賢獅子達がコミュニケーションを取り始めた頃。ジャンボ村へと帰って来たアリシアは船から飛び降りると、急いで村長の元へと向かう。
「村長そんちょうそんちょ~!!」
黒髪のキリンテールとアイアンソード、オマケに大きな胸を揺らし、インナー(Type1)姿で元気よく手を振りながら駆けるアリシア。
そんなアリシアの声に、異様に高い鼻が特徴の竜人族──ジャンボ村の村長が振り向いた。
「やあ、無事だったかい? とりあえず、キミが元気そうで安心したよ!」
「へ? 何かあったんですか?」
「あったとも。キミがクエストに出発して暫く後に、オイラの元に観測気球から手紙が届いたんだ」
アリシアの疑問に村長が答える。
そうして飛来した伝書鳥の脚に付いていた手紙を読んだところ、とんでもない内容が書かれていた。
それは、金獅子と呼ばれる古龍級に危険なモンスター、ラージャンが密林に出現したという知らせだった。
すると、アリシアは何かに合点がいったのか、手をポンと叩いた。
「あ、パトラさんが言ってた危ないモンスターってラージャン? だったんですね」
「──今なんて言ったんだい?」
村長はアリシアが口にした名前に驚きが隠せないでいた。その名前は、身に纏う装備と同様に幻として知られるハンターの名前だったからだ。
そんな事を欠片も気にせず、アリシアは密林での出来事を語る。
「パトラって名前の女のハンターさんに会ったんですよ。雪みたいに白い髪で、青空みたいに青い目、それで白に黒の模様のインナーを着てました! いや~、あの背負ってた綺麗で不思議な大剣を見る限り、たぶんパトラさんも私みたいに武器とご飯にお金を使うタイプですね!」
ドヤ顔で「間違いないです、勘ですけど!」なんて付け足すアリシアに、村長は内心で頭を抱えた。
村専属のハンターを応募し、優秀だと推薦され、なぜか身一つで現れたアリシア。
今やインナー姿のままアイアンソードを振り回し、砂漠のモンスターすら無傷で狩っている。
ギルドの推薦に間違いは無い。しかし、手付け金や報酬金を武器と食事に注ぎ込む癖と、戯けているようでどこか俯瞰している雰囲気に、村長は気を揉んでいた。
「……彼女は
「うーん、そんな感じには見えなかったですけどねぇ?」
■
日が頂点に昇った頃。密林中央に立つ大木の木陰で、賢獅子とパトラはジェスチャーを主に使ってコミュニケーションを取っていた。
最初はなんてことのない自己紹介から始まった異種同士の対話は、試行錯誤の末に意志が通じた喜びも合わさり、互いに言葉にできない喜びを感じていた。
(えーっと? 大剣を指差して、パトラ自身を指差して、ドヤ顔……“私の武器スゴイでしょ!”か?)
パトラのジェスチャーに、賢獅子は親指を立ててうなずいて見せる。
「──イージャン、てこと? フフッありがと!」
賢獅子の純粋な称賛に、パトラは自然に笑みを浮かべた。
──その時、賢獅子の脳内に衝撃が走る。
(木漏れ日の中、こちらを向いて微笑むパトラ。
服装は白のワンピースに麦わら帽子。
若草色のレジャーシートに素足で座り、そばには綺麗に揃えられた、小さな花の装飾付きの白いサンダル。
彼女はキャリーケースみたいにデカいバスケットを持参し、俺の為にたくさんのサンドイッチを入れてピクニックに来て──)
「ねえ、聞こえてる?」
「ホッ!?」
訝しげに上目遣いで覗き込むパトラに、三度気をやりそうになるも耐え、うなずく。
「ふ~ん……そんなにボーッとしてると、強いハンターに狩られちゃうよ?」
妖艶な表情で頭に手を向け“パッ!”と開き、右腕で力こぶを作り、その手で首をトントンと叩くパトラ。
四度目を耐え切り──(ダメかも)──ダメらしいが、賢獅子はそれでもなんとか耐え抜き、自身も力こぶを作って脇に立て掛けてある手作りの槍を指差し、笑って見せた。
その槍は、何の変哲もない原始的な骨の槍だ。ただ頑丈で、よく研がれた穂先はとても鋭い。
パトラに伝えた様に、賢獅子はその槍を使い、襲い来るモンスターや無数の獲物を狩ってきたのだ。
(パトラは俺の心配をしている様子だが、俺も強いんだぜ? 武器も扱えるしな)
「“俺は強い、武器もある”かな? なら安心ね」
そうして賢獅子は、自身との会話を楽しんでいる様子のパトラに意識を集中する。
「……私の目的は、あなたの観察。一緒に、行きたいの。分かる?」
パトラは自分を指差し、次に両目を指差す。そしてパトラと賢獅子を交互に指差し、両手を揃えて指で歩く動きをした。
(“私、見ている”? パトラと俺が……一緒に歩く? ああ、俺と一緒に行きたいのか。なら最初は“私は見たい”とか“私の目的”とかかな?)
どちらの意味にせよ、特に問題はないので賢獅子はうなずいて了承の意味として親指を立てる。
それを見たパトラは、まるで子供の様な笑顔を浮かべて喜んだ。
(そうだ、目的! 俺にもあるし、伝えとくか)
賢獅子は自身の心臓付近を二度指差し、そこで拳を握ると、パトラの頭にあるキリンの角を指差す。
「えっと“ラージャンハートを貴女に”……違うね。キリンの角かな? それなら──」
賢獅子の目的に気付いたパトラが、ポーチから何かを取り出そうとしたその瞬間だった。
密林に、腹の虫の二重奏が響き渡る。
「…………」
「…………ご飯、たべよっか」
慣れないことをして頭を酷使しスタミナを使った結果、賢獅子とパトラの腹が鳴ったのだった。
■
槍を背に、静かに密林を歩く賢獅子。
その後ろを歩くパトラは、賢獅子の出す音の小ささに驚いていた。
(凄い……地面を踏む音も、毛の擦れる音も最小限に抑えられてる。視界と意識の外から来られたら、私も気付くのが遅れちゃうかも……)
ふと、パトラはかすかな違和感を覚えた。まだ何かを見落としていると、野生の世界で遊んでいた経験から来る直感が告げている。
気配や音を最大まで抑え、何気なく前を歩く賢獅子に意識を集中した。
その時、向かい風がパトラの頬を撫でる。
(──臭いだ。賢獅子からは、獣の臭いが極端に薄い)
パトラは(でも、さっきは甘酸っぱい匂いがしたような?)なんて考えながら、獲物を探して歩き回る。すると、賢獅子は海辺で餌を探すダイミョウザザミを見付けた。
一度は賢獅子を恐れて逃げたはずのダイミョウザザミ。よく見れば、餌を探しつつも触角を四方八方へ動かし、怯えた様子で周囲を警戒している。
賢獅子は、おもむろに背負っていた槍を抜いた。
ダイミョウザザミを獲物と定めた様だ。
槍の柄を咥え、風下から音を殺し、ダイミョウザザミの背後から近付く賢獅子。
ヤドと甲殻の擦れる音に合わせて動き、脚が地面を踏む足音に合わせ歩き、徐々に近づいていく。
そして賢獅子はゆっくり立ち上がり、ようやく気付いたダイミョウザザミの頭部目掛けて、両手を思い切り振り下ろした。
悲鳴を上げて倒れ、もがくダイミョウザザミ。
賢獅子はその隙に槍をダイミョウザザミの口に捩じ込み、蟹を締めるようにして槍を上げて引き抜き、心臓と脳を同時に潰した。
ビクリと一瞬だけ震え、脱力して動かなくなったダイミョウザザミ。
賢獅子は、ダイミョウザザミの
「……わぁお」
静かに、且つ一瞬の出来事に驚き、パトラは思わず声を漏らすのだった。
■
(ダイミョウザザミか……初めて食べるな。本当なら塩茹でが良かったが、鍋が無いし、焼きで食べるか)
古くなった干し草のロープを束ねたタワシを使い、ダイミョウザザミの殻を洗う。
これは蟹を調理する際の下準備と同じだ。
そうして洗い終わったダイミョウザザミを、既に洗い終えていたヤドの上に乗せてテントへと引っ張っていく。
(パトラって娘に火の用意を任せたが、どんな感じに──)
「お帰り、お疲れ様。火の用意は出来てるよ」
賢獅子の脳内に駆け巡る、パトラとの新婚の情景──だが省略する。
正気に戻った賢獅子はヤドを置き、ダイミョウザザミを手分けして解体し始めた。
まずは焼くのに時間がかかるであろう、巨大なハサミをもぎ取り、パトラが用意した石の上に乗せて焼く。
(盾蟹の殻焼きだ。これならちゃんと火も入るし、味も良くなる。このまま他の部位も焼くか)
そうして賢獅子達は、解体したダイミョウザザミのパーツを焼いていった。
「──いい匂い」
蟹が焼ける間コミュニケーションを取っていた賢獅子達。すると不意にこぼれ出たパトラの呟きを耳にした賢獅子は、焼いている爪に向いたパトラの視線と深呼吸をする仕草で呟きの内容を理解する。
パトラに倣って深呼吸をする賢獅子。すると胸いっぱいに、上等な甲殻類が焼ける香ばしい匂いが飛び込んで来た。
見ると、断ち切った関節の部分からふつふつと汁が溢れ出てきている。
食べ頃と判断した賢獅子は、用意していた葉っぱの皿に焼いた蟹の脚を次々と乗せていく。
賢獅子はそこから一本の脚を取ると、垂れる汁を啜って味わい、殻を割って中身をほじり出して食べる。
(ッ~~美味いッ!! 溢れ出た汁は旨味が強く濃厚で、身も巨大を支え歩き回るからか繊維が太く、噛み応え抜群! 例え様も無い“蟹の肉”の食感が最高だ! それを口いっぱいに頬張れば──うんまぁ~~いッ!!)
旨さの感動に震える賢獅子。
その横でパトラも一口。
「──美味しい、味がする……!」
そう言ってダイミョウザザミを涙目でがっつくパトラに、賢獅子は(泣くほど美味かったか)と頷く。
(それにしてもなぁ……あ~~、日本酒が欲しいなぁ~~!!)
付き纏う前世の味に打ちひしがれる賢獅子。しかし、どうしようもないので諦めようとする。
「……お酒、買ってきてあげられるよ?」
(なんて?)
何やら言ってきたパトラに顔を向けると、賢獅子の手を指差した後、お猪口をクイッと上げるジェスチャーをして見せた。
(俺の手がなんだって──あ、やってる?!)
無意識で賢獅子は一杯キメる動きをしていた。
その動きは間違いなく伝わってしまったようで、パトラは続いて酒瓶の形を指でなぞって作り、それを賢獅子に渡すジェスチャーをした。
賢獅子の頭の中で様々な問題が浮かび上がる。
だがしかし、これまでの食事の殆どに酒が強く浮かび上がり、手に入らない酒の味を幻視してはため息を吐く──そんな色の欠けた、もしくは薄汚れの付いた生活から抜けるために、賢獅子は立ちはだかるであろう問題を全て薙ぎ払う覚悟を今この瞬間に済ませた。
賢獅子はパトラに頷き、差し出した酒瓶のシルエットを手に取って見せると、次に自身へ親指を、パトラに人差し指を向け、それぞれを指す指を交互に入れ替えて見せる。
(酒を買ってきてくれるんだよな? だったら代金を出すから、それと交換しよう。俺が飲むんだから一瓶じゃ足りないしな)
「“交換?”言えばタダでくれるんだけどね。それじゃあ、私達の目的が達成したら、一緒に飲もうね」
パトラがジョッキを持つ仕草で拳を向ける。
賢獅子は笑みを浮かべて頷き、空想のジョッキ互いにぶつけ合うのだった。
■
未知の樹海の奥地。
雷雲が覆い尽くしたその場所で、一つの戦いが巻き起こっていた。
一方は若いラージャン。
巣立ちし、本能の赴くままに何かを求めて未知の樹海に辿り着いたその個体は、己が求めるものと出会った。
未覚醒とはいえ、ラージャンという存在の力は絶大。若きラージャンは、己の力を信じて拳を振るい続けている。
しかし、相手はラージャンの剛腕による一撃をヒラリヒラリと、まるで舞遊ぶように避けて見せた。
若きラージャンの相手は、幻獣キリンであった。
白銀の体毛、そして額から生えた一本の蒼角が特徴的な古龍種である。
若きラージャンの連撃を避け切ったキリンは、一つ嘶いて反撃の蒼雷を無礼者へと叩き落す。
「ガァイッ!?」
たったその一撃で、ラージャンの肉体が感電し、硬直する。
本来なら、耐雷性の高いラージャンの体毛によって、落雷は減衰しダメージを与えるだけだった。
しかし、このキリンは少し他の個体とは異なる見た目をしていた。
身体は巨大で、皮膚は歴戦の輝きを放っており、その体毛は眩く白銀に輝き、常に発生している蒼雷は、まるで風にたなびいているようだった。
その正体は──特異個体であり、歴戦のキリン。
特異な性質を持ち、今に至るまで勝ち残って来たキリンは、己に牙を向いた
「────」
そうしてきっかり一秒後。
焼け焦げた
★オマケ
■賢獅子
・パトラとのコミュニケーションが楽しくて仕方が無い。
・人の魂と若い肉体が噛み合って思考が暴走している。パトラとの相性は抜群。
・酒が手にはいるとあってテンションが爆上がり。
■パトラ
・モンスターとの未知のコミュニケーションにワクワクしっぱなし。
・ダイミョウザザミがこれまで食べたものの中で一番美味しくて感動した。
・御礼に賢獅子の不審な行動を秘密にし、酒をプレゼントする事に。
■アリシア
・ジャンボ村専属ハンター。
・
■ジャンボ村
・未だ発展途上。そんな時にラージャンの出現や伝説のハンターの出現に、村長は静かに頭を抱えた。
■若いラージャン
・賢獅子一家とは何の関係も無い余所者。
・ただひたすらに運が無かった。
■歴戦の特異個体キリン
・襲い来る全てを討ち滅ぼして来た強者。それ故にプライドがクソ程高い。
・身の程知らずの弱者を嬲る悪癖がある。
また来月。いけたら二話行くわ