——光陰矢の如し。
中学一年の冬、十二月中旬。
後期中間試験も終わり、正月が近づいている。
さて、冬といえばクリスマス。
男女のカップルが街を練り歩く、幸せな日。
そんな季節の訪れをぼんやりと感じながら、俺は教室の席でぼーっと皆を眺めていた。
クラスメイトたちの声が賑やかに響いている。
冬休みの予定を話す笑い声が飛び交う中——ふと、見知った影が視界に入ってきた。
「ねえねえ、相沢くんっ!」
肩まで伸びる、明るい茶髪の少女。
櫛田桔梗が、俺の席にやってきた。
彼女が元気にこちらに声をかけてくる。
「今度の冬休みさ、なにか予定ある?」
「(そんなの)ないです」
「やっぱり! だよねっ!」
パン! と櫛田が両手を打ち合わせた。
目を輝かせて、こちらを見ている。
「予定がないなら——三人で遊ぼうよ!」
「三人って……どちら様と?」
俺が素朴に聞き返すと。
櫛田は隣の席にいる少女を指差した。
「…………?」
腰まで伸びる、冷静沈着な黒髪の少女——。
そう、堀北鈴音のことである。
彼女は本を閉じ、不思議そうにこちらを見る。
櫛田はそんな堀北を見て、にこりと笑った。
「ねえ鈴音ちゃん、一緒にクリスマス楽しまない? 相沢くんも一緒に行くからさっ! でしょ?」
「え、俺の予定もう決まってるの?」
「うん、だってさっき約束したでしょ?」
存在しない記憶——。
「ねっ、鈴音ちゃんもどう? 一緒に行かない?」
堀北は静かにこちらを見ている。
すると、ゆっくりと口を開いた。
「まあ……いいわ。折角だし行ってみましょう」
「やったっ!」
櫛田が飛び跳ねるように喜んでいる。
「じゃあ、どこに行こうかな? クリスマスだし、イルミネーションとか見てみたいよね! あ、ショッピングもいいかも。鈴音ちゃん、何か意見はある?」
櫛田が堀北に問う。
だが、堀北は恥ずかしそうに。
「私はあまり、そういうことには疎くて……」
「そっか……じゃあ、相沢くんはどこか良い場所とか、知ってるかな?」
櫛田の眩い瞳が俺に向けられる。
堀北も静かにこちらを見ていた。
ふむ、どこか良い場所か。
そうだな……。
「お台場とか?」
イルミネーションあるし、ショッピングモールもあるし、イベントには事欠かないし。
そんな理想的な場所こそ、お台場であろう。
「わあ、お台場! いいねいいね! それって凄く楽しそう! 鈴音ちゃんは、今のどうかな?」
堀北は「うーん」と悩んで、言った。
「……遠くもないし、いいんじゃないかしら?」
「やった! じゃあ決まりだね。今度のクリスマスイブに、お台場のショッピングモールで集合ねっ! 昼スタートで、夜まで楽しもう〜!」
櫛田が大雑把に計画をまとめ、俺たちは頷き合う。
「じゃあ、当日にねっ!」
---
——クリスマスイブ当日。
櫛田指定のお台場のショッピングモール。
そこに俺は、少し早めに到着していた。
入口で少女たち二人を待つ。
しばらくすると、まずは堀北が現れた。
黒いダウンコートにグレーのスカート。
首元にはマフラーを巻いている。
彼女の長い黒髪が風に揺れ、クールな美しさが冬の空気に映える。
「相沢くん、早いわね。私も少し早く来てしまったのだけど……寒くないかしら?」
堀北は白い息を吐きながら、俺の隣に立つ。
「もーまんたい。堀北さんこそ、大丈夫かな?」
「ええ……心配ないわ。しっかりと温かい洋服を選んできたから」
そんな軽く会話を交わしていると。
「おっ待たせ〜!」
次に、櫛田が元気に駆け寄ってきた。
赤いコートに白いマフラー。
肩までの茶髪をふわりと揺らしている。
「鈴音ちゃん、相沢くん。もう来てたんだね!」
「いえ、今さっき着いたばかりよ」
俺もこくりと頷く。
「じゃあ、早速中に入ろうか。寒い寒い〜!」
櫛田に導かれてショッピングモール内に入る。
二人が並んで歩く姿は、ふつくしい。
是非とも、美術館に飾っておきたいほどだ。
クリスマスツリーが中央に聳え立ち、様々な装飾がピカピカと昼間から輝いている。
モール内のBGMはジングルベルで、陽気な音楽が、楽しげな雰囲気を作り出す。
まずは雑貨屋を回ることになった。
櫛田が目をキラキラさせて、クリスマス限定のグッズを物色し始める。
「見て見て、鈴音ちゃん! この小さなトナカイさんの人形可愛いよっ。一緒にカバンにつけたいなあ〜」
堀北は少し照れくさそうに頷く。
彼女の指先が、小さなトナカイ人形をそっと触る。
「ええ……シンプルで可愛らしくて良いわね」
俺は二人を、少し離れた位置から見守る。
そんな感じで、次々とショッピングを楽しむ。
アクセサリーショップへ移動すると、櫛田が堀北にネックレスを勧めていた。
「鈴音ちゃん、これ凄く似合いそう! サファイア色のビーズのネックレスだって。試着してみよ?」
堀北が鏡の前で試着をする。
彼女の雰囲気に合った、涼しげな装飾だ。
「わぁ……! 氷のお姫様みたい」
堀北の頰が少し紅くなる。
彼女は鏡をじっと見つめて、静かに頷く。
「……ありがとう、桔梗さん。なら、これ買うわ。だから桔梗さんのも、私が選ばせてちょうだい?」
櫛田が喜んで、堀北に選定を任せる。
「これとかどうかしら? ルビー色のビーズのネックレスよ。きっと桔梗さんには明るくて似合うわ」
堀北が櫛田の首元にそっと通す。
「どうかな……? 似合ってるかな?」
「ええ、まるで物語のお姫様みたいね」
櫛田が照れくさそうに頬をかいていた。
「じゃあ、私も買うねっ。鈴音ちゃんが選んでくれたんだもの、嬉しいから」
二人は互いに微笑んで、褒め合っていた。
——そして、時間が経ちお昼頃。
俺たちは混雑するフードコートで、なんとか席を確保し、クリスマス限定のメニューを注文していた。
櫛田がチキンをシェアしようと提案し、堀北がフォークとナイフで丁寧に切り分ける。
「鈴音ちゃん、こっちの部分おいしそうだよ。相沢くんも、食べて食べて!」
俺はありがたくチキンを頂戴し、口に運ぶ。
濃厚な肉汁がじゅわーっと広がる。
これはこれは、とても美味しくて……ジューシー。
食事中、櫛田がこの一年の思い出を振り返る。
「夏のプール、楽しかったよね。鈴音ちゃんの水着姿、かっこよかったなあ」
堀北が少し恥ずかしそうにフォークを止める。
「……桔梗さんこそ、可愛かったわ」
「えへへ〜ありがとう」
仲睦まじい姿だ。
櫛田が笑い、堀北が微笑む。
俺は少女二人の距離が近くなっているのを、しみじみと感じた。
——そして訪れる夕方。
外は雪がちらつき始めた。
お台場のイルミネーションエリアへと移動する。
街が幻想的に輝き、しんしんと雪が舞う。
雪景色の背景、少女たちは実に絵になる。
「相沢くんも来て! 三人で歩こうよ。ほら!」
櫛田の呼びかけに、俺は近寄った。
右に櫛田、左に堀北。
両手に花状態で、イルミネーションを散策する。
「堀北さん、櫛田さん。お二人ともそこに並んで、そうそう。そして笑顔で! はい、チーズ!」
巨大なクリスマスツリーの前で記念撮影をする。
櫛田が堀北のことを抱きしめて、その瞬間を写す。
「それ、後で私に送ってね!」
「……私にも、同じくいいかしら?」
俺はスマホをいじって、すぐ写真を共有した。
彼女たちは画面を覗き込み、互いに顔を見合わせて微笑んでいた。
イルミネーションの光が、二人の頰を照らす。
雪が少し強くなり、街が白に染まり始める。
櫛田が息を白く吐きながら、ふと真剣な表情を浮かべると、ゆっくりと丁寧に言葉を紡ぎ始めた。
「鈴音ちゃん、相沢くん……この一年、本当に楽しかった。最初はクラスのみんなと仲良くなりたいって思ってたけど……今は、二人がいれば、それでもう十分だなって思うようになったの。考え方が変わったっていうのかな? きっとそれなんだ」
櫛田の言葉に、堀北の瞳が少し揺れる。
マフラーを少し引き締め、静かに口を開いた。
「……私もよ、桔梗さん。最初は一人でいいと思ってた。でも、桔梗さんと相沢くんに出会って……変わった。友人がいると、こんなにも心が温かくなるなんて、思ってもみなかった。考えが改まったわ」
互いに視線を交わし、雪の中で立ち止まる。
櫛田がコートの中から、二つの小さな包みを出し、一つを堀北に、もう一つを俺に差し出した。
「鈴音ちゃん、これ……クリスマスプレゼント。ヘアピンなんだ。鈴音ちゃんの黒髪に似合うかなって。相沢くんには、キーホルダー。三人でお揃いだよ?」
堀北は受け取り、包みを開く。
そこには、繊細な赤色のヘアピンが輝いていた。
彼女の目が少し潤む。
「……ありがとう、桔梗さん。私も……これを」
堀北もバッグから二つの包みを出し、一つを櫛田に、もう一つを俺に渡した。
「イヤリングよ。桔梗さんの明るさにぴったりだと思って、選んでみたわ。相沢くんには、本に挟む栞を……奇遇ね、三人でお揃いになる物にしてみたの」
櫛田が開封し、喜びの声を上げる。
そこには、優美な水色のイヤリングが光っていた。
「うんうん! すっごくきれいで素敵だよっ!」
彼女は、全身で喜びを表していた。
俺も、二人に礼を言って、荷物を取り出す。
ええ、しっかり準備してきましたとも。
二人に、そっと同じお揃いのプレゼントを渡す。
銀色の櫛——。
髪型を艶やかに整える、携帯式の逸品だ。
「わぁ⁉︎ これって、凄く有名なブランドのだよね! 本当に貰っていいの?」
「これは……私でも知っているくらい人気商品だわ」
どうやら気に入ってくれたようだ。
俺はそっと胸を撫で下ろす。
少女二人が、早速、髪に櫛を通している。
つややかに通るそれは、まさに最適。
彼女たちは仲良く、互いの髪をすいていた。
「鈴音ちゃん、相沢くん……私と友達になってくれて——本当にありがとう」
ふと櫛田がそっとそう呟いた。
それを聞いた堀北も、言葉を紡ぐ。
「こちらこそ、私も……桔梗さんや、相沢くんの隣に立てるような友人になれて——本当に良かった」
俺も、うんうんと頷いて見せる。
外はすっかり銀世界だ。
見渡す景色のほとんどが白銀に染まっている。
雪は冷たく輝き、肌にそっと溶けていく。
「鈴音ちゃん……手、繋ごう?」
「……ええ、桔梗さん」
櫛田が右手を差し出し、堀北が左手を重ねる。
二人の指が絡み合う。
白い息が混ざるように、温もりが伝わる。
雪の灯火が二人の横顔を優しく照らしていた。
それは、まるで『雪月花』そのもの。
一年の努力が実を結んだ——念願の光景である。
ふと、二人が振り向く。
櫛田の目が輝き、堀北の瞳が恥ずかしげに揺れる。
「相沢くんも……一緒に、手繋ごうよ?」
「ええ、そうよ。こちらに来なさい?」
そして俺は、二人の間に自然と導かれた。
左手に櫛田桔梗、右手に堀北鈴音。
——まるで二人の『絆』を橋渡しするように、三人の手が一本の線で結ばれる
「これは……幸せだなあ」
櫛田がくすくす笑い、堀北がふふっと微笑む。
そして、三人でゆっくり歩き始める。
両手には、『百合の花』が咲いていた——。
—END—
本作を見つけてくれた皆々様に、心からの感謝を。
駆け足となりましたが、物語はここで〆とします。
この物語はここで完結です。
続編の予定はありません。
ここまで書けたのは、読者の皆様の応援のおかげ。
感想・評価にはすべて目を通しました。
嬉しく、本当にありがとうございました。
そして、感想でも多く語られていました。
高校生編のIFに、少しだけ触れます。
私の想い描いていた真のハッピーエンド。
それは――。
三人で同じ『私立高校』へ進学する未来でした。
「鈴音ちゃん、カフェ行こっ!」
「ええ桔梗さん。なら、最近新しくできた――」
……そんな平和な日常が、続いていく。
ここから先は、皆さんの胸の中でご想像を。
妄想は自由で、可能性は無限大ですから。
長くなってしまいました、最後に一言だけ。
『青春の記憶が、あなたの日々を彩りますように』
――それではまた、いつか。