「――……エリカ様、もう一度仰っていただけますか?」
リオン・フォウ・バルトファルト王の戴冠パーティーの、まさに翌日。
ハーヴェイは、震え声で目の前のエリカに尋ねた。
「あ、あのね。あのゲームだけどね――“アルトリーベ”ってタイトルのシリーズは、私が知っているだけで、
「六……六って……!」
大気中の魔素濃度が安定し、ようやく復活した元王女エリカの衝撃的な言葉に、同席していたリオンは膝から
「ち、ちなみに“四作目”は?」
「男子校が舞台で――砂漠のある大陸だったと思うけど、私はプレイしていないの。何となく、そういうゲームが出たのは知っているだけ。
そこに通う男装した女子が主人公というのは、知っているけど」
「それで!? 他に知っていることは!?」
「ご……“五作目”がね、その――舞台が、宇宙だった、気がするの」
「宇宙ぅ!?」
続けざまにぶち上げられたエリカの言葉に、リオンは悲鳴を上げた。ハーヴェイに至っては、あんぐりと空けた口を閉じることができない。
同じように同席していたアデルとケイトは、文字通り次元の異なるスケール感に付いていけなかった。
「う、宇宙? あの宇宙ですの?」
「お空の上、ってことです?」
「う、うん、そうなの」
大地が宙を浮いているこの世界であっても、ヒトは地に足をつけて生活をするのが基本である。大気圏外を遥かに超え、彼方の星々を掌中に納めんとする人間の野望は、しかしエリカを含む三人には理解できないところだった。
一方、際限なき欲望の深化とその発展ぶりを知るリオンとハーヴェイの二人は、揃って頭を抱えた。
「――こ……国際機関も碌に整備されていない癖に、宇宙!? “シナリオライター”はいったい何を考えているんだ!?」
「俺たちの世界ではあったんですよぉ!」
「僕たちの世界にもあった!」
何なら惑星封鎖機構は地球連邦所属の軍事機関であり、それに対して思い切り中指を立てて暴れ回ったのがベイラムとアーキバス、そしてオーバーシアーと言っても過言ではない。C4-621はかの星に行ったことこそないが、ルビコンでの激戦は大きな事件として取り扱われていたらしい。
「え、えっとね! それで、“六作目”で原点回帰をして、舞台はホルファート王国になるんだけど――」
「んでまたこの国に戻ってくるんです!?」
「あ……悪魔よ! この“シナリオ”を書いた劇作家は、悪魔に違いないわ!」
エリカの補足に、ケイトとアデルは思わず頭を抱えた。
明らかにスケール感の異なる世界観を、そこまでして共通化する意味は何なのだろうか。ファンサービスのつもりだったのだろうか。いずれにせよ、傍迷惑以上の何物でもない。
「どうしてもっと早く言って下さらなかったんですかエリカ様!」
「わ……私も詳しいことは知らないもん……! それに、目の前の“三作目”を何とかしなきゃいけないと思って……!」
「そのためにできたことが自己犠牲では、話になりません!」
「……ハーヴェイさんは言っちゃいけないと思うけど……」
元王女相手とは思えないハーヴェイの厳しい叱責に、エリカはついに開き直った。「こういうところは、確かにマリエの娘だったんだなぁ」と思った者がいるか、どうか。
ともかく、世界の危機がおかわり三回分確定である。一同は額を突き付け合う勢いで顔を寄せ合った。
「どうしますコレ、本当にどうします」
「どうしますもこうしますもあるか。今すぐコーラルが欲しい程度には緊急事態だ」
「すっごい不謹慎なこと言ってるのは分かりました」
文明発展とあらば、何ならコーラルの側から協力してくれるかも知れない――というハーヴェイの予感はさておき。
時間も土地も物資も情報も、リソースは限られている。何より、まだ王国の立て直しは終わっていない。
「とりあえず、国内の立て直しが急務だ。“シナリオ”への対策は並行で進めるしかない」
「ぐ、具体的には?」
「Ms.アンジェリカを通じて、ヴィンス閣下を頼ろう。内政の腕前は、僕たちよりも優れているはずだ。
その隙に、きみは予算をちょろまかせ。この国で最初の宇宙開発事業を立ち上げるんだ」
「そんな方法知りませんけど!?」
「この際だ、アギラル教授も巻き込もう。あの人なら予算横領のノウハウも知悉している」
この場にいないアギラル教授の悪口を交えつつ、ハーヴェイは大急ぎで方針を組み立てていく。もはや彼らだけの内緒話で解決する領域を超えていた。
なお事情を聞かされた教授本人が、「どうしてそんな面白いことを隠していたんだい!」と目を輝かせたのは蛇足だろう。
「“四作目”の方はどうします? 伝手の無い外国なんて……」
「それは――」
◇ ◇ ◇
――二年後。
オシアス王国、学園の屋上。灰色の髪を軽く撫でつけた青年の傍らに、ひとつの金属球が浮いていた。
「マスドライバーの建築状況は?」
備え付けの椅子に座り込んだ青年――ハーヴェイの言葉に、金属球こと人工知能エリシオンが、通信音声を聞かせる。
【予定進捗より2%の遅れが生じています。国内の治安維持にリソースが割かれて、関連事業者の納品が間に合っていませんね】
「アギラル教授にも目を光らせておいてくれ。放っておくと、変な玩具を作りかねない」
通信の向こう側のルクシオンに、ハーヴェイは釘を刺した。ただでさえかつかつの計画だというのに、「こんなこともあろうかと」「別に悪さするものじゃない」「結果オーライだからいいじゃないか」とか言いそうな教授の顔が、今からでも思い浮かぶ。
「アルゼルとヴォルデノワの様子は?」
『どっちも大人しく協力してくれてますよ。特に帝国は、アルカディアの再建計画も懸かってますからね』
同じく通信の向こう側にいるリオンが、ハーヴェイの問いに答えた。流石に宇宙事業となると、王国単体では限度がある。リオンたちは伝手を利用し、共和国と帝国をも巻き込んで大規模化することにした。
アルカディア再建計画――地球上という限られた領域ではリソースの奪い合いになっても、宇宙という新天地でならば、誰に憚ることもなく生きていくことができる。そんな一縷の希望を託して、帝国はリオンたちに協力していた。
「油断はするな。反動勢力でも生じれば、王国に飛び火する可能性もある」
『分かってます。そっちはどんな状況ですか?』
きりりと表情を引き締めたリオンが、ハーヴェイの状況を尋ねた。こちらは今のところ順調だ。
「予定通り、教育実習生として潜入に成功した。偽造した戸籍も、疑われている様子はない」
『アデルさんとケイトさんは?』
「毎日楽しそうにやっているよ。まったく、人の気も知らないで」
『いいじゃないですか。
「きみに言われたくはないかな」
リオンのからかいに、ハーヴェイは顔をしかめた。既に一人産んで二人目を身籠っているアデルと、先日懐妊して産休という名の日常を満喫しているケイトの、楽しそうな顔を思い出して、彼は閉口させられた。
ローランド氏が王位を退くと同時に離縁された元王妃ミレーヌを、リオンはちゃっかり側室に迎えた。彼女を含む王配四人全員を身籠らせてみせたリオンの精力は、すでに六人の子が確定している。今から後継者争いが不安だ。
――等と、言いつつ。旧人類文明で製造された亜人は、生殖機能が調整不完全で、純粋な人間との交配が極めて困難である。そんなケイトを身籠らせたのだから、ハーヴェイもどっこいどっこいである。
「――では、今日のところはここまで。
待ち人の到来だ。エリシオン、光学迷彩を」
【了解しました、マスター】
屋上に昇る人の気配を感じたハーヴェイは、手早く状況報告を打ち切ると、エリシオンに命じて姿を隠させた。
そこに現れたのは、輪郭の華奢な一人の学生だった。誰あろう彼ミリアム――もとい彼女ミリアこそが、男装して学園に潜入した、“四作目の主人公”である。
「あ、先生」
「やあ。一人かい?」
「はい。ちょっと、気疲れしちゃって」
ハーヴェイの気さくな挨拶に対し、ミリアムは表情を緩めて疲れた様子を見せた。周りが男子だらけ、一人身分と性別を隠して潜入――そんなストレスフルな環境から、少しでも逃げられる場所を探していたのだろう。
ただ、余所者という意味では、ハーヴェイも似たり寄ったりの立場だ。少しだけ親近感を覚えているミリアムは、彼の隣に座った。
「困ったときはいつでも相談してくれ。可能な限り、きみの力になろう」
「そこは『どんなことでも』って言うのが正解なんじゃないですか?」
「残念ながら、人一人にできることには限界がある。それを弁えて行動することも、先達の教えるべきことだ」
「世知辛い教育方針ですね」
ハーヴェイの泰然とした物言いに、ミリアムは疲れた笑顔を見せた。幼さを残すその顔つきは、裏側の事情を知る者として、ひとつの不満を抱えさせた。
こんなに可愛い笑顔を見せる子が、二次性徴を迎えた男子なわけがないだろう。誰か一人くらい気付け。
「――だったら、先生」
そんなハーヴェイに気付くことなく、ミリアムはその表情に悲しげな色を見せると、彼に縋るように見上げた。
“アルトリーベ”にまつわる一連の事件――今だ終わらぬ騒動の中、ハーヴェイはひとつの学びを得た。
「僕が困っていると言ったら、助けてくれますか?」
乙女の甘い幻想の裏には、大きな波乱が待ち構えている。迂闊につつけば、国ごと巻き込まれかねないほどの。
――それでも。
縋るようなミリアムの視線に対し、ハーヴェイは真正面から向き合った。
「勿論。そのために、僕はここにいるのだから」
救いを求める者がいるのなら、そのために全身全霊で戦おう。
それが、僕に与えられた意味なのだから。
「……素敵だ……」
「!?」
「先生? どうかしたんですか?」
「い、いや、何か寒気が……」