静かな時間の中、ミストルティン・獣刻・ドリュアスは同居人であるピサール・聖縛・サマエルと共に落ち着いた時間を暮らしていた。
そんなふたりの、少し特別な日のお話。
※日常系のお話としてロストラグナロクの設定のミストルティンとピサールが同居している独自の世界観となっています。やや現代パロディ的な側面があるのに予めご了承ください。
猛暑が続く夏。
住居人のピサールは今日も嘆いていた。
「あつ~い」
「これでもかなり冷房強めに設定してる方ですが」
「そうだとしても物足りないのよ~、ミストルティン、温度もっと落として~」
「これ以上は私が寒く感じるので駄目です」
「ひど~い」
そう言葉にしながら諦める彼女。
このやり取りを8月中は何回も行っている。
ピサールは私に比べて体感温度が高いので、夏場は特にしんどいらしい。
「ん~、じゃあ気分転換に葡萄酒が飲みたいけどいい? 当然氷いっぱいで!」
「今は我慢してください。葡萄酒の数も有限です」
「うぅ、ミストルティンが意地悪してくる~」
「……水風呂は用意してありますので、そちらで我慢してください」
彼女の娯楽に対しての制限をかけるのは私の役割だ。そうしないと、出費が重なって生活がしんどくなってしまう。
ピサールもお金のやりくりは苦手ではないけれども、どうにも娯楽に関しての出費は考えていないのもあって多くお金を使ってしまう。だから私が止める。単純な話である。
「やったぁ! ミストルティンも入るよね?」
「私も入るんですか?」
「うん、プールに行くみたいで楽しいと思うし」
「……水風呂でプール感覚が味わえる気はしないのですが」
「平気平気~、いこ? ミストルティン」
背中を押されて更衣室まで移動させられる私。
そこでピサールは急に水着を取り出してきた。
「……水風呂ですよね?」
「裸で入るつもりだったの?」
「……なんで聞き返すんです?」
「えっ、わたしはプール感覚で入るつもりだったよ?」
あっけらかんとした態度でそう言葉にするピサール。
家の、しかもそこまで広くない水風呂で逆に水着になる方が不思議な気がするもののピサールは水着で入る気でいたようだ。
こうなると意外と強情なのが彼女で、私が水着を着用しないで入ろうとしたらなにかしら言われるのは間違いないだろう。
「……そういうことにしておきましょうか」
「そうそう、こういう時は勢いが大切。ということでミストルティンもわたしみたいにビキニを着よう!」
そう言いながら律儀に私の分のビキニを用意するピサール。
白を基調としたシンプルなものだ。
「……パレオはつけても?」
「ダメ。それにミストルティンも洗うのめんどくさくない~?」
「……否定はできませんね」
それに、ピサール相手なら露出についてあまり気にする必要もないだろう。同居人に身体を見られるのはそれなりに慣れている。
「今日のビキニはこれかな~」
ピサールが選んだのは紺色のビキニだった。
普段は白が多い服装だったりするので少しだけ新鮮だ。
「珍しいですね」
「白同士だと被っちゃうからね~」
「……コントラストを目指していると」
「そういうこと」
水着に着替え終わった私たちはそれとなく水風呂に入ることにした。
水風呂といってもぬるめの温度には調整していない。ピサールが入ることを考慮して、外のプールよりやや低めの温度くらいに調整してある。
そうした事情もあり、ある意味ではプールと言っても差し支えないのかもしれない。
……私は水風呂として考えていたけれども。
「えい~」
突然私の身体に水をかけるピサール。浮かれているのか、わかりやすいくらい笑顔だ。
掌で救い上げられた水が私の顔にかかる。冷たい。少し目が冴えそうだ。
「お返しします」
静かに私も水をすくいあげ、ピサ―ルにぶつける。
こういう場でなにもしないというのも空気を乱してしまいそうだから、それなりに便乗する。
「きゃっ! ……ミストルティン、結構ノリいい?」
「さぁ、どうでしょう」
それでも、まぁ和やかな空気というのは嫌いではない。
殺伐とした空気感に比べると幾分か過ごしやすいし、なにも考えないでいられる。
「ふふっ、だったらこういうのは?」
そう言うとピサールは急に私に顔を近づけてきた。
「っ……!」
急に近寄られるとドキっとしてしまう。
単純な話、ピサールはどこか色っぽい部分がある。私と正反対の性質をしている。
そんな彼女に急接近されると、少し思考が止まってしまう。
「隙あり~」
「あうっ」
頭の中だけが回転していた私に対してピサールは容赦なく水を吹っ掛けてきた。
頭がびしょびしょになる。
……してやられた。
「……それは私にできない戦術ですね?」
「う~ん、できると思うよ? ミストルティン、色っぽいし」
「どうでしょうね」
理論上できる可能性があったとしても、私が私である以上、それは難しいだろう。
そもそもの性格上の問題というのがある。
「ドリュアスな雰囲気あるからね、こう……誘惑得意そうな!」
「誘惑得意だったらこんな難儀な性格してませんよ、私は」
「それもそっかぁ」
そう言って頷く彼女。
同居生活をしているピサールは私の性格をよく知っている。
「……すぐに納得されてしまうのもなんだかモヤモヤしますね?」
「じゃあ、誘惑してみる? 無防備だよ? わたし」
「遠慮しておきます。軽い方だと思われたくないので」
「そういうと思った」
別に誘惑とかそういうことをする人を軽蔑しているわけではない。
純粋に、私が勢いでそういうことをしてもろくな結果にならないだろうし、そもそも急に方向性を変えたら軽い思考をしているのではないかと思われそうなのが嫌なだけなのだ。詰まる話……
「めんどくさ~いって、やつよね?」
「そういうことです。私は多分、そういう色事は向いてないので」
「だから防御力も低いのよ」
「でしたら、一生治りませんね」
「だから、一生楽しめるわよね?」
そういって私の目を見つめるピサール。
蠱惑的な印象を与える彼女の目はまるで堕落を誘う蛇のように大胆だ。
「面倒ですね」
「でも、楽しいわよね?」
「刺激はありますね」
「刺激は大切よ? だって、こういう楽しみがないとつまらないもの」
「……下を向くよりはいくつか健康的ですね」
「ふふっ、そういうこと~」
それから私たちは雑談もしながら、水風呂で水をかけあったりしていた。
……水風呂というよりは、プール感覚だったかもしれないと考えを改めていたのは、ちょうど出た頃合いだった。
「……水着のまま過ごす?」
「そういうのもいいと思うの~」
水風呂から出た後に提案されたのは不思議なことだった。
水着のまま私生活を送る。露出が多い状態で過ごすということだ。
「……恥ずかしいのですが」
「別に外に出る用事はないんじゃないの? だって昨日の段階で色々買い足してたから」
「それはそうですが」
確かにもう今日は外に出る予定はなかった。
猛暑が続く日々、不要な外出は避けたいと考えていたのだ。
「ミストルティン」
「なんですか?」
「恥ずかしがってると、余計可愛いって思っちゃうよ?」
そう言いながら微笑むピサール。
多分本心で言っているのだろう。そんな気がする。
こういう時だけ、彼女は素直に色々言ってくる。
「では、恥ずかしいと思わないようにした方がいいですね?」
「あれ、『もういいです、着替えます』とか言わないんだ」
「禍根を残すのも面倒なので」
「……ミストルティンって捻くれてるけど、わりと好意は受け取ってくれるよね」
「どういう意味です、それ」
「そういう面倒さは、嫌いじゃないな~って思ったの」
「同居人に嫌われたら、それこそ面倒なので。……私もピサールの娯楽に対する積極性は嫌ではないと言っておきます」
「ふふっ、ありがとうミストルティン」
お互いに違う部分はあるものの、それでも一緒にいるのにはそれなりの親近感があるからだろう。
ある程度面倒なことは面倒と言い合える関係というのは、色々楽なものだ。
会話がひと段落したのを感じたので、私は新しくかき氷を用意することにした。
大きめな氷にかき氷の機械。そしてシロップをそれぞれ用意する。
「気が利くね、ミストルティン」
「私が水着の状態でかき氷を食べたら寒くなりそうではありますが、ピサールは問題なさそうなので」
「うん、むしろいっぱい食べちゃう!」
「ピサールは家だと下着のような姿でいることの方が多いですからね、実際」
「まぁね」
かき氷の機械を動かし、皿の上にかき氷を作成していく。
小刻みな音が涼しさを感じさせる。
「海の家~」
「まぁ、家は海に面してませんが」
「そうだとしても、水着でわたしとミストルティンがいるこの空間は海の家と言ってもいいと思うのよ~」
「……夕食はカレーライスにでもしますか」
「うん、雰囲気が出ると思う~!」
やがてかき氷が出来上がり、机の上にふたつのかき氷が置かれる。
「シロップの味は?」
「葡萄!」
「そう言うと思いました」
ピサールのかき氷には葡萄、そして私はメロンのシロップをかける。
スプーンですくってそれぞれが味わう。
「ワインの発酵した感じの味わいとは違うけど、こういう葡萄も好きなの~」
「印象として甘さが全面にやってくる印象がありますね」
「そうそう! おやつ感覚で味わえるの」
満足そうに味わう彼女を見つめながら私もメロンのかき氷を味わう。
なかなか素直な味わいだ。メロンの風味がしっかり出ていて美味しい。
かき氷を食べながらゆったりしていると、ピサールがゆったりと話してきた。
「ミストルティンは私と一緒にいるの面倒だと思う?」
「随分と急ですね」
「う~ん、なんとなく聞いてみたかったみたいな、そんな感じ」
盛り上がった後の少し静かな気持ちになったタイミングといったところだろう。
切々と話したくなる時間だってある。そう感じながら私も返答する。
「そうですね……一緒にいることが面倒だと思ったことはないかと。ただ、時々考え方の違いで悩むことはあります」
「そうなの?」
「ピサールは怠惰ですから。ちゃんと私が動かないと行動してくれないこともありますよね?」
「耳が痛いかも~」
「それに、お酒に関しても私より積極的に嗜みます。娯楽にはやたら積極的です」
「だって、辛いこととかは面倒なんだもん。楽に生きた方がいいわよね?」
「……そういうところ、私と違うって感じます」
少なくとも、私は楽がしたいという方向に気持ちが動くことはそうそうない。
どちらかというと、自分は苦労するべきだと考えてしまう。
「他の人が大変な思いをしているのならば、私もそれに見合う行動をするべきだとか、そういうことばかり考えてしまうので」
「ちょっとめんどくさそう」
「……そうですね、面倒な気質です」
さらっと面倒だと言葉にする彼女に思わず頬が緩む。
そうだ、私は私である以上どうしても面倒くさい考え方をしてしまいがちなのだ。
「他人にどう思われているかとか、失敗したら失望されないかとかいつも考えてしまいます」
「結構繊細だもんね、ミストルティン」
「否定できませんね」
ピサールの言葉に苦笑する。
彼女の質問から始まった会話なのに、気が付いたら私のことばかり話している。
「逆にピサールは私といて面倒だとか思わないんですか?」
「わたし? う~ん、そうだなぁ」
少し悩んで彼女が言葉にする。
「ミストルティンはめんどくさいよ?」
はっきりと、私を見つめて。
「でも、真面目だし、わたしに色々付き合ってくれる。色々楽させてもらってるから結構好きよ?」
ピサールは素直だ。
忖度とかそう言った感情は一切なしに、私と付き合ってくれている。
「……結構ってなんですか」
だから、私も少し捻くれてみた。
「大好きって言った方がいい?」
「……それも気恥ずかしいですね」
「やっぱりめんどくさ~い」
そう言って微笑むピサール。
私も釣られて笑顔になる。
こういう空気感は嫌いじゃない。
「そういえば、昨日ね、誕生日プレゼント買ったんだ」
「誰のですか?」
「え? ミストルティンのだよ? 忘れてた?」
「……気にしてませんでした」
カレンダーを見つめると、そこには8月25日の日付が見えた。
私の誕生日。意識していなかった。
「そんな忘れんぼなミストルティンには、このハイビスカスの髪飾りをプレゼント~」
ピサールが手渡してきたのは赤いハイビスカスの髪飾りだった。
ヘアアクセサリーなのもあって、本物のハイビスカスではないものの、それでも綺麗な造形をしている。
「ありがとうございます」
「折角だから今付けてみて!」
「わかりました」
彼女に促されるまま、しっかりと髪留めとして調整して使う。
ちょっと目立っていないか心配だけれども、大丈夫なのだろうか。
「……似合っていますか?」
「うん! ミストルティンには、やっぱり花が似合うね!」
そう言ってカメラを取り出すピサール。
まさか、この為に水着姿でいさせたのだろうか。
少し立ったのち、ピサールは私に撮った写真を見せてきた。
「どう? ミストルティン、綺麗に撮れてると思うの~」
写真に映る私の姿はどこか控え目ではあるものの、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
頭に飾られているハイビスカスの髪飾りが新しいワンポイントとして綺麗に纏まっている。
「……いいと思います」
「ふふっ、それなら安心ね。あっ、そうそう。こっそりケーキも昨日買ってたから夜食べようね、ミストルティン」
「こういう時は活動的ですね、ピサール」
「面倒なことを忘れるような楽しいことはいくらあってもいいって思うからね~」
そう言葉にして笑う彼女。
怠惰で、めんどくさがりなピサール。
真面目で、それでいて面倒な気質が多い私。
それぞれ違う性格で、出会い方によってはきっと分かり合えないような存在だとしても、今はこうして一緒にいる。
この不思議な縁をこれからも大切にしていきたいと思う。
「……ところで、ピサール」
「なぁに?」
「ハイビスカスは8月の誕生花ですが、狙っていましたか?」
「え? 気にしてなかったかも。花言葉とかも考えてない」
「赤いハイビスカスは勇敢という意味も込められますが、私としては繊細な美というのが静かさを感じて好きだったりします」
「繊細な美……なんだかミストルティンっぽいかも?」
「どういう意味ですか、それ」
「そのままの意味よ~」
何気なく過ぎていく時間。
その中で迎えた誕生日という大切な日。
特別な日だと感じることができたのはきっと怠惰で優しい同居人のお陰だろう。
この日々がいつまでも続いてほしい。そう心から願う。
猛暑が続く夏の一日。私にとってはかけがえのない日になっていた。