【RTA】鬼滅の刃RPG『長い長い人の歴史のほんの一欠片』獲得チャート 作:バブ辻オギャン
朝日が差す柱稽古の場内には、早朝から激しい素振りの音と隊士たちの荒い息遣いが充満していた。
「一! 二! 三! 四!」
掛け声と共に、何十本もの木刀が揃って空を割る。
だが、その素振りの鋭さや軌道には隊士ごとに明らかなムラがあり、長時間の修練によって生じた疲労から、腕の振りや腰の据わりが僅かに乱れ始めていた。
麗はその整然と並ぶ隊士たちの間を静かに歩みながら、透き通るような眼差しで一人ひとりの動きを冷徹かつ的確に見定める。
「そこ、右の肘が下がりすぎ。振りの終着点がずれてるよ」
静かではあるが、よく通る声で指摘しながら、麗は隊士の背後にそっと寄り添い、木刀を握る隊士の腕の角度を細やかに補正する。
「息を吸い込む間隔が短い。横隔膜を下げる意識を限界まで引きつけてから、一気に振り下ろすと同時に吐き出して。そうすれば、肩の余計な緊張が抜ける」
「は、はいっ!」
「よし、その調子で頑張って」
指導を受けた隊士は汗を飛び散らせながら、再び一心不乱に木刀を振り下ろす。
麗は他の隊士たちの呼吸の音、筋肉の弛緩、骨格の歪みまでを見ただけで把握し、時折手を貸しては呼吸の矯正と体幹の指導を繰り返していく。
そんな活気と熱気に満ちた広場の一角で、炭治郎もまた、汗だくになりながら木刀を手に集中を高めていた。
「炭治郎」
麗の透明感のある声が、炭治郎の耳に届く。
「はいっ!」
「じゃあ今日も『日の呼吸』の型に入ろうか。前回途中だった型の動き、呼吸の途切れについてだね」
炭治郎は姿勢を正し、身を固くした。
麗もまた、炭治郎の目の前に立ち、自らも木刀を構える。
「『日の呼吸』は僕の知る限り、あらゆる呼吸の中で一番の出力。でも身体を過剰に強化しすぎるからこそ、ほんの僅かな手首の角度の違いや足の運びの違い、呼吸の間隔が髪の毛一本分ズレるだけで身体に跳ね返る負担も倍増する」
「はい!」
「だから……」
そう言うと、麗は流れるような動作で木刀を振ってみせた。
空中を一閃して輪を作るその軌道には、空気を引き裂く風切り音すらほとんど発生しない。摩擦も抵抗も感じさせない完全な正解の形。
放った技の名は『碧羅の天』。
「……凄い」
炭治郎は呼吸を忘れて見入った。
麗が見せる『正解の形』を目にすることで、己の頭の中に残っていた無駄な力みや、感覚に頼りすぎていたが故の踏み込みの甘さを、はっきりと客観的な視点として理解する事ができた。
「頭で理解するだけじゃ足りないよ。もっと身体に刻み込まないと」
麗は炭治郎のすぐ後ろへと足を進め、背後からそっと身体を密着させた。
麗の細くもしなやかな腕が、炭治郎の腕に沿うように伸び、木刀を握る炭治郎の手の上に自身の手を重ね合わせた。
「そうだね。例えば『烈日紅鏡』の時……」
耳元で聞こえる麗の囁き声。
最初こそ、この距離感に驚いて炭治郎の心臓が一瞬跳ねた事もあったが、今はとっくに慣れたもの。故に炭治郎はすぐに全神経を、麗の言葉へと集中させた。
「左右に振るこの斬撃は、腕の力で回そうとしたら駄目。ここ……握りこぶし半個分、左手の手首を内側に絞り込む。そして、この角度で握りを強く……」
麗の手がぐっと加圧され、炭治郎の指の関節と手首の角度が微修正される。
「あと足元。踏み出す右足のつま先は……そうそう、こうやって外側に向ける。あとは腰を旋回させる勢いを利用して刀を振るんだ。全身の骨格が一本の芯になる事を意識して、軸を忘れずに」
「は、はいっ……!」
麗は密着したまま、炭治郎の体幹のブレや肩の上がり具合を指先でひとつひとつ確かめ、骨の位置を正すように微調整を加えていく。
筋肉の使い方、握りの角度、視線の残し方。麗の教えは過剰なほど緻密で、しかし驚くほど理にかなっていた。
「よし、まずは呼吸を使わずに、今の型の連続を反復してごらん」
麗が身体を離すと、炭治郎は教わった『正しい形』を意識しながら木刀を振り始める。
『碧羅の天』、『烈日紅鏡』――。
全集中の呼吸を行わず、純粋な身体動作だけで型を反復する。手首の角度、足の運び、麗に直された位置を外さないよう、それらの動きをゆっくりと、しかし正確に身体に叩き込んでいく。
「良いね。じゃあ次は呼吸を使って同じ型を反復」
「はいっ!」
炭治郎は大きく息を吸い込み、全集中の呼吸を肺一杯に巡らせた。
一気に血流が加速し、視界が鮮明になる。その状態で、先ほど反復した完璧な型の軌道を再現しようと木刀を振るう。
だが。
「ぐっ……!!」
その瞬間、炭治郎の全身に激しい衝撃と疲労が押し寄せた。
呼吸を完璧に合わせようとすればするほど、これまで誤魔化してきた僅かな形の崩れ、『無駄な動き』が強烈な摩擦となって己の筋肉と関節に負荷として跳ね返ってくるのだ。
肺が焼き切れるような熱を帯び、肩から背中にかけての筋肉が悲鳴を上げる。
だがそれと同時に、炭治郎は力強く成長を実感していた。
自分の動きのどこに無駄があるのか、どの部位が未熟で、どこに無駄な力が入っていたのかが、痛みと疲労の輪郭となってはっきりと浮き彫りになっていくのを理解できる。そんな今の自分自身を噛みしめながら――。
「はぁっ、はぁっ……!」
『碧羅の天』、『烈日紅鏡』とたった二つの技を使用しただけで、今までに感じた中で一番の疲労が全身に襲い掛かった。
汗が滝のように滴り落ち、地面を濡らす。
炭治郎は歯を食いしばり、麗の教示を脳内で反芻しながら、それでも必死に何度も、何度も型を繰り返し振り続けた。
身体が疲れ、限界が近いからこそ生じる動きから、その分浮き彫りになる『無駄』を見つけて削ぎ落とす。そんな過酷ながらも、より強い自分に辿り着く為の地道な作業に没頭し続けた。
「その調子。そのままあと五十回くらい頑張って」
麗はそう告げると、汗だくで木刀を振り続ける炭治郎の努力を見届け、ふっと視線を巡らせた。他の隊士たちの素振りの乱れを補正するため、静かな足取りでその場を離れていく。
炭治郎は荒い息を吐き出しながら、限界まで追い込まれた筋肉に鞭を打ち、木刀を振り続けた。
そうして、技を繰り出し終えてふと息を整えるために立ち止まった時だった。
「……あれ」
炭治郎の優れた嗅覚が、鼻孔をかすめた微かな気配を捉えた。
それは、風に乗って運ばれてきた匂い。
数歩離れた場所へと歩いていく麗の背中から、今まで一度も漂ってきたことのない感情の『匂い』が届いた。
初めて『柱合会議』で出会った時、そして今こうして『柱稽古』で再会した時に嗅いだものとは違う。
今、彼女の全身から立ち上っているのは――まるで陽光を浴びて満開に咲き誇る花々のように甘く、優しく、愛おしさに満たされた幸せの匂い。
炭治郎は思わず木刀を下ろし、立ち止まってその背中に声をかけていた。
「花柳さん、何かいい事があったんですか?」
それは純粋な疑問と、その匂いへの驚きから出た言葉だった。
声を聞いた麗は、歩みを止め、ゆっくりとこちらへ振り返った。
早朝の澄み切った青空から降り注ぐ陽光が、彼女の藍鼠色の髪を透き通るように照らし出す。風がふわりと髪を揺らし、銀色の光の粒が空中に舞うかのような錯覚。
静かに振り向くその一連の所作は、まるで時間が緩やかに引き延ばされたかのように洗練されており、炭治郎ですら思わず息を呑むほどに美しかった。
「うん、あったよ」
麗はそう答えた。
そして――次の瞬間、彼女の顔がふわりと綻びた。
「……すっごくいい事」
それはこれまで見てきたものとは違う、全く新しい麗の表情。
その微笑みは、ただ『可憐』という言葉では到底表現し切れないもので、彼女の端整な顔立ちに極上の艶やかさを与え、白く澄んだ肌をほんのりと桃色に染め上げていた。
「――――っ」
決して、不純な感情からではないものの。
それでもその時、確かに炭治郎の胸がどきりと大きく鳴り響いた。
初めて出会った日のことを、真菰は今でも鮮明に覚えている。
『最終選別』のあの日。
夕闇に溶け込みそうな程に幻想的な藍鼠色の髪と、どこか浮世の理から切り離されたような独特の透明感を纏う姿を見た瞬間、真菰は心の底から、なんて不思議な子なんだろうと思った。
名前を知り、友達になって深く知るにつれて分かっていく、彼女の『特別』。
それは生まれつき常人とはかけ離れた身体能力を持ち、更には他人の骨格や内臓、血流の動きまでが透けて見えてしまうという特殊な視界。
だが、真菰にとって彼女がどれほど異常な力を持っていようと関係なかった。
手を取り合って、落ち葉を拾い集めた日。川のせせらぎを聞きながら並んで腰掛け、分け合って食べた菓子の甘さ。少しずつ伸びていく彼女の髪を、真菰が後ろから優しく結ってあげた時の指先の感触。
真菰の前で見せる、ほんの僅かな表情の変化や、安心したように細められる双眸。
真菰が見つめ続けてきたのは、そんな特別な力を持とうとも優しさを捨てない、『花柳麗』という一人の少女そのものだった。
いつの間にか身長を越され、どこへ出しても恥ずかしくない美しい女性へと成長していった麗。だが、そんな彼女から昨夜語られた告白は、真菰の胸を深く、強く揺さぶった。
――あと五年以内に死ぬ
その余命の告白に、真菰の胸は引き裂かれるような激痛に苛まれた。だがそれ以上に真菰の心を動かしたのは、麗が隠し続けていた己の恋情の吐露だった。
『女なのに、好きになってごめん』
己の罪を噛みしめるような言葉。
そんな姿を見た時、真菰の中で長年育まれてきた『愛おしい』という感情の輪郭が、境界線を越えて劇的に変化したのを感じていた。
女同士という関係。世間から見れば歪で、子供も残せない、確かにそれは理から外れた関わりかもしれない。
麗が自分を置いて早死にしてしまうかもしれないという未来の恐怖。
しかし、そんな世間の常識や運命の理屈など、真菰にとっては最初からどうでもいい事だった。
自分がどれほど麗を愛おしく思っているか。
麗の存在が、自分にとってどれほどかけがえのないものか。
傷つくことを恐れ、自分が真菰を不幸にしてしまうと震えていた麗を丸ごと抱きしめた時、真菰の中で「友愛」は確かな「恋情」へと昇華していた。
麗が自分を好きになった、そして自分もまた麗を好きになったのだから、世間がどう言おうと、どれほど未来が短くても関係ない。
真菰が麗の全てを受け入れ、泣いた麗のその唇に触れた瞬間の甘い熱は、今も真菰の唇に残っている。
そして、夜が明けた現在。
朝陽が差し込む稽古場では、真菰がいつも通り木刀を握り締め、鋭い踏み込みとともに型の動作を反復していた。
鋭い呼気と共に振り下ろされる木刀。足運びの軸を意識し、身体の芯をブレさせないように集中を高める。周囲では他の隊士たちが汗だくになりながら素振りを行っており、空間には激しい熱気が満ちていた。
だが、そんな訓練の真っ只中。
真菰の背後に、気配を消した足取りでそっと近づいてくる影があった。
「……真菰」
耳元で囁かれた掠れ声に、真菰の肩が跳ねる。
振り向くと、そこには普段の無表情で凛とした『柱』としての顔を取り繕いつつも、瞳の奥に甘い熱を揺らめかせた麗が立っていた。
他の隊士たちは己の稽古に必死で、こちらを注視する余裕などない。だがここは公の指導の場だ。
真菰は視線を木刀に戻しつつ、少しだけ声を潜めて囁いた。
「もう……麗、稽古中だよ? 他の人に見られたらどうするの」
「大丈夫、誰も見ていないよ」
「そんな事……」
そう言いながら、麗は真菰の指導をするフリをして、斜め後ろから真菰の身体にぴったりと寄せてきた。
麗の体温と甘い香りが、一気に真菰を包み込む。
「大丈夫、
麗は真菰の手元へそっと手を伸ばすと、木刀を握る真菰の小さな手の上に己の長くてしなやかな指を重ね合わせた。
そして、周りからは単なる構えの補正に見えるような自然な動作で、繋いだ手指をぎゅっと、恋人のそれとして固く絡め合わせてくる。
「っ……」
手のひらから伝わってくる、昨夜と同じ強くて愛おしい熱。
指と指が隙間なく組み合わされ、掌同士が密着する。
「ここ、少し握りが強すぎる。もっと力を抜いて」
言葉では厳格な指導の体を装いながら、麗の手は真菰の手を愛おしそうに擦り、指先を優しく撫でまわしている。
真菰の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。
「れ、麗……っ、手が……」
「指導だよ。ちゃんと正しい握りを教えてるんだし、いいでしょ?」
麗は真菰の困惑など意に介さず、さらに周りの目を盗んで距離を詰めた。
真菰の背後に完全に回り込み、真菰の肩に己の顎をちょこんと乗せる。そして、そのまま擦り寄せるようにして、真菰の柔らかな頬に自身の頬をすりすりと寄せ始めた。
「っ……」
つるりとした麗の美しい肌が、真菰の温かい頬に重なる。
柱としての威厳はどこへやら。今の麗はまるで、大好きな飼い主に甘え倒す子猫そのものだった。昨夜、己の感情を全て受け入れてもらった事で、彼女の中の自制心がある意味完全に弾けてしまったのだろうか。
「……真菰の匂い、すごく落ち着く」
麗はそう吐息を漏らすと、真菰の白く細いうなじから首元にかけて、ゆっくりと鼻先を寄せた。
呼気が真菰の肌を撫で、ゾクリと小さな震えが走る。麗は真菰の柔らかい髪を鼻先で押し開くようにして、耳の下から鎖骨へ、自身の温かい鼻先をそっと押し当てた。
すぅ、と深く、長く息を吸い込む。
ただ一度では満たされず、麗は何度も、何度も深く息を吹きかける。
そうして重ねるように、鼻先で真菰の肌を優しく擦りながら、愛おしさを噛みしめるように匂いを吸い上げ続けた。
「ちょっと、麗……! くすぐったいし……それに、本当にバレちゃうから……っ!」
真菰は顔を真っ赤に染め上げ、他隊士に悟られないよう吐息混じりの小さな声で抗議した。
首元に届く麗の髪の毛が、鼻先が、呼吸の熱があまりにも甘くて、身体の奥が痺れてしまいそうだった。
けれど、真菰の抗議を聞いてもなお、麗の甘えは止まらなかった。
麗は首元からほんの少しだけ顔を離すと、今度は真菰の華奢な腰の後ろへとしなやかな両腕を回した。それは他の隊士から見れば、体幹の姿勢を矯正しているようにしか見えない自然な所作。
しかし、その腕は真菰の細い腰をすっぽりと抱きかかえ、己の身体へと引き寄せるように強く密着されていた。
「麗……っ、腰、抱きつかないで……」
「離したくない。……もう少しだけ」
くぐもった声でそう囁くと、麗は真菰の肩口に自身の額をぽん、と預けた。そのまま額をすりすりとなでつけ、真菰の肩の温もりに甘える。
それだけでは収まらず、麗の長くて美しい指先が、真菰が握る木刀の手元へと滑り込んでいった。真菰の小さく華奢な手の甲を、己の指先でなぞる。節を一つずつ確かめるように愛撫し、そっと真菰の指の隙間に己の指を割り込ませて、指を深く絡め合わせた。
「ずっとこうしていたいな」
「だめだよ……今、稽古中なんだから……」
真菰は甘い熱にのぼせそうになる頭を必死に振った。指を絡められ、腰を抱きしめられ、背中全体で麗の熱を受け止めていると、自分まで木刀を振り下ろす握力を失ってしまいそうになる。
麗は指を強く絡めたまま、真菰の手の甲に自身の唇の端をそっと触れさせた。接吻と呼ぶにはあまりにも静かで、けれど過剰なほどの愛が込められた接触。
「大丈夫、大丈夫……」
耳元でくぐもった声で甘えられ、真菰の心臓が跳ね上がる。
柱として誰よりも冷静で、誰よりも凛々しく振る舞うはずの麗が、自分一人の前でだけこんなにも無防備で、幼い子供のように縋りついて来る。その姿が愛おしくて、真菰の胸の奥は甘い痛みに似た感情でいっぱいになった。
真菰は絡められた手指に少しだけ力を込め返すと、背後の麗に向かって首だけを微かに傾けた。
「れ、麗……お願いだから……ね?」
上目遣いで、困ったように、けれどどこまでも優しく微笑みながらそう訴えかける。
その真菰の可憐な瞳と声に射抜かれたのか、麗は最後に真菰の肩にすがりつくように額をもう一度すりすり寄せ、それから指の力をゆっくりと緩め、心底名残惜しそうに真菰の腰と手から肌を離していった。
「……ちゃんとバレないように
けれど、完全に離れきる直前。麗は真菰の耳元へと顔を近づけ、甘い吐息を吹きかけるように、密やかな声で囁いた。
「……じゃあ約束。終わったら、たくさん抱きしめて」
「っ。わ、分かったから……!」
真っ赤になった顔を隠すように木刀を構え直す真菰の姿を、麗は目尻を和らげて見つめ、それから何事もなかったかのように、他の隊士たちの元へと歩み去っていった。
取り残された真菰は、手元に残る熱と、胸の中で暴れる甘い愛おしさに大きく息を吐き出した。
(もう……あんな顔で甘えられたら断れるわけないのに……)
困ったように笑いながら、真菰は再び木刀を強く握りしめた。
そんな彼女の甘えを断り切れない、自分の胸の中に満ち溢れている愛を実感しながら。
『透き通る世界』で全方位の視界を把握し、隙を見ていちゃつく。
まさに『至高の領域』の無駄使い。