視えざる船たちの記憶――特設監視艇第7光明丸航海記   作:缶頭

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第7話

 被害は甚大だった。天龍・電が大破し、艦娘は海軍病院へ直行。艤装はスクラップ同然だとい

う。龍田・暁・雷が中破。こちらはまだマシだが、それでも当分作戦行動不可能との判定が成さ

れた。運を拾ったのは小破で済んだ響のみ。言うまでもなく提督は怒り心頭だった。貴重な戦力

である第11戦隊が文字通り粉砕されたのも許せないが、その真横にいたのがよりにもよってあの

光明丸だったのも許せない。とはいえどこをどう見ても光明丸に「落ち度」などあるはずもなか

った。だがそれ故に怒りは収まらなかった。港湾警備は彼の指揮下の特設特務艇の仕事だ。敵潜

水艦を舞鶴に潜入させ艦娘に大打撃を受けてしまったとあっては笑いものどころか責任問題にま

で発展する。それを理解している提督は半ばヤケ気味に大捕物を始め、大量の飛行機と船とで舞

鶴湾と若狭湾を埋め尽くそうとした。ところが、大山鳴動してネズミ一匹のことわざ通りに、い

やそれよりも悪い結果となった。敵船を沈めることはおろか探知することすら出来なかったので

ある。

 もっとも、痛い目を見たのは光明丸達も変わらなかった。特一号船団は予定通り出発するとい

うし、そのくせ護衛船は敵潜水艦の索敵にでも駆り出されたらしく11隻から7隻へと減らされた。

ひょっとすると第11戦隊の艦娘たちが護衛艦艇として割り当てられる予定だったのかも知れない

が、今となっては言うだけ無駄だ。

 午前7時。曇り気味の空を見上げながら、敵潜騒ぎの喧噪の中を光明丸は出撃する。鎮守府近

海では哨戒中の艦娘と航空機と遭遇し、そのために「光明丸は撃沈された」との提督たちの決定

はうやむやになってしまったが、もはや彼らも気にとめてはいないだろう。敦賀湾から来た24隻

の輸送船団と手はず通り合流し、西進。本土をぐるりと回って一路ラバウルへ。

 輸送船、つまり輸送船娘はその背後に貴重な物資を満載した巨大な艤装を背負い、いかにも重

そうに航走している。人間に冷蔵庫をくっつけたみたいだ――とエビが呟いた。とはいえ彼の地

元、敦賀港は一大交易港でもあるから、大して珍しくもない。吃水が深く、波を越える度に膝ま

で海に潜り込みそうになる20隻の貨物船に4隻のタンカー。彼女らの到着をラバウルでは今か今

かと待っているに違いない。そう思うと光明丸の船員妖精達も責任を感じざるを得ないが、それ

だけ重要な任務ならばもっと手厚い護衛を付けても良い筈だ、という意見が心の中に出てくるの

もまた事実だった。

 合計30隻以上の船が船団を組むと流石に見栄えがする。特設監視艇隊が哨戒地点へ行き来する

時に組む船団はどうにも漁船団のそれと変わり映えがしなかったが、今回の船団、特一号船団は

本物のコンボイである。

 船団の先頭を進むのは、駆逐艦朝潮。今回の護衛部隊の旗艦を努め、また輸送船団の指揮も執

る。可愛らしい見た目とは裏腹にいかにも武人と言った感じで、何かとハキハキ受け答えしてい

る。練度も高く実戦経験も豊富な頼れる艦娘だ。その背後に、24隻の船娘が12隻ずつのグループ

に分かれ、1グループにつき4行3列に碁盤の目のごとく整列し続航する。

 船団の右側を守るのが、我らが特設監視艇第7光明丸と特設駆潜艇第4光丸。光丸は元は捕鯨船

で、クジラを追うための足の速さと南氷洋まで進出できる航続距離、そして荒れる南氷洋でも操

業できる凌波性の良さを活かして徴用された。光明丸より一回り大きい350総トンの船体には、

駆潜艇の名が示す通り大量の爆雷と潜水艦を見つけ出すための聴音機・探信儀が装備されており、

その蒸気レシプロ機関は15ノットの速度を発揮できる。良く焼けた小麦色の肌と茶髪がかった髪

が洋上生活の長さを連想させた。捕鯨砲で鯨を仕留めていたこともあり、銃火器の扱いには多少

自信があるのだという。光明丸とは「名前に同じ『光』という文字が入っている」などという話

を少ししただけだが、ざっくばらんとした性格のようだ。

 船団の左側を守るのは、逃亡疑惑により罰を受けこの任務を背負わされた特設監視艇万寿丸と、

光丸の姉である第6東丸。彼女は姿も性格も妹に似ている――というのも、彼女ら捕鯨船は一隻

の捕鯨母船の下で数隻まとまって漁をするため、各捕鯨船の大きさや性能は全く同一に作られて

いる。軍艦で言う所の同型艦だ。そのためこれ幸いにとばかりに、捕鯨船は姉妹艦がまるごと徴

用されるのが常だった。可哀想なのは商売道具を取られる船会社と娘を取られる捕鯨母船だ。光

丸が言うにはあと4人の姉妹がいて、みな別部隊に配属されているそうだ。2隻の姉妹は港湾警備

や対潜哨戒の経験があると言うから、戦力として期待してよい。

 船団の最後尾を走るのは特設監視艇吉祥丸。彼女がまた食わせ物だった。木造のカツオ・マグ

ロ漁船で排水量は僅か76トン。特設監視艇としては最小クラスで、本当にラバウルまで行けるの

か誰もが心配した。焼玉エンジンから生み出される速度はたったの8ノット。船団の航行速度が7

ノットだから、これでは護衛どころかおいて行かれないようにするので精一杯である。一体どん

な理由で護衛任務を押しつけられたのか誰もが首をひねった。しかし妙にタフな所がある艦娘で、

駆逐艦娘よりも幼いその容姿とは裏腹に、監視任務をこなした数だけで言えば光明丸よりベテラ

ンだ。遊覧船の船長をしていたという予備士官上がりの艇長が切れ者で、彼の腕によって生き抜

いてきたのだと噂されている。

 そして最後に、船団の周囲を右へ左へと行き来し海と空に目を光らせているのが駆逐艦望月。

眼鏡の奥の瞳は常に眠そうにしているが、「やるときゃやるよ~」とは本人の弁である。信じて

あげよう。この7隻が護衛部隊の全てである。正規の軍艦は2隻だけで、あとはどれもこれも徴用

された船ばかりである。誰もが心細さを覚えずにはいられなかったが、もはや戻る事も出来ない。

賽は投げられた。

 左舷側に航行する輸送船団を船橋から眺めながら、ワタノキは我らはPQ17かそれともFR77かと、

とりとめのないぼんやりとした想像をしていた。ふと、ユリシーズがいてくれればな……という

考えが彼の頭に浮かんだ。軽巡洋艦ユリシーズ。

『危険のあるところ、死のあるところ、ユリシーズの姿をもとめると、ユリシーズは霧峰のかな

たから亡霊のように現れるのだった。あるいは、北極海の夜明けの悽愴たる薄明に、もうあすの

夜明けを見ることはないだろうという恐れ――ときにはほとんど確信――をいだいたとき、なに

かの奇跡のように、ユリシーズがぽかっと目の前にいるのだった』

 彼女にまつわる伝説の、古の小説家が記したこの一節を信じるのならば、我らの眼前にも彼女

が現れても良いのではないか。彼女なら、我々をラバウルへと連れて行ってくれるのではないか。

そこまで考えて、ワタノキは笑いながら頭を振った。彼女の船体に塗られた白と灰とくすんだ水

色の斜線、北極海用のダズル迷彩は透明度が高くて日光がぎらつく南の海には似合うまい。それ

に、望まぬ任務とはいえ達成への努力すら放棄するような者を誰が助けてくれるものか。

 想像の世界から戻ってきたワタノキの視界に、上空を行く緑色の機体が映った。ユリシーズの

代わりと言ってはなんだが、船団上空を常に哨戒機が飛んでいてくれるのだ。これは提督の指示

で、本土から離れるまでは航空機による手厚い支援が受けられるのだという。こう言えば良く聞

こえるが、実際の所「取り逃がした敵潜に船団までもがやられた」という最悪の事態を避けるた

めの打算的手配とも言える。

 提督がこんな行為に及んだ理由が、自分の出世か評点か、あるいは指揮下の艦娘のためかはこ

の際問わない。彼の行為が特一号船団にとってプラスなら、その心の内にどんなどす黒い感情が

あった所で知ったことではないのだ。エビは上空を気ままに飛ぶ味方機を眺めながら「空母がい

ればナァ」と漏らす。軽空母の一隻、艦載機の10機でもいてくれればぐっと楽になるだろうに。

「ありさえすれば5隻でも10隻でもついて行かせるだろうさ。ありさえすればな」と言ってツチ

ガミがなだめる。

「光明丸憎しのあまりに護衛船をケチって船団全体を危険にさらすような、そんなバカをやるほ

どあの提督は能なしではないと思うがね」

 輸送船団が壊滅したとして真っ先に責任を問われるのは指揮官である提督だ。光明丸を「任務

中に撃沈された」という形で沈めたいのなら他に幾らでも手はある。何も他の艦娘まで巻き添え

を食らうような七面倒くさい奇策を講じることはあるまい。エビは「どうだかねェ。ああいう奴

に限って人を背中から撃つんだ」と吐き捨てるように言うと、船橋から出て見張り台へと上がっ

ていった。

 護衛艦艇の数が少ないことを除いても、目下の心配はまだ二つある。一つは提督のそれと同じ

で、行方を眩ませた敵潜だ。やれエリートだフラッグシップだとその正体についてのもっともら

しい噂があちこちで聞かれていた。舞鶴港に襲撃を掛けるような手練れだ。もしこの特一号船団

が奴に見つけられたら輸送船の2,3隻は海の藻屑となるに違いない。もっとも、今は上空の味方

機が目を光らせているし、本土沿岸で仕掛けてくれば今度こそ大量の飛行機と船とが殺到するの

は確実である。となるならば仕掛けてくるのは太平洋側に出た後、航空機の行動圏外に達してか

らだ。当然、船団の位置を付近にいる深海棲艦にも知らせるだろうから、激戦となるのは間違い

ない。

 二つ目は天候だ。今はまだ大丈夫だが、西から低気圧が近づいてきている。ちょうど太平洋側

に出た辺りで鉢合わせする予定だ。大時化になれば、ひょっともすると吉祥丸が沈んでしまうか

も知れない。でなくとも飛行機は飛べなくなり、航空支援が無効化されてしまう。とはいえこれ

は深海棲艦側とて同じ事だ。上述の敵潜が攻撃を仕掛けてこようにも、視界の悪さと高波がそれ

を困難にする。太平洋に抜け、低気圧が収まった後、それからが本番だろう。舞台は整えられ、

照明は付き、幕は上がる。開演を知らせるブザーは今まさに鳴ろうとしていた。

 


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