思い付いてのあれですので、深い意味はないのです。あと計算上阿鼻地獄の刑期は多分こんな。

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VS頭無惨さま

 日本の地獄は八熱と八寒合わせ64区画、そこに各16の小地獄があって総計272に及ぶ。

 八寒地獄が基本独立採算制になっているとは言え、管理保守を行う閻魔庁は半分の136部署を管理しなければならない。現世でもあの世でも、管轄を跨ぐ総合管理は大変なのだ。それが出来る逸材は本当に少なくて、日々忙しく働いているわけなのである。それであるからして――。

「鬼灯くんさぁ、ちょっと阿鼻地獄の様子見てきてよ」

 などと軽々しく言われた日には、例え上司だろうが一発殴ってしまう。

 まあ彼は別に普段から閻魔をひっぱたいたりしてるので、通常運転と言えば通常運転なのだが。

 阿鼻地獄は閻魔庁から結構遠い、入り口までならともかく底までが遠すぎる。なにしろ上から素直に行くと、一番下まで2000年かかるのだから。

 通勤する獄卒用の抜け道を使っても半日程が必要で、ちょっとそこまでという距離ではない。

 一泊して良いなら構わないが、それをやると帰ってから山積みの書類を捌かねばならなくなる。

 用事なら御自分で行ってきてくださいよダイエットになりますよ、と嫌みの一つも言いながら蹴りも入れたくなるのが人情だ。

「いやあのね鬼灯くん、別に下まで行ってこいってんじゃないの。なんかね、入り口辺りで亡者が暴れてるからなんとかしてって、ほら前の桃太郎くんの時みたく痛い痛い痛い折れる折れるやめて鬼灯くん!」

 そもそも阿鼻地獄は制令指定地獄であり、個別の案件に一々対応してやる必要はない。……ないのだが、しかしそれでは通らないのが社会である。

 渋々ながらも鬼灯は、閻魔に止めの足先蹴りを入れて閻魔庁を出たのであった。

 

 

「――鬼舞辻無惨、ですか」

 鬼を自称して現世で千年ほど殺戮を繰り返し、先日ようやく地獄へ落ちてきたという。行状が行状であった事から特例として即座に阿鼻地獄送りが決まり、つい先日閻魔大王が書類の追認を終えたばかりだ。あと他にも仲間らしき連中も続々落ちてきていて、対応に各所が駆け回っている。

 とは言え、どんなに現世で凶悪であろうが地獄では一亡者に過ぎない。指先一つ分でも地上を焦土にする程の火焔が渦巻く大焦熱地獄や魂まで凍り付く絶望の八寒地獄さえ、獄卒にしてみれば「ちょっと面倒な職場」でしかないのだ。どんな亡者も獄卒に勝つ事はない、暴れて逃げきった死者などいない。

 今回の頼まれごとも、それこそ桃太郎の時と同じ「下手に手を出して怪我をさせると責任の所在に困るから、閻魔大王直轄の職権を使って抑え込んでおいてくれ」くらいのもの。しかし落下中に翼を生やして逃亡を試みた亡者、というのはさすがの鬼灯も見たことはない。そこまで来ると興味も湧くと言うものだ。

「鬼灯さま、御願いします」

 獄卒に促されて見た先にいたそれを見て、鬼灯は一瞬息を呑む。

 それは凡そ人とは言えない、異形の姿。

 袈裟懸けの傷を思わせる巨大な牙口、鞭のように伸びた腕。

 背面から前面へと威嚇するように広がる大量の触手。

 全身に浮かぶ血のような痣。

 それはまさしく――

「うわ、ずいぶん拗れた人がいますね。中学生がノートに描いた「さいきょうモードのおれ」って感じです」

 ……そう、獄卒たちが手を出しにくい理由はそこにある。

 あまり刺激したらいけない、そっとしておかないとアブない。仕事でなければ関わりたくない、出来れば仕事でも関わりたくない。地獄の住人から見た無惨は、ひたすらイタいのだ。

 しかし鬼灯としては、あまり阿鼻地獄に長居したくない。とっとと片付けて帰らないと、仕事が溜まるばかりだ。

 ――と。どうやら他の獄卒と違うのが来たのに気付いたらしい無惨が、鬼灯へと向き直る。

「……貴様は」

 何者だ、そう誰何しようとした刹那。スパァンと言う音と共に、無惨御自慢の触手が勢いよく弾かれた。

 言うまでもなく、鬼灯の一撃が決まったのである。

「初対面の相手に向かって貴様とはなんですか、千年も生きていたなら常識を身に付けなさい!」

 正論と言えば正論、だが無惨が驚いたのはそこではない。鬼殺隊を軽くほふり得る自身の力が、まるで通じていない。周囲にいる連中にも先刻放ったが、当たって怯みはするも死なないし怪我もしない。弱体化の薬は分解しきり髪も黒く戻った自分がなぜ、雑兵さえ殺せていないのかと。

 彼は知るよしも無い、地獄と現世の大きな違いを。地獄外周をぐるりと囲む二重鉄囲山の間はいつも風が吹いており、女性獄卒は髪が乱れるだの裾が捲れるだのブー垂れているが、これは現世で言うと天変地異どこか全生物絶滅レベルの暴風である。そんなのをビル風程度に思える地獄の住人は、一日で何万由旬も歩くし足を滑らせて煮えた鉛の中に落ちても軽い火傷で済む。要するに生物としての強度自体が、現世とは隔絶されている。

 そして無惨が知らない事は、もう一つ。地獄は「人間」を裁く場であり、それ以外の生物は――付き添いでも無い限り――来ることはない。つまりは無惨は分類上人間であり、進化した生物でもなんでもない。

 それを知った無惨が地獄の底で七転八倒するのは、少しあとのお話である。

「鬼灯さま、あいつ弱っちいのにイキってて困ってるんですよ。突き落とすとなんか飛ぼうとするから、下まで持ってかないといけないし」

「俺ら獄卒が責め苦以外で怪我させると良くないのは分かってますが、でも傷付けずに連行するのは難しいですよこれ……」

 明らかにめんどくさがる獄卒にブチキレながら振り回す触手も、当然のように鬼灯の金棒で迎撃されていく。苦し紛れに放った血鬼術・黒血枳棘も有刺鉄線どころか、只の紐扱いで纏めてとられてしまった。

 鬼舞辻無惨という男は、一見冷酷冷静に見えて癇癪持ちの考えなし。プライドを傷つけられると一も二もなく暴れだし、気が済むまで収まらない。そうでもなけば勢いで医者を殺してないし、夜の闇に潜む人食いの怪物としてひっそりと生きられていた。わざわざ大騒ぎした上舐めプぶっこいで負けたのも、その性格故だ。

 そんな無惨が雑魚扱いされて、憤らないわけがない。わけがないが、それで事態を解決できる筈もない。

 気が付けば自身の血鬼術で縛り上げられ、転がされたまま無惨は地獄の天上を仰いでいた。

 

 

「まったく、手間をかけさせてくれるものです」

 無惨を従業員通路から阿鼻地獄の底に置いて帰庁し、鬼灯は小さく息を吐く。無惨は運ばれる間ずっと怨み辛みを並べていたが、すぐにそれどころでは無くなるだろう。

 なにしろ阿鼻地獄に落ちた亡者は、嘆く暇さえ無いのだ。

 その苦しみは他の七大地獄の責め苦を合計したものの千倍以上、「300本の槍で毎日刺される苦しみがその辺の小石としたら、阿鼻地獄の苦しみはヒマラヤの山」とも言われる。そして刑期は追加を一切しない状態でも八万四千劫、一劫が現世の時間で約43億年なので実に約3兆6120億年。その有り様を正確に語ったり聞いたりしたら、どちらも血を吐いて死ぬ。

 まあしかし、八熱地獄や八寒地獄は更正機関でもある。ちゃんとお務めをしてくれれば刑期が延びはせず、いずれは終わりが来る。そうやって首尾よく出てきたならば、現世に転生する事も地獄に残って獄卒として再起する事も可能となる。どんなに遠くとも、それを信じてあげるのが獄卒の勤めだ。

 取り返しのつかない罪はあっても、取り返しのつかない魂はない。どんなに罪を犯そうと、悔い改めれば先がある。

 鬼灯はいつも、信じている。地獄の責め苦を耐えきって去っていった魂たちは、今度こそちゃんとした人生を歩んでくれると。

 ――そうでなければ地獄が溢れかえって仕事が増えてしまう、という気持ちも無くはないのだが。

 

 

 

 

 

 


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