仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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巡る日々/この時代で生きる神々

 戦いが終わった朝は、拍子抜けするほど普通だった。

 

 大天空寺の境内には、柔らかい光が降りていた。石段の端に落ちた葉が風に押され、かさりと音を立てて転がっていく。昨日まで世界の終わりみたいな白い光を見ていたせいか、木漏れ日の色さえ少し濃く見えた。鳥の声、遠くを走る車の音、御成がどこかで慌てて転びかける声。どれも取り立てて珍しくはないはずなのに、耳に入るたび、胸の奥で何かがほどけていった。

 

 タケルは、天空寺龍の墓前に立っていた。

 

 花は新しいものに替えられている。水を含んだ茎が朝日に透け、墓石の表面には細い光が走っていた。アカリは少し離れたところで腕を組み、御成は数珠を握ったまま、今日は珍しく大声を出さない。マコトとカノンも、タケルの後ろで静かに立っている。

 

 俺は石段の脇に腰を下ろし、タケルの背中を見ていた。あいつの足は地面についている。影もある。風が吹けば髪が揺れる。そんな当たり前のことが、当たり前に見えるまで、俺たちはずいぶん遠くまで歩いた気がする。

 

「父さん、俺……帰ってきたよ」

 

 タケルの声は、墓石にぶつかって消えなかった。朝の空気の中にしばらく残り、花の上を滑って、俺たちの方へ戻ってくる。アカリが眼鏡の位置を直しながら、少しだけ顔を横へ向けた。

 

「ちゃんと自分の足で立ってる。もう、幽霊じゃないんだからね」

 

「うん」

 

 タケルは笑った。笑ったつもりなのだろうけれど、唇の端が少しだけ引っかかっていた。

 

「分かってる。だからこそ、これから何をするか、自分で決めなきゃいけないんだと思う」

 

 御成が一歩前へ出かけたが、アカリが袖を掴んで止める。いつもなら「タケル殿ォ!」と涙声で飛び出していそうなのに、今日はその場で深く頭を下げるだけだった。数珠の玉が指の間で小さく鳴る。

 

 俺は立ち上がり、タケルの横へ歩いた。墓前の花が風に揺れている。龍さんが返事をしたようにも見えたし、ただ風が吹いただけにも見えた。たぶん、そのどちらでもよかった。

 

「生き返るって、終わりじゃないんだな」

 

「うん。始まりだと思う。ちょっと怖いけど、ちゃんと嬉しい」

 

 タケルは墓石を見たままそう言った。言葉の最後が風に混じり、境内の木々がさわさわと鳴る。俺はその音を聞きながら、昨日まで何度も掴もうとしていた声のことを思い出していた。死んだ人の声は、もう口からは出ない。でも、誰かの背中を押す時、確かに形を変えてそこにいる。

 

 墓前を離れる時、タケルは振り返らなかった。ただ、一度だけ手を胸に当ててから、ゆっくり歩き出した。その背中を見て、御成がようやく鼻をすすった。

 

「タケル殿……立派に、実に立派に……」

 

「はいはい、泣くのはあと。今日はもう一か所行くんでしょ」

 

 アカリが御成の背を軽く押す。御成は慌てて袖で目元を拭い、なぜか妙に胸を張った。

 

「無論でございます! 墓参りは心を込めて、道中は安全第一、帰宅後はお茶でございます!」

 

「最後だけ急に日常だな」

 

「葉殿、日常こそ尊いのでございますぞ」

 

 御成の言葉に、タケルが小さく笑う。その笑い声を聞いて、俺たちは大天空寺を出た。

 

 次に向かった墓地は、町の喧騒から少し離れた場所にあった。細い坂道を上がると、草の匂いが風に乗ってくる。大きな木の下には木漏れ日が落ち、墓石の間を白い蝶が一匹、迷うように飛んでいた。

 

 そこに、かいまる、きんた、ミルテの墓が並んでいる。

 

 俺たちは花と米、それから小さな供え物を置いた。サクナヒメは腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。いつもなら真っ先に何か文句をつけるのに、今日は風で乱れた髪を直すだけで、墓石の文字をじっと見ている。

 

「来るのが遅くなったな」

 

 俺が言うと、サクナヒメが鼻を鳴らした。

 

「まったくじゃ。きんたなら、遅いと文句を言っておるわ」

 

「言いそうだな」

 

「しかも、文句を言いながら供え物の出来を確認するに違いない」

 

 ココロワヒメが穏やかに続ける。

 

「ミルテ様なら、まず事情を聞いてから説教するでしょうね。質問の数も、きっと一つや二つでは済みません」

 

「かいまるさんは……きっと、鳥たちと一緒に迎えてくれます」

 

 ヒヌカヒメがそう言った時、近くの枝に小さな鳥が止まった。短く鳴き、首を傾げる。サクナヒメはそれを見て、ほんの少しだけ眉を動かした。

 

「……相変わらず、間のよいやつじゃ」

 

 供えた米の白さが、木漏れ日の下でやわらかく光っていた。サクナヒメは腰を下ろし、墓前の草を指で払う。乱暴に見えて、触れ方は思ったより丁寧だった。

 

「きんたは不器用で、すぐ意地を張るやつじゃった。じゃが、あやつの作るものには、いつも人の手の温かさがあった。まっすぐではないが、使う者のことを見ておった」

 

 サクナヒメの指先に、土が少しつく。彼女はそれを払わない。しばらく眺めてから、そっと膝の上へ置いた。

 

 ココロワヒメはミルテの墓前に花を整えた。花の向きを少しずつ変え、納得したように頷いてから、静かに口を開く。

 

「ミルテ様は、知らないものを恐れず、知ろうとした方でした。この時代を見たら、きっと質問が止まらないでしょう。機械、医学、通信、宇宙開発……一日では足りませんね」

 

「ココロワヒメも人のこと言えないんじゃない?」

 

 アカリが横から言うと、ココロワヒメは少しだけ目を逸らした。

 

「否定は困難です」

 

「認めた」

 

 軽い笑いが、墓前に落ちる。暗く沈まないのは、ここにいる者たちが、死者を遠くへ追いやるために来たわけではないからだと思った。

 

 ヒヌカヒメはかいまるの墓前に膝をつき、小さな灯火をともした。火は風に煽られても消えず、淡い光の輪を草の上へ広げている。

 

「かいまるさんの声は、言葉にならなくても届いていました。今も、道のどこかで巡っている気がします」

 

 鳥がもう一度鳴いた。今度は二羽になっている。タケルはその声を聞きながら、墓石の前にしゃがんだ。

 

「死んだ人の声って、消えるわけじゃないんだよね。形は変わっても、誰かの中に残る」

 

「ああ。だから、墓参りって、置いていくためじゃなくて、連れていくために来るのかもしれない」

 

 言ってから、少しだけ照れた。自分で言うには、少し大きすぎる言葉だったかもしれない。けれど、タケルはからかわずに頷いた。サクナヒメも、いつものように茶化さなかった。

 

 風が吹き、供えた花がそろって揺れた。花弁の影が墓石の上で動き、三人が手を振ったようにも見えた。俺はそれをしばらく見ていた。

 

 墓参りを終えた頃、空は少し高くなっていた。帰ろうとしたところで、アカリの持つ端末が小さく鳴る。画面に映ったのはアランとアリアだった。背後には眼魔世界の白い街が見えるが、以前のような息苦しい白ではない。遠くの方で人影が動き、何かを運ぶ音がかすかに聞こえた。

 

「アラン」

 

 タケルが画面へ顔を近づけると、アランは少し困ったように眉を下げた。

 

「近い、タケル」

 

「あ、ごめん」

 

「眼魔世界は、まだ落ち着いたとは言えない。制度も、人々の暮らしも、変えなければならないことばかりだ」

 

 アランの声の後ろで、誰かが彼を呼ぶ声がした。彼は一度そちらを振り返り、短く返事をしてから、再びこちらを見る。その横にはアリアが立っていた。彼女の表情は柔らかいが、背筋はまっすぐ伸びている。

 

「だが、以前とは違う。命令を待つ者だけではなく、自分の言葉で話す者が増えている」

 

「不安もあります。けれど、それは生きている世界に戻った証でもあります」

 

 アリアの言葉に、アランはゆっくり頷いた。画面越しでも、彼の目の下に薄い疲れが見える。けれど、その疲れは玉座に座る者のものではなく、誰かと同じ場所に立って歩く者のものだった。

 

「完全じゃないから、進めるってことか」

 

「ああ。兄上の言葉を、ようやく少し分かり始めた気がする。間違えないのではなく、間違えた時に誰かの声を聞く」

 

 アランの後ろで、小さな子どもらしき影が走っていった。画面の端に映っただけなのに、その足音が妙に生々しかった。眼魔世界にも、走る音が戻っている。

 

「無理はするなよ。完璧にやろうとすると、また面倒なことになる」

 

「分かっている。完璧ではなく、声を聞く世界だ」

 

 アランがそう言うと、アリアが小さく笑った。

 

「また会いましょう。今度は、戦いではない時に」

 

「ああ」

 

 通信が切れたあと、しばらく誰も動かなかった。画面の暗さに、さっきまで映っていた眼魔世界の色がまだ残っているような気がした。

 

 帰り道、夕方の光が坂道を長く伸ばしていた。墓地の草は金色に染まり、俺たちの影も細く長く地面へ落ちている。戦いの後の道にしては、ずいぶん静かで、ずいぶん普通だった。

 

 俺は少し後ろを歩いていたサクナヒメたちを振り返った。

 

「なあ。これから、どうするんだ?」

 

「何じゃ、急に」

 

「戦いは終わった。大きなやつはな。でも、俺たちの道まで終わったわけじゃないだろ」

 

 ココロワヒメが俺の言葉を受け取り、確認するように頷く。

 

「葉様は、私たちに帰るか残るかを尋ねているのですね」

 

「まあ、そういうことになるのかな」

 

 ヒヌカヒメは夕日を受けた道の先を見ていた。淡い灯火が、彼女の足元で揺れている。

 

「この時代にも、たくさんの声があります」

 

 サクナヒメは腕を組み、わざとらしく咳払いをした。

 

「わしは神じゃ。人の世に深入りしすぎるのは、まあ、よろしくない……はずじゃ」

 

「はず?」

 

「うるさい。じゃが、飯は美味いし、人は騒がしいし、田もまだ見てやらねばならん。少しばかり残ってやってもよい」

 

「少しばかり、ね」

 

「何じゃ、その顔は」

 

「いや、別に」

 

 サクナヒメがじろりと睨んでくる。だが、その視線の奥にあるものは、戦いの時の鋭さとは違っていた。夕日が赤く差しているせいか、彼女の横顔にはどこか米の穂に似た色が乗っている。

 

 ココロワヒメは袖に手を当て、少し真面目な顔で続けた。

 

「この時代の技術体系は、未確認のものが多すぎます。解析を途中で切り上げるのは、研究者として不誠実です」

 

「今度、ちゃんと機械の使い方教えてあげる。でも勝手に分解しないでね」

 

 アカリがすかさず釘を刺す。ココロワヒメは一拍置いてから、微笑んだ。

 

「努力します」

 

「今の間、信用できないんだけど」

 

「アカリ様の観察眼は鋭いですね」

 

「褒めても誤魔化されないから」

 

 タケルが横で笑い、御成が「現代機器講習会、拙僧も参加を希望いたしますぞ!」と手を上げる。アカリが「御成はまず電源ボタンからね」と返すと、御成はなぜかありがたそうに合掌した。

 

 ヒヌカヒメは、そんなやり取りを聞いてから、俺の方へ向き直った。

 

「私は、声が巡る道をもう少し見ていたいです。戦いの声だけではなく、朝の挨拶や、食卓の笑い声も」

 

「そっか」

 

「葉様は、どうしたいですか?」

 

 夕方の風が、坂の下から吹き上がってくる。墓地の花の匂い、土の匂い、遠くの町から漂ってくる夕飯の匂いが混ざっていた。俺はその中で、しばらく答えを探した。戦いの時なら、敵を倒すとか、道を開くとか、そういう言葉がすぐ出た。でも今は、そういう言葉だけでは足りなかった。

 

「俺は……神様の力を借りて戦うだけじゃなくて、神様たちと一緒に、この時代を見ていきたい。面倒なことも、多分またある。でも、それも含めて巡りなんだと思う」

 

 サクナヒメが口の端を上げる。

 

「ずいぶん偉そうになったのう」

 

「誰かさんの影響だろ」

 

「ほう、言うようになったではないか」

 

「おかげさまで」

 

 サクナヒメが拳を軽く掲げたので、俺は半歩だけ下がった。ココロワヒメがくすりと笑い、ヒヌカヒメの灯火が坂道の先へ細く伸びる。その光は、どこかへ帰る道ではなく、これから歩く道を示しているようだった。

 

 大天空寺へ戻る頃には、空は夕焼けから夜へ変わり始めていた。台所からは湯気が上がり、御成が大げさに皿を運び、アカリが「こぼさないでよ」と後ろから声を飛ばす。タケルは復学用の書類を広げたまま、顔を引きつらせていた。

 

「タケル、高校戻るんだから勉強もちゃんとしなさいよ」

 

「うっ……戦いより難しいかも」

 

「何言ってんの。世界救ったからって、赤点は救われないからね」

 

「それ、すごく現実に戻された感じがする」

 

「ご安心を! 拙僧、全身全霊で応援いたしますぞ!」

 

「応援じゃなくて静かにしてて」

 

「む、無念!」

 

 御成が胸を押さえてよろめく。カノンが笑いを堪え、マコトが横で小さく息を吐いた。サクナヒメは炊き上がった米の匂いに釣られて台所へ寄り、しゃもじを持ったアカリの横から釜を覗き込む。

 

「ふむ。炊き加減は悪くない。じゃが、米の扱いにはまだ伸びしろがあるのう」

 

「はいはい、専門家のご意見どうも。じゃあ今度ちゃんと教えてよ」

 

「よかろう。米の道は深いぞ」

 

「なんでちょっと嬉しそうなのよ」

 

 ココロワヒメは炊飯器の表示をじっと見つめている。

 

「温度管理、加圧、蒸らし時間……なるほど。これは分解すれば構造が」

 

「しないで」

 

「まだ最後まで言っていません」

 

「言い切る前に止めたの」

 

 ヒヌカヒメは境内の方を見ていた。門の外を通る人の声、遠くの犬の鳴き声、台所の笑い声。それらをひとつずつ灯火に映すように、目を細めている。

 

 食事の前、アランとアリアが眼魔世界へ戻るために立ち上がった。タケルが玄関まで見送り、俺もその横へ並ぶ。

 

「タケル、葉。眼魔世界のことは任せてくれ。まだ時間はかかるが、必ず変えてみせる」

 

「また来いよ。今度は飯食いに」

 

「米か?」

 

「たぶん、サクナヒメが採点する」

 

「それは緊張するな」

 

 アランがわずかに笑う。アリアは大天空寺の灯りを見上げてから、俺たちへ向き直った。

 

「また会いましょう。今度は、戦いではない時に」

 

 そう言って、二人は光の向こうへ戻っていく。光が消えた後も、玄関には少しだけ温かい空気が残っていた。

 

 夜になって、俺は一人で境内へ出た。

 

 空には星が出ている。戦いの中で見上げた空は、いつも裂けたり歪んだりしていた気がするが、今夜の空はただ静かに広がっていた。木々の影が石畳に落ち、遠くの街のざわめきが薄く届く。大天空寺の中からは、御成の大げさな声と、アカリの注意する声と、タケルの笑い声が聞こえていた。

 

 足元に、ヒヌカヒメの灯火が小さく灯る。胸の奥には、サクナヒメとココロワヒメの気配もある。戦うための力としてではなく、同じ夜を見ている気配として。

 

 終わったんじゃない。

 

 ここからまた、巡っていくんだ。

 

「葉、飯が冷めるぞ」

 

 戸の向こうからサクナヒメの声が飛んでくる。すぐにココロワヒメが続いた。

 

「冷めた場合、味の変化も観察対象にはなりますが」

 

「ならん。米は温かいうちに食うものじゃ」

 

「皆さん、待っています」

 

 ヒヌカヒメの声に、俺は夜空から目を離した。大天空寺の灯りが、障子越しに柔らかく揺れている。神の灯火も、人の家の灯りも、同じ夜の中で並んでいた。

 

「ああ、今行く」

 

 俺は境内から振り返り、その灯りへ歩き出した。物語が終わる音なんてしなかった。ただ、戸の向こうで誰かが笑っていて、温かい飯の匂いがして、明日へ続く道がそこにあった。

 




# 後書き

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

本作は『天穂のサクナヒメ』と『仮面ライダーゴースト』のクロスオーバーとして、サクナヒメたち神々と、タケルたち仮面ライダーの物語を重ねる形で進めてきました。

この二つの作品に共通している大きなテーマは、「命」だったと思います。

『仮面ライダーゴースト』は、死と向き合いながら、それでも人の想いや命が未来へ繋がっていく物語です。タケルが多くの人の想いを受け取り、自分自身も生きることを選び直していく姿は、最後までこの物語の中心にありました。

一方で『天穂のサクナヒメ』は、米作りや暮らしを通じて、命が育ち、巡り、受け継がれていく物語です。食べること、働くこと、誰かと共に暮らすこと。その一つ一つが、命を支える営みとして描かれていました。

だからこそ、このクロスオーバーでは、「命を救う戦い」だけではなく、「命が巡っていく日々」も大切にしたいと考えていました。

葉は、神々の力を借りて戦う存在でありながら、最後には戦うためだけではなく、サクナヒメ、ココロワヒメ、ヒヌカヒメたちと共に、この時代をどう生きるかを選びました。タケルもまた、グレート・アイによって生き返った命を、奇跡として終わらせるのではなく、これからの日常へ繋げていきます。

戦いは終わっても、命は続いていく。
死者との縁も、残された者の歩みも、完全に途切れるわけではなく、形を変えて巡り続ける。

そんな余韻を、最終回の墓参りや大天空寺の日常に込めました。

ここまで葉たちの歩みを見届けてくださった皆様に、心から感謝いたします。
この物語が、少しでも皆様の心に残るものになっていれば嬉しいです。

改めまして、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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