それでも良ければお付き合いください。
一部文章校正や言い回しなどに、Chat GPTを使用しています。
感想お待ちしております。
『呉下の阿蒙』
過去の記憶、というものはそう簡単に忘れないものだ。
それが『トラウマになるほど思い出したくないもの』であれば余計に。
「あなた以上に、批判票にふさわしい人間はいないわ」
「この試験をただの意地悪だと思っているうちは、一生成長なんてできない」
「君は最後まで愚かで、醜く、救いようのない不良品のようだね」
あの日言われたことは、今でも忘れてない。
気にしないようにしても、ことあるごとに思い出すし、あの日のことを夢で見て跳ね起きたことなんてもう数えられない。
悲しくて、悔しくて、惨めで、羨ましくて、憎くて、絶望して、泣いて…。
転校した先でも、ずっとあの日の記憶が消えなくて。
何度も何度も、「何がいけなかったのか」なんて柄にもなく考えて。
「反省したほうがいいのかな?」とか「もっと努力しようかな?」なんて考えるたびに誰かが、
「お前みたいな何の価値もない不良品が何をやったって無駄なんだよ」 とか、
「今更努力しようが反省しようが何の意味もないんだよ」とか
「退学おめでとう!惨めな人生頑張ってね!」
とか嗤ってる気がして。
そのたびやめて、また考えて、また止まって。
それでも、時間だけは止まってくれなくて。
「せめて大学くらい」って思って、勉強して、卒業して、一年浪人したけど大学行って…。
「お前ら、席に就けー。」
あの日から10年。
「今日からDクラスの担任になった――
山内春樹だ、よろしくな。
……まぁ、この学校の担任としてはお前たちと同じ一年なんだけどな!」
俺は山内春樹。
年齢、もうすぐ27歳。
職業、東京都高度育成高等学校、国語科教師。
兼、新1年Dクラス担任。
なんの悪意か高育の教師になっても、答えは出ていない。
『不良品、10年会わざれば』――Side 茶柱 佐枝――
それを見たとき、『何かの間違いでは』と本気で疑った。
自分の目がおかしくなったのではないかと思い、その日のうちに眼科を受診したほどだ。
結果は『異状なし』。
つまりこれは事実だということになる。
『山内春樹』。
10年も前に自分が担任を務めていたクラスの生徒の一人。
そして、クラス初の退学者。
彼の退学は、ほかの生徒に多かれ少なかれ危機感と心の傷を残し、その後のクラスの躍進にも少なからず影響を与えたといっていいだろう。
「あれから10年、か……」
意識を過去へ向け、山内という生徒を記憶の底から思い出す。
成績は最後までクラス最底辺付近。最初の確認テストでは赤点。
自分を大きく見せたいため、教師にまでつまらない嘘をつく悪癖。
軽率な行動や発言も多く、改善の兆しも見えない。
挙句の果てに、クラス内投票試験における行動。
学年全体として中立で見れば問題ではないが、クラスから見たら裏切り同然の行いの果てに退学した存在。
『かつてのクラスに置いて、最も劣った不良品』。
それが、山内春樹という生徒に対する最終評価だった。
正直な話、彼の退学を心のどこかで喜んでいたのかもしれない。
『Aクラスを目指せる今回のクラスの足を引っ張る邪魔者』として。
それが今、何の因果か、同じ教師として自分の前に戻ってきた。
意識を現実に引き戻して、今度は先ほど再会した山内を思い出す。
姿勢は正しく、言葉遣いもまだ改善の余地はあるが、丁寧。自信に満ちているかのような立ち振る舞い。
しかし、言動、行動の節々からにじみ出る陰。
どこかぎこちなく、着慣れない服に無理やり体を押し込んだような違和感があった。
10年の時を経て、『教師』という肩書は得た。
けれど、「教師として自然に振る舞えている」とは言えない。
だからこそ、私の目は否応なく彼を追ってしまう。
思えば、私自身もそうだった。
在学中に犯した過ちと、その負い目から教師になった。
あの時、自分の行動が原因で失った夢を捨てられず、その夢のためだけに教師になった。
生徒を導くためでなく、自分の野望のために。
「今の山内は、かつての私か……」
そして今、私自身の“焼き直し”を見ているような錯覚に陥る。
10年前の私がそうだったように、山内も“過去の過ち”に囚われたまま教師になった。
過去を乗り越え成長を遂げたのではなく、未消化のまま、無理やり引きずってここへ来た……そんな印象だ。
けれど、それでも教師になった、という事実は消えない。
「この試験をただの意地悪だと思っているうちは、一生成長なんてできない」
かつて、私はあのクラスでそう言った。
あのときの山内に、どれだけ届いていたのかはわからない。
「正論」として胸に刻んだのか、あるいは「皮肉」として忘れ去ったのか。
今の彼の姿からは、その答えまでは見えてこない。
10年前のあの日の『呪い』が、かつての私のように今の山内をつないでいる。
私は乗り越えたが、山内はまだ止まっている。
本人、クラス、環境、状況、能力、結果、態度。
山内の呪いに自分たちがかかわっていることは、否定できない。
正直、『お前たちのせいだ』と言われても文句は言えないだろう。
けれど、それでも——
その言葉を投げかけた側として、私は見届けなければならないだろう。
山内が退学後、この言葉をどう考え、どう向き合ったのか。
何を理由に、過去の過ちそのものである世界に戻ってきたのか。
その奥にあるのは贖罪か、復讐か。それとも別の何かか。
それは、これからわかることだ。
『人は、平等ではない』――Side 綾小路 清隆――
予想していたか、と言われれば嘘になる。
塞翁が馬 というが、まさにこのことだろう。
10年前、結果として俺の目的は達成された。
堀北たちに敗北し、ホワイトルームも完全否定した。
俺の目的は、すべて達成された。
卒業後、俺は大学に進学し、教師になった。
学園での三年間、堀北をはじめとした多くの生徒の成長や育成を、「楽しい」と思えたからだ。
そして現在、 俺は今年の1年Aクラスの担任になった。
担任同士の顔合わせの時、あいつの顔を見たときの驚きは忘れられない。
山内春樹。
十年前、自分のクラスメイトであり、当時の堀北クラスで最初の退学者。
それが何の偶然か、同じ学年のDクラス担任として赴任してきた。
正直、駒としての価値は見出していなかった。
無意味な虚勢、すぐに見抜ける浅い嘘。
自己保身のために周囲の信頼を裏切ることも厭わない、器の小さな男だった。
結果を出せない人間は排除される。
それがこの学校の常識であり、山内の退学はその結果のひとつにすぎない。
それ以上でも、以下でもない。
哀れだ、と同情することはない。
だが、愚かだと嘲笑することもない。
ただの結果論。
それで全てが片付くものだ。
山内の退学という結果そのものに効果はあった。
堀北や平田、池、須藤をはじめとしたクラスメイトの強化において、山内の退学は重要な要素だったことは否定しない。
その山内が、「教師」として再びこの場に現れた。
唐突な再会ではあったが、その姿には、ある種の「ズレ」とでも呼ぶべきものがあった。
無理やり「教師」という型に自分を収めたような雰囲気。
言葉の節々から感じる、虚無と諦観。
それをいつものように嘘で覆い隠したような態度。
不器用な役者が、「教師」の役を演じている。
そんな印象だ。
人は、平等ではない。
その考えは10年以上前から変わっていない。
だが、この学校での生活で『解釈』は変わった。
平等ではないのは、能力や資質だけではない。
成長の方針や方向性、それらに恵まれる時期や環境。
そういったものは千差万別であり、同一のものはない。
その場合、山内にもこの内容が当てはまるのだろう。
もっとも考えられる可能性は二つ。
『退学がきっかけになった』か、『教師になったことがきっかけになった』か。
もちろん、それ以外の可能性も十分にあるだろう。
正直なところ、彼が本当の意味で「教師」になれるかどうかは、現時点では判断しかねる。
それは、山内自身の評価もまた同じだ。
変わったのか、変わっていないのか。
自分を偽っているのか、成長したふりをしているのか。
心を入れ替えたのか、何かを背負っているのか。
現段階では一切判別がつかない。
そんな状況を、俺は……
「楽しみ……ではあるな」
自分でも意外なほどに、期待していた。
Aクラス担任という立場にある俺と山内が、いずれ対立するのは避けられない。
かつて「不良品」の烙印を消せなかった男が、10年の時を超えた結果どうなるのか。
10年前のように向こう見ずの「ポーン」で終わるのか、はたまた何かに「プロモーション」しているのか。
あるいは、俺というキングに迫る「プレイヤー」へと化けるのか。
確定していることは一つ。
もし山内が、かつてのように虚勢と自己保身を繰り返すようであれば。
そのときは、容赦なく処分するだけだ。
『おかえり、実力至上主義の教壇へ』――Side とあるDクラス生徒――
五月一日。
一ヶ月前に入学したこの学校にも、少しは慣れてきた気がする。
何より、毎月10万なんて大金が入ることが何より大きい。
この学校に来てよかった、と本気で思える。
この一か月は、今まで生きてきた中で最高の時間だったといっていい。
入学早々に支給された10万という莫大なPP。制服も自由に着崩せるし、スマホの使用も黙認されてる。
授業は居眠りしようが話してようが一切注意されないし、購買やカフェで少し贅沢をしても、お金の心配をしなくていい。
正直、「夢みたいな学校だ」って思った。
この校風なら、遊びも勉強も自分のペースで自由にできるし、成績にしてもテストまで本気出せば何とかなるだろう。
そして卒業すれば、どんな進学も就職も叶う。
でも、ちょっとだけ気になることもあった。
授業中に寝てても、遅刻しても、先生は一切注意しない。
どこかで「何かを見られている」ような気がして、落ち着かない時があった。
……とはいえ、今のところは何も起きてないし、楽しい毎日だ。
クラスメイトともそれなりに打ち解けたし、少なくとも今は、ここに来てよかったと思ってる。
これからもこんな幸せな日常が続く、そう思っていた。
いつもと同じ時間、いつもと同じ教室の前。
軽くあくびをしながら扉を引くと、そこには――いつもと違うざわめきがあった。
「なあ、本当に? 本当にたったそれだけしか入ってなかったのかよ!?」
「5000って、桁が違うだろ。ミスじゃねぇのか?」
「通知とか来てないし、明らかにおかしいよな。誰か職員室に確認行った?」
「まあ、今日中には戻るでしょ。学校がこんなでかいミス放置するわけないし」
数人の生徒が端末を握りしめ、顔を寄せ合っていた。
周囲も騒がしい。席に着いてもざわめきは収まらない。
「ねえ、あなたも?今月のPPの追加金額がおかしいんだけど」
話の内容についていけず、いわれるままに端末を取り出す。
昨日最後に見た金額から逆算して、追加されたPPは「5000PP」。
目を疑い、何度も画面を見直した。間違いない。
確かに、四月の入学時点では、10万PPが支給されていた。
それで電子書籍を買ったり、学食で贅沢したり、ちょっと高い買い物をしたり……
「自由に使っていいお金」っていうのが、この学校の校風のひとつだと思っていた。
――楽園みたいな学校。あらゆる自由を約束された、教育の理想郷。
授業中に寝てても注意されない。課題を出さなくても誰も怒らない。
その自由さが“先進的”なんだと思ってた。
「なにかの間違いじゃねぇのか?」
「うちのクラスだけ少ないってことか?他は普通にもらってんのかも……」
「教師に聞こうぜ。絶対なんかあるって!」
ざわつきの中心に、声の大きな男子が立ち上がる。
続けて数人が「そうだそうだ」と同調し始める。
一気に教室全体が“おかしい”という雰囲気に包まれていく……
「おはよう。朝から騒がしいなー」
そんな中、教室のドアが開いた。
のんきな声。
空気をまるで読まないかのように、まっすぐ教壇へ向かう男……担任の山内先生だった。
「そんじゃHR……の前に、聞きたいことがあるんじゃないか?」
教壇に立った先生が、まるですべてをわかっているかのように聞いてくる。
いや、実際に「全部知っている」んだろう。
「先生、今月のPPって……たった5000ポイントなんですけど、これってミスですよね? システムトラブルか何かってことで合ってます?」
「毎月10万PPもらえるんじゃなかったんですか?」
「教師が生徒をだますなんて、最低ですよ!」
一部のクラスメイトが畳みかけるように発言する。
全員、このポイントに納得していないからだ。
「まあ、当然だわな」
先生は一切答えず、持ってきた2枚の用紙を黒板に広げる。
片方は、先日突然行われた抜き打ちテストの成績一覧。
もう一つは……
『Aクラス 910 CP
Bクラス 720 CP
Cクラス 510 CP
Dクラス 50 CP』
とだけ書かれていた。
「まず、PPの支給額に関してなんだけど……一切間違っちゃいない。
『このクラスのやつらには5000PP分の価値がある』って判断されたってことだ」
教室に沈黙が走る。
耳を疑ったのは自分だけじゃないらしく、近くの席からもぽつりと声が漏れる。
「は? たった5000って、コンビニバイトでももう少し稼げるだろ……」
笑えない冗談のような空気が、じわじわとクラスを包んでいった。
でも、なんとなく、これは冗談ではないと確信した。
「この学校は特殊でな、各クラスにこんな風に『クラスポイント(CP)』ってのが与えられてる。PPはこの数字を基準に、CP×100で計算されてるわけだ」
「じつは入学時点で、全クラスに1000CP与えられていた。そこから授業態度や生活態度、その他あらゆる行動を理由に減点されて……今の時点で50CP残ってたってわけだ。
もちろん、これに気付く手がかりはあったはずだぞ?」
50。その数字が重くのしかかる。
「ウチ……そんなにやらかしたか……?」
ぽつりと誰かが言い、それに応じて苦い笑いが漏れる。
反論したくても、思い当たる節がありすぎて言葉に詰まる。
自分にも、思い当たる節がある。
「んで、こっからが重要なんだけど……『この学校を卒業したら好きなところに進学・就職できる』って特権は、Aクラスで卒業した時限定なんだよ」
教室にざわつきが広がる。
『卒業できれば夢は叶う』と思っていた。
自分だけじゃない。誰もが、足元の地面が消えたような感覚に襲われていた。
「待って、それってつまり……ウチのクラスじゃ無理ってこと?」
「てか、他のクラスは? Aクラスって……一組だけじゃん」
誰かがつぶやいた声が、妙に教室に響いて重く残る。
「ここでは、クラス単位で競い合い、評価され、そして切り捨てられる。
いい結果なら当然評価されるし、その分報酬も出る。
逆に一回でも赤点になったり、試験の内容によっては、退学にだってなってしまう。
今回のテストなら、このラインより下のやつらは、全員退学だ。
まあ今回は退学じゃないから安心しな。」
もう一枚、つまり小テストの結果一覧に一本線が引かれる。
自分の名前は……線より下にあった。
「え、マジで? 一回ミスっただけで退学って……」
「ウソでしょ……。成績なんて入試で見たんじゃなかったの?」
「まじかよ……。この一カ月、なにのんびりしてたんだ、俺……」
「つまり、この学校は、『実力至上主義』なんだよ」
その言葉が、やけに冷たく胸に刺さる。
一瞬、心臓の鼓動が跳ねるような感覚。
冗談だと思いたくても、山内の表情はどこまでも真剣だった。
「……マジで、終わった……」
「これ、やばくね? いや、笑えないって……」
「ちょっと待ってよ……一回で、人生決まるとか……」
誰かが拳で机を叩いた音が教室に響く。
けれど怒りはすぐに失われ、代わりに残ったのは、沈黙だった。
「もちろん、これで終わりってわけじゃない。今後の試験の結果とかでCPが追加されることもある。今のCクラスより多くのCPを手に入れたなら、お前たちはCクラスに昇格ってことになる」
Aクラスになれれば、可能性はある。
けれど、今そこに希望を感じる余裕なんて、誰の表情にもなかった。
現状を受け入れるだけで精一杯。まるで溺れかけたあとに、「泳ぎ方を教えてやる」と言われたような気分だった。
「……そんな簡単に、挽回できるもんかよ」
「今さら何したって、遅いって……」
誰がつぶやいたのかも分からない。
でもその言葉に、頷いたのはきっと一人じゃなかった。
「これで話は終わりなんだけど…質問あるか?」
誰も、何も、言えなかった。
口を閉ざすしか、現実から逃げる方法がなかったみたいに。
もっとまじめに授業を受ければよかった。真面目に生活すればよかった。
そんな空気が、クラスに広まっている。
「……一つだけ、話をしてやる」
不意に落ち着いた先生の声が、静まり返った教室にやけに澄んで響いた。
さっきまでの軽薄な態度とは違う、どこか静かな空気が漂う。
クラスの絶望感がふと和らいだように感じられたのは、気のせいだったのかもしれない。
「いまからちょうど10年前、一人の男がDクラスに入学した」
過去の話をするような、でもどこか他人事のようでもない……そんな語り口。
皆沈黙を保ったまま、その話を聞いていた。
「そいつは、まあ落ちこぼれでさ。見栄を張って、問題起こして、反省してもまた繰り返して……そんなやつだった」
「そんでその果てに、そいつはある試験で退学になった。
おまえ以上に不要な人間なんていない、愚かで、醜く、救いようのない不良品だって烙印まで押されてな」
どこかの誰かの、それも下手をしなくてもトラウマになるような内容の失敗談。
それなのに、なぜか他人事には思えなかった。
言葉の端々に、悔しさと、未練と、そして自分たちへの願いのようなものが込められている気がした。
「退学の後、そいつは死ぬほど後悔した。
毎日毎日泣いて、憎んで、何がいけなかったのかな?なんて考えて、何か思うたびに「自分には無駄」って 諦めて、また悩んで……
そいつは、気が付いたら教師になってた」
その瞬間、空気が凍りついた。
数人が顔を上げ、先生の表情を探るようにじっと見つめた。
けれど先生は、それ以上でもそれ以下でもなく、ただ静かにそう言った。
「それが、俺だ」
「……ウソ、だろ」
「先生……だったの?」
呟きのような声が、ぽつぽつと教室の隅から漏れた。
いつもの冴えない担任が、突然違う姿に見えた。
「あの時何が正しかったか、どうすればよかったかなんてことは、10年たってもまだわからない」
「だから、俺から伝えることは一つだけだ。」
「後悔しないように生活してくれ。
必死に勉強や部活を頑張ってもいい。
友達と気楽に遊んでもいい。
彼女や彼氏を作って青春したっていい。
でも、後悔だけはするな。
Aクラスになって卒業できるかもしれないし、できないかもしてない。
もしかしたら俺みたいに何かの拍子に退学になるかもしれない。
でも、その時にどんな形でもいいから、『高育にいてよかった』って思えるようにしてほしい。
そうすれば、きっとどんな結果でも胸を張って、この学校を出ていける」
冗談のように笑って見せたその顔は、どこか寂しげだった。
本当は忘れてほしくないに違いない。
けれど、それを生徒に押し付けるつもりもない……そんな不器用な優しさが、そこにはあった。
「……ま、俺が言っても説得力ないよな。
こんな話、明日になったらすっきりさっぱり忘れてもらっていい。
もちろん、記憶に刻んで必死になったっていい。
今のは、俺が10年かけてまだ何もわかってないってだけの話だ」
誰も返事をしなかった。
だけど、それぞれの心には何かが確かに残った。
この学校で、生き抜くということ。その重さと意味を、初めて知ったような気がした。
「っと、話は終わりだ!授業始めるぞ~」
唐突に先生の口調が軽くなる。
まるで、さっきまでの話なんてなかったみたいに。
「今までの全部嘘で~す!」なんて言われても違和感がないような。
少しだけ軽くなった空気に、教室の時間が再び動き出す。
それでも、さっきまでの沈黙は確かにそこにあって、誰もがまだ、頭の中で先生の言葉を繰り返していた。