したニューホープ』とか、『新たな平和の象徴』とか、色々言われてたよな」
「正直他はあんまり話題にされてなかったよね」
「マスメディアは勝手だ!」
雄英体育祭は毎年多くの関心を寄せている。特に今年は1年A組が敵の襲撃を受けたということもあり、より注目を集めていた。
その中でもとりわけ、縁壱への興味・関心は他の生徒の比ではなかった。学生がオールマイトと戦い勝利を収めたのだ。それにメディアが食いつかない筈もなく、彼に関してはこの二日間様々なニュース番組やサイトで取り上げられていたのだ。
「そうか」
「いや反応薄?!」
「あのさぁ、もうちょい喜ぶとか驚くとかしろよ!?」
「そう言われてもな。オールマイトに勝ったとはいえ、それがヒーローとしてオールマイトより優れていることにはならないだろう。メディアがそのように評価してくれるのはありがたいが、未熟な俺には荷が勝ち過ぎている」
世間から持て囃されようと平常運転な彼に、クラスメイトたちは呆れたような目を向けた。
「何と言うか色々無頓着と言うか……」
「もう少し自分に興味持てよ?」
「お早う」
HR開始を告げるチャイムと同時に、相澤が黒板側の扉から教室に入る。するとさっきまでの喧噪はピタリと止んで、生徒たちは一斉に席に着く。もうすっかり慣れたものだ。
「相澤先生、腕の包帯取れたのね。良かったわ」
「婆さんの処置が大げさなんだ。んなもんより今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ」
相澤の発言に空気が鋭く変化する。
(特別!?小テストか!?やめてくれよ~)
(ヒーロー関連の法律やら、ただでさえ苦手なのに…)
一体何が来るのかと身構えている生徒たちに向けて相澤の口から放たれるものとは。
「『コードネーム』。ヒーロー名の考案だ」
「胸ふくらむやつ来たああああ!!」
先程のピリついた空気からは一転、身構えていた生徒たちは一斉に立ち上がってハイテンションに叫んだ。
それを一睨みで黙らせた後、相澤は概要を話し始める。
「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から…つまり今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だ!」
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その指名の集計結果がこれだ」
轟:4123
爆豪:3556
常闇:360
緑谷:319
飯田:283
上鳴:272
八百万:108
切島:68
火神:32
麗日:20
瀬呂:14
「例年はもっとばらけるんだが、二人に注目が偏った」
黒板に映された指名件数が、ありありとプロヒーローからの期待を示す。轟と爆豪の2トップ、それ以下の生徒との差は圧倒的だ。
「おぉーーっと?火神票少なくねぇか?」
「そりゃそうだろ。オールマイトに勝てるような奴に何教えんだっつー話だ」
「逆によく30人も集まったもんだ」
体育祭で戦った縁壱は、プロヒーローたちにその将来性を見せつけた。だが、それとこれとは話が別だ。学生の身でありながらオールマイトに比肩する力を持つ彼は、自分たちでは持て余すと判断したプロたちが大半だったのだ。
「1位と3位逆転してんじゃん」
「戦いからも分かるほどのクソ下水性格だからなぁ。ビビっちまうのも仕方ねーわ」
「ビビッてんじゃねーよプロが!!」
「流石ですわ轟さん」
「ほとんど親父の話題ありきだろ」
(指名来てる……やった!!)
轟の前に敗れてしまった自分にも指名が来ていることに、緑谷は喜びを噛みしめている。自分の努力が認められたような気がして、涙すら出そうだ。
「これを踏まえ、指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」
『!!』
「おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して より実りある訓練をしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたァ!」
「まあ仮ではあるが 適当なもんは…「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」」
「この時の名が!世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
相澤の言葉を遮り、カツカツとヒールを鳴らしながら教室に入って来たのはミッドナイト。
「まァ、そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。名を付けることで将来自分がどうなるのかイメージが固まり、そこに近付いていく。それが「名は体を表す」ってことだ」
「“オールマイト”とかな」
ホワイトボードとペンが順に配られ、各々がヒーロー名を考え始める。自身に最も合う名は何かと頭を悩ませる者もいれば、幼い頃から考えていた名をすらすらと書いていく者もいる。
そして15分が経過すると、ヒーロー名が決まった者から自身の名前を発表することになった。
クラスメイトの前で発表するという中々に度胸にいる形式に空気がざわついている中で、トップバッターとなったのは青山。
「輝きヒーロー、“I can not stop twinkling”(キラキラが止められないよ☆)」
『短文!!!』
「そこはIを取ってCan’tに省略した方が分かりやすい」
「それねマドモアゼル☆」
そこじゃねーだろ、と皆が心の中でツッコむ。
教室の雰囲気が不穏なものになっていく中、次は芦戸が手を挙げた。
「じゃあ次アタシね!エイリアンクイーン!」
「2!!血が強酸性のアレを目指してるの!?やめときな!!」
「ちぇー」
(バカヤロー!最初に変なの来たせいで大喜利っぽい空気になったじゃねーか!)
より手を挙げづらくなった空気の中で、蛙吹が名乗り出た。
「小学生の時から決めてたの。
「カワイイ!!親しみやすくていいわ!!皆から愛されるお手本のようなネーミングね!」
蛙吹の発表のおかげで妙に緊張感のある空気が緩んで、彼らは囃し立てるようにフロッピーと連呼する。
(((ありがとう
それから、彼らは次々と自分のヒーロー名を発表していく。
憧れのヒーローに因んだ名前や、自身の“個性”を由来とする名前など、十人十色である。
「爆殺王」
「そういうのはやめた方がいいわね」
………中には、ヒーローとしてあまり相応しくない名前もある。
クラスのほとんどが発表した頃、縁壱も手を挙げた。
「これが俺のヒーロー名です」
ボードには『ヒノカミ』とだけ、達者な文字でシンプルにそう書かれていた。
「ヒノカミ…名字からもじったのね!呼びやすくていいと思うわ!!」
「ええ。ですが、意味は違います」
「あら。そうなの?」
「はい。これは『日の神』。皆を明るく照らせる太陽のような存在になりたいという願いを込めてこのように名づけました。『神』などとは、俺には過ぎたる名前ですが」
「へぇ……いいじゃない!そういう名前に込められた意味ってヒーローとしてやっていく上で大きな指針となるわ」
ヒーロー名決めもかなりスムーズに進んでいった。残るは再考の爆豪と、飯田と緑谷の三人だ。
飯田は自分の名前をヒーロー名にした。その次に、緑谷が教壇へ立つ。
「!?」
「えぇ緑谷いいのかそれェ!!」
緑谷のヒーロー名を見た者たちが驚きの声を挙げる。
「うん。今まで好きじゃなかった。けど、ある人に“意味”を変えられて…僕には結構な衝撃で…嬉しかったんだ」
自信を持ってはっきりと言う。
「これが僕のヒーロー名です」
『デク』。それが彼の選んだ名前だ。
一名を除いて全員のヒーロー名が決まり、その授業は終了した。
「爆殺卿!!」
「違うそうじゃない!」
◇
晴れてヒーロー名を決定した後は、職場体験先を選ぶ。
指名のあった者はその中から選び、指名がなかった者は雄英が事前にオファーした40件の受け入れ先から選ぶ。
縁壱は30人ほどの指名から職場体験先を選ぶことになる。
「うわ火神スッゲェ!みんな実力あるヒーローばっかじゃん!!」
「ヨロイムシャにミルコに…ホークスまでいる!」
縁壱を指名したヒーローの名前を見て、皆は自分のことのようにはしゃいでいる。彼の指名数は轟や爆豪ほどではないが、そのリストに名を連ねるのは上位ランカーのヒーローばかりだ。
その高い実力故に多くのヒーローが指名を遠慮したが、逆に言えば指名するヒーローはそれだけ自分の力に自信のある実力者ということだ。
とは言え、闇雲に上位のヒーローを選べばいいというものではない。自分の“個性”・能力を考えて、そのヒーローが得意とするジャンルや活動地域などを考慮して選ばなければならない。
リストを眺めていると、あるヒーローの名が目に留まる。その名前を見た途端、彼は大きく目を見開いた。
(このヒーローは―――)
「アレ?確かそのヒーローって10年くらい前から活動休止してる筈じゃ……」
一緒にリストを見ている緑谷が怪訝な声を出す。全盛期はビルボードチャートトップ10に入るほどのヒーローではあったが、10年ほど前に表舞台から忽然と姿を消した。今の若者で知っているのなんて、親の影響か、緑谷のような生粋のヒーローオタクくらいだろう。
緑谷がはてなマークを浮かべている横で、縁壱はリストを眺めたまま、ただ黙っているのみだった。
◇◇◇
職場体験、当日。
ヒーロー科の生徒たちは駅に集まっている。
「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりすんなよ」
「はーい!!」
「伸ばすな、『はい』だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」
相澤がそう言うとクラスは散らばり、それぞれ職場体験先のある地域に向けて移動の準備を始める。
「常闇は九州かー。俺とは逆方向だな。火神は?」
「俺は京都の方だ」
「そっか!そっちでも頑張れよ!」
別れを告げて、縁壱は京都行の新幹線のホームに向かう。
「……本当にどうしようもなくなったら言ってね。友達だろ」
「………ああ」
その道中で、緑谷と麗日に別れの挨拶を済ませて自分の職場体験先へと向かう飯田が縁壱の目に入る。
「飯田」
「……火神くん」
声を掛けられ、飯田が立ち止まる。
「俺にはお前の気持ちを推し量ることは出来ない。だけど、その行動の結果――友やお前の家族がどう思うのか、これだけはよく考えてほしい」
「………すまない」
飯田は短く謝罪を述べた後、移動を再開した。
遠くなっていく彼の背中をしばらく見つめた後、縁壱もホームまで歩みを進めていった。
「お久しぶりで御座います──」
「──
【雄英コソコソ噂話】
ちなみに、一佳の指名件数は4251と、僅差で轟を上回っていたぞ!
また投稿するまでの期間が長くなると思うので、気長にお待ちください。