【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート   作:バブ辻オギャン

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 前話に詰め込めなかった分の珠世様視点をたっぷり書きます。


61.あなたは誰

 薄暗い室内に、柔らかな灯りがひとつだけ揺れている。

 外界から切り離されたような、そんな静寂が部屋の隅々まで満ちていた。

 

 卓を挟み、二人は向かい合っていた。

 

 麗は背筋を自然に伸ばしたまま、無駄のない姿勢で座している。

 青い羽織がわずかに揺れ、その内側の黒衣が影を落としていた。

 藍鼠色の長い髪は肩から流れ、毛先にかけて滲むような赤色の髪が、灯りを受けて淡く揺らめく。

 その頭上には、一羽の鴉。

 

「カァ~~……♪」

 

 麗の鎹鴉、江檀はまるで自宅にいるかのようにリラックスしている。

 そして膝の上にも、もう一羽の鴉。

 指で羽を梳くように撫でれば、鴉は照れくさそうに身体をくねらせた。

 

「ほら、順番だよ」

「……麗様」

「まぁまぁ、いいでしょ?」

 

 麗はまるで、小さな子供をあやすような穏やかな声で囁いた。

 指先がゆっくりと動き、膝に乗る鴉の羽の一枚一枚を、確かめるように静かに撫でる。

 撫でられた鴉は喉を鳴らし、目を細める。

 もう一羽はそれを見て、静かに身を乗り出す。

 

「カカッ!イイモンガ見レタ」

「ん。あとちょっとで江檀の番だね」

 

 麗の表情はほとんど動かない。

 それでも、ほんの僅かに目元が緩んでいる。

 

「だから、そんなに急がなくてもいいよ」

 

 低く、柔らかな声。

 その声音には、命令も威圧もない。

 ただ、静かな確信だけがあった。

 

「…………」

 

 その様子を、珠世は正面から見つめていた。

 白磁のカップを持つ指は、寸分の狂いもなく優雅だ。

 だがその目の最奥で、彼女の思考は絶えず巡っている。

 表面上は穏やかに見えても、内側では計り知れない警戒が張り詰めている。

 

(彼女の気配……)

 

 紅茶の香りが鼻腔を抜ける。

 しかしその繊細な感覚すら、今は意識の外へと押しやられていた。

 

 目の前の女――花柳麗。

 

 鬼殺隊の者でありながら、その存在はあまりにも異質だった。

 

(気配が、薄い)

 

 いや、薄いという言葉では足りない。

 それは『無い』と錯覚するほどに穏やかで、揺らぎがないのだ。

 

 ()()も、()()も、敵意すらも。

 

 そのどれもが感じ取れない。

 ただこちらを『敵』と見なしていないだけという可能性はゼロではないが、その線は薄いだろうと睨んでいる。

 むしろ、これは――。

 

(底が……見えない)

 

 珠世の瞳がすっと細められる。

 花柳麗。彼女のその静けさの奥には、何かがある。

 それは、触れれば崩れるものではなく、むしろ底なしの深淵に近いもの。

 

 ――かつて、一度だけ。

 

 それに似たものを、かつて珠世は見た事がある。

 その記憶は数百年前の古いもの。

 しかし、それを見た瞬間から、珠世の中では決して風化していない希望の記憶。

 鬼の呪いよりも深く、そして血のように濃く、焼き付いていた。

 

 戦国時代のあの夜。

 鬼舞辻無惨が、生涯で唯一追い詰められた夜。

 それを成した一人の剣士。

 

 名も知らぬその男は、ただ静かに立っていた。

 何の誇示もなく、何の威圧もなく。

 それでいて、こちらに『逃げ場は無い』と本能に告げる存在感。

 

(嗚呼……似ている)

 

 珠世の視線が無意識に麗の髪へと向かう。

 藍鼠の色から、血を思わせる赤へと移ろう毛先。

 

 あの剣士は黒髪だったが、しかし目の前の麗と同じように、毛先に異質な色を宿していた。

 何より、それ以上に。

 

(この、在り方が……)

 

 存在そのものが似ているのだ。

 穏やかで。

 静かで。

 そして、理解の及ばぬ『深さ』を宿す、

 

「……」

 

 珠世はカップを唇へと運ぶ。

 紅茶を一口含み、その温度を確かめるように飲み下した。

 表情は変わらない。

 だが、その内側で警戒は一層強くなっていた。

 

「…………」

 

 そして、その背後。

 珠世の傍に控えている愈史郎は、珠世とは違って明確に敵意を隠していなかった。

 

 麗を見据える視線は鋭い。

 ほんの僅かな挙動も見逃すまいと、身体全体に緊張を孕んでいる。

 

 筋肉はいつでも動けるようにしなやかに張り、呼吸すら浅い。

 花柳麗という存在が『危険』であると、理屈ではなく、感覚が告げているからだ。

 口でこそ敵対する気はないと謳ってはいるが、それもどこまでが本心なのか分からない。

 

 覇気のない穏やかな気配も相まって、それが何よりも不気味だった。

 そんな愈史郎の視線を浴びながら、不意に麗が口を開いた。

 

「……そんなに睨まなくていいですよ」

 

 視線は鴉に落としたまま。

 まるで、愈史郎の存在など見えていないかのように。

 それでいて、しかし確実に意識している声色。

 

「最初にも言ったけど、今日は斬りに来たわけじゃないので」

 

 淡々とした声音。

 そこに嘘の気配は依然として無い。

 だが、それが逆に不気味だった。

 

「信用できると思うか?」

 

 愈史郎の声が鋭く返る。

 空気を裂くような緊張が、両者の間に走る。

 

 麗は、その言葉に対してようやく顔を上げた。

 

 赤を帯びた髪がさらりと揺れる。

 その奥から覗く瞳は静かで、やはり底知れない。

 

「思いません。普通は」

 

 あっさりとした肯定。

 

「だから、信用してもらおうとも思っていない」

 

 でも。

 そう一拍置き、言葉を重ねる。

 

「耀哉様の望んだ通り、僕はただ、話をしに来ただけだから」

 

 その間も、指先は鴉の羽を撫で続けている。

 一定のリズムで、優しく、丁寧に。

 その仕草だけを見れば、戦いとは無縁の人間のようだった。

 だが。

 

(やはり、この人は)

 

 珠世は静かに息を吐く。

 その姿が、あまりにも『あの剣士』と重なる。

 

 理由は分からない。

 理屈も、確証もない。

 

 ただ――。

 

「……産屋敷耀哉のご意向、でしたね」

 

 珠世は、ようやく言葉を選び、口にした。

 その声は穏やかで、だが一切の隙を見せない。

 

「うん」

 

 麗は小さく頷く。

 

「あなたに、協力をお願いしたいって」

 

 その言葉の裏を探るように、珠世は視線を深める。

 だが、やはり見えない。

 表面は穏やかで、静かで、何も隠していないようにすら見える。

 それなのに。

 

(どこまでが、真実なのか)

 

 それが、今もまだ分からない。

 紅茶のカップが、静かに卓へと戻される。

 陶器が触れ合う微かな音だけが、部屋に満ちる。

 

 沈黙が落ちる。

 

 だが、先ほどまでとは違う――それは重さを伴った沈黙。

 考え、測り、そして選ぶための静寂。

 愈史郎が何か言おうとする気配を、珠世は背中越しに感じ取る。

 だが、動かない。

 

 視線はただ一人、花柳麗に向けられている。

 

 その存在が危険であることは間違いない。

 だが同時に――。

 

(この方たちを、ここで退けるべきではない)

 

 何より。

 

(彼女たちから退ける未来が見えない)

 

 直感が、そう告げていた。

 

 あの夜。無惨を追い詰めた剣士と同じ存在。

 

 もし目の前の彼女が、それの『再臨』だとするのなら。

 この存在は、鬼にとって。

 自分にとって――何かを変えるものだと、そう確信する。

 

「……少しだけ、お話を伺いましょうか」

 

 静かに、珠世は言った。

 その瞬間。

 

「珠世様――」

 

 愈史郎が反応する。

 だが珠世は、振り向くことなく、ただ視線だけでそれを制した。

 

「っ…………」

 

 それだけで、愈史郎の言葉は封じられる。

 再び、静寂。

 麗は僅かに目を細めた。

 

「……ありがとうございます」

 

 変わらぬ口調。 

 だがほんの少し、その奥に柔らかなものが滲む。

 

 その時、麗の頭上の江檀が小さく鳴いた。

 

 それは、張り詰めた空気に亀裂が入った合図のように。

 この場の均衡が、確かに動いたことを告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内に満ちる空気は、先ほどまでの鋭さを僅かに失っていた。

 しかし、完全には解けきらない緊張を孕んだまま、静かに揺れてもいる。

 卓の上に置かれた紅茶のカップからは、細い湯気が立ち昇っている。

 それはゆらゆらと形を変えながら、やがて淡く消えていく。

 麗の視線が、ふとその湯気を追った。

 

「……そういえば」

 

 唐突に、思い出したように口を開く。

 声音は柔らかく、場の空気に波紋を広げるほどの強さはない。

 ただ、静かな水面に小石を落とすような、そんな自然さだった。

 

「鬼でも、紅茶は飲めるんですね」

 

 問いというより、確認に近い響き。

 それでいて、ほんの少しの純粋な興味の色が滲んでいる。

 珠世はすぐには答えなかった。

 カップを持つ手は微動だにせず、その白い指先に灯りが淡く反射する。

 紅茶の表面に映る揺らぎを、ほんの一瞬だけ見つめてから――。

 

「……きっと、私だけでしょう」

 

 静かに、そう答えた。

 その声には、特別であることを誇る響きはない。

 ただ、事実を淡々と述べるだけの、静かな重み。

 

「私は……自分の身体を()()()()()弄っていますから」

 

 言葉は穏やかだが、その内側には積み重ねられた年月と試行錯誤が滲んでいる。

 

 人の理を外れた研究と、鬼としての存在を制御し続ける意思。

 それは鬼舞辻無惨への恨み、そして自分自身を許さないという呪いの権化。

 

 その全てを、その短い一文の中に収めているようだった。

 麗は首を傾けた。

 

「なるほど?」

 

 短い返答。

 それ以上を問うこともなく、掘り下げる気配もない。

 ただ、受け取った情報をそのまま心の中に置いたような、あっさりとした受容だ。

 その淡泊さに、珠世は少し驚く。

 

(……深入りしない)

 

 好奇心はある。

 だが、それを押し通すことはしない。

 

(飾らない人なのですね……)

 

 程よい距離感。

 それが麗という人間の距離感なのだろう。

 その間にも、麗の指先は止まらない。

 膝の上の鴉の羽を、ゆっくりと、丁寧に撫で続けている。

 指が羽の流れに沿って滑るたび、鴉の身体に光が反射し、黒の中に柔らかな艶が生まれる。

 

「カァッ!」

「……分かってるよ」

 

 不意に、頭上の江檀が待ちきれないとばかりに小さく鳴いた。

 麗は視線を上げず、穏やかに応じる。

 

「次は君」

 

 その声音は、場に満ちる緊張とは無関係のように、どこまでも穏やかだった。

 その様子を見つめながら、珠世はある違和感を抱いていた。

 

(……最初とは、違う)

 

 空気が変わっている。

 先ほどまでの沈黙は、互いを測るためのものだった。

 だが今は、言葉が行き来する余地がある。

 

 完全な信頼ではない。

 しかし、拒絶でもない。

 

 その微妙な変化を、珠世は正確に感じ取っていた。

 そして、麗もまたそれを感じている。

 

「……どうして」

 

 不意に、麗が言葉を落とした。

 指先の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

 

「どうしてすぐに、僕を信用してくれたんですか?」

 

 その問いは、静かだった。

 責めるような響きも、試すような色もない。

 ただ、純粋な疑問。

 珠世は、答えなかった。

 

「…………」

 

 沈黙が落ちる。

 紅茶の香りが、ふたたび強く感じられるほどの静寂。

 カップの縁に触れる指先が、わずかに力を帯びる。

 思考が、ゆっくりと巡っている。

 

 どこまで語るべきか。

 何を、自分の過去をどう伝えるべきか。

 

 その逡巡が、空気の中に淡く滲んだ。

 そして――。

 

「……ふん」

 

 それを断ち切るように、珠世の背後から短い吐息が落ちる。

 その視線は鋭く、まるで刃のように麗へと向けられている。

 

「鬼狩りが鬼の拠点に堂々と侵入しておいて『信用してほしい』だと?」

 

 愈史郎だ。

 声には、露骨な皮肉が混じっていた。

 

「最初から選択肢なんて無いだろう。『信用する』以外を潰しているだけだ」

 

 言葉は冷たく、正確に状況を突いている。

 

 この場において、麗は圧倒的に優位だ。

 力の差ではなく、明確な『立場』として。

 

 その事実を、愈史郎は突きつけた。

 だが麗は、その言葉に対して何も返さなかった。

 

「…………」

 

 否定も肯定もせず。

 ただ、静かに受け止める。

 その無反応が、かえって不気味さを際立たせる。

 珠世は、小さく息を吐いた。

 

「……愈史郎」

 

 名を呼ぶ。

 ただそれだけで、愈史郎は言葉を止めた。

 

「…………はい」

 

 唇を引き結び、不満を押し殺す。

 だが、それ以上は踏み込まない。

 再び、静寂。

 珠世はゆっくりとカップを卓へと置いた。

 陶器が触れ合う、微かな音。

 それが合図のように、彼女は口を開く。

 

「……私は昔、あなたに似た剣士と出会ったことがあります」

 

 その声音は、先ほどまでよりも低く、深い。

 麗の指先が、止まる。

 頭上の江檀が、不思議そうに小さく首を傾げた。

 

「名前も、素性も……私は何も知りません」

 

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 珠世の視線は、遠くを見ている。

 今ここではない、過去の一点へと。

 

「ですが、その方は私の目の前であの男を――鬼舞辻無惨を、死の淵まで追い詰めました」

 

 その一言で、空気が変わる。

 愈史郎の気配が鋭くなり、麗の瞳もまた音もなく細められる。

 珠世は続ける。

 

「その方も……あなたと()()でした」

 

 視線が、再び麗へと戻る。

 逃がさないように、確かめるように。

 

「覇気も、闘気も感じられない。まるで強そうに見えなくて……そして、ただそこに在るだけのような、穏やかな気配」

 

 言葉は静かだが、確信を帯びている。

 

「ですが、その奥には……底の見えないものがある。覗き込めば、どこまでも落ちていきそうな……そんな深い谷のようなものが」

 

 声が沈む。

 室内の空気が、ひやりと冷える。

 

「得体の知れない、底が知れない何か」

 

 はっきりと、言い切る。

 珠世の瞳が、細くなる。

 

「あなたはその方に、とてもよく似ているのです」

 

 藍鼠の髪。

 その先に滲む赤。

 しかし、その身体的特徴以上に。

 

「その在り方が」

 

 短く、しかし重く。

 言葉が落ちる。

 

「……酷く、似ている」

 

 沈黙。

 麗は、すぐには何も言わなかった。

 止まっていた指先が、ゆっくりと再び動き出す。

 鴉の羽を、今度は少しだけ慎重に撫でる。

 まるで、何かを確かめるように。

 

「……そうですか」

 

 ぽつりと、呟く。

 

 驚きはない。

 否定もない。

 

 ただ、受け入れるような響きだ。

 

「その人は……多分『始まりの呼吸の剣士たち』の一人なんでしょう」

 

 珠世は答えない。

 だが、その沈黙が何よりの肯定だった。

 麗は小さく息を吐く。

 

「僕は……どうでしょう」

 

 独り言のように、静かに零す。

 

 それは謙遜ではなく、自己評価でもない。

 ただ、事実を測ろうとするような声音。

 

 頭上の江檀が小さく鳴く。

 それに応えるように、麗は江檀の身体を両手で優しく掴み、膝の上に置く。

 ――その時だった。

 

 ことり、とあまりにも小さな音が足元から響いた。

 

 麗の視線が下へと落ちる。

 珠世もまた、同じように視線を下げた。

 そこにいたのは、一匹の猫だった。

 三毛の毛並み。

 丸みを帯びた体躯に、しなやかな尾がゆるやかに揺れている。

 金色の瞳が、まっすぐにこちらを見上げていた。

 

「……茶々丸」

 

 珠世がその名を呼ぶ。

 猫――茶々丸は軽く喉を鳴らしながら、珠世の足元にすり寄る。

 まるで、届け物をするかのように。

 麗はそれを見下ろしながら、目を細める。

 

「……この子が?」

 

 問いとも独り言ともつかない声。

 珠世は頷き、ゆっくりと膝を折る。

 その動作は、いつも通り優雅で、無駄がない。

 だがその内側に、確かな緊張が走っている。

 茶々丸の背に括り付けられていた包みを、丁寧に解く。

 

 現れたのは、細く、鋭い形状の器具。

 投げナイフを思わせるそれは、ただの刃ではない。

 血を採取する為に作られた、愈史郎が手掛けた特殊な道具。

 

 珠世の指先が、それに触れる。

 その瞬間。

 

「……――」

 

 動きが止まった。

 まるで時間が切り取られたかのように、完全に。

 採取道具の、柄の部分に含まれるもの。

 その血。

 珠世の瞳が、わずかに見開かれる。

 

「……これは」

 

 声が微かに震えた。

 信じ難いものを前にした時の揺らぎ。

 

「……上弦の血――?」

「なに……?」

 

 愈史郎の気配もまた、一瞬で張り詰めた。

 低く、信じられないという響き。

 だが珠世は、それに応じない。

 ただ、その器具を見つめ続けている。

 

 ――あり得ない。

 そう断じるには、あまりにも確かな現実の感触だった。

 

 この濃度、そして気配。

 間違いない、これは上弦の鬼の血だ。

 それも、ごく最近採取されたもの。

 

 ――百年ぶりの上弦の討伐。

 

 室内の空気が再び変わる。

 だがそれは、先ほどまでの静かな均衡ではない。

 静かに、しかし確かに。

 ――新たな未来へと傾き始めた静寂だった。




 就活云々で忙しくなります。
 
 
 (追記)近いうちにまた更新します。
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