追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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第73話 銀星花

 ◆

 

 ギルドの開く刻限を見計らって二人は赤楡亭を出た。シャールの腰の左には新しい鞘がつり下がっている。山の民の親方の店から購入した、のやや重い一振りだ。シャールは時折柄を握り、感触を確かめていたがどことなく前のものより手に馴染む気がしていた。

 

 この無骨な一振りはまさに冒険者の証であるような気がするのだ。

 

 シャールという男は幼少の頃から英雄譚だの冒険譚だのに憧れを抱いてきたわけだが、ここ最近は自分がそういった物語の一登場人物であるかのような感を覚えており、どことなく心が高揚していた。

 

 そのあたりはセフィラも同様で、深窓の令嬢として育てられた彼女も「自由に世界を見て回る」という目的とも言えぬ目的に心躍らされてはいないとは言えない。

 

 まあ要するに二人ともワクワクしていたという事である。

 

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 帝都中央ギルドの広間は冒険者から放射される熱気というか活気がむわりと満ちていた。採掘事業の窓口に列が伸び、魔物討伐の窓口の脇では装備を確かめ合う声が響いてくる。二人は人波を縫って、ドリスのカウンターへ歩み寄った。ドリスは今朝も独り──ではなく、数名の冒険者たちに依頼を斡旋している様だ。

 

 シャール達に気づくと、ドリスは口の端を軽く吊り上げる。

 

「観光はどうだった?」

 

「帝都の全てとは言わないが、大まかな所は見せてもらった。良い街だな。もちろん良いところばかりでもないのだろうが」

 

「そうだな、帝都にも薄暗い部分は山ほどある。お前たちがここへ滞在中、なるべくそういったものを見ないで済むと良いのだが。で、私のところへ来たからには依頼の話で間違いないな? ……そうか、よし。丁度良い。振りたい仕事が一件、こちらに上がってきているんだ」

 

 ドリスは抽斗から一通の依頼書を抜き出し、机の上で軽く滑らせるように二人の側へ寄せた。学院の紋章で封蝋が捺された書面である。

 

「皇立学院薬草学からの依頼だ。西の森の浅層で、春の薬草の蕾を採取して持ち帰る。それと周辺の植生を軽く調べて欲しいそうだ。要するに地味な仕事だが、新人の初仕事にしては悪くない」

 

 シャールは依頼書の表紙にざっと目を走らせた。期間五日、報酬はロート銀貨で三十枚。

 

「採取か。現物を見ない事には何とも言えないが……」

 

「テレザ・ベルクハイムという女がいる。薬草学の助教でね、彼女が学院の名前で依頼を出している。詳しい事は彼女に聞くといい。どうする? 受けるか? 別に受けても良いし、受けなくても良い。他にも依頼はあるからな」

 

 シャールがセフィラの目を見ると──。

 

 綺羅綺羅と、まるで夜空に瞬く星の光がその瞳の中に視えたような気がして、もはや考えを聞くまでもなかった。

 

「受けよう」

 

 そうか、と言ってドリスは依頼書の脇にギルドの受領印を捺し、控えを抽斗にしまった。

 

「森の浅層にも魔獣は出るが、基本的には獣の類がほとんどだ。良くないモノは森の民にすぐに間引かれてしまうからな。まあ狼の親子連れに気をつけろ。春先は神経質だ。見かけたらゆっくり距離を取るといい」

 

 ◆

 

 皇立学院の正門でギルドの依頼書を示すと、衛兵は短く頷き、奥の少年衛兵に薬草学の研究棟まで二人を案内するよう命じた。中庭を抜けた先の一階の奥、扉が開け放たれた小さな部屋に独特の匂いが満ちている。

 

 シャールはこの匂いを良く知っていた。セフィラの私室に満ちていた匂いだからだ。

 

 机に向かっていた女が顔を上げる。

 

「あら、あなた達が? まだお若いのに研究の意義をよくお分かりなのね。良いことですわ。わたくしがテレザ・ベルクハイムでございます」

 

 年の頃は三十前後といったところか。痩身、灰がかった金髪を後ろで束ねた白衣の女であった。袖口はやや汚れているが、これは研究にともなう、まあ衣服にとっての名誉の負傷といった所だろう。

 

 テレザは机の上に大判の地図を広げた。帝都の西、森林地帯の浅層を東西に広く切り取った範囲を点描で示した一葉である。七つの地点に紅墨で印が打たれていた。

 

「ギルドからのお話は、もう聞いておられますね」

 

 テレザの指の腹が、紅墨の印を一つなぞる。

 

「西の森に銀星花という小さな草が蕾をつけます。学名はもう少し長いのですけれど、便宜のためにこの名で呼ばせていただきます。まあでも見た目通りの美しい花ですわよ。この花の蕾には、開花後の花弁にも結実後の種子にも検出されないとある成分が含まれているのですが、今後の研究にそれが入用なのです」

 

 テレザは机の引き出しから乾燥した標本と彩色の図譜を取り出し、二人の前にすっと並べた。

 

「これが昨年、開花した状態で押し葉にしたものでございます。花は五弁、白に近い薄青。葉は対生で鋸歯がございます。蕾の段階では先端が銀色がかって光るのですわ。だから銀星」

 

 セフィラは図譜に身を寄せ、葉の鋸歯を指の腹でなぞった。長いことそうしていた。シャールはというと標本のほうを摘み上げ、しげしげと裏返したり日に透かしたりしている。これは間違えようがないな、と内心で頷いた。葉の付き方も茎の節も、他のどんな草とも形が違う。

 

「採取量は一地点につき蕾を二十、紙の包みに分けて。地点ごとの記録票も別途にお願いいたします。葉の枚数、近隣の植生、日照、土の手触り。書式はこちらでご用意いたしますわね」

 

 シャールが頷くと、テレザは少し声を落として続けた。

 

「あと、これは一応申し上げておきますけれど、森は森の民の生活圏でもございます。あの方々は森の傷みにとても敏感でいらっしゃるの。蕾を採るための茎は切っていただいて結構ですが、根ごと抜くとか、近くの木の枝を払うとか、必要のないことは控えていただきたいの。焚き火の跡もきちんと埋めて。そういう細かいところを見ておられますから」

 

「分かった。荒らさぬよう振る舞おう」

 

「魔物については、こちらから討伐をお願いするものではございません。ですが、向こうから襲ってくるものを退治するなと申し上げる筋合いもございません。そこはご判断にお任せいたしますわ。──ああ、それから」

 

 テレザは机の脇の水差しから自分の杯にゆっくり水を注いだ。喉を湿してから続ける。

 

「期間は五日。ただ、蕾は鮮度が命でございますから、採取後はなるべく早く、できれば毎日この油紙でくるんで陰干しに。詳しい手順は記録票の裏にも書き添えておきましたわ」

 

「承知した」

 

 テレザは記録票の束と地図の写しを油紙の包みにくるみ、二人の側へ寄せた。

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