視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第9話

 嵐を抜けた後はしばらく順調な航海が続いた。天候は晴れたり曇ったりを繰り返しパッとしな

かったが、船団の足取りは軽かった。特一号船団は今、本土とマリアナ諸島との中間地点に差し

掛かりつつある。全船が無事平穏。今のところ問題はない。今のところは。

 薄明、東の空がゆっくりと明るさを増し、太陽が一日の始まりを告げつつあった。陸の上なら

鳥や虫の声で朝を感じることも出来るが、洋上には一匹の虫もいない。機関の音と波を切る音、

風の音がする程度のものだ。南下する船団の周囲で、7隻の護衛船達は敵を警戒し続けている。

 ここ数日の緊張が集中力を乱したのか。それとも魔が差したのか。僅かに、ごく僅かに艦娘達

の注意力は散漫になっていた。そしていつだって、敵はその最悪のタイミングに限ってその牙を

露わにする。

 最初に気がついたのは船団の左側にいた望月だった。2本の雷跡を見つけると、いつもの眠そ

うな目が大きく見開かれ、次に口がそれに続いた。

「9時方向に雷跡!」

 気付いた時には手遅れだった。輸送船団のうち、もっとも左端に位置している西波丸めがけて

魚雷は突き進み、磁気信管により彼女の足下で炸裂した。艤装が一瞬にして粉々になり、高い水

柱が上がる。炎と共に爆発が起こったが、燃えさかる暇もなく海中へと沈んでいった。船員も船

娘も、痛みを感じる暇すらなかっただろう。それどころか自分の身に何が起こったかすら分から

ないまま没していったのかも知れない。2本目の魚雷はその右前方の第11北浜丸へ飛び込んだ。

撃沈こそ免れたもののスクリューと舵が砕かれ、あっという間に操船不能に陥る。船団内に混乱

が走ったが、朝潮の指揮は早かった。

「対潜戦用意! 私と望月、東丸で敵潜を追う! 光丸は船団の指揮を執って方位230へ離脱!

 動揺と混乱で船団の陣形は乱れつつあった。中には勝手な方向へと舵を切る船娘もおり、それ

が一層の無秩序を引き起こした。

「みんな、隊形を乱さずに付いてきて! コラぁっ、勝手に離れるなぁ!」

 光丸の叫びにも関わらず、何隻かの船娘が気ままな方向へと進み出す。敵がそれを見逃すはず

はなかった。被雷しながら懸命に進んでいた北浜丸に、第二波の魚雷が2本が襲来。うち一本が

文字通りのクー・ド・グラースとして突き刺さる。赤い血潮と黒い燃料が水柱と共に巻き上げら

れ、周囲には艤装の破片が降り注いだ。船団から離れた朝潮、望月、東丸の3隻は魚雷が発射さ

れた方向に突き進み、探信儀で海中を探る。敵潜は太陽の昇る東側から攻撃を掛けてきた。朝日

で海上が見づらくなり姿を隠せるという寸法だ。雷撃後すぐ深く潜航するのがセオリーだから必

ずしも太陽を背にする必要はないのだが、きっちりそれを実行してくる点に脅威を感じた。

「この潜水艦、舞鶴を襲ったやつなんだろうね」

 望月が一人納得するように呟いた。朝潮が間髪入れず喚起する。

「そう思った方が良い、本気で掛からないと返り討ちに遭う!」

「とはいえこう味方の船が多いと、ノイズだらけで何がなんだかね!」

 東丸はそうぼやきながらも探信儀の反響音に神経を集中させる。ピンを打って、待機。ピンを

打って、待機。僅かに違う感触があった。正面、近い。

「見つけた! 正面ちょい左、距離600m!」

「よし、私と望月が『キラー』として攻撃する。『ハンター』役を任せる!」

 彼女たちが使う爆雷は一度投下すると命中せずとも設定された深度に達し次第爆発する。する

と海中をひっちゃかめっちゃかにかき回し投下した本人の水中への索敵能力を一時的に奪う。ま

た全速で動く艦娘は自身がノイズの発生源となりやはり索敵能力が低下する。そこで一隻が索

敵・管制役、一隻が攻撃役となる「ハンター・キラー」が対潜戦闘の基本だった。

 朝潮の思い切った決断に東丸は少々気後れしそうになった。旗艦自ら突っ込み、攻撃のタイミ

ングを自分に任せる、しかも一度に二隻の「キラー」を管制しろと言う。よほどこちらを信用し

ていなければ出来ない決断だった。やって見せようじゃん。東丸は唇を舐めると一層集中の度を

増した。朝潮と望月は速力を上げながら、爆雷が最も効率的に散らばるよう互いに距離を取った。

調定深度60m。東丸の「今だ!」との叫びを聞いて2隻の艦娘は爆雷を投下し始める。

「いよっ!」

 望月は声を上げながら投射機に手を掛ける。投下軌条と投射機からほぼ等間隔に複数発がバラ

まかれ、鈍い音を立てながら沈んでいく。投下が終わってから20秒ほどの沈黙。

 まだ爆発しないのか、敵が逃げてしまう――東丸はいつもながら爆雷の沈下速度の遅さに一人

やきもきした。朝潮が、そしてのんびり屋の望月までがそう思い始めた頃ようやく爆雷が起爆し、

水面が盛り上がった。同時に聴音機・探信儀がノイズの海に溺れる。しばらく経ってやっと海中

の様子が探れるようになるが、撃沈したのか取り逃がしたのか失探してしまった。慌てる3隻の

足下に大量のあぶくと破片が浮かび上がってきた。どうやら敵潜のものらしい。

「撃沈した……かなぁ?」

 望月が浮かんできた黒色の破片をつま先でつつきながら聞いた。

「あまり楽観的に考えない方が良いと思います。ですがかなりのダメージは与えたに違いありま

せん」

「敵潜に位置を知られた訳だから、これからドンドン敵が集まってくるんじゃない。ねぇ朝潮ち

ゃん?」

 東丸の疑問はもっともだった。今し方迎え撃った深海棲艦も、攻撃前に敵船団の位置を味方に

あまねく知らせただろう。新たな敵潜や水上艦艇、下手をすると空母艦載機が襲ってくる可能性

はある。3隻は退避させた船団を追いかけて合流する。顔の見える距離になると光丸が真っ先に

口を開いた。

「東姉ぇ、潜水艦はどうなった? やっつけた?」

「沈めたかどうかは分かんないけど、とりあえず引っぱたいた上で追い払ったよ」

 東丸と光丸は互いに握った拳を突き出すジェスチャーをした。それが祝勝の合図らしい。

士気の高い彼女ら特設駆潜艇に比べ、船団には不安と恐怖とが垂れ込めていた。これが初めての

輸送任務となる船娘も決して少なくないし、経験を積んだ船娘の中にも味方が撃沈されるのを始

めて見る者がいた。断末魔を上げる暇もなく、形見すら残らずに深い深い海の底へと落ちていく。

その光景はおおよそ全ての艦娘と船娘の網膜にしっかりと焼き付けられ、目を閉じれば鮮明に浮

かび上がる映像として脳に刻みつけられた。

 だが、恐れていた所で目的地までの道のりが縮む訳では無い。朝潮が全員に喝を入れ、それで

もなお陣形を組みたがらない輸送船を牧羊犬のように追い立て回し、ようやく元の進路へと復帰

した時にはとうに日が昇っていた。再び船団の先頭を行く朝潮に、「今までしてなかったけど、

ジグザグ運動はやんないの?」と望月がこっそり聞く。唇を真一文字に結んで少し考える朝潮だ

ったが、やはりする気が起きなかった。

 ただでさえ遅い船団の進みをさらに遅くしたくない、というのがひとつ。まともに船団を組ん

だ経験のない船娘達が玉突き事故を起こすのではないかとの疑念が消えないのがひとつ。ジグザ

グ運動にはあまり効果がないという話を最近聞いていたことがもうひとつだ。舞鶴鎮守府で駆逐

艦娘、潜水艦娘の合同演習が行われたが、朝潮も参加した架空の船団護衛とそれに対する襲撃演

習において、ジグザグ運動の有無は損害とあまり関係が無いように感じたのだ。ある潜水艦娘な

ど「例え巡洋艦がジグザグに走っていたとしても簡単に沈めてみせるでち!」とまで言い切って

いた。だから今回の護衛任務ではきっぱり止めてみることにしたのだ。しかしやはりするべきだ

ったのか? いや、たとえそうしたところで舞鶴を襲撃するような相手に効果があるだろうか?

 朝潮が周囲に警戒しつつも逡巡する間に、時計の針は12時近くまで回っていた。水上にも海中

にも敵は見あたらない。敵潜による再びの襲撃は無いらしかった。それとも、夜まで待っている

のか。朝から頭をフル回転させっぱなしの朝潮だったが、彼女を疲れさせる出来事がまたひとつ

生じた。すなわち、彼女の装備する電探が何者かを探知したのだ。驚いて電探――提督から丁寧

に扱ってくれと念を押された上で支給された13号電探――を操作する妖精に詳細を報告させる。

北東、約120キロに編隊らしき反応を確認したという。敵か味方かは不明だが一直線にこちらに

向かってくる。味方だと思い込めるほど朝潮は楽観的ではなかった。そう思うには、彼女は死線

と言うものを見過ぎていた。状況からして敵である蓋然性の方が遥かに高い。覚悟を決めて口を

開いた。

「全船へ警告、北東120キロに敵編隊を確認した。巡航速度から言って2,30分後には接敵するの

は間違いない。対空戦闘の用意を!」

 

 

「潜水艦の次は爆撃機か、大歓迎だな」

 光明丸の船橋にツチガミのいつもの皮肉が響いた。先ほどの魚雷攻撃でかなり肝を冷やした光

明丸とその船員妖精達だが、それでも彼らは幾度かの実戦を経験している。艦載機の迎撃など始

めてのことではあるが、しかし驚きこそすれ恐れはしなかった。要するに戦闘とやらに慣れてし

まったのだ。それが良いことなのか悪いことなのか、光明丸には分からなかった。13ミリ機銃と

47ミリ砲を今一度確認して何時でも撃てる体制へ。敵が来るという北東の空を睨むが、雲が流れ

ているだけで見えるはずもなかった。

 特一号船団は輸送船娘達を中心として密集した輪形陣を組む。船団の周囲を行き来して警戒し

ていた望月も船団の最後尾に移動し吉祥丸と並走する。船娘達は空襲が近いことを聞いて予想通

り混乱し、ために陣形を変えるのにも手間取った。貴重な時間を浪費する様子に朝潮は苛立った

が、しかし口や表情に出すほど迂闊でもなかった。電探上の敵は以前こちらに近づいている。

少々進路がずれているようで、このまま見つからずにやり過ごせるかと淡い期待を抱いたが、次

にはその期待を思考の隅へと追いやった。何事も最悪を考えて行動するべきだ。各輸送船娘、護

衛の艦娘へ逐一情報を送って敵機が来ると思われる方向を重点的に見張らせる。

 もうそろそろ、もうそろそろだ。電探にかじり付いている妖精が敵機との距離を読み上げるた

びに朝潮の鼓動は早くなった。船員妖精たちが双眼鏡に眼を押しつけていると、ふと、水平線の

すぐ上に、ゴマを撒いたような点が見えた。まさかと思ってよくよく見ているうちにそのゴマ粒

は数と大きさをどんどん増していき、徐々に輪郭が鮮明になる。それは艶のある黒色をした、か

ぎ爪のような鋭い形の物体だった。

 見間違えるまでもなく深海棲艦の艦載機である。

 敵機発見が告げられると同時に対空戦闘は始まった。射程に入った順に艦娘達の火砲が次々と

火を吹く。まずは朝潮の12.7センチ砲と望月の12センチ砲。続いて東丸と光丸の8センチ砲。こ

の時にはもう敵機の姿が肉眼でもしっかり確認でき、ワンテンポ遅れて万寿丸の短5センチ砲と

光明丸の47ミリ砲が発射された頃にはその数が約40機であることまでが見て取れた。敵機が上空

に迫ると今度は機関砲・機関銃の出番となる。光明丸には意外だったが、丸腰だと思っていた輸

送船娘のうち何隻かは武装しており、銘々が大小様々な武器で応戦していた。艦娘と船娘合わせ

て合計十数隻分、上は12.7センチから下は7.7ミリまでの多種多様な砲弾と銃弾が敵機に襲いか

かる。運良く敵機に命中したものもあったろうが、多くは煙を噴きながら編隊から離れるだけで

撃墜しきれない。全体としてはさして被害もなく近づきつつある。

 対空射撃は当たらない。時速数百キロで動く目標を、数十キロの速さで動いている上に波で揺

れる海上の砲台から狙おうというのだ。電探・射撃指揮装置・火砲の完全連動、射撃諸元の自動

測定と自動算出、僚艦への機械的な目標振り分け、探知した目標情報の即時の共有と更新、電算

機に脅威となる目標から順に優先順位をつけさせて射撃……などというのは夢のまた夢の話だっ

た。

 だから、敵機に砲弾を命中させようという考えは最初から捨てて、その変わりその進路上に可

能な限り大量の砲弾を集中させる。この無差別な攻撃こそが日頃「弾幕」と呼ばれている物の正

体である。究極的には空中を弾丸で埋め尽くして敵機が存在できるスペースを「物理的に」無く

すことが目的だ。が、そのために必要な無限に等しい大砲と機銃、砲弾と銃弾を用意することが

出来た艦船は未だかつて存在しない。

 敵機に向けて降り注ぐ曳光弾混じりのシャワーに、光明丸はこんな弾幕を突破してくる敵など

居るのかと錯覚してしまう。いままで自分1人で敵を撃ったことはあったが、これだけの艦娘が

合同して撃ちまくるような経験はなかった。だが、光明丸の意に反して何機もが弾幕の隙間を縫

って進入、投弾体制に入る。船団の左後方から進入した敵機は手近な目標を見つけると急降下に

入った。火線は一層濃密になって敵機を追うが、むなしく空を切り明後日の方向へと吸い込まれ

ていく。

 投弾。一升瓶くらいはありそうな爆弾が放り出され、瞬きする間に輸送船永長丸の右前方に着

弾した。激しい水柱が上がり、右へ左へと大きく揺さぶられる永長丸。だが誰にも彼女を見続け

ている暇はなかった。敵機は次々と降下を開始し好き放題船団を食い荒らす。投弾を終えた敵機

は行きがけの駄賃とばかりに機銃掃射を浴びせていった。防弾などまるでない輸送船や特設特務

艇には気ままな機銃掃射ですら致命傷になりうる。光明丸にも、もう周囲の様子を見ている余裕

はない。近づく敵機すべてに機銃弾を撃ちまくる。撃墜できずともその照準を乱すくらいは出来

る。

 叫び声が聞こえた。だが見ている暇はない。

 悲鳴が聞こえた。だが振り返る暇はない。

 敵機が光明丸に狙いを付けた。だが沈む気は毛頭無い!

 左側のアームから伸びた13ミリ機銃に新たな弾倉をたたき込むと、左前方で降下体制に入った

敵機へ狙いを付け引き金を引く。命中している手応えはあるもののバラバラになるどころか火も

吹かない。1丁目の13ミリ機銃が弾切れし、2丁目もそれに続く、そして弾倉を交換した3丁目が

まさに弾切れになろうとした時、敵機から黒煙が吹き上げた。そのままきりもみしつつ海に突っ

込み、小さな水柱を立てる。

「撃墜したぞ!」

 船橋ではエビが快哉を挙げていた。いざ戦闘になれば、特設監視艇の船員妖精達は手持ちぶさ

たになる。戦艦や空母の船員妖精なら山ほど仕事があるだろうが、僅かな装備しかない光明丸は

彼女自身で全て管理できてしまう。

「おい! 3時方向!」

 喜ぶエビの首を掴んでツチガミが反対方向を向かせた。低空、ほとんど海面にくっつくような

低空を編隊を組んだ敵機がこちらへと向かって来ていた。雷撃機! と船団の誰かが叫び、火線

が一斉にそちらへと集中する。光明丸は左腕を突き出して13ミリ機銃を放つが、3丁目に僅かに

残っていた弾はあっという間にはき出されてしまう。弾倉を変える時間はない。47ミリ砲の狙い

を付けつつ、その砲弾を前掛けの弾薬庫から左手でひっつかむ。

 初弾。遥か右後方へと逸れた。その様子を見てエビは外れたぞと叫びそうになったが、そんな

事をしても何の役にも立たないことを思い出し、じっと敵の観測をする。もし敵が魚雷を投下し

たら右へ逃げるか左へ逃げるかを計算していた方がよほど有益だった。

 次弾、狙いは近いがまだ右にずれる。乾いた音を立てて空薬莢が排出され、海へポチャリと落

ちる。砲弾を装填し、三度目の正直。砲弾は敵機の正面から突き刺さり、瞬時に炸裂。一撃でバ

ラバラにした。巡洋艦や戦艦から見れば豆鉄砲以下の47ミリ砲弾でも、航空機を粉砕するには十

分すぎる威力だった。とはいえ光明丸始め多数の艦娘・船娘が迎撃したにもかかわらず、撃墜、

または撃退した敵機は半分ほどだけだ。残りの敵機はなおも接近すると魚雷を投下、離脱に掛か

る。こうなると迎撃どころではない。光明丸は少なくとも4本の魚雷を視認した。面舵一杯、と

いうエビの指示の下思い切り体をひねり右に傾ける。舵が効き始めるまでのタイムラグの間も魚

雷はドンドン接近する。20メートルか30メートルか、とにかく結構離れた距離を魚雷は通過して

いった。

 しかし、それは光明丸を狙っていなかったと言うだけで、見当外れな攻撃という訳ではない。

必死の回避行動にもかかわらず、魚雷は光明丸の左前方、光丸の左後ろにいた輸送船金山丸に命

中した。巨大な水柱を上がり、艤装のキールがへし折れたらしく文字通り真っ二つになって沈ん

でいく船娘。即死だろう。辛くも生き延びた何人かの船員妖精達はほとんど放り出されるように

して海中へと飛び込んだ。

「飛び込んじゃだめだっ!」

 光丸が悲痛な叫びを上げた。撃沈された金山丸のすぐ後ろから別の輸送船娘が迫る。それを見

て取った船員妖精は必死の形相で彼女から逃げようとし、船娘自身もまた海上でもがく船員妖精

を避けようと舵を切ったが、全ては遅すぎた。船員妖精達は彼女の艤装にはね飛ばされ、あるい

は艤装が起こす波に飲み込まれ、最悪の場合はスクリューに巻き込まれた。輸送船娘が通過した

後しばらく経っても誰一人浮いてこなかった。仮に生存者が居たとして、どうすればよいのだろ

う? 敵機が攻撃してくる中で足を止めて救助するのはただの自殺行為だし、空襲が終わった後

で撃沈された地点に引き返して生存者を捜すのは恐ろしいまでの時間の浪費だ。

 かくして「仕方ない」の4文字の下に船員妖精達の命が軽んじられることがままあった。

 昼前に始まった深海棲艦の艦載機による攻撃は1時間ほどで終わったようだ。撃沈された輸送

船娘3,損傷を受けた船娘6,うち全てが航行可能。空襲前に潜水艦の襲撃を受けて沈んだ輸送船

娘が2隻だから、31隻居た船団は今や26隻だ。不幸中の幸いにして、護衛艦には全くの損害がな

かった。というよりむしろ敵機は輸送船を優先して攻撃してきたようだった。

 船団の最後尾にいる吉祥丸が無傷であることに誰も側が目を疑う。「無事だよぉー」と言って

手を振る彼女を見て、あまりに小さすぎて獲物にもされなかったのだろうかと皆勝手に納得しか

けた。しかし隣で戦っていた望月が証言するには、彼女は艇長の指示の下で舞うように水上を動

き続けることで爆撃と機銃掃射を躱していたのだそうだ。もちろん、デタラメな動きやその場の

気分で回避運動をした所で避けられる物ではない。やはり艇長が只者では無いのだろう。

「陣形このまま、続航します」

 朝潮の号令の下、特一号船団はさらに南下を続ける。

 


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