視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第17話

「させない!」

 二級が魚雷を放つのを見るや、金剛は回避しきれないだろう事を光明丸は直感した。金剛の動

きがやけに鈍重だし、魚雷の迫り方が輸送船へ向け放たれた雷撃機のそれに完全に一致していた

からだ。おまけに彼女は海中を走る魚雷に艦砲射撃まで加えている。よほど余裕がないのだろう。

魚雷と金剛との間に割り込む光明丸。二者の直線上に入った瞬間、爆雷を調定深度20メートルで

次々投下する。10秒足らずで調定深度に達した4個の爆雷はほぼ同時に炸裂した。発生する盛大

な衝撃波の中へ魚雷は飛び込んでいく。

 潜水艦をも砕く爆雷である。魚雷が耐えられる道理は無い。ある魚雷はへし折られ、ある魚雷

は誘爆し、また別の魚雷はジャイロを破壊され明後日の方向へ去って行った。この前も似たよう

な事をしたっけ、と物思いにふける間もなく光明丸にも衝撃が押し寄せる。派手に揺られながら

も今度は故障もなく耐えきった。そのまま旋回して急減速しながら金剛に横付けする。「大丈夫

ですか!」との光明丸の問いに彼女は少々驚いた様子をしながらも陽気に答えた。

「Thanks! おかげで助かりましタ! アナタはさっきの船団の艦娘デース? お名前は――」

 聞きながら光明丸のマストに掲げられた大漁旗を手に取りしげしげと眺める。

「Wow! 『金剛丸』、ワタシとお揃いネ!」

 訂正する間もなく腕を取られブンブンと振り回される。今日から妹にしてやるとか鎮守府に帰

ったらお茶会に誘ってやるとか、とても戦場とは思えないことを早口でまくし立てられた。全く

話しについて行けないが、この底抜けの明るさが妙に頼もしい。

「お姉様! お怪我は!」と榛名が隊内電話で呼んでくる。金剛から見て2時方向に位置する榛

名は今もなお二級へ砲撃を続けており、今まさに最後の1隻を撃沈した所だった。金剛の説明を

聞きながらタ級へ攻撃を向ける榛名は、特設監視艇が単身駆けつけたことを聞くと酷く動転した。

それはそうだ。せっかく助かりそうな命をなげうって、何が出来る訳でもない前線へ戻ってくる

のだから。とはいえ、榛名はそんな行為を誉めこそすれバカにする気は毛頭無かった。

「お姉様、あとはタ級フラッグシップだけです。私が仕留めますから、退避している古鷹さんた

ちをその場から援護してください!」

 金剛は反論しかけたが、ボロボロになった自分を光明丸が痛ましい目つきで見てくることにバ

ツの悪さを覚え、結局榛名の言うがままにした。

「OK.でも気をつけてくださいネー。どうも普通じゃない感じデース」

 はい! と凛々しい返事をして踵を返し、榛名はタ級へ向けて突進していく。一方、光明丸の

船橋ではワタノキとツチガミが傷ついた金剛をしげしげと眺めていた。艤装は敵弾によって切り

裂かれ、見るも無惨な姿になっている。穴だらけになった船体やめくれ上がった装甲を船員妖精

たちが必死に応急修理しているのが見える。左舷に傾斜するのを堪えている金剛本人の左脇腹に

は赤い染みが出来ていた。光明丸の視線に気がついた金剛は、脇腹を押さえながら「一体どうし

て助けに来てくれたんですカー?」と尋ねる。

「まだ戦えるのに、戦友を見捨てるような真似は出来ませんから」とエビの言葉をそっくりその

まま伝える。エビは真っ赤な顔をして余計なことは言わなくて良い! と恥ずかしそうに漏らし

た。

「『戦友』ですカー、いい言葉ネー!」

「あの、味方の船はもう来ないんですか」

「両の手で数えられないほどいますガ、駆けつける前にタ級がワタシたちを沈めてしまいマース。

だからここで、ワタシたちだけで――」

 言い終わる前に金剛の腕がぬっと差し出され、光明丸をひっつかむようにして抱きかかえた。

そのまま後ろを振り向いて光明丸をかばう金剛の背中に16インチ弾が突き刺さる。彼女の腕を通

して叩き付けるような振動が光明丸の体にも伝わった。修理のため作業していた妖精ごと機関が

撃ち抜かれ、艤装の3分の1が消えて無くなった。金剛は傾斜が一層激しくなる。頭から血を流す

金剛と目があった。こんな目に遭ってもなお笑みを浮かべている。痛々しい艤装と肉体に比べて

不釣り合いな表情に光明丸の口から思わず言葉がこぼれる。

「どうして……」

 どうして自分を助けたのか。戦艦はお供の巡洋艦や駆逐艦に常に守られている「価値の高い」

船ではないのか。敵主力艦との殴り合いという目的のためなら小船に露払いをさせ使い潰すこと

も許される船ではなかったのか。

「さっきアナタが言ったばかりネ。『戦友は見捨てない』。特一号船団の『本当の任務』がなん

なのかを知っていれば、当たり前デース」

 光明丸は目を見開いた。頭をぶん殴られたような痺れが襲う。

「秘書艦ですら触るなと言われていた書類をpeepした時見つけたネー。『連合艦隊に選抜される

艦娘には公表せず』とも書いてあったから、榛名も古鷹も知りませン。偵察機がアナタたちを見

つけたと聞いた時、無事だったんだと思ってすごく嬉しかっタ、けれどそうじゃなかったネ。最

初にすれ違った時、ワタシ艦娘たちの数を数えましタ。半分しか残ってなかったデース。だか

ら! だからせめてアナタたちだけでもワタシが守り通してみせる。そして、沈んだ輸送船娘の

仇を取ってみせるネ!」

 光明丸を抱いたままタ級の射撃を間一髪で避ける。海水を頭から被った金剛は、ほとんど叫ぶ

ようにして言った。

「それだけじゃ無いデース。アナタ、徴用漁船でショー? アナタたちがいつも辛い目にあって

いることも、ワタシちゃんと知ってマース。徴用船が使い捨てのように扱われていることもネ。

けれど! 海の上にいればみんな仲間!守らなくていい理由なんてない! 漁船も戦艦も関係な

いデース!」

 金剛からの答えはどこまで行っても声と言葉だった。けれども光明丸と、船橋にいる3名の船

員妖精たちの心を敵弾よりも強い力で揺り動かしていた。知っている。金剛は知っている。我々

が何者かを。提督にも公文書にも、新聞報道にも軽く扱われる船の存在を。おおよそ機関銃を積

んだだけの漁船でしかない、戦艦とは建造費も任務も何もかもが比べものにならない特設監視艇

を、彼女は戦艦を痛めてでも守るべき価値のある仲間であると言ってくれた。視えざる船である

特設監視艇は、金剛には「視えている」。それだけで光明丸たちは癒された。胸のつっかえが取

れたような、数年来の不安が払拭したような、不思議な気持ちになった。望月が同じ事を言って

くれた時も心が和んだが、彼女たち駆逐艦とは似たもの同士だという接点があった。日頃接点の

全く無い、徴用船から見れば雲の上にいる存在である戦艦が、いち特設監視艇を気遣ってくれて

いるとは思いもしなかった。何もかも報われた、そんな気分にすらなった。

 光明丸の目から思わず涙がこぼれ落ちる。船橋のエビたちも似たようなものだった。

「そんなに怖がること無いデース。今までにはもっと危険な目にあったこともあるけど、乗り越

えてきたワ! さぁ、今やっつけるから、ここで待ってるといいネー!」

 返事をする前に榛名の主砲が轟音を立て、一瞬聴力を奪った。タ級は未だ無傷の榛名に狙いを

変えたらしく、他の船をほっぽり出して榛名に全砲門を向ける。敵との距離を詰めながら砲撃を

続ける榛名。その前方、タ級との間には射撃を加えながら距離を取ろうとする古鷹たち4隻がい

たが、実質的に戦闘可能なのは朝潮と望月の2隻だけだ。2隻の駆逐艦は傷ついた巡洋艦を援護し

つつ主砲弾を必死に撃ち込み続けるが、豆鉄砲ほどにも効いている様子がない。せめてレーダー

アンテナの一本でも折ってやろうと、あるいは生身の部分へのラッキーヒットが起こりはしない

かと射撃し続けるが、朝潮たちの意図はタ級も理解している所だ。わざと魚雷に当たりに行った

時と同じく、致命傷になりそうな弾だけは確実に回避、ないし艤装に張り巡らされた装甲板を突

き出して防御している。恐ろしく動体視力の高い深海棲艦だった。

 榛名の砲が目標を捉え始める。すでに二発が命中したがまだまだ平気な様子だ。ただ、被弾し

たせいかは分からないが、もとから嫌に遅かった船足がさらに遅くなっているように見える。魚

雷を避けるために機関を酷使したのがたたったのだろうか。しかし反撃は鋭い。レーダー射撃に

よりすぐさま榛名を捉えた。方や足は速いが装甲の薄い金剛型戦艦。方や装甲は厚いが船足の遅

いタ級。両者の撃ち合いは決定打を欠きブラッディーな殴り合いと化していく。3分か4分か、も

っと撃ち合っていただろうか。数十発の砲弾が交差し、次々と水柱を上げていく。タ級はさらに

数発被弾して砲塔が何基か沈黙していた。されど沈む気配は無いし火も吹かない。一方タ級が榛

名へと命中させた16インチ弾は彼女の戦闘能力の大半を一撃で奪っていた。煙を上げながら反撃

する榛名。古鷹たちと敵艦との間に割り込み、盾になりながら懸命に射撃し続ける。

 その古鷹は未だ射撃可能な一基のみの20.3センチ砲を撃ちつつ、戦闘能力を喪失した青葉を退

かせる。朝潮も12.7センチ砲で援護。さらに榛名の突撃に息を合わせ、次発装填装置を持たない

故に今になってようやく魚雷の再装填が終わった望月が彼女の背後からタ級に接近する。2隻を

見ながら金剛は焦る。榛名や古鷹だけでなく金剛の砲弾――2基の主砲塔はまだかろうじて生き

ている――も当たってはいるはずだが、タ級は異様なタフネスを見せつけんばかりにまだ浮いて

いる。いい加減に沈まないものか。その彼女の焦りは、突然の主砲射撃不能と船員妖精からの損

傷報告によって限界に達した。

「DAMN IT! 修理に掛かる時間は――10分? 5分で終わらせなサーイ!」

 妖精たちを煽り立てていると突然の轟音。振り返れば榛名の主砲塔が数メートルにも及ぶ煙を

立てていた。艤装の右側がざっくりと裂け、黒煙を上げる砲塔の基部すら見えていた。人間で言

えば肉がえぐれて骨が見えている状態だ。信じられないことに、大重量かつ強固に固定されてい

るはずの砲塔は少しずつ傾いてゆき、とうとう海へドボリと落ちてしまった。砲塔の真下にある

弾火薬庫が綺麗な形を保っているのがはっきり見えた。つまり砲弾はそこまで達しなかった。フ

ッドの二の舞を避けることは出来たが、沈んでいないだけで大破には変わりない。血を吐いた彼

女はばったりと倒れ込み、あわやというところで望月に抱え込まれる。

「気を失ってるだけ! 大丈夫……じゃないけど、生きてはいるよ!」

 隊内電話と通して聞こえてくる望月の声に金剛は安堵しかけて、首を振った。これでは望月も

雷撃できない! いまや第二戦隊が窮地にあるのは光明丸にも見て取れた。古鷹と青葉は大破し

血まみれ、それを魚雷を撃ち尽くした朝潮が肩を貸しながら退避している。榛名は倒れ、望月が

重そうに引っ張っている。金剛は中破だが主砲がイカれた。絶体絶命、という言葉では安すぎる

くらいだ。

 では自分はどうだろう、との問いが頭に浮かぶのは当然だった。船体に亀裂が入ったが戦闘に

支障はない。弾はまだある。機関も問題なし。ふむ。では敵はどうだろうか。見ればタ級もグロ

ッキーだ。だが後一押しが、最後の一押しが足りない。よろしい。ではこの状況で自分がするべ

き行動はなんだろうか……? 光明丸だけではない。エビもツチガミもワタノキも、自分自身に

疑問を投げかける。考えた結果として出てくる結論は大体同じだった。

「この数ヶ月、海軍の尻ぬぐいばっかだったなァ」

 エビが船橋の窓から見える金剛を優しげに見つめながら呟いた。海軍が戦上手だったら深海棲

艦との戦争は終わっている。建造計画がまともだったら特設監視艇などいらなかった。用兵が上

手ければ半年前の海戦で大勝利していたろうし、そうであれば特一号船団を使った囮計画は実施

されなかった。そして連合艦隊の参謀だか将軍だかがもう少し切れる頭を持っていれば金剛たち

もここまで追い込まれることはなかっただろう。

「なんだなんだ。いまさら泣き言なぞ聞かんぞ」

「そうじゃねぇよ。もう一つ二つ尻ぬぐいしてやっても良いってことさ。なぁ光明丸!」

 その一言で全員が察した。毒を食らわば皿まで。餌を演じるなら最後まで演じきるまで。

「全艦へ。今からアボルダージュを掛けて金剛さんが修理する時間を稼ぎます。支援してくださ

い!」

 光明丸は隊内電話のマイクに向かってあらん限りの声で叫んだ。

 アボルダージュ。接舷切り込み。かつて船同士の戦いで行われていた戦術の一つだが、今では

そこから転じて艦娘による白兵戦全般を指す。艦娘も深海棲艦にも「生身の部分」という致命的

な弱点が存在する。砲雷撃戦においては当然身を守りながら戦うその弱点を白兵戦により直接狙

う、それがアボルダージュだ。火砲や魚雷だけでなく刃物で武装している艦娘がいるのもそのた

めで、切り込みの名手と呼ばれる艦娘も何人か存在する。が、まっとうな戦法とは見なされてい

ない。白兵距離まで近づく間何もせず待ってくれる深海棲艦がいるはずもないし、駆逐艦が戦艦

を沈めうるというメリットも、魚雷という十分な代替手段がある。破れかぶれの自殺的行為、や

むにやまれぬ時の最終手段であって、敵のそれに備えるものではあってもこちらから進んでする

ものではない、というのが共通認識だ。

 目を見開いて驚く金剛が制止するのも構わず光明丸は飛び出した。機関全力、目標は正面のタ

級。

「切り込みは良いですけど、『グローウォーム』になるつもりは無いですよ!」

 船橋ではワタノキが叫んでいた。グローウォームとやらが何のことかは知らないが、ともかく

沈むつもりはない。せっかくの理解者にだって会えたのだから。「当たり前です!」と叫んで光

明丸は47ミリ砲を乱射する。彼我の距離は2海里かそこらしかない。重巡と戦艦を黙らせ、脅威

となる敵がいなくなったタ級はゆっくりと次の獲物を選ぶ。小うるさい駆逐艦から沈めに掛かろ

うかと周囲を見渡すその視界に1隻の艦娘が飛び込んで来た。貧弱な火砲をこちらへ向けながら

一直線に突っ込んでくる小船。艤装には亀裂が入り、マストには意味不明な旗を掲げた特設監視

艇。タ級の顔にはっきりと分かるほどの嘲笑が浮かぶ。

 漁船如きが海の女王たる戦艦に挑むとは古今例がない。大破したとは言え主砲・副砲とも多数

健在である。そこへわざわざ飛び込んでくるのだから、風車に向けて突撃する自称伝説の騎士を

リスペクトしているに違いない。それとも本当に気が触れたのか。せせら笑い――人間には獣の

ような唸りにしか聞こえないが――を上げたタ級は、朝潮の射撃を半壊した艤装で受け止め、望

月のそれを身をよじって回避し、装甲板が脱落し穴も空いた艤装に未だくっついている5インチ

副砲を光明丸へ向ける。そこへ47ミリ弾が飛び込んだ。が、タ級の想像通り僅かなへこみを作る

だけだった。ロクに射撃諸元を求めもせず、直接照準で斉射する。

 砲弾は瞬く間もなく着弾し、光明丸の周囲へ水柱を立てた。一本の水柱に盛大に突っ込みずぶ

濡れになる光明丸だが、濡れた以外に怪我はない。ディーゼルエンジンは骨も砕けよとばかりに

振動し、スクリューは光明丸を力強く前進させる。もしも誰かが彼女の速度を計測していたら、

記録用紙にはエビが密かに確信したとおり27ノットの数値が、いやそれを超える数値が書き込ま

れていただろう。47ミリ砲に次弾を装填し発射。砲が駐退し復座すると同時に排莢。すぐさま次

弾装填。弾の数だけそれを繰り返す。1200メートルの距離を47ミリ徹甲弾は1.9秒で飛翔する。

戦艦の図体の大きさを考えれば、全力で疾走しているといえど外しようがなかった。2発、3発と

命中するがやはり効果はない。タ級は苛つきを増したのか対空機銃の類も持ち出して撃ちまくり

始める。

 ところが、前触れ無くその青白い顔がいっそう白くなったと見るや否や、突然苦しそうに目を

腕で覆った。後方の様子を船橋から見たエビの目に映ったのは、110センチ探照灯をタ級へ向け

て照射する古鷹と青葉の姿だった。とりわけ古鷹の左目は直視できないほどにまばゆく光り、探

照灯に全く引けを取らない光量を放っている。辛うじて動いていた最後の20.3センチ主砲塔も今

はその動きを止め、砲身にはだらりと俯角がかかっている。完全に壊れたらしい。それでもなお

光明丸を援護するために「目つぶし」をしてくれている。航空機に対する目つぶしは昼夜を問わ

ず行われていたが、敵水上艦に対するそれは珍しい。ひるんだ隙にさらに距離を詰めて今や500

メートルを切る極至近距離にまで達した。

 あと40秒。それだけあればタ級に手が届く。

 タ級はハリネズミの如き武装で光明丸を沈めんとする。片手では数えられない数の40ミリ機銃、

20ミリ機銃の火線が濃密な防御網を作り上げた。右へ左へとよけ続けるものの、動作の機敏な機

銃までは避けきれなかった。機銃の一弾に捉えられ、艤装に右舷から弾丸が突き刺さる。船体中

央、後部、そして今は空になった爆雷用架台に叩き付けられた40ミリ弾は瞬時に炸裂しそれぞれ

が大穴を開ける。ある弾片は光明丸自身の背中へ突き刺さり、また別のものは大漁旗を切り裂い

た。しかし彼女は足を止めない。もう敵は目の前だ。セーラー服を着込んだような姿をした本体

はドクドクと血を流し、背後から前方へ突き出た艤装は鉄屑一歩寸前。にも関わらずそのどちら

もがむき出しの戦意を見せて艦娘たちを葬り去らんとしている。5インチ砲が光明丸に視線を向

ける。避けられない距離。

 タ級が弾を放つ直前、心臓の鼓動一回分ほどの僅かな差で望月の12センチ弾が5インチ連装副

砲塔へ飛び込んだ。結果として照準はずれ、光明丸の目の前に爆炎が広がり、5インチ弾は足下

に着弾する。

 最期の一跨ぎを飛ぶようにして走りきり、ついにアボルダージュは成立した。

 一瞬目があったタ級の顔からは、嘲笑の色は完全に消えていた。47ミリ砲をその白っぽい胴体

に向けて突き出す。タ級は艤装を振り回して砲をはね飛ばした。艦娘のそれを遥かに超えた腕力

により47ミリ砲の砲身は折れ曲がり、砲架から外れてしまう。光明丸のアームには修正不可能な

歪みが入る。けれどそれで構わない。最初からそちらは囮なのだから。光明丸はほとんど体当た

りするように3連装の13ミリ機銃を深海棲艦の腹へと突き刺し、引き金を引いた。1秒の間に20発

を超える弾丸が吐き出されタ級を腹から背まで貫く。直後にタ級の艤装が光明丸を叩き付け、機

銃は彼女の左腕ごとぼっきり折れる。銃身が一本腹に刺さったままのタ級は怒り狂って光明丸の

足を払い、横合いからさらに艤装で叩きのめす。船体がほとんど真っ二つになるほど裂け、船橋

がぐにゃりと変形した。声も出せないまま倒れた彼女の頬を海水が洗う。とどめを刺そうとする

タ級。口元の血を荒々しく拭い、ぐちゃぐちゃに潰れた艤装を大きく振り上る。

 その時、まさにその時だった。オープンサイトで放たれた金剛の36センチ砲弾が無防備になっ

た本体に命中したのは。弾底信管が作動するより先にその体は上下に泣き別れする。フラッグシ

ップ特有の黄色いオーラがロウソクの火を消すようにさっと消え去ると、タ級は音もなく沈んで

いった。

「光明丸ちゃん……?」

 ようやく戦場に舞い戻ってきた吉祥丸は、見渡す限りどこにも光明丸がいないことにすぐ気が

ついた。

 


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