連休前の金曜、その深夜である。ようやく残業を終え、彼女は大通りの屋台に辿り着いた。屋台通りは観光スポットでもあるが、この時分は地元民ばかりだ。
「ああ、お腹すいた……」
空腹を満たすべく適当な注文を終えると、彼女はコップ酒を傾けた。その肌は、趣味の登山で健康的に焼けている。
彼女の勤め先は、この地方都市での知名度こそ低いが、業界では知らぬ者とてない財務コンサルである。顧客は名だたる銀行だ。
銀行は、事業は真っ当だが理財に行き詰まって半死半生の企業を、彼女の勤め先に紹介する。そこへ派遣され、あらゆる外科手術を駆使し、細々とでも債務を払えるまで立ち直らせるのが仕事だ。
いうなれば鉄火場の火消し役、絶体絶命の窮地に駆けつける騎兵隊といっていい。そのはずなのだが、最近はいくら何でも絶望的な戦況に投入されてばかりだった。三十歳をいくらか越えたばかりでチームリーダーを務める彼女はもとより、率いる部下たちの疲弊は限界に達しつつある。
「まったく、現場知らずどもがよ……」
遂に堪忍袋の尾が切れて、なんでそんな案件ばかり引き受けるのだと、支社の重役たちと戦って、この時間の退社になったわけだった。彼女の立場は業績に裏打ちされているが、社内政治では悪化の一途を辿っている。
「へい、お待ちどう」
出された皿では、練物に卵に大根にと、注文通りにひしめいている。
それらを半ばほど片付けて、ようやく人心地がついた頃のことだ。
「すいません。ここ、よろしいですか」
物慣れない風情で尋ねてきたのは、スーツ姿の若い男である。
「どうぞ」と言って、バッグと自分の腰を反対側に寄せてやった。
礼を言って隣に座った男は、見たところ、二十代の半ばか、後半か。年には似合わぬダブルのスーツだ。それなのに野暮な感じがしないのは、ずいぶん仕立てがいいからだろう。普通の会社勤めとは思われない。
横目に観察すると、注文にまごついているらしかった。
「初めてですか?」
「あ、はい。今日、出張で来たところで」
そう話しかけ、注文の手伝いから、ぼつぼつと会話が始まった。男は、やはり尋常の会社勤めではなく、政府系シンクタンクの調査員だということだった。
「ええ、視察ということで。年に何度か、あちこちまわるんです」
「それなら、美味しいものを食べないとですね。これまではどちらへ?」
おでんをつつき、たまに店主を交えながらの雑談は、取りとめもなく続いた。ずいぶん真面目な男のようだったが、趣味が広いらしく、話題は豊富だった。
「へえ、家庭菜園を。都会なのに凄いですね。犬も飼っているんですか。ウルフドッグ? それはどういう……」
どうして、こうも話し易いのだろう。どうして、妙に気になるのだろう。彼女は不思議に思った。
とろとろと酔いがまわる。初夏の夜風が彼女の頬を撫でた。
ようやく緊張が解けたらしい男の瞳は、知性と優しさを湛えている。皿が空になると、男は箸を置いた。
その挙措が妙に目についた。何気なく卓上に戻った手は指が長く、意外にたくましい。
彼女は気がついた。
「どこかで飲み直しませんか? 明日は帰るだけなんでしょう」
返事も聞かずに席を立ち、指先の皮膚に埋め込んだ微小チップで会計を済ます。男がおっかなびっくりついてくる気配を背中で感じる。
ああ、そういえば、付き合っている相手がいるか聞きそびれていた。彼の性格で、おとなしくついてくるからには、たぶん誰もいないのだろうが。もし誰かいたとしても、昨日今日、彼に気づいたような相手に、譲ってなんかやるものか。
だって、私たちは誓い合ったんだ。
もしも生まれ変わっても、また一緒になるんだと。
おっかなびっくり後を着いてくる気配を背中で感じ、彼女は夜空を見上げた。
「今夜も、よく見えますね。ニュースを読みました? 探査機が、今夜――」
明かりの消えない繁華街のビルの上に、もしも西暦で数えるならば2061年目の夜がある。
星の少ない街の夜空で、76年ぶりに回帰したハレー彗星が白銀の尾を引いている。
そこを訪れる探査機が、地表を入念に調査したならば、塵と氷に埋もれた小さな金属片を見つけるかもしれない。
それには、この宇宙のものではない言語で、<アドヴィン>と刻まれているはずである。
『ランデブー:ディネルース最後の旅』
おわり
Thank you for reading!
本作の制作にあたっては、お題提供に始まり、
「地に落ちて死なずば」(公開終了)
「マルリアン大将」
の各作品、アーサー・C・クラークの諸作品、
並びにコミック版四巻「あまったページは無法地帯」と「現代会社員編」に、多大なインスピレーションを頂きました。
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。お気に入り登録、評価や読了ポストを頂けますと、次作に向けてとても励みになります。よろしくお願いします!