鋼鉄の牙、乙女の幻想   作:竹河参号

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12.New Missions

「――……エリカ様、もう一度仰っていただけますか?」

 

 

 リオン・フォウ・バルトファルト王の戴冠パーティーの、まさに翌日。

 ハーヴェイは、震え声で目の前のエリカに尋ねた。

 

 

「あ、あのね。あのゲームだけどね――“アルトリーベ”ってタイトルのシリーズは、私が知っているだけで、()作品はあるの」

「六……六って……!」

 

 

 大気中の魔素濃度が安定し、ようやく復活した元王女エリカの衝撃的な言葉に、同席していたリオンは膝から(くずお)れた。

 

 

「ち、ちなみに“四作目”は?」

「男子校が舞台で――砂漠のある大陸だったと思うけど、私はプレイしていないの。何となく、そういうゲームが出たのは知っているだけ。

 そこに通う男装した女子が主人公というのは、知っているけど」

「それで!? 他に知っていることは!?」

「ご……“五作目”がね、その――舞台が、宇宙だった、気がするの」

「宇宙ぅ!?」

 

 

 続けざまにぶち上げられたエリカの言葉に、リオンは悲鳴を上げた。ハーヴェイに至っては、あんぐりと空けた口を閉じることができない。

 同じように同席していたアデルとケイトは、文字通り次元の異なるスケール感に付いていけなかった。

 

 

「う、宇宙? あの宇宙ですの?」

「お空の上、ってことです?」

「う、うん、そうなの」

 

 

 大地が宙を浮いているこの世界であっても、ヒトは地に足をつけて生活をするのが基本である。大気圏外を遥かに超え、彼方の星々を掌中に納めんとする人間の野望は、しかしエリカを含む三人には理解できないところだった。

 一方、際限なき欲望の深化とその発展ぶりを知るリオンとハーヴェイの二人は、揃って頭を抱えた。

 

 

「――こ……国際機関も碌に整備されていない癖に、宇宙!? “シナリオライター”はいったい何を考えているんだ!?」

「俺たちの世界ではあったんですよぉ!」

「僕たちの世界にもあった!」

 

 

 何なら惑星封鎖機構は地球連邦所属の軍事機関であり、それに対して思い切り中指を立てて暴れ回ったのがベイラムとアーキバス、そしてオーバーシアーと言っても過言ではない。C4-621はかの星に行ったことこそないが、ルビコンでの激戦は大きな事件として取り扱われていたらしい。

 

 

「え、えっとね! それで、“六作目”で原点回帰をして、舞台はホルファート王国になるんだけど――」

「んでまたこの国に戻ってくるんです!?」

「あ……悪魔よ! この“シナリオ”を書いた劇作家は、悪魔に違いないわ!」

 

 

 エリカの補足に、ケイトとアデルは思わず頭を抱えた。

 明らかにスケール感の異なる世界観を、そこまでして共通化する意味は何なのだろうか。ファンサービスのつもりだったのだろうか。いずれにせよ、傍迷惑以上の何物でもない。

 

 

「どうしてもっと早く言って下さらなかったんですかエリカ様!」

「わ……私も詳しいことは知らないもん……! それに、目の前の“三作目”を何とかしなきゃいけないと思って……!」

「そのためにできたことが自己犠牲では、話になりません!」

「……ハーヴェイさんは言っちゃいけないと思うけど……」

 

 

 元王女相手とは思えないハーヴェイの厳しい叱責に、エリカはついに開き直った。「こういうところは、確かにマリエの娘だったんだなぁ」と思った者がいるか、どうか。

 ともかく、世界の危機がおかわり三回分確定である。一同は額を突き付け合う勢いで顔を寄せ合った。

 

 

「どうしますコレ、本当にどうします」

「どうしますもこうしますもあるか。今すぐコーラルが欲しい程度には緊急事態だ」

「すっごい不謹慎なこと言ってるのは分かりました」

 

 

 文明発展とあらば、何ならコーラルの側から協力してくれるかも知れない――というハーヴェイの予感はさておき。

 時間も土地も物資も情報も、リソースは限られている。何より、まだ王国の立て直しは終わっていない。

 

 

「とりあえず、国内の立て直しが急務だ。“シナリオ”への対策は並行で進めるしかない」

「ぐ、具体的には?」

「Ms.アンジェリカを通じて、ヴィンス閣下を頼ろう。内政の腕前は、僕たちよりも優れているはずだ。

 その隙に、きみは予算をちょろまかせ。この国で最初の宇宙開発事業を立ち上げるんだ」

「そんな方法知りませんけど!?」

「この際だ、アギラル教授も巻き込もう。あの人なら予算横領のノウハウも知悉している」

 

 

 この場にいないアギラル教授の悪口を交えつつ、ハーヴェイは大急ぎで方針を組み立てていく。もはや彼らだけの内緒話で解決する領域を超えていた。

 なお事情を聞かされた教授本人が、「どうしてそんな面白いことを隠していたんだい!」と目を輝かせたのは蛇足だろう。

 

 

「“四作目”の方はどうします? 伝手の無い外国なんて……」

「それは――」

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 ――二年後。

 オシアス王国、学園の屋上。灰色の髪を軽く撫でつけた青年の傍らに、ひとつの金属球が浮いていた。

 

 

「マスドライバーの建築状況は?」

 

 

 備え付けの椅子に座り込んだ青年――ハーヴェイの言葉に、金属球こと人工知能エリシオンが、通信音声を聞かせる。

 

 

【予定進捗より2%の遅れが生じています。国内の治安維持にリソースが割かれて、関連事業者の納品が間に合っていませんね】

「アギラル教授にも目を光らせておいてくれ。放っておくと、変な玩具を作りかねない」

 

 

 通信の向こう側のルクシオンに、ハーヴェイは釘を刺した。ただでさえかつかつの計画だというのに、「こんなこともあろうかと」「別に悪さするものじゃない」「結果オーライだからいいじゃないか」とか言いそうな教授の顔が、今からでも思い浮かぶ。

 

 

「アルゼルとヴォルデノワの様子は?」

『どっちも大人しく協力してくれてますよ。特に帝国は、アルカディアの再建計画も懸かってますからね』

 

 

 同じく通信の向こう側にいるリオンが、ハーヴェイの問いに答えた。流石に宇宙事業となると、王国単体では限度がある。リオンたちは伝手を利用し、共和国と帝国をも巻き込んで大規模化することにした。

 アルカディア再建計画――地球上という限られた領域ではリソースの奪い合いになっても、宇宙という新天地でならば、誰に憚ることもなく生きていくことができる。そんな一縷の希望を託して、帝国はリオンたちに協力していた。

 

 

「油断はするな。反動勢力でも生じれば、王国に飛び火する可能性もある」

『分かってます。そっちはどんな状況ですか?』

 

 

 きりりと表情を引き締めたリオンが、ハーヴェイの状況を尋ねた。こちらは今のところ順調だ。

 

 

「予定通り、教育実習生として潜入に成功した。偽造した戸籍も、疑われている様子はない」

『アデルさんとケイトさんは?』

「毎日楽しそうにやっているよ。まったく、人の気も知らないで」

『いいじゃないですか。()()()、期待してますよ』

「きみに言われたくはないかな」

 

 

 リオンのからかいに、ハーヴェイは顔をしかめた。既に一人産んで二人目を身籠っているアデルと、先日懐妊して産休という名の日常を満喫しているケイトの、楽しそうな顔を思い出して、彼は閉口させられた。

 ローランド氏が王位を退くと同時に離縁された元王妃ミレーヌを、リオンはちゃっかり側室に迎えた。彼女を含む王配四人全員を身籠らせてみせたリオンの精力は、すでに六人の子が確定している。今から後継者争いが不安だ。

 ――等と、言いつつ。旧人類文明で製造された亜人は、生殖機能が調整不完全で、純粋な人間との交配が極めて困難である。そんなケイトを身籠らせたのだから、ハーヴェイもどっこいどっこいである。

 

 

「――では、今日のところはここまで。

 待ち人の到来だ。エリシオン、光学迷彩を」

【了解しました、マスター】

 

 

 屋上に昇る人の気配を感じたハーヴェイは、手早く状況報告を打ち切ると、エリシオンに命じて姿を隠させた。

 そこに現れたのは、輪郭の華奢な一人の学生だった。誰あろう彼ミリアム――もとい彼女ミリアこそが、男装して学園に潜入した、“四作目の主人公”である。

 

 

「あ、先生」

「やあ。一人かい?」

「はい。ちょっと、気疲れしちゃって」

 

 

 ハーヴェイの気さくな挨拶に対し、ミリアムは表情を緩めて疲れた様子を見せた。周りが男子だらけ、一人身分と性別を隠して潜入――そんなストレスフルな環境から、少しでも逃げられる場所を探していたのだろう。

 ただ、余所者という意味では、ハーヴェイも似たり寄ったりの立場だ。少しだけ親近感を覚えているミリアムは、彼の隣に座った。

 

 

「困ったときはいつでも相談してくれ。可能な限り、きみの力になろう」

「そこは『どんなことでも』って言うのが正解なんじゃないですか?」

「残念ながら、人一人にできることには限界がある。それを弁えて行動することも、先達の教えるべきことだ」

「世知辛い教育方針ですね」

 

 

 ハーヴェイの泰然とした物言いに、ミリアムは疲れた笑顔を見せた。幼さを残すその顔つきは、裏側の事情を知る者として、ひとつの不満を抱えさせた。

 こんなに可愛い笑顔を見せる子が、二次性徴を迎えた男子なわけがないだろう。誰か一人くらい気付け。

 

 

「――だったら、先生」

 

 

 そんなハーヴェイに気付くことなく、ミリアムはその表情に悲しげな色を見せると、彼に縋るように見上げた。

 

 

 

 

 “アルトリーベ”にまつわる一連の事件――今だ終わらぬ騒動の中、ハーヴェイはひとつの学びを得た。

 

 

「僕が困っていると言ったら、助けてくれますか?」

 

 

 乙女の甘い幻想の裏には、大きな波乱が待ち構えている。迂闊につつけば、国ごと巻き込まれかねないほどの。

 ――それでも。

 縋るようなミリアムの視線に対し、ハーヴェイは真正面から向き合った。

 

 

「勿論。そのために、僕はここにいるのだから」

 

 

 救いを求める者がいるのなら、そのために全身全霊で戦おう。

 それが、僕に与えられた意味なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……素敵だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

「先生? どうかしたんですか?」

「い、いや、何か寒気が……」

 

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