某スパイ映画に「礼節が人を作る」という言葉があるように、人を形づける要素は必ず外部から作用する。同じ理屈で言えば、常人が一騎当千の英雄と一体化すれば、その霊基に侵されるのは至極当然だろう。
かくいう
前回、意識的にアヴァロンを展開した際に理想郷へと足を踏み入れることが出来たので、そこで赤竜の魂と妖精さんに協力を願った。演出や洗のうではなく言語理解の魔術を助けてもらった結果、スムーズに戴冠することができたのだ。
その後は、同席していた議員たちに立憲君主制の継続と王室警護隊の管理権限移行を承認させ、自由に動かせる武力――王室警護隊を実質的な私兵集団として手中に収めた。あと、通訳スタッフ君には謝礼を払って解放済みである。
さらに一年前には、国際魔法協会アジア支部との交渉により、場違いなブリテンを魔法師交流会への参加を認めさせることにも成功した。
――そして西暦2062年4月某日。
『陛下、全員配置につきました』
「そうか……ありがとう。予定通り”ブリテンの子供たち”と“四葉真夜”は、自然に守ってほしい」
『仰せの通りにいたします、陛下』
「うん。任せるよ」
王室警備隊からの報告を受け、
そんな感じで、護衛と共にブリテン側の子供たちに紛れて入場して崑崙方院の襲撃を待つ。
妖精さんのチートじみた言語理解の魔術のおかげで周辺の人達と少し会話をして慣らしてから再度、四葉真夜に視線を向けると相変わらず隣には七草弘一がいる。前倒しで襲撃される可能性もあるので、もう話しかけなくては。
近づくに連れて、その美しくも愛らしい容姿が際立ってくる*3。なるほど、これは確かに守りたくなる妹属性の雰囲気を醸し出している。
「はじめまして。僕はブリテンから来ましたアーサー・ブラントと言います。
お名前を伺っても?」
「ああ、はじめまして。私は日本から来た七草弘一です。
そして、隣にいるのが僕の婚約者で――」
「はじめまして、わたしは四葉真夜と申します。どうぞよろしくお願いします」
英語対応の恐ろしく自然な婚約者宣言。元より、人の婚約者に付け入る方法とか知るわけがない。
なので、助けて内なるプーサー先輩、ランスロット卿のダメなエピソードを教えてください!
―― ……仕方ないな。まずは、下の名前で呼び続けることにしよう。それが一番、自然だからね
「なるほどコウイチくんとマヤさんだね、覚えたよ。僕のことは気軽にアーサーと呼んでほしい」
弘一くんと真夜さんが、先ほどから驚いた顔でこちらを見ている。
そして弘一くんが口を開いた。
「失礼ながら……あの蘇ったアーサー王が治めている、イギリスからですか?」
想定済みの質問に僕はわずかに頷き、柔らかく笑んで答える。
「そうだね、胡散臭いと思うのも無理はない。けれど、実際にエクスカリバーを振るったり、普通の人を魔法師に変えることもできる。……とりあえずはアーサー王ということになっているかな」
「非魔法師を魔法師に変えられるのは本当だったのですね」
真夜さんもまだ信じられない表情でこちらを見てくる。
「ブリテンのことに興味を持ってくれるのは嬉しいけれど、僕もまた、君たちの日本に興味があるんだ。よければ、いろいろ教えてくれないかい」
遠回しだが自分のことを探られるのはどうにも慣れない。そこで、言語理解の魔術をそっと切り、今度はこちらから日本語で問い返してみた。
「……日本語が話せたのですか、アーサーさん」
弘一くんも驚いていたが、とりわけ真夜さんの目がまん丸になり、表情がころころと移り変わってゆく。その反応がなんとも愛らしく、目を引いた。
「もちろんさ。でなければ、極東の台湾まで足を運んだりはしないよ。……本当は日本が良かったのだけどね」
「アーサーさん、日本語がお上手ですね」
弘一くんが、作戦その1ギャップ萌えにかかった!ここで日本好きで畳み掛けるんだ。
「それは嬉しいな。僕は魔法より日本のうどんが大好きでね、そのために勉強していたんだ。
だから、日本の人とこうして直接話せるのは、とても楽しみにしていたよ」
「そうだったんですか」
真夜さんが感心したように頷き、弘一くんはまだ少し信じられない表情を浮かべていた。
↑ターゲットの表情に、
「うん。だから二人の事も教えて欲しいな」
たぶん天真爛漫な笑顔で
「……では、簡単に。わたしは紅茶が好きです。静かな時間に、ゆっくりと味わうのが」
なんだって、紅茶だと。これはチャンスだ。
――待つんだ、君。婚約者の目の前でその誘い方は...
いいや今が最大効用だ、言うね。
「本当かい?それは素敵だね。僕の国でも昔から親しまれてきた飲み物なんだ。
今度、ぜひ一緒に――」
横で弘一くんがわずかに咳払いをして、僕を牽制するような視線を投げてきた。
――ああっ、もう……どうして君も理性を失ってしまうんだ
「えっと、ええと……ごめんよ。紅茶の事になるとついね」
「そうだな……じゃあ私は蕎麦だ。アーサーに似てるけど」
「そばか! いや、全然悪くない。むしろ親しみやすくていいね。実は僕、そばも好きなんだよ」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。
どうやら場の空気は悪くないので軌道修正には成功しただろう。少なくとも、初対面で壁を作られる展開は回避できた。
その時――。
会場の前後にある扉が轟音と共に弾け飛んだ。
舞い散る木片と衝撃波に、悲鳴が交錯する。
扉の付近にいた警備も、大半が床に叩きつけられ、呻き声を上げるのが精一杯だった。
硝煙の向こうから、黒ずくめの賊が雪崩れ込んでくる。
統制の取れた動きや揃えられた銃口の向き見て、恐らく素人ではない。
襲撃者は即座に弧を描き、会場の人を包囲する陣形を組んだ。
そして、思わぬダイナミック入場に
せっかく、いい雰囲気だったのに。でも、なんやかんや言ってもこれが初の実戦。気を引き締めねばならない。
「所でコウイチくん、マヤさんは、護衛はいるかい?」
問いかけに、二人が短く頷く。
「いますけど……外で待機していたので、多分……」
「わたしの護衛も……同じです」
「それは困ったな」
肩をすくめつつ、僕は口元に笑みを浮かべた。
「では僕の護衛が到着するまで――二人で、この
そう言って真夜さんに柔らかな笑みを向けてから、今度はわざと挑発めいた視線を弘一くんへ投げる。
「
「お二人とも! 敵が目前に迫っているのですよ!」
真夜の鋭い叱責に、僕は小さく笑って肩をすくめる。
「あははは、ごめんよ。だが、少しはやる気が湧いただろう?」
「ああ、余計なお世話だ」
「すまない、その日本語は知らないんだ――」
とぼけるように返して、弘一くんの反応を待つ間もなく、
空気と一体化するように、透明化したエクスカリバーが右手に展開される。
透明化したエクスカリバーによる
相手は統制の取れた動きで包囲を敷いていたが、常人で魔力放出の速度に追いつける者はいない。銃口がこちらに向いたとしても、次の瞬間には見えない何かに切られて無力化される。
血の匂いすら漂わせぬまま、ただ返り討ちという結果だけが積み重なっていく。
一方、反対側で応戦する弘一と真夜。
弘一は盾のように前へ躍り出て、障壁魔法を張りながらエア・ブリットを放つ。
真夜の《流星群(ミーティア・ライン)》は鋭く閃くものの、まだ繊細すぎた。
制御が未熟なままでは、多数の標的を同時に捕らえるには力が足りない。
「っ……弘一さん、右から来ます!」
「わかってる!」
だが、襲撃者たちの多くは非殺傷弾を使用しているので容赦がない。
二人が連携しても押し切られ、徐々に下がらざるを得なくなっていた。
防御の障壁に弾丸が炸裂し、ひび割れのような光が走る。
「――っ!」
真夜の顔が恐怖に歪む。
弘一も汗を滲ませ、歯を食いしばっていた。
そんな中、ふと視線が交わる。
真夜の瞳には、焦りと、それ以上に縋ろうとする色が浮かんでいた。
「……アーサーさん!」
その声は震えていたが、確かな意志を帯びていた。
「助けてください!」
呼ばれた瞬間、
そこには笑みはなく、少女を守る騎士としての真剣な決意があった。
「――ああ。君の願いに応えるのは、騎士として当然の務めだ」
そう告げると同時に、僕は舞うように二人の前へ躍り出る。
「退け」
低く放たれた一言に、周囲の空気が変わる。敵の動きが鈍り、刹那の間に恐怖が芽生えるのが見えた。そして次の瞬間、蒼銀の残光を残し、二体の襲撃者が地面へ崩れ落ちた。
振り返りざま、真夜と弘一の前に魔力で織られたマントが、二人を包み込むように広がる。
「遅れてすまない。二人とも、魔法障壁は維持したままで頼む」
その言葉に、真夜の張り詰めていた呼吸がふっと緩み、弘一も悔しげに歯を食いしばりながらも一歩後ろに下がる。
「――お待たせしました。あとは我らにお任せください」
黒服の騎士団のような一団がなだれ込み、瞬く間に緩くなった包囲網を崩す。
彼らは戦いながら自然に二人の側へ寄り、守るように陣形を組んだ。
「退路は確保しました。車を用意してあります」
促されるまま、三人は会場を離れ、表に停められた防弾車へと急ぐ。
やがて車列は人目を避けるように空港へと直行し、タラップの先には白いプライベートジェットが待っていた。
「……すまない」
僕は軽く肩をすくめ、二人に向き直る。
「この飛行機、ブリテン直行便なんだ」
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