視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第14話

 作戦の中止と転針を聞いて輸送船娘たちは一瞬明るい顔をした。が、それはすぐに落ち込んだ

物憂げな表情へと変わる。すでに午前6時を回っている。敵艦載機はいつ現れてもおかしくなか

った。今度も100機以上の攻撃となるだろう。そして闇夜というアドバンテージがない以上、特

一号船団の運命は誰の目にも明らかだ。朝潮の「特一号船団の後方から来ている救援部隊と合流

する」という言葉から発せられる希望より、見えない敵機から発せられる絶望の方が遥かに巨大

だった。船団唯一の電探を破壊された以上、頼りになるのは目だけだ。合わせて11隻分の艦娘船

娘、そして船員妖精の目という目が少しずつ明るくなっていく空へと向けられた。雲は少なく、

少々波があるが航海には支障ない。敵機からもこちらからも相手がよく見えることだろう。光明

丸もしまい込んでいた双眼鏡を取り出し警戒を始める。エビとツチガミも見張り台に登って周囲

を監視する。30分経ち、1時間経ち、1時間30分が経とうとしたとき、ある輸送船娘が突然叫んだ。

「敵、敵! 敵です!」

 興奮のあまりろれつが回らなくなっている彼女は指さしして何度も繰り返し叫ぶ。彼女の人差

し指が示す方角を見ると、確かに黒い点のようなものが見えた。後方から迫ってくるのだから、

敵機に他ならない。1機だけと言う事は偵察機だ。奴はこちらの射程に入る前に特一号船団の存

在に気付くだろうし、入った所で対空砲弾が命中するより速く敵船団発見の報を母艦に知らせる

だろう。それでも、朝潮は全船対空戦闘用意と命令を下す。直ちに前に全ての船の全ての武器が

後方に指向され、射撃開始を待つ。朝潮は12.7センチ砲を構え、初弾を装填した。ぐっと右腕を

伸ばして狙いを付けるが、どうも様子がおかしい。その航空機は一向に高度を下げることなくこ

ちらへ近づいてくる。それに、徐々に大きくなるその姿は深海棲艦の艦載機に見られるアイロン

のような、猛禽類の爪のような形をしていない……。はっと気がついた瞬間、望月の12センチ砲

が火を吹いた。

「全船撃ち方止め! あれは味方だ!」

 戦いの火蓋を切った望月に釣られて、何隻かの船は射程距離外にも関わらず機銃を撃ち始めた。

朝潮が大声で撃つな、撃つなと繰り返し制止してようやく静かになった頃には、その機体は特一

号船団の上空へと差し掛かかっていた。大急ぎで船員妖精に命じて無線機に取り付かせる一方、

信号灯で上空の航空機に誰何する。

「我戦艦『榛名』搭載機ナリ。只今索敵任務ヲ完了シ帰投中」がその返事だった。

 自分たちが大損害を受け退避している輸送船団であること、敵空母艦載機の行動圏内にいるこ

と、それら空母は一昨日にマリアナを襲撃した機動部隊と同一であるらしいこと、母艦にそれを

知らせ救援に来て欲しいことなどを急いで伝えると、ブーンという乾いたエンジン音とともに下

駄履きの友軍機は上空を通過し、そのまま旋回して輸送船団の周囲をぐるっと回った。誰もが藁

にもすがる思いでその一挙一動を見つめる。

「貴船団ノ窮状把握セリ。母艦ニ打電ス。現針路ヲ堅持シ全速デ航行サレタシ、貴船団後方7海

里ニ敵艦見ユ」

 船員妖精から逐次無電の内容を聞いていた朝潮は口から心臓が出るかと思った。7海里! も

う目と鼻の先ではないか! 焦る朝潮だったが、続けて打電された友軍機の言葉で全てが吹き飛

んだ。

「サレドモ安心サレタシ。母艦ハ貴船団ノ北方9海里ニ位置ス。既ニ我ノ眼下ナリ」

 味方機は速度を上げ前方へと飛び去る。みるみる小さくなっていく深緑色の機体を眺めながら

朝潮は自問自答した。

「間に合った、の?」

 友軍機! なんと素晴らしい言葉だろうか。ここ数日まったく見ることも聞くこともなかった

言葉、どれほど待ち焦がれたか筆舌に尽くしがたい言葉! それはともかく、敵も味方もすぐ近

くにいるらしい。戦艦が一隻だけでうろつくことはないから、数隻の味方がいる事になる。それ

にしても戦艦榛名とは。彼女は舞鶴所属の艦娘だ。彼女を始めとする艦娘が舞鶴の艦隊から連合

艦隊へと引き抜かれたのだろうが、何か運命的なものすら感じてしまう。何人かの輸送船娘たち

は生気を取り戻したのか、あるものは喜びに震え、またあるものは涙を流し始めた。艤装から身

を乗り出すようにして万歳する船員妖精までいた。だがしかし、喜ぶのはまだ早い。ここで焦る

のが一番良くない。頬を叩いて気を引き締める朝潮に、数分の後今度は吉祥丸と光明丸からの報

告が同時に入る。

「朝潮せんぱい! 後方6時の水平線に煙みたいなのが見えます!」

「朝潮さん! 前方の水平線上に煙が見えます!」

 光明丸が言い終わらないうちに、突然船団の真ん中に巨大な水柱が立った。驚いて空を見上げ

る光明丸だがそこには何の姿もない。潜水艦かと思って周囲を見回している最中にも次々と水柱

が打ち立てられていく。

「あっ! 後方の煙、やっぱり敵みたいです! 3隻くらいいる!」

 吉祥丸からの2度目の報告。友軍機の話通りに事は進みつつあるようだ。こいつが特一号船団

に砲撃しているに違いない。しかも初弾からこの精度だ、おそらくレーダー射撃だろう。しばし

思考を走らせた朝潮は即座に決断した。

「よし、私と望月で敵を食い止める。光明丸は船団の指揮を執り針路このまま、味方と合流せ

よ!」

「えっ……あっ、はい!」

 光明丸がまごつく間にも朝潮と望月は方向転換し、機関に唸りを上げさせ敵へと向かっていく。

それを尻目に残された特一号船団は必死に離脱する。光明丸のディーゼル機関は雄叫びを上げ、

スクリューは勢いを増して海水をかき回し始めた。朝潮たちの姿はどんどん小さくなっていき、

前方からやって来る味方の姿はどんどん大きくなってくる。1隻、2隻、3隻と味方のシルエット

が増えるたび、特一号船団に安堵が広まっていく。

「前から来る艦娘、どんなのか分かるか?」

 敵艦に続いて敵機までがやってこないか監視を続けているエビが、後方を向いたまま光明丸に

尋ねた。言われるがままに双眼鏡で覗いてみる。複縦陣で迫る艦娘たちは少なく見ても6隻を下

らない。その先頭を行く艦娘の姿を視界に捉えた瞬間、まばゆい光がレンズごしの世界を埋めた。

主砲を撃ったのだ。巨大な主砲弾は光明丸たちの頭上を飛び越え、朝潮と望月の頭上をも飛び越

え、特一号船団を追う深海棲艦のそばへと着弾した。主砲発射に伴う爆煙が晴れ、砲撃の主の姿

が再びはっきり浮かび上がる。特徴的なカチューシャと巫女服のような出で立ちだった。

「戦艦です! 戦艦金剛、榛名。その後ろに重巡もいるようです!」

 船橋で見張りをしていたツチガミとワタノキは思わず目を合わせた。

金剛とエビの間に色々と、一方的な思い込みではあるがとにかく色々とあることはワタノキもツ

チガミから聞いている。その金剛とよりにもよってこんな状況でこんな出会い方をするとは、幸

か不幸かは別として恐ろしくツイている巡り合わせだ。報告を聞いたエビは少しだけ振り向こう

としたが、ひとことも言わないまますぐに後方の監視に戻る。金剛と榛名の2隻は主砲を続けざ

まに撃ちながら近づいてくる。そのまま顔色すら分かる距離まで接近し、船団と戦隊とが交差す

る。2隻の高速戦艦の後を重巡古鷹、青葉、駆逐艦不知火、浜風が続いていく。舞鶴鎮守府の切

り札的存在と言える高練度な艦娘ばかりだった。特一号船団の誰もが彼女たちを驚いた様子で見

た。だが見られた金剛たちもまた、特一号船団を驚いた顔で見返した。

 機銃掃射で艤装に穴を開けられ、あるいは爆撃と雷撃で船体をもがれた貨物船とタンカーたち。

苦しげな足取りで前進を続ける船娘たちの護衛をするのは、たった2隻の特設監視艇。その特設

監視艇もかたや艤装に亀裂が入り、もう一方は艤装の一部を砕かれている。潜水艦と空母艦載機

が特一号船団に刻みつけた惨害は、いつも陽気な金剛にすら苦々しい顔をさせるに足るものだっ

た。榛名が金剛になにやら言うと、金剛は頷いて背後を振り返る。配下の駆逐艦に身振りを交え

て命令を下すと、そのまま敵艦の方へ全速で進んでいった。榛名と2隻の重巡はそれに続いたが、

駆逐艦は反転し、そのまま特一号船団を守るように展開した。不知火が光明丸にぐぐっと近づく。

表情は生真面目で、目つきはほとんど殺人的なまでに鋭い。ちょっと恐そうな艦娘だな、と一人

おどおどしている光明丸に不知火が言った。

「我々が護衛します。このまま続航してください」

 抑揚の少ない、落ち着き払った話し方だったが、こういう時には逆に安心できる声音といえた。

振り返って朝潮と望月の様子を伺う。双眼鏡を使ってもよく分からないほど離れているが、すで

に砲撃戦が始まっているらしい。船団はもう大丈夫だ。助太刀に行かなくては! けれども光明

丸は浮かび上がった考えを即座に否定する。行った所で足手まといになるだけだ。別の艦娘だっ

てこちらに駆けつけているだろう、それに本当に支援が必要なら不知火や浜風が向かうはずだ。

とはいえ、これではまるで戦友を見捨てるみたいではないか。いやいや朝潮は味方と合流しろと

命令したのだ。このままでいい。このままで。一方には安堵、もう一方には気がかりを感じなが

ら光明丸は戦場から退避を続ける。

 

 

「砲雷撃戦用意! 適当に相手をしたら煙幕展張して時間を稼ぐわ!」

「あーい!」

 全速で深海棲艦へと迫る朝潮、望月の二隻。単縦陣で接近していた敵は、全艦が砲撃できるよ

う右に回頭し続けている。こちらから見ると敵が横一列に並んだように見え、そのおかげで敵艦

隊の構成が分かった。もっともそれは全ての敵艦からこちらが見えている事、つまり全敵艦がこ

ちらを射線に捉えていることを意味する。敵の先頭を行くのは重巡リ級エリート。しかも2隻い

る。後に続くのは駆逐ニ級が4隻。火力と速力のバランスが取れた打撃部隊と言った所だ。駆逐

艦2隻が真正面からぶつかったところでどうにもならない。嫌がらせ程度の砲撃戦で攪乱するの

が精一杯だ。せめて酸素魚雷があれば、その長大な射程を活かして一太刀浴びせることも出来た

だろうが、朝潮型と睦月型に酸素魚雷は装備されていない。有るか無いかで言えば、ある。少な

くない数の酸素魚雷と四連装発射管が鎮守府の工廠で出番を待っている。けれどもそれらは前線

で戦う艦娘に優先配備されるのが常で、遠征が主任務の艦娘は往々にして装備の更新が行われな

かった。舞鶴鎮守府がずぼらだというのではない。上は軍隊から下は私企業まで、予算と時間と

優先順位の壁は常に分厚い。それだけだ。しかし、である。もう何度も何度も朝潮が心の内で繰

り返した言葉を引用するなら「今はそんな事を考えている場合ではない」。

 敵艦隊は2隻に対して頭を取る――すなわちT字戦に持ち込もうとしている。そうはさせまいと、

朝潮と望月は取り舵して敵艦隊の頭を抑え逆に自分たちがT字戦の主導権を得ようとする。二つ

の艦隊が互いに相手の前に出ようと運動を繰り返すが、どちらにも相手を圧倒するだけの速度が

なく、企図を達せられない。最終的に両者は同航戦へともつれ込んだ。砲撃戦が開始され、数え

切れないほどの主砲が朝潮と望月へと向けられる。深海棲艦がチカチカ光ったと思った次の瞬間

にはいくつもの水柱が周囲に立ち上った。これはまずい。並走されつつ袋だたきにされる。朝潮

は攻撃中止を即断し、船員妖精に命じて煙幕を展張させる。ところが。

「! 作動しない!?」

 真夜中の空襲で13号電探に衝突した敵機、あれが煙突に余計な穴を開けるついでに煙幕発生機

にも悪さをしていったのだろう。煙幕発生機はほんの数秒間だけ動作した後、配管かタンクかが

音を立てて吹き飛び、完全にその機能を停止した。望月のそれは何とか動いているが、1隻だけ

の煙幕ではとても身を隠せない。敵弾は夾叉を始めている。このままでは危険だ。しかし身を隠

すためのその煙幕が張れないのだ! 朝潮がパニックにならなかったのはひとえに経験の賜物だ。

と同時に、経験は朝潮に「生存のために取り得る行動がもうない」事も予感させた。ほとんど反

射的に、機械的に先頭のリ級へ12.7センチ砲を構える。朝潮はほんの一瞬、ここで倒れても良い

と思った。自分が撃沈される間に、特一号船団は安全な距離まで逃げ切ってくれるだろう。そし

て目の前の深海棲艦は、今まさに来てくれた援軍が打ち倒してくれるだろう。

 だけどもそうはならなかった。突如飛来した砲弾が先頭を行くリ級を包み込み、けたたましい

音と共に艤装がはじけ飛んだ。一撃で満身創痍になったリ級の、その後方を行くリ級にも重い主

砲弾が降り注ぐ。斉射されたらしい8つの水柱は初弾から夾叉していた。朝潮が驚きと困惑が混

じった声を挙げるのと同時に、2隻目のリ級に36センチ弾が突き刺さった。弾薬庫にまで届いた

のか、数メートルはあるかと思われる火柱を立ててリ級は沈んでいく。思わぬ増援に形勢不利と

判断したのか、ニ級は一斉に回頭すると同時に煙幕を展張、置き土産とばかりに魚雷を放ってい

った。まぐれ当たりを狙ったのだろうが、さすがにこの距離では命中するはずがない。それでも

念のために回避運動を取らざるを得ず、稼ぎ出したその時間を使って敵は白く重い煙幕の向こう

へとかき消えていった。その鮮やかさに朝潮は悔しさを募らせた。この二級の一連の退避行動こ

そ、朝潮がやりたかったことそのものなのだ。

「朝潮ー! もっちー! 大丈夫デスカー!」

 立ちこめる煙幕から距離を取る2隻が振り返れば、もう肉声でやりとりできるほどの近さにま

で金剛たちが近づいていた。舞鶴鎮守府分遣艦隊第二戦隊。舞鎮から連合艦隊へ貸し出された艦

隊を構成する戦隊のひとつだ。

「支援、感謝します。戦況はどうなっていますか?」

「お姉様の水偵が敵艦を発見したので、交差針路へと急行していたところです。あなた方の事は

私の水偵から聞きました。それにしてもこんな所に友軍の輸送船団がいたなんて、榛名、驚きで

す」

 榛名が説明する言葉の後半部分に嫌みやわざとらしさは見えず、特一号船団の事を知らないよ

うだった。本当に知らないのか、知らないふりをしているのか。確かに太平洋上には今この瞬間

も大量の輸送船団が航行しているのだからその一つ一つにまで気に掛けておらずとも不思議では

ない。しかし一方で彼女たちは罠に掛かった獲物を仕留めるためにここへ来たのも事実だ。余計

な詮索はやめよう、と望月は結論づけた。無駄に疲れるだけだ。

「私たちがしっかりEscortするから二人も退避してくださーイ。偵察によれば敵には戦艦がいる

みたいデース」

「いえ、まだ弾薬も燃料もあります。お供します」

 頼もしい味方の参上に戦意が湧いてきたのか、朝潮はやる気だった。一方望月は「えぇ~めん

どうくさーい」という表情を恥じることもなく見せる。金剛・榛名の後ろから古鷹・青葉もやっ

て来る。6隻は海上に静止し、しばし相談する。不知火・浜風を今から呼び戻すのは非効率的だ

し、小破したとは言えまだまだ戦闘の継続が出来る駆逐艦を手放すのも惜しい。結局6隻で戦隊

を組むことに決した。敵艦隊へ向けて進撃を再開しよう、とした所で金剛は自身の船員妖精から

入電したことを告げられる。呉鎮守府分遣艦隊は空母4、戦艦4、その他の艦艇多数から成る機動

部隊を発見、これと交戦に入る――という短い電文だった。

「What!? じゃあワタシたちが見つけた艦隊は別働隊というわけデスカー?」

 歯がみして悔しがる金剛だが、機動部隊相手に戦艦2重巡2ではさすがに分が悪い。呉鎮分遣艦

隊には武勇の誉れ高い第一航空戦隊がいる。加えて電文に記されていた敵機動部隊の位置はここ

からかなり離れている。加勢に行くよりかは自分たちが発見した敵艦隊の相手をした方が良い。

提督に敵空母撃沈の戦果をプレゼントしたかったネーと残念そうにする金剛を、望月は冷めた目

で見つめた。その空母を命と引き替えにおびき寄せた輸送船娘の死に様を見ても同じ事を言える

だろうか? そんな考えが一瞬浮かぶが、頭を振ってすぐに消し去る。今しがた余計なことを考

えるのはよそうと決めたばかりだ。

 ニ級が張った煙幕は未だ晴れていない。先ほどからその煙幕が少しずつ薄まる様子を眺めてい

た古鷹は、ハッとすると険しい表情で煙幕をにらみ付ける。同時に左目に妖しげな光をたたえさ

せた。

「煙幕の中から何か出てくるようです!」

「対水上電探には何も映ってませんよ?」

 青葉が返事をしながら額に手をかざして煙幕を眺める。煙で出来たカーテンの向こうは全く見

えない。

「間違いありません! 来ます!」

 古鷹が言い終わる前にそれは煙幕から飛び出してきた。のっぺりとした煙にいくつもの穴が開

き、黒く小さな深海棲艦が大量に姿を現す。水切りする小石の如く海面を激しく跳ねながら、一

直線にこちらへ突撃してくる。

「全艦散開、各個に射撃開始! Hurry up!」

 金剛の声に弾かれ、止まっていた各艦が同時に動き出す。小回りの利かない戦艦である金剛・

榛名は後方へ下がり、朝潮と望月が正面に出る。古鷹と青葉はその中間に陣取りアシスト。

「なんでこんな洋上に魚雷艇がいるんだよっ!」

「それは倒してから考えれば良いわ! 私は右からやる、望月は左をお願い!」

「あいよーっ」

 煙幕を突っ切って第二戦隊へと襲撃を掛ける敵魚雷艇は40ノット近い速度を出しながら迫り、

こちらを視認するや否やあっという間に隊列を解き各艇がバラバラに動きながら突き進んでくる。

やっと味方と合流できたのにこれだよ。心の中で愚痴りながらも望月は12センチ弾をつるべ撃ち

にする。すばしっこい魚雷艇相手では命中弾を得ることは難しいが、当たりさえすれば一撃だ。

奴らの排水量は50トン前後。吉祥丸より小さいのだ。その小ささゆえに、波に紛れてしまい対水

上電探に映らなかったのだろう。一方で装備している22.5インチ魚雷は警戒に値する。命中すれ

ば戦艦や空母でも致命傷になるからだ。そして駆逐艦娘と同じく、深海棲艦の魚雷艇も大物、つ

まり高価値目標である戦艦・正規空母の類を優先して狙ってくる。だから一隻たりとも後ろへ通

す訳にはいかないのは望月も了解している。言葉とは裏腹に積極的に前へ出て射撃を続ける望月。

10発近く撃ってようやく命中した。横転して海中へと叩き付けられる深海棲艦。だが喜んではい

られない、まだ山ほどいる。

「9,10,11……少なくとも12隻います! 気をつけて」

 古鷹は敵の数を数えながら、4門装備する12センチ単装高角砲に思い切り俯角を掛ける。重巡

の20センチ主砲では魚雷艇相手には牛刀割鶏だ。

「高角砲狙って、そう。撃てぇーっ!」

 1門の高角砲が火を吹き、瞬く間もなく着弾。盛大な水柱を立てる。しかし魚雷艇の速すぎる

動きに照準が付いていかない。すかさず修正して次の1門を撃つ。タイミングは合っているもの

の着弾点がやや遠い。さらに修正して次の一発。三度目の正直は見事命中し魚雷艇の中央に大穴

が開いた。敵艦はそのまま空中分解する飛行機のように、粉々になりながら海面を滑って行った。

光ったままの左目が次の目標を捉える。古鷹の左前方から魚雷艇がすっ飛んでくる。高角砲を撃

つが当たらない。思い切って主砲すら撃ったが、一足遅く最大俯角の内側へと滑り込んできた。

ほとんど体当たりするかに見えた魚雷艇は彼女の左脇すれすれを通り後方へ侵入する。方向転換

して追うような時間はない。

「抜かれた! 青葉、お願い!」

「はいはーい、撃ちますよぉー!」

 青葉の12センチ高角砲と25ミリ機銃が火を吹く。右へ左へ蛇行しながら避けようとする魚雷艇

だが、鞭のようにしなって追う射線に捕まり機銃弾を浴びた。そこへ12センチ砲弾が命中し撃沈

される。安堵した古鷹へ休む間もなく次の魚雷艇が青葉へ迫る。朝潮が取り逃がしたらしい一隻

がひっそりと忍び寄っていたのだ。その魚雷艇は自棄になったのか装備する機銃・機関砲を乱射

しながら突っ込んでくる。駆逐艦相手ならともかく重巡相手には効きはしない。古鷹・青葉の二

人がかりで仕留めに掛かるが、意外な粘りを見せ砲弾を避け続けた。これでもかと撃ちまくりよ

うやく命中した頃になって、敵は自棄になったのではなく自ら囮になったのだと分かった。

 金剛たち第二戦隊目がけて突入せず、その周囲を注意深く走っていた3隻が頃合いを見計らい

突撃を開始する。朝潮と望月が目を付けていない地点、かつ古鷹と青葉からも遠い地点を探り出

し、さらに彼女らが他の魚雷艇に気を取られるまで待ってから突進を始める。目標は金剛と榛名。

脇目もふらず全速で疾駆する3隻の深海棲艦は、まるでゴールへ向けて全力疾走するラグビー選

手のようだった。10時の方向から来ます! と隊内電話を通じて榛名の叫び金剛の耳に届いた。

互いに数メートルの間隔を開け、着弾の水柱をスラロームするようにかわしながら魚雷艇は近づ

く。

「副砲、しっかり狙うネー、Fire!」

 巨大な発砲炎があがり、轟音と共に15センチ砲弾が撃ち出される。避ける、避ける、まだ避け

る。執念のこもった動きを続ける3隻の魚雷艇と、回避しつつ迎え撃つ金剛。榛名も加わり2隻分

の砲弾を次々撃ち込まれるが、それでも退かない。1隻が被弾し砲弾もろとも波間に消えても深

海棲艦は止まらない。獲物を追うライオンか、はたまた犯人を見つけた警察官か。自分自身を誘

導装置とし我が身に構わずこちらを狙ってくる魚雷艇に、金剛は一瞬薄気味悪さを覚え、背中に

冷たい汗が流れる。魚雷艇はついに射程距離に2隻を収める。黒色の大型犬のような醜い物体が、

勝ち鬨のような唸りを上げるのを榛名は聞いた。

 合わせて8本の魚雷が僅かな間をおいて次々発射され、真っ白な気泡の尾を引きながら向かっ

てくる。金剛は取舵、榛名は面舵を目一杯に切って避けようとする。33.5ノットの雷速は魚雷と

しては速くないとはいえ、戦艦だって自動車のようには加減速できる訳では無い。ごく至近距離

まで近づいてから放たれた魚雷を避けるのは至難の業だった。それでも金剛は自分に向けられた

魚雷を一本かわし、二本かわし、三本かわした。偶然の結果ではない。金剛の腕だ。金剛もまた

第二戦隊の旗艦を任せられるだけの練度があるのだ。それを自覚している金剛はどうだと言わん

ばかりに榛名を見る。だが榛名は真っ青な顔で見返して来た。まさか、と思って海面を見回した

時には遅すぎた。白い尾が呼び寄せられるように自分へ向かってくる。

 Mark13魚雷の弾頭に詰め込まれたトルペックスは、金剛の足下で炸裂した。

 


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