帝都で商店を開いている元殺し屋と従業員たちのお話。

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 生存報告という名の単発物です。続くかどうかわかりません。
 興味のある方はどうぞ。


元・殺し屋伝説 SAKAMOTOの軌跡

 《月光木馬團》

 中世から長く存在していた暗殺組織。その中で一際、才能を輝かせていた殺し屋がいた。

 《犯罪の天才》と呼ばれる同僚の男でさえ、手を出すことを恐れた最強の殺し屋。

 遊撃士協会、七耀教会、猟兵団、そして結社にもその名は知られており、表、裏関係なしに全ての組織から恐れられ、そして、全ての殺し屋の憧れだった。

 だが、そんな彼は組織が壊滅する前に殺し屋を引退した。

 

 理由は単純。彼は恋をしたのだ。

 

 とある国のしがない店で働いていた一般女性に一目惚れをして、彼はそのまま殺し屋から足を洗ってしまったのだ。

 引退後、彼はその一般女性と結婚。その後、子どもも生まれて、平和な日常を謳歌するようになった。

 

 そして、その伝説の殺し屋――イチロウ・サカモトは今、

 

「あなた〜。夕飯ができましたよ〜」

「できましたよ―!」

「……今、行く」

 

 スリムだった現役時の姿は見る影もなく、太ったおじさんに成り果てていた。

 

 

 

 

 

 元・殺し屋伝説 SAKAMOTOの軌跡

 

 

 

 

 

 七耀暦 1204年。

 エレボニア帝国、帝都ヘイムダル。

 十六ある街区の一つ、ライカ地区にポツンと建っている個人商店「SAKAMOTO商店」。

 そのレジカウンターに一際目立つ大男が座っていた。

 熊と見間違えるほどの巨体。太った腕とぽっこりとしたお腹。餅のように伸びた顎。団子状に纏めた銀髪にちょび髭と丸眼鏡が特徴なメタボリック体型の中年男性。

 彼こそがイチロウ・サカモト。かつて伝説と呼ばれた元殺し屋。そして、「SAKAMOTO商店」の店長だ。

 彼は今、店の制服である緑のエプロンを着たまま、手に持ったカップ麵を黙々と食していた。

 

「ちょっと、サカモトさん! 吞気に飯食ってないで手伝ってくださいよ!」

 

 そんな彼の姿に商品を並べていた茶髪の少年――スウィン・アーベルが突っかかる。

 

「すーちゃん。店長みたいに定期的に休むのは大事だよ」

「お前は休み過ぎなんだよ!」

 

 イチロウの隣でピンクのツインテールをした少女――ナーディア・レインはおいしそうにドーナツを食べながら椅子に座ってくつろいでいた。

 スウィンとナーディア。イチロウが家族旅行の際に出会い、そのまま店の従業員として雇った元殺し屋コンビだ。

 

「まったく。サカモトさんのおかげであそこから抜け出せたんだぞ。ちょっとは恩返ししようとは思わないのか?」

「もちろんあるよ。だから、毎日、コハナちゃんの相手をしてるんだよ」

 

 コハナとはイチロウと妻アイの一人娘だ。今はアイと同居人たちと一緒に日曜学校に行っている。

 

「スウィン。お前は少し休め。後は俺がする」

 

 カップ麵を食べ終えて、そのまま新聞を広げるイチロウ。そのやる気があるのかわからない彼の態度に呆れるスウィンだったが、彼の言葉に甘えて休憩するのだった。

 

「平和だな」

「うん。あそこにいた頃とは大違いだね」

 

 二人はかつて自分たちが所属していた組織のことを思い出していた。

 協力して組織から抜け出す事はできたが、その後も追手から命を狙われて、二人は休む暇もなく逃げ続けた。そんな時に彼らはイチロウと出会い、彼に助けてもらったのだ。

 もしも、イチロウと出会わなければ、自分たちは今も追われている身になっていただろう。

 

 そんなふうに物思いに耽っていると、店のドアが開き、客が中に入ってきた。

 

「あ、いらっしゃいませ……ぇえ〜〜!?」

 

 迎え入れようとしたスウィンだったが、入ってきた客を目にして素っ頓狂な声を上げてしまう。声に釣られて、イチロウたちも客の方に目を移す。

 そこにいたのは、

 

「すみません。『SAKAMOTO商店』というのはこちらで間違いありませんか?」

 

 サンクト地区にある「聖アストライア女学院」の制服に身を包んだ可愛らしい金髪の少女――アルフィン・ライゼ・アルノールが来客してきた。

 自分たちが今、住んでいる帝国の皇女殿下の登場にナーディアだけでなく、顔にこそ出さないがイチロウもビックリしていた。

 

「えっと、アルフィン皇女殿下ですよね?」

「はい。そうですが、それが何か?」

「その……、皇女殿下が何故、こんな見すぼらしい商店に?」

 

 帝国の皇女がこんな場違いな場所を訪れた事に疑問を隠せないスウィン。ちなみに、見すぼらしいという言葉にイチロウはスウィンをじっと見る。

 

「実は日曜学校に通っているコハナさんとはお友達なんです。それで今日は友人と一緒にこちらに参ったのです」

「あぁ、コハナちゃんと。それで、その友人は?」

 

 スウィンが周りを見渡すと、再びドアが開いて、アルフィンと同じ女学院の制服を来た少女が入ってきた。

 

「エリゼ。やっと来たのね」

「姫様。あまり一人で先走らないでください」

 

 黒髪の女学生――エリゼ・シュバルツァーが困ったようにアルフィンに注意するが、当の彼女はそれを聞き流す。

 

「それで、あなたはこの店の店員なのですか?」

「あ、はい。スウィンって言います。んで、あっちがナーディア」

「よろしく〜〜」

 

 皇女相手にいつも通りの態度を取るナーディアに冷や汗を隠せないスウィン。しかし、アルフィンはそれを気にする様子はなく笑みを浮かべていた。その姿にスウィンはホッとするのだった。

 

「そして、隣にいるのがこの店の店長のサカモトさんです」

 

 スウィンの紹介にイチロウはこくりと頷くとアルフィンは手を叩いた。

 

「まぁ。あなたがコハナさんのお父様なのですか? 仰っていた通り、クマさんみたいで可愛らしいお姿ですね」

「ひ、姫様。少し失礼ですよ」

 

 初対面の人に対して失礼と感じたエリゼはアルフィンを注意するが、イチロウは首を横に振って気にしていないと伝える。

 

「……娘が世話になっています」

「いいえ。私の方こそコハナさんには大変良くしてもらっています。コハナさん、よくお父様のことを話しておりましたよ」

「…………ちなみにどんなことを?」

 

 平静を装っているが、最愛の娘からどんなふうに思われているのか気になり、イチロウは身体をビクビクと震わせていた。

 

「誰よりも優しい。世界で一番カッコイイお父様だと仰っていましたよ」

 

 その言葉に心なしかイチロウの口元が緩む。嬉しさを隠し切れないその素顔に、スウィンたちは苦笑いするのだった。

 

「ところで、ここはどのようなものを売っているのですか? 私たち、このような店に来るのは初めてなのですが……」

「あ、えっと……、見ての通り、食品や飲み物、後は雑誌や日用品と色々と売られています」

「この近くに通う学生さんとか、よく使っているんだよ」

「かなり豊富な品揃えなのですね」

 

 店舗を見渡すエリゼは品の多さと種類に感心し、アルフィンも興味津々に眺めていた。

 

「エリゼ。せっかくだから、何か買って帰りましょう」

「そうですね。さすがに何も買わずに帰るのは失礼だと思いますし」

「ほしいものがあったら言ってください」

「皇女様御用達の商店……。これは儲かるチャンスだよ店長!」

 

 スウィンはアルフィンたちを接待する中、ナーディアは目を¥のマークにして、イチロウに詰め寄った。

 しかし、イチロウは彼女に視線を送ることはなく、入り口の方に顔を向けていた。

 

「店長?」

「どうしたんですか、サカモトさん?」

 

 様子がおかしいことに気づき、二人は彼に声をかける。すると、

 

「動くな、テメェら!」

 

 商店の入り口が勢いよく蹴り飛ばされて、覆面を被った男たちがぞろぞろと入って来た。

 

「命が欲しけりゃ金を出せ! 抵抗するなら撃ち殺すぞ!」

 

 先頭に立つ男は声を張り上げながら、手に持った拳銃をイチロウたちに向ける。他のメンバーもイチロウたちに拳銃を向けて、彼らを取り囲んだ。

 

「ご、強盗ですか?!」

「何で、よりにもよってここを選んだんだ……」

 

 焦るアルフィンたちに対して、店員のスウィンとナーディアは哀れむような視線を強盗たちに向けていた。一方でイチロウは変わらずに強盗たちをじっと見つめる。

 

「ん? 兄貴! あそこの女の子、アルフィン皇女じゃないっすか?!」

「あぁ!? こんな()()()店に皇女殿下が来るはずがねぇだろう!」

 

 ピキッとイチロウの額に十字の怒筋が浮かぶ。

 

「お、マジかよ。本当に皇女殿下じゃねぇか」

「でしょ! 入った瞬間、一発で気づきますよ」

「そうだな。こんな()()()店だから、存在感がよりはっきりと浮き出てるぜ」

 

 ピキッピキッと怒筋がさらに浮かぶ。

 

「兄貴。ここは皇女殿下を連れ去った方がいいんじゃねぇですか」

「そうだな。殿下を人質に身代金を要求すれば、俺たち一気に大金持ちだぜ!」

「ついでに隣の黒髪の女の子も連れて行きましょう! 見た感じ貴族のお嬢様みたいですし」

「よし! こんな()()()店、とっとと潰して、皇女殿下たちを連れ去るぞ!」

 

 

 ――ブチッ!!

 

 

 次の瞬間、パリンッという粉々に砕け散る音が響いた。突然のことに混乱する強盗たちは、音がした入り口の方に慌てて振り返る。

 

「す、スリー!」

 

 そこにはスリーと呼ばれた強盗の一人が入り口のガラスを突き破って外で意識を失い伸びていた。そして、入り口の前には前屈みの姿勢で拳を振り切ったイチロウがゆっくりと身体を起こす。

 

「な、何しやがった、このデブ!」

 

 彼にやられたと気づくと強盗の一人が拳銃をイチロウに向ける。

 

「死ぃねぇええええ!!」

 

 引き金を引こうとしたその瞬間、イチロウの手が残像を生み出して、拳銃を覆いつくした。

 

「あ、あれ?」

 

 何度も引き金を引く強盗だったが、銃弾が出でこなかった。すると、硬い何かが地面に落ちる音を耳にする。

 

「へ……、へ?」

 

 下に向いた強盗は戸惑った。そこには自分が持っている銃がバラバラに散らばっていたのだ。

 

「ボグッ?!!」

 

 分解されたと気づいたが時すでに遅し。顔面に巨大な拳がめり込んだ。

 パリンッと再び、ガラスが突き破られて、強盗が外に吹き飛ばされた。

 

「と、トビー!」

「何なんだよ、このデブは?!」

 

 バケモノを見る目でイチロウに怯える強盗たち。そんな彼らの反応にスウィンたちはため息を吐いた。

 

「店長に喧嘩売るなんて、命知らずな」

「家族の次に、店を大事にしてるからね」

 

 あっさりと強盗を二人撃退したイチロウはゆっくりと振り返って、残った強盗を睨みつける。拳を鳴らして眼鏡越しに放ってくる威圧に強盗たちは震え上がる。

 

「……スウィン、ナーディア」

「りょうか~い!」

「とっとと終わらせるか」

 

 スウィンたちは唖然としているアルフィンたちをせっせと店の奥へと避難させた後、武器を取って強盗たちと向き合う。

 長さの違う双剣と伸縮機能がある針。隙のない構えを取る二人に強盗たちは焦りを隠せない。

 

「あ、兄貴! どうするんですか、ここから!」

「狼狽えてんじゃねぇ! たかが三人だ! とっととぶっ殺して、ここからずらかるぞ!」

 

 強盗たちは分かれて、イチロウたちを取り囲む。

 

「死にさらせ!」

「遅い!」

 

 ナイフを持って襲い来る強盗をスウィンは双剣で応戦。振られる前にナイフを剣で叩き落として、刃のない峰で強盗たちを叩きつける。

 

「ジャック! キング!」

「ほらほら、余所見はいけないんだぞ」

 

 仲間がやられて余所見をする強盗たちの銃に細い糸が絡まる。ナーディアが腕を引くと、銃が上に引っ張られて、強盗たちは拳銃を手放してしまう。

 

「くそっ! ダラート! ナイン! あの小娘を抑えるぞ!」

「任せろ、エース!」

 

 三人の強盗が一斉にナーディアに襲い掛かる。それに対して、ナーディアは落ち着いた様子で針を彼らに向かって放ち、その肩に掠めさせる。

 

「な、なん……だ……これ……」

「か、身体が……」

「ね、眠い……」

 

 バタバタと強盗たちは膝を着いて、うつ伏せとなって眠りに落ちた。

 

「睡眠薬をどっぷり塗り込んでるから、掠っただけでアウトだよ」

「ナーディア、無事か?」

 

 スウィンはナーディアに近づく。その後ろには彼が相手をしていた強盗たちがすでに伸びていた。

 

「すーちゃんもお疲れ。それにしてもこの人たちの名前」

「あぁ。全部、小説に出てくるものだな。たぶん、コードネームだろう」

「なーちゃんたちのもあったよね」

「最初に吹き飛ばされたのなんて、俺のだしな」

 

 スウィンたちは入り口の方に視線を移す。そこにはイチロウが強盗たちに取り囲まれていたが、すでに何人か倒されており、床で意識を失っていた。

 

「こ、殺せーー!」

 

 リーダーの合図に強盗たちが一斉に銃を構える。イチロウは懐から割り箸を取り出して二つに割る。

 

「死ね、デブ野郎!」

 

 一人の強盗が銃弾を放つ。だが、甲高い音がなるだけで、イチロウは倒れなかった。

 

「え、何で……」

 

 呆然としているとイチロウが背後に回り、一瞬で意識を刈り取った。

 

「こ、この!」

 

 別の強盗が発砲。しかし、また音がなるだけでイチロウは倒れない。

 

「何で倒れねぇんだよ!」

 

 思わず吠えてしまう強盗だったが、イチロウを見て言葉を失う。

 彼の手にあるのはどこにでもあるただの割り箸。その割り箸に二つの銃弾が挟まれていたのだ。

 

「た、弾を摘まんで……」

 

 神業を目の当たりにして戦意を失っていくが、イチロウは容赦しない。一気に懐に入り込んで、腹に強烈な拳をめり込ませる。あまりの重い一撃に強盗は意識を失った。

 

「ま、まずいですよ、エンペラーの兄貴!」

「「ぶふぅ!!」」

 

 リーダーのコードネームにスウィンたちは思わず息を吹いた。よりにもよって、何故、それにした。

 

「クソッ! こうなったら!」

 

 エンペラーと呼ばれたリーダーは服のファスナーを開く。中にはダイナマイトが何本も隙間なく巻かれており、エンペラーはライターを取り出して火を点ける。

 

「テメェら全員、道連れだ! それが嫌なら、言うことを聞け!」

「あ、兄貴?! そんなことしたら、俺たちも吹き飛びますよ!」

「うるせぇ!」

 

 下っ端を張り倒した後、火を見せびらかして脅すエンペラー。しかし、イチロウはそれに臆さずに彼に詰める。彼の腹下まで身を屈めたイチロウはガシッと彼の服を両手で掴んだ。

 

「な、何を――」

 

 何かを言おうとしたエンペラーだったが、それよりも先にイチロウが動く。

 イチロウは服を思いっきり上へと引っ張る。意外に引き締まったエンペラーの綺麗な肉体を晒しながら、イチロウは彼に巻き付いたダイナマイトごと服を引っぺがした。

 

「き、貴様っ!」

「店内は火気厳禁だ」

 

 エンペラーの剥き出しとなった上半身に高速のラッシュ。

 目にも止まらぬ強烈な肉の弾丸が次々と炸裂し、悲鳴を上げるエンペラーの身体に痣を付ける。

 

「フッ!」

 

 右アッパーが顎に直撃。歯を何本も折られ、エンペラーは完全に意識を失って床に倒れるのであった。

 

「サカモトさん! 導火線に火が!」

 

 空中にバラまかれたダイナマイト。イチロウが服を引っ張った時に、誤ってライターの火が付いてしまった。

 スウィンたちが焦る中、イチロウは落ち着いて周りを見回す。そして、彼の目に映ったのは未開封のブレードのカード。

 イチロウは棚からカードを手にして開封。そこから何枚かカードを引き抜いて、そのままダイナマイトに向けて放った。

 

 シュッ! シュッ!

 

 放たれたカードは全て導火線を通り抜けて、火が付いた導火線がダイナマイトから離れる。

 

「カードで導火線を切った?!」

「無茶苦茶すぎるよ〜」

 

 イチロウは黙々とカードを投げる。

 導火線がダイナマイトに着火する前に、カードが導火線を切り裂いていく。

 そして、全てのダイナマイトが床に落ちた。爆発する様子はない。

 

「……終わった」

 

 全てが終わると、店内はイチロウとスウィンたちを除いて、全員が屍のように床に散乱する地獄のような光景が広がっていた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 「SAKAMOTO商店」が強盗事件にあってから、わずか十分。帝都を巡回していた鉄道憲兵隊が強盗犯を次々と連行していった。

 

「ほら、とっとと歩け!」

「み、見ないでくれ……」

 

 一人だけ上半身裸のエンペラーは遠くの見物人たちの視線に気づいて身を縮める。その後も強盗犯を次々と車の中へと押し込まれていき、憲兵隊員は車を発進させて店の前から颯爽と立ち去った。

 

「やれやれ。これで事件解決か」

「なーちゃん、疲れたよ〜」

 

 首を回すスウィンと膝に両手を付けるナーディアはほんの数分の出来事に疲れを見せる。

 その一方でイチロウは顔色を一つ変えないまま、隣にいるアルフィンたちに声を掛ける。

 

「怪我はないか」

「は、はい。サカモトさんたちのおかげで無事にすみました」

「姫様を守っていただきありがとうございます」

「コハナの友達だからな。父親として守るのが当然の務めだ」

「ご立派なお考えです。ですが、店の方が……」

 

 改めて店の方を見ると、その姿は無惨なものだった。

 割れたガラスに倒された棚。散乱する商品と焦げた床。

 とても客商売ができる状態ではなかった。

 

「心配ない。今回の強盗逮捕の貢献で国の方から援助してくれるそうだ」

「そうなんですか?」

「それに仮に足りなくても金はあるからな。……スウィン、お前の給料から引かせてもらう」

「えっ?! 何で?!」

 

 スウィンは納得がいかず、イチロウを問い詰める。イチロウは眼鏡を光らせて重い口調で答える。

 

「……見すぼらしい店と言ったことは忘れてないからな」

「んぐっ!?」

 

 心当たりがあるスウィンはイチロウのプレッシャーに顔を青褪める。

 先程までの切羽詰まった光景が嘘であるかのように、イチロウたちの周りはいつも通りの日常に戻っていた。

 

「殿下、エリゼさん。ご無事でしたか?」 

 

 すると、そこに憲兵隊員たちが近づいてきた。先頭に立つ水色髪の女性隊員の姿にアルフィンたちは目を丸くする。

 

「クレア大尉! 来てくださったのですね」

 

 クレア・リーヴェルト。《氷の乙女》と呼ばれている鉄道憲兵隊の若き軍人。彼女の姿にスウィンとナーディアは警戒の色を見せる。

 

(あれが噂の《氷の乙女》か)

(うん。《鉄血宰相》の懐刀の一人だね)

 

 クレアはアルフィンたちの無事に一安心すると、隣に立つイチロウを見て敬礼をする。

 

「鉄道憲兵隊所属のクレア・リーヴェルト大尉です。本日は殿下を守っていただき、誠にありがとうございます」

 

 クレアに続いて、共に来た憲兵隊員がイチロウに敬礼をする。

 

「俺は店長として客を守っただけだ。それに娘の友人でもあったからな」

「それでも感謝します。正直に言いますと、あなたのことをあまり信用できていません」

「……」

「イチロウ・サカモト。足を洗ったとはいえ、伝説とまで言われたあなたがこの帝国で何をしようとしているのか。それがわからない限り、私たちはあなたに警戒を怠ることができません」

 

 厳しい言葉にスウィンたちはクレアを睨みつける。空気が悪くなったことにアルフィンとエリゼは突然のことに戸惑い出す。

 警戒するクレアたち鉄道憲兵隊とただ呆然と立ち尽くすイチロウ。

 二者の間の空気がさらに悪くなろうとしたその時、

 

「ただいまーー!」

 

 そんな空気を一気に壊すような、元気な明るい声が届いた。

 イチロウはその声に真っ先に気づいて、勢いよく声がした方へと振り向いた。

 

「ただいま、お父さん!」

「おかえり、コハナ」

 

 天使のような純真な笑顔を振りまくイチロウの娘――コハナ・サカモトを抱えて、イチロウは優しい声で彼女を迎える。

 

「学校はどうだった」

「うん! 今日も友達と一杯、遊べたよ!」

「そうか。ところでアイたちは?」

「ここよ」

 

 少し遅れて、コハナが走ってきた方から、黒髪のほんわかとした女性――アイ・サカモトが三人の少年少女を連れて、帰ってきた。

 

「ただいま、あなた」

「おかえり。そして、イクス、ヨルダ、オランピアもおかえり」

「おう! 帰ったぜ」

「少し疲れた」

「ただいま帰りました」

 

 双子の兄妹のイクスとヨルダ。そして、白髪の少女、オランピア。三人共、スウィンたちと同じ時にサカモト家に迎え入れた子どもたちだ。

 

「あら、店がボロボロね。何かあったの?」

「! そ、それは店に強盗が押し寄せてきて……」

「そうだったの? それでその強盗はどうしたの? ……まさかと思うけど」

「! (ブルブル! ブルブル!)」

 

 イチロウは汗を描きながら、必死に首を振る。やっていないと必死に訴える姿を訝しげに見つめるアイだったが、すぐに、ふぅと息を吐いた。

 

「嘘は言ってないみたいね。なら、安心した」

「(コクコク!)」

「ただし! だからと言って、殺しはなしだからね! もし、破ったら離婚だから!」

「は、はい……!」

 

 アイの前で縮こまるイチロウの姿にコハナたちは笑ったり、呆れたりと反応がバラバラだった。しかし、そこには暖かな一つの家族ができあがっていた。

 それを目の当たりにしたクレアは目を丸くして、やがて、柔らかな笑みを浮かべた後、軽く目を閉じた。

 

「目的など、そもそもないのかもしれませんね」

 

 そんな独り言を呟くと、クレアは改めてイチロウたちに敬礼する。

 

「改めて、イチロウ・サカモトさん。本日は強盗事件の解決。および、アルフィン殿下の護衛に貢献していただき、感謝します。店の修繕につきましては、私の方からも閣下に進言いたしますので安心ください。……殿下、申し訳ありませんが、今日のところはここで」

「そうですね。今日はこのまま帰らせていただきます。サカモトさん、次はちゃんと買わせていただきますね」

「それでは皆様、ここで失礼いたします」

 

 アルフィンとエリゼはクレアに連れられて、その場を後にした。それを見届けたイチロウたちだったが、ぐぅ~という大きな音に沈黙してしまった。

 

「……すまない」

 

 申し訳なさそうにイチロウはお腹を押さえて謝った。どうやら、今の音はイチロウのお腹からなったものらしい。

 

「うふふ。今日はいろいろとあったみたいね。夕飯は少し豪華にしましょうか」

「おぉ〜! 奥さん、太っ腹! なーちゃん、今日はハンバーグが食べたい〜!」

「コハナも食べたい―!」

「子どもか、お前は……」

 

 ナーディアの態度に呆れるスウィン。オランピアたちも口には出さないがアイのハンバーグに期待しており、イチロウの方はうっすらとヨダレを垂らしていた。

 

「それじゃあ、家に帰りましょう」

『はーい』

 

 こうしてサカモト家の一日は平和に終わる。イチロウは明日も家族のために、この平和な日常を守り抜こうと決意するのだった。




 長く待たせてしまい、誠に申し訳ございません。
 執筆活動はやめていませんので、今しばらくお待ちください。

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