視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第6話

 疑惑と不信の中で3日間が過ぎた。監禁から軟禁へと扱いが良くなったエビ達だったが、相変

わらず部屋から外に出してはもらえない。上げ膳据え膳だからと言って喜ぶ気には到底なれなか

った。「光明丸は変なことをされていないだろうか」とエビが心配すれば「名誉の戦死をして貰

う予定の艦娘だ、悪くは扱わんよ」とツチガミが答える。これを日に何度も繰り返すのでワタノ

キがこっそり数えていた所、二人はこのやりとりを3日の間に17回もしていた。そのやりとりが

無い間は、おおむね寝ているか提督を口汚く罵るかに時間を費やした。それにも飽きると、ワタ

ノキにあの提督について知っていること、鎮守府内での評判などを洗いざらい吐かせて彼の人と

なりをあれやこれや推測する。

 海軍兵学校と海軍大学校を出た後トントン拍子で出世した彼は他の提督の相談にも快く乗るし

艦娘にも紳士的に振る舞っている。徴用されたのがここ数ヶ月の話だから提督の指揮によって挙

げられた武勲や戦果はよく知らないが、少なくとも艦隊の経営は上手く行っているようだった。

弾をくれ、燃料をくれと言えば常に持ちきれないほど補給してくれるし、エンジンの調子が悪い

ようだ、と言えばすぐに修理点検してくれる。漁船用の焼玉エンジンすら数基ストックしている

のには恐れ入った。何かと恵まれている本土に門を構えていることを割引いて考える必要がある

――最前線のショートランドやブインでは旋盤一つだって貴重品だそうだ――とはいえ、無駄に

資材を溶かしては他の司令官から借り入れるような真似は決してしなかった。

 ひとかどの人物であることは疑いようが無く、であるからこそ舞鶴鎮守府の第五艦隊の指揮を

執っている。ところが彼の指揮下の徴用船舶が相手になると途端に言動が刺々しくなる。エビ達

の所属する第二十二戦隊、通称黒潮部隊と呼ばれる、3つの監視艇隊から成るこの部隊に対して

も彼は親の敵かと思うほど怨嗟のこもった、ほとんど敵意と言ってよい態度をとっていた。その

くせエビ達が身を以て理解したとおり表面上は穏やかな顔を振る舞って話すのだから気味が悪く

て仕方ない。

 彼の内面となると話はますます怪しくなった。彼は感状や表彰状の類を一枚残らず額に入れて

執務室に飾り、時折眺めては一人喜んでいた。いつだってきっちりアイロンの掛かった上衣の胸

には大量の略綬が、それこそ勤続○年と言った大して価値のない略綬までが隊列を組んで光って

いた。念のために記しておくがこれら略綬を身に付けるか付けないかは自由意思だ。いい年して

メダルを貰って喜ぶなど馬鹿馬鹿しいと言ってまったく付けない者もいるし、日々の仕事を円滑

にするため「威力」の高そうなものだけを一つ二つだけ付ける者もいる。貰った勲章・記章の略

綬を片端から付ける人間がどう見られるかは、想像の通りである。下っ端時代(それでもそのキ

ャリアのスタート時点から士官だ)に階級がらみで嫌な目にでもあったのか、時に妙な虚栄心を

発揮しては相手の出自やハンモックナンバーを変に気にしていた。一方で「海軍は」という主語

を使わせれば恐ろしく雄弁になる人物であり、またコーヒー1杯から酒の席まで他人に金を払わ

せることは決してなかった。

 要するに海軍組織とその権威、そしてそこに属している自分自身が大好きなのである。俗物と

言えば言えるだろう。しかし世の中の大多数の人間がそうであるように、彼もまた「面倒見の良

い有能な軍人」と「我が身の権力や威光で威張り散らす軍人」という二面性を持ち合わせている

ことを見逃してはならない。この二面性を批判できるほど我々は出来た生き物ではない。温和な

態度だが腹黒で、イヤな奴だが頭は切れる。こういう人間が一番相手にしづらい。

 と、ここまでは今まで見聞きしたこととワタノキのうわさ話から理解できた。問題は、そんな

提督が徴用された船と船員妖精たちをほとんど敵同然なまでに邪険にする理由である。正規の艦

娘に楽をさせるため、徴用・改装された艦娘にオーバーワークを強いたいがために冷たく当たっ

ているとでも言うのか? それとも自分の娘同然である駆逐艦娘や巡洋艦娘には寵愛を与えられ

ても「よその子」である特設監視艇や特設駆潜艇には出来ないと?

 色褪せた天井を横になって見上げながら、ツチガミが興味深い説を披露した。海軍から与えら

れた権力がアイデンティティーである提督は、海軍という村社会の中では偉くともそこから出れ

ばただの成人男性だ。ま、鎮守府の外へ足を踏み出しても海軍軍人であると言うだけでチヤホヤ

してくれる人は今日日いくらでもいるが、徴用された連中はそうではない。自分たちを誘拐同然

に海軍へ組み込むというのだから、徴用された船娘たちに反感はあっても尊敬の念など起こるは

ずがない。結果、海軍にいながら海軍の規範や尺度とは違う思想と思考を持つ、それどころか時

にはその規範を無視しようとすらする奴らが鎮守府の中に跋扈することになる。何せ舞鶴鎮守府

だけで徴用船娘の数は100を下らないし、悪いことに彼女ら徴用船は全て自分が指揮する第五艦

隊に属している。それが提督には気に入らないのだろう。なんとなれば自分の偉さを保証してく

れる階級章と略綬が、自惚れと自慢の種である海軍の威光が部下に全く通用しないのだから。い

くら勲章をジャラジャラさせた所で、船員妖精たちにはその勲章一つ一つが何を意味するのかす

ら分からんからな。

「だから徴用された特設特務艇を嫌うのではないかな」

 ツチガミの最後の言葉を境に、長い沈黙が訪れた。エビもワタノキもじっと考える。考えに考

えて、それでも分からなかった。

「チェッ、分かりやしねぇや。昼寝しながら考えるとすらぁ」

 言うが速いかエビはゴロンと横になり、そのまま目を閉じた。ツチガミもあくびしてからそれ

に続く。なおもしばらく考えていたワタノキも、頭の中に浮かんだ提督の顔が徐々に歪みだし、

そのまま夢の世界へ旅立ってしまった。

 

 

 船団の出港を明日に控え、光明丸の修理完了の報告と確認という名目で久々に日の当たる所へ

出る許可が下りた。時計を見ると昼間で、そのせいなのか人目に付かないようこっそりと桟橋へ

連れて行かれた。4日ぶりに会った光明丸は既に艤装を取り付け、以前と変わらない笑みを浮か

べて船員妖精達を待っていた。船長、お久しぶりです。光明丸がそう言おうと思った矢先にエビ

が彼女を質問攻めにした。何時かと似たような光景だな、とツチガミは思わず苦笑する。徴用さ

れ始めて舞鶴鎮守府に来た時も似たような会話をしていた記憶がある。少々親バカが過ぎるので

はないかな。光明丸もエビ達と大同小異の扱いだったが、一つ異なるのは万寿丸と同じ部屋に放

り込まれていたことだ。彼女の話からするに、今度の船団護衛に万寿丸も加わるらしい。それを

聞いてエビは呆れるような、同情するような複雑な気持ちになった。自分1人逃げ出した万寿丸

――正確にはその判断を下した艇長――と、味方を守り傷つき、そのために因果な目に遭うこと

になった光明丸。その両方が同じ刑を宣告され同じ贖いを行うことになろうとは。

 それはそれとして、今は光明丸の確認だ。

 エビ達を連れてきた兵士に「1時間だけだ。舞鶴湾から出るな」と念を押されて光明丸に乗り

込み、実際に航走してみる。歪んだプロペラシャフトも無線機も修理されていた。「別段艤装に

爆弾を仕掛けられた様子もないな」と要らぬ心配まで口にするエビを見て、ワタノキすら「当た

り前です」と呆れて見せた。ツチガミの言うとおりで、わざと整備の手を抜くような真似はされ

ていない。好調な機関を唸らせ、太陽の光を跳ね返すまぶしい海を疾走する光明丸。エビが船橋

から出てつかの間の良い気分を味わっていると、そこに無線電話で呼び出しが掛かって来た。

「大淀です。たった今漁協から鎮守府に連絡がありました。操業中の漁船が深海棲艦を発見した

との事です。およそ6時間前、場所は経ヶ岬の北4海里です。もう一つ連絡があり、こちらは8時

間前に久美浜湾の北西12海里。双方は同一の艦だと思われますが詳細な艦型は不明です。注意し

てください」

 何でさっさと知らせてくれなかったんだ、とエビが突っかかる前に大淀が続けた。前者は無線

が故障中で漁を終えて港に帰ってきてから報告したために遅れた。後者は薄暗い中見た姿が深海

棲艦かどうか確信が持てずぐずぐずしていたから遅れた、という。光明丸達は彼らをたしなめる

気にはとうていなれなかった。とりわけに前者についてはやむを得ないという感すらある。深海

棲艦を発見したからと言って漁をほったらかしにして通報しに帰るのは難しい。ここ最近は燃料

代だってバカにならないのだ。後者にしてもそうで、艦娘と深海棲艦を間違えて通報した、とか

空母艦載機を深海棲艦のそれと勘違いした、という誤認事件はたびたび起きていたのだ。

「また例の、はぐれたイ級か」

 エビが当てずっぽうに言う隣で、ワタノキは海図に大淀の教えてくれた位置を書き込んで深海

棲艦の航跡を作図していた。

「随分と遅いな。2時間で36キロ……10ノットしか出ていない。まさか酔っぱらって蛇行運転と

いうわけでも無かろうに」

 海図に引かれた線を見ながらツチガミが髭を撫でつつ言った。たしかに、鎮守府近海にまで迷

い込むイ級やロ級は30ノットくらいで暴走するのが常だった。どうもいつもとは違う。加えてそ

の航跡が丹後半島を東進、つまり若狭湾に向かっているのが気に入らなかった。

「それで、今現在の状況は如何に?」とツチガミが無線に問いかけた。現在空母艦娘の各航空隊

が哨戒のため出撃を始めているそうだ。射撃訓練中だった小艦隊も索敵に向かっている。また現

在海に出ている漁船や、遠征から帰還途中の艦娘達に問い合わせてみたが何も情報はないという。

「潜水艦だったりしてなァ」

 確かに潜水艦なら10ノットくらいが巡航速度だし、水中に潜ってしまえば見つからないからひ

ょっこり鎮守府の目と鼻の先に現れることも出来るだろう。まぁ分からなくもない。エビのぼそ

っとした呟きにツチガミはすぐ反応した。

「舞鶴港でも襲撃しにか。そんな話聞いたことがないぞ」

「ギュンター・プリーンなら、ありうる」

「プリーン? なんだそれは?」

 素っ頓狂に聞き返すツチガミをよそに、海図を弄っていたワタノキが口を開いた。

「可能性は非常に低いと思います。普通の船と違って艦娘は帰還したら陸に上がりますし、舞鶴

にだって対潜網は敷設されています。ただ――」

 一旦海図に目を走らせ、再び挙げた顔にはやや意地悪げな笑みが浮かんでいた。

「万が一億が一そうだとしたら大変なことになりますよ。6時間前の最後の報告で深海棲艦が見

つかった地点から舞鶴の軍港までおよそ23海里、潜水艦娘と同じで水中巡航速度が4ノットだと

したら6時間でピッタリ一致します。つまり、もしU-47の亡霊が悪巧みをするつもりなら、今ま

さに我々の足下を泳いでいる計算になる」

 ワタノキはこの状況を結構楽しんでいるようで、海図を弄りながら舞鶴港への最短接近経路を

あれこれと作図していた。小学生の頃地図帳を眺めながら「この山へはここから登る、この町へ

はこの道から行く」などと想像していたタイプなのだ。そんな船員妖精達の話を聞きながら、光

明丸は双眼鏡に目をやり周囲をくまなく監視する。ほとんど身に染みついた習慣と化したその行

為で、彼女は北の方からゆっくりと近づく艦娘達を視界に捉えた。

「船長! 1時に艦娘、味方です」

 どうやら遠征から戻ってきたらしいそれは、単縦陣のままひどくゆったりとこちらに近づいて

くる。軽巡天龍を先頭に、同じく龍田、駆逐艦暁、響、雷、電の6隻だ。深海棲艦の発見騒ぎな

ど何処吹く風と言った様子で鎮守府を目指している。

「あれは第11戦隊です。平和そうにしてますね……」

 ワタノキがまるでツチガミみたいな言い方で、目の前をお喋りしながら通り過ぎる彼女らを評

した。

 ちょっと普通じゃないぞ、とエビは物思いにふける。これで舞鶴鎮守府の主力艦娘が全て帰還

したことになる。提督の執務室に呼び出された時、黒板に書かれた戦隊編成表と艦娘の状況はし

っかり見させてもらった。舞鶴鎮守府の指揮下にある各戦隊は日頃から出撃に演習に遠征にと洋

上にいるのが常で、在泊している時だって重整備だの訓練だのと何かしらの任務に就いているの

が常だが、その時見た編成表には片端から「待機中」と書き込んであった。あまり見たことのな

い表記のせいで気になったことを覚えている。大淀の話通り大作戦が始まるのだろうか。

 となると、第五艦隊の切り札にして精鋭の第二戦隊も出撃するだろうな。旗艦は誰だろうか、

とあれこれ艦娘の姿を思い出して想像する。そういえば思い当たる節があった。金剛だ。秘書艦

の腕章を付けていたのだから旗艦に間違いない。確かに金剛は舞鎮でも上位に位置する練度だし、

旗艦としてふさわしいことこの上ない。彼女が洋上で華麗に戦う様子を頭のスクリーンに投影し

て、すぐ打ち消した。嫌いになったはずなのになぜか意識してしまう。しかもそんなとりとめの

ない空想にふける時、エビはなぜか金剛をヨイショするような位置に立って物事を考えてしまう

のだった。

 数十メートル先を行く第11戦隊の後ろから2隻目、雷がこちらに大きく手を振って挨拶する。

光明丸も手を振り替えした。

「どうだ、念には念で探信儀で海中を調べてもらうか。何もいなかったら提督に話されて笑いも

のになるやもしれんが」

「どうせ俺たちゃ提督に嫌われてる。今更笑いものになったところで構うもんか」

 光明丸に聴音機も探信儀も装備されていないのがつくづく残念でならない。光明丸は拳銃型信

号灯をベルトから引き抜き、そのトリガーに指をかけた。その瞬間だった。光明丸が放った信号

灯の光で天龍が爆発した。少なくともエビはそう見間違えた。

 突然起きた4つの爆発が6隻の艦娘を包み込み、爆風と爆炎で第11戦隊の姿がかき消された。盛

大な水柱が立ち辺りに金属片と海水の雨を降らせる。船橋にいても驚くくらいによく聞こえた轟

音に思わず身をかがめる3人の船員妖精。光明丸へは熱風が吹きつけ、思わず腕で顔を覆う。爆

発と共に起きた波は同心円状に広がり、光明丸を上下に揺らした。5秒経ち、10秒経ち、水煙の

向こうに姿を現したそれは、もはや第11戦隊とはとうてい呼べない物に姿を変えていた。

 一目見て、光明丸は全てを理解した。エビとワタノキは魂が抜けたように呆然と第11戦隊のな

れの果てを見つめ、そのせいか何が起きたのか理解するのにしばしの時間が必要だった。

「プリーンとかいうのは……とんでもない新兵器だな」

 最初の地点から勘違いしているツチガミは、説明されるまで理解することが出来なかった。

 


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