空想少女のヒーローアカデミア   作:いぬはいぬ

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名付けと在り方

 体育祭の振り替え休日も終わり、今日からまた学校です。今日は朝から雨で、登校するのが億劫になります。かと言って、行かないわけにもいかないのですが。

 まぁ、個人的に雨そのものは嫌いではありません。雨の音は存外心地いいものですし、初めていずくんに会ったのも雨の日でした。

 

「……朝から疲れました」

「そうだね……」

 

 私の呟きにいずくんが相槌を打ちました。通学途中の出来事を思い返してため息が漏れます。

 雨以上に問題なのは、体育祭で全国放送されたせいで周囲から注目されているということです。昨日もゲーセンやフードコートで周囲から視線やコソコソ話されているのは感じていましたが、今日は電車で直接話しかけられました。非常に困るので止めてほしいです。

 昇降口に着いたので〝個性〟で描いていた傘を消します。この傘はデザインや大きさも自由自在ですし、本物の傘と違って紛失しませんし、荷物にもならないのでとても便利です。私の〝個性〟の実用的な使い方の一つと言えるでしょう。唯一の欠点は持続時間の都合で他人に貸せないところですね。

 

「緑谷くん、泡沫くん、おはよう!」

「あ、飯田くん。おはよう」

「おはようございます」

 

 背後から声を掛けてきたのは、カッパに長靴とフル装備で走ってきた飯田さん。飯田さんがこの時間に登校とは、普段よりもだいぶ遅いですね。

 

「飯田くん、あの──」

「兄の件なら心配ご無用だ。要らぬ心労をかけてすまなかったな」

 

 いずくんの言葉を遮るように飯田さんは私たちにそう言って、そそくさと歩き出してしまいます。明らかに大丈夫ではありませんが、さてどうするのが良いでしょうか。私には分かりません。

 気まずい空気の中いずくんと並んで教室に向かうと、皆さん大体揃っているようで朝から盛り上がっていました。

 

「おはよ! 泡沫」

「おはようございます」

 

 自分の席に座ってバッグを下ろすと、切島さん達と話していた芦戸さんがこちらに寄ってきます。朝から上機嫌ですね、何か良い事でもあったのでしょうか。

 

「泡沫は今日どうだった? やっぱり声掛けられたりした?」

「ええ、まぁ。困るので正直勘弁してほしいものです」

「泡沫はああいうの苦手そうだもんね」

 

 アハハとにこやかに笑う芦戸さん。そう、じゃなくて苦手なんですよ。まぁそう心配しなくても、すぐに治まることでしょう。話題になるのも今だけで、すぐに忘れられます。

 そうして話しているとチャイムが鳴り、相澤先生が入ってきました。当然、皆さんきっちり席に着いています。

 

「おはよう。早速だが、今日のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」

 

 先生の言葉に、教室に緊張が走りました。今度は一体何をやらされるんでしょうね。

 

「コードネーム──ヒーロー名の考案だ」

 

 あー、ヒーロー名。ああやば、そういえばそんなのありましたね。何も考えてないです。

 皆さん的には嬉しいイベントだったようで教室が沸き立ちましたが、先生の一睨みにより一瞬で鎮静化しました。もはや見慣れた光景です。

 先生曰く、体育祭の後に行われるプロからのドラフト指名の都合だとか。私たち1年生への指名は将来性に対する興味、つまりお試しです。

 

「んで、これが今回来た指名だ。例年はもっとバラけるんだが、今回は3人に注目が偏ったな」

 

 黒板に表示された11人の名前と数字。轟さんが一番多く、私と爆豪さんが大体同じで4桁の指名。これだけの人数が私なんかを指名したわけです、見る目がありませんね。まぁ所詮は興味本位なので、そこまで深い意図はないのかもしれませんが。

 他には常闇さんや飯田さん、上鳴さん八百万さんが3桁の指名。切島さんや瀬呂さん、麗日さんと芦戸さんにも指名が二桁来ています。全員トーナメント出場組ですが、いずくんと青山さんは指名ないですね。青山さんは理由が分からないのでさておき、やはりいずくんは戦い方が良くなかったのでしょうかね。

 この結果に皆さんも各々思うところがあるようですが、それは置いておきましょう。

 

「これを踏まえ、指名の有無関係なくいわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

 

 曰く、職場体験でプロの活動を体験して、今後の訓練に活かそうということらしいです。

 本来はここで見学をするはずだったわけですね。私たちはその前に実戦をする羽目になりましたが。

 

「まぁ仮ではあるが、安易なもんは──」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 ミッドナイト先生が教室に入ってきました。タイミングを考えると、今のセリフを言うために廊下で待ってたんでしょうかね。

 

「この時の名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!」

「まぁ、そういうことだ。将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが名は体を表すってことだ」

 

 名付けのセンスを査定してもらうためにミッドナイト先生を呼んだのだと、相澤先生はそう言いながら寝袋を取り出しています。寝るつもりですよこの人。

 将来どうなりたいか、ですか。私に、そんなものがあるのでしょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大人になった自分も、ヒーローになった自分も想像できない私は、やはりどちらもなれないのでしょうね。

 飯田さんから回ってきたフリップボードとペンを受け取り、さてどうしたものかと悩みます。正直何も思い付きませんが、かと言って付けないわけにもいかないでしょう。名前、名前ですか。

 

「んー……」

 

 開始から15分。結局、ただただ無為に時間だけが過ぎていきました。

 

「じゃ、そろそろできた人から発表してね!」

 

 あ、発表形式なんですね。うわ、すごいやりたくないです。何が悲しくてそんな辱めを受けなければならないのですか。

 ミッドナイト先生の言葉に周囲も臆する中、真っ先に立ち上がったのはまさかの青山さん。堂々と教壇まで歩いていき、フリップボードを高々と掲げました。

 

「輝きヒーロー、I can not stop twinkling.訳して、キラキラが止められないよ☆!」

「そこはIをとってcan’tに省略した方が呼びやすいわね」

 

 えぇ……? 短文……? それは名前としてありなんですか……?

 色々と予想外過ぎて困惑してしまいました。皆さんも困惑していますが、初手でこんなのお出しされたらそりゃ誰だってこうなるでしょう。ミッドナイト先生はなんか普通に受け入れて修正してますけど。

 異様な空気の中、二番手に名乗りを上げたのは芦戸さん。一体どんな名前でしょうか。

 

「エイリアンクイーン!!」

 

 えぇ……? もしかして大喜利してます……?

 

(ツー)! 血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!」

 

 元ネタはどう考えても、エイリアンという超常発生よりずっと前に作られた映画。私は実際に見たことはありませんが、芦戸さんは意外とそういうの見るんでしょうか。

 芦戸さんの名前は却下されましたが、最初の2人のせいで教室には異様な緊張が走っています。どうするんですかこの状況。

 

「ケロ。じゃあ次、私いいかしら」

 

 蛙吹さんが手を上げました。この状況で行けるのはちょっとメンタルが強すぎませんか。次はどんな名前が飛び出すか、皆さんも蛙吹さんに意識を集中させています。

 

「小学生の時から決めてたの。フロッピー」

「カワイイ!! 親しみやすくていいわ!」

 

 ふむ、なるほど。皆から愛されるお手本のようなネーミングだと、ミッドナイト先生もベタ褒めしています。

 それっぽい名前が出てきたことで教室の空気も変わり、皆さんからフロッピーコールが巻き起こりました。大喜利は終わったようです。

 その後は切島さんの烈怒頼雄斗(レッドライオット)──紅頼雄斗(クリムゾンライオット)という昔のヒーローリスペクトだそうです──から始まり、耳郎さんのイヤホン=ジャック、障子さんのテンタコル、瀬呂さんのセロファン、尾白さんのテイルマンと続々発表していきました。

 

「ピンキー!」

 

 再考の芦戸さんがヤケクソ気味に発表してOKを貰い、上鳴さんのチャージズマ、葉隠さんのインビジブルガール、八百万さんのクリエティと続きます。

 

「焦凍」

「名前!? いいの!?」

「ああ」

 

 そしてここで、轟さんがショートという名前そのままで行きました。まぁ、あまりそういうのに拘らなさそうな感じはしますが。

 その後は常闇さんのツクヨミ、峰田さんのグレープジュース、口田さんのアニマときて──爆豪さんが爆殺王で却下を食らいました。まぁ当然そうなるでしょうね。

 

「考えてありました。ウラビティ」

「シャレてる!」

 

 麗日さんのヒーロー名はウラビティ、名前と〝個性〟を掛けているパターンですね。ここまで見てきて、どういうのが良いネーミングなのかは大体理解しました。

 

「思ったよりずっとスムーズ! 残ってるのは再考の爆豪くんと、飯田くんに緑谷くん、あと泡沫さんね」

 

 まぁ、未だに何も思いつかないのですが。今日の私の頭はポンコツのようです、あなた普段の創作で使ってる頭はどこ行ったんですか。もう後がありませんよ。

 そして、飯田さんも天哉という名前でいくようです。随分と思いつめた顔をしているように見えますが、私の気のせいではないのでしょうね。さっき一度、何かを書きかけて消していましたし。

 続いて前に出たのはいずくんです。教壇に立つとフリップボードをこちらに見せて、教室がにわかに騒めきました。

 

「いいのか、それで……?」

「一生呼ばれ続けるかもしんねぇんだぜ」

 

 皆さんの気持ちを代表するように、上鳴さんと切島さんが問いかけます。そこに書いてあったヒーロー名は──デク、です。

 困惑の空気に包まれる教室をよそに、いずくんは語り始めました。

 

「今まで、好きじゃなかった。けど、ある人に意味を変えられて……僕には結構な衝撃で、嬉しかったんだ。だから──これが僕のヒーロー名です」

 

 顔を上げて、胸を張って、いずくんは自信を持って言い切りました。

 

 ──でも『デク』って、『頑張れ!!』って感じでなんか好きだ、私。

 

 ……麗日さんのあの言葉。そんなに、嬉しかったんですね。いえ、いいんですけど、別に。私がとやかく言うことではありませんし。

 痛っ──。左腕に痛みが走ったかと思うと、無意識に右手で左腕の傷を引っ掻いていました。はぁー、良くないですね、まったく。

 

「泡沫さんはどう? できた?」

「……──ダメですね。一旦保留にしようと思います」

「そう。必要なら後で相談に乗るわ、いつでも気軽に来ていいわよ」

 

 ウィンクするミッドナイト先生にお礼を言って、思考を放棄します。これ分かりました。思いつかないんじゃなくて、()()()()()()んです。何かが引っ掛かっています。それが何なのかは、分かりませんが。

 その後は爆豪さんが爆殺卿で再び却下を食らいました。どうしても爆殺を使いたいようですが、多分無理だと思いますよ。

 

 

 

 そうして、私と爆豪さんはヒーロー名未定で終了となりました。このまま決まらない場合は苗字か名前で仮決定になるそうです。

 

「多すぎますね……」

 

 午前の授業も終わり昼休み、私はとても分厚い紙の束を前にしています。私に渡された指名のリストには、ヒーロー事務所の名前があいうえお順でずらっと並んでいます。4桁もの事務所を全て確認するなんて物理的に不可能なので、何か適当な方法で足切りして減らす必要がありますね。ビルボードチャートが手っ取り早いでしょうか。

 職場体験は一週間だそうです。随分と長いですし、色々と不安要素はありますが、まぁなるようにしかならないのであまり深くは考えないようにしましょう。

 

「え、ガンヘッドの事務所!?」

「うん。指名来てた!」

 

 いずくんと麗日さんが何やら話していますね。どうやら麗日さんは武闘派のヒーロー事務所を選んだらしいです。意外なチョイスですが、何故?

 いずくんも同じ疑問を抱いたようで、意表を突かれたような表情をしていました。

 

「てっきり13号先生のようなヒーローを目指しているのかと……」

「最終的にはね。こないだの爆豪くん戦で思ったんだ」

 

 麗日さん曰く、強くなれば可能性が広がるし、やりたい方だけ向いていても見分が狭まると思ったそうです。あの試合の結果を受けて前向きに頑張ろうと思える──やっぱり、麗日さんはすごいですね。

 その後のいずくんたちはなぜか空気イスの話題で盛り上がって──尾白さんがやたら真面目に空気イスの効果を力説していました──が、それはさておき。

 

「ねぇねぇ泡沫、指名見せてよ指名!」

「ええ、いいですよ」

 

 芦戸さんが手招きしているので仕方なく立ち上がって、賑やか集団に近づいていきます。

 この時、意図したわけではないのですが、たまたま飯田さんの職場体験の希望先を見てしまいました。

 

 

 

 放課後、いずくんが突然オールマイトに呼び出されて待ちぼうけを食らっています。まぁそれはとりあえずいいとして。

 

「マニュアルヒーロー事務所。保須市、ですか……」

 

 軽く調べてみましたが、間違いなく東京都保須市に事務所を構えているヒーローでした。理由はまず間違いなく、お兄さんの件でしょう。

 インゲニウムを襲った(ヴィラン)、ステイン。ヒーロー殺しの異名で呼ばれ、これまでにヒーローを狙って襲撃し17人を殺害、23人を再起不能にした凶悪犯です。飯田さんのお兄さん、インゲニウムも命こそ助かったものの、ヒーローとしては再起不能だろうと報道されていました。

 

「私は、どうするべきでしょうか……」

 

 飯田さんが何を考えているのか、何をするつもりなのか、大体予想はつきます。恐らく、指名のリストを見た時に保須の事務所を見つけて、抑えられなくなってしまったのでしょう。

 職場体験までまだ時間はあります。それまでに冷静になってくれればそれでいいのですが、そうでなかった場合は……最悪、次に顔を合わせるのは葬儀場になるでしょう。

 

「──それは、嫌ですね」

 

 考えすぎかもしれません。保須市に行ったとして、ステインに遭遇するとは限りません。仮に探し回ったとしても、見つかる可能性はかなり低いでしょう。ですが、最悪の場合は。

 かと言って、私に何ができるのかという話です。仮に説得したとして、私なんかの言葉で止まれるほど軽い怒りではないはずです。──それに、人のやる事にとやかく口を出すのであれば、そこには相応の責任が伴います。少なくとも、私はそう思っています。

 

「ごめん、ゆめちゃん! お待たせ!」

「ん。大丈夫ですよ」

 

 いずくんが戻ってきました。今日は一体、オールマイトと何の話をしていたんでしょうね。

 色々と、考えることが渋滞しています。一つずつ、片付けていきましょう。いずくんの隠し事は急ぎではありません、後回しです。ヒーロー名の件も一先ずは保留で問題ありません。となるとやはり、飯田さんですね。

 

「はぁー……」

「ゆめちゃん? どうしたの?」

「いえ、なんでもないです。頭が痛いだけですよ」

「そっか。無理しないでね」

 

 本当に、どうしましょうか。

 

 

 

「飯田さん。少しお話がしたいのですが、放課後、いいですか?」

 

 翌日の放課後。今日はいずくんには先に帰ってもらい、今は飯田さんと2人きりです。……なぜ私はあんな事を言ってしまったのでしょうか。きっと気の迷いでしょうね、今も完全にノープランですし。

 どうしたものかと雄英の無駄に広い敷地を歩きながら考えて、自販機を見つけたのでこれ幸いと近づいていきます。

 

「付き合ってもらうお礼に何か奢りますよ。どれがいいですか?」

「いや、そこまでしてもらうようなことでは──」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「そこまで言うのであれば。ありがとう、泡沫くん」

 

 飯田さんが選んだのは果汁100%のオレンジジュース。私も適当に目に付いたリンゴジュースを買います。そのままそばに設置されているベンチに腰掛けると、飯田さんも少し距離を空けて隣に座りました。

 

「オレンジジュース、よく飲んでいますが好きなんですか?」

「ん? ああ。好きというか、俺の〝個性〟エンジンはオレンジジュースを燃料にしているんだ。その関係で飲むのが習慣になっていてね」

「へー。オレンジジュースが燃料に」

 

 エンジンの燃料と聞くと違和感がありますが、まぁ人間も食べ物をエネルギーにしているんですから特におかしくもありませんか。ちなみに炭酸入りだとエンストするらしいです。──ん? てことはあれですか、一回消化吸収してとかじゃなくて直接エンジンまで流れてるんですか? どんな人体構造してるんでしょうか、〝個性〟というのは不思議ですねぇ。

 いえ、そんな疑問は別にどうでもいいのです。今日はそんな雑談をするために呼んだわけではありません。

 

「飯田さん。最初に言っておきたいのですが、これは私の勝手で、わがままです。あなたが私の話に付き合う義務はありませんし、聞き入れる必要もありません。ただ、私はあなたを否定したいわけではない、ということは覚えていてくれると嬉しいです」

「泡沫くん……?」

 

 いきなり何を言っているんだと、そんな困惑している様子の飯田さん。それを横目に、私は空を見上げました。

 

「マニュアルヒーロー事務所。保須市の事務所だそうですね」

「──ッ。見たのか」

「すみません、たまたま見えてしまいまして。──復讐、ですか?」

 

 雰囲気が強張るのを感じます。今の飯田さんは、どんな顔をしているのでしょうか。

 やや間をおいて、飯田さんが重い口を開きます。その声音は今まで聞いたことのないような冷たさで、その中には確かな怒りが滲んでいました。

 

「……君には関係ないだろう」

「そうですね、関係ありません。だから、これは私のわがままです」

「何が言いたいんだ、君は」

 

 明らかに怒っているのが気配だけで伝わってきます、こんなに感情を荒立てる飯田さんは初めて見ますね。まぁ、そう言えるほど付き合いがあるわけではありませんが。

 

「例えば、そうですね。もし目の前で飛び降り自殺をしようとしている人がいたとして、飯田さんはどうしますか?」

 

 いきなり話題が飛んだので飯田さんが困惑しているようです。ちらりと横目で確認すれば、何を言っているんだコイツ、みたいな顔をしています。

 

「──勿論止めるさ。当然だろう」

「止めてほしいのですか?」

 

 私の返しにハッとしたような顔をして、飯田さんは誤魔化すようにそっぽを向きました。そう、飯田さんなら止めるでしょうし、他の皆さんでも大体は止めるんじゃないでしょうか。多分。

 

「私には、分かりません。どうするのがいいのか、何が正解なのか。そもそも、正解なんてないのかもしれません」

 

 ただ、少なくとも、正論で殴りかかるような真似はしたくありません。私はされたくないからです。

 

「飯田さんの人生、飯田さんの命です。他人がとやかく言う権利はありません。ただ──そこまでする()()があるかは、一度考えてみてもいいんじゃないでしょうか」

「ッ、なら! 俺のこの気持ちはどうすればいいんだ!!?」

 

 怒声と共に飯田さんが掴みかかってきて、私はそのまま勢いよく押し倒されました。

 

「痛っつ……」

 

 痛ったい!? 手すりに思いっきり後頭部をぶつけました! いきなりだったので反応できませんでした、手すりが木製で助かりましたね。

 

「あっ──!? す、すまない! 君に八つ当たりをするなんて、僕は最低なことをしてしまった!」

「……いえ、刺激したのは私なので、飯田さんは、悪くないです」

 

 動揺して離れた飯田さんから視線を外しつつ、後頭部を擦ります。とりあえず外傷はなさそうです。ああ痛い……。

 言葉選びを間違えたでしょうか。如何せんこういうのは経験がないので分かりません。

 

「話を、戻しましょう。飯田さんは、家族が好きなのでしょう?」

「──ああ。兄さんは規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーローだった。そんな兄さんを俺は尊敬し憧れていた。奴はそんな兄さんを──!」

 

 悔しさと怒りと、そんな感情をないまぜにして、飯田さんは拳を握って身を震わせていました。

 こんな状況で言うのもおかしいですが。いいですね、そんなに思い合える家族がいるというのは。飯田さんもきっと、愛されて育ってきたんでしょう。──良いことです。

 

「多分ですが、飯田さんが成功するにせよ、失敗するにせよ、お兄さんは悲しむんじゃないでしょうか。あるいは自分を責めるかもしれません」

 

 私では、飯田さんを止められません。飯田さんが思い止まるだけの価値を私は提示できないからです。だから卑怯な手ですが、止められそうな人を使うしかありません。

 

「ッ──!」

「まぁ、長々と話してしまいましたが、言いたい事を言いました。さっきも言いましたが、私がとやかく言う権利はないので、どうするかは飯田さんが決めればいいと思います。──話を聞いてくれて、ありがとうございます」

 

 黙って俯く飯田さんを横目に立ち上がります。私にできるのはここまでです。できれば止まって欲しいですが、どうでしょうね。

 死のうとする人に対してどうするのがいいのか、私には分かりません。それを止める権利も、私にはありません。だから、これが私の精一杯です。

 

 

 




 どうにか今月中に更新できました。
 前回ランキングに載って、たくさんのお気に入りと高評価でとても励みになっています。ありがとうございます。
 今後も良ければ感想、高評価、お気に入りをよろしくお願いします。

 夢望のヒーロー名はまだ決まりません。出せる日はいつになるか。
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