あれから、幾日かの時が過ぎた。
ゲーム開発部はミレニアムプライスの受付終了ギリギリまで時間を使い、何とか新作のゲームを製作……無事にエントリーに成功した。
そして今日はいよいよその結果発表の日……長かったような、短かったような、そんな時間を経て……今。
「皆!ミレニアムプライスの授賞式、始まったよ……!」
「しまった、クラッカーの準備してない!?あ、ケーキもじゃん!?」
「誕生日パーティーじゃないんだから良いよもう!」
ゲーム開発部の部室にて、部員である
画面に映る壇上の様子……そこに、これから
〈ではこれより、ミレニアムプライス授賞式を開催致します。司会進行は私、生塩 ノアが担当させて頂きます。〉
過去に受賞の結果に納得が行かず暴動が起きた事が何度かあった為、学園最大級のコンテストの授賞式でありながら式場には進行役の生徒と審査員数名しか居ない侘しいものとなっているが、しかし進行役の生徒……ノアはそれを意に介さない様子で式を進行していく。
〈ではまず、今回のミレニアムプライスですが……これまでに開催された中でも応募数が過去最多となりました。恐らく今年度から実施された、部活動に於ける方針変更の影響を受けたものと思われます。〉
これまで以上に成果を重視されるようになった、部活動の維持条件……その影響を受けていたのは、何もゲーム開発部だけではない。
つまりはそれだけ
〈……それでは、今回も数多有る応募作品の中から見事受賞を獲得した7作品を発表させて頂きます。〉
それから淡々と淀み無く式は進行していき、遂にその時が来た。
それまで以上に画面へ身を乗り出す少女達……瞬き1つすら許されぬような緊張感を纏いながら、たった1つの名前を呼ばれるその瞬間を待つ。
〈それでは7位からの発表です。第7位……。〉
発表された作品名。
しかしそれは自分達が望んだ名前では無い。
〈続きまして6位の発表です。6位は……。〉
そのまま5位、4位、3位と……自分達の作品の名は上がらない。
そうやって順位が1つずつ上がる度に、少女達の胸奥は緩やかに締め付けられていく。
〈それでは最後に、今回のミレニアムプライスで最高の栄誉を受賞した作品の発表です。〉
やがて2位も通過し、残るは第1位……優勝作品のみ。
口の中が渇き、もはや息をする事すら忘れかねない程の室内の空気……少女達が思う事は同じであった。
お願い、どうか……と。
少女達全員が胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
〈映え有る優勝作品として選ばれましたのは……。〉
ほんの数秒の間……けれど少女達にとっては永遠にも等しき時間が流れ、そして……。
〈新素材開発部製作の、“光学迷彩下着セット”です。〉
「「「……。」」」
テレビの画面からは、ノアによって作品の優勝獲得の経緯が語られている。
やれこれは身に付けていても下の素肌が見えてしまうからそもそも着ける必要が有るのかとか、やれ露出症の患者が合法的に趣味を楽しめるが故に医療関係者からも高い評価を受けたのが優勝の要因だとか……しかしそんな事は少女達の耳には入っていなかった。
「うん……まあ、そうだよね。」
最初に沈黙を破ったのは、モモイだった。
あっけらかんとした様子で、声色で、彼女はTVの画面を消して3人を見る。
「でもさ、私後悔はしてないよ。私達ここまですっごい頑張ったじゃん?」
「そうだね……やりきったよ、私達は。」
「それでこの結果なら……うん、受け入れられる。」
既に分かっていた事だ……自分達の作品が、こんな大きな大会で賞を取れるなんていう大それた事を成せる物でない事は。
でも自分達は手を尽くした……何度も意見の相違から衝突して、その度に何度も内容を調整して、そうして皆で作品を完成させて。
結果だけを見れば届かなかった……しかしG.Bibleに頼りきって乗り切ろうとしていたら、きっとこの結果に大きな不満を抱いていた事だろう。
皆の想いを背負って、自分達の力で乗り越えようとしたから、こう言える。
それは彼女達の本心だった。
自分達は精一杯やったのだ……だからこの結果も笑顔で受け入れられる。
「でも……賞を取れないと、ゲーム開発部は……。」
しかしアリスがぽつりと呟いた瞬間、3人の表情からその笑顔が消えた……その言葉だけは、言いたくも聞きたくもなかったから。
ミレニアムプライスへの入賞……それは単なる栄誉ではなく、自分達がゲーム開発部で在り続ける為の条件でもあったから。
「仕方がないよ……こればっかりは、本当に。」
「そう。アリスも今回の件で学んだでしょ? 現実ってのは、時にどれだけ残酷なものだとしても受け入れなきゃいけない時があるんだって。」
「それにここで集まれなくなったとしても、私達の仲が失くなる訳じゃない……また探せば良いんだよ、私達が集まれる場所を。」
3人が口々に物を言う。
ゲームの中なら、何度だってやり直せる……敗北しても、セーブデータをロードして再開すれば良い。
けれど現実はそう簡単にはいかない……失ったものは戻らず、時間を巻き戻す事も出来ない。
でも大丈夫だと……たとえゲーム開発部という居場所が無くなったとしても、自分達が友達である事だけは変わらないと。
「じゃあ……どうして3人は泣いているのですか?」
今度は何も言えなかった。
言えない代わりに、彼女達の頬を伝うものがその問いに答えていた。
「違う、これは涙じゃないよ……そう汗、汗だよこれは。」
「……汗はそんな所から出ません。人が目から流す透明な液体は、涙だけです。」
「アリスはまだ世界の事をよく知らないようだね、これは目汗と言って……。」
「馬鹿にしないで下さい!アリスだってそんなものが無い事ぐらい知っています!」
分かっていた……それまで言っていた事は、自分達自身に言い聞かせていた事だと。
そうやって何とか自分達の心を納得させようとしていたのだと。
「悔しいんですよね?アリス達全員の力でここまでやって、それが叶わなくて……。」
自分達は頑張った、それは間違いない。
最後まで諦めず、皆で力を合わせて……それでも届かなかった。
それが、悔しくないなんて事はない。
「分かります……アリスだって悔しいです……今までの、どんな事よりも……。」
アリスの声が、震えている。
俯いた彼女の顎先から、雫が1つ落ちる。
それは、それこそ、汗などではない。
「アリスは……アリスは……っ……!」
それは彼女が今まで一度も流さなかったもの。
目覚めてから今に至るまでに不安を覚え、それに駆られる事こそあれど。
昨夜3人が
「皆と一緒に……居たいです……!!」
泣いていたのだ。
どんな窮地でさえめげず、挫けず、試練は共に乗り越えるものだと言っていた彼女が、大粒の涙を目尻からとめどなく。
そしてその涙を前に、少女達が張っていた意地は瞬く間に崩れ落ちた。
「アリス……アリスぅ……!!」
「ごめんね……ほんとにごめんね……アリスちゃん……!!」
「大丈夫……一緒だよ……一緒には、居られるから……ただ、ちょっとだけ夢が叶わなかっただけだから……!!」
アリスと同じ様に涙を流す3人……寄って、お互いを抱き締めあって、皆で大きく声を上げながら。
そうだ、悔しくないなんてある訳が無い……賞を取れなかったという事は、これまでの全てが否定されたも同然なのだから。
背負った想いも、自分達の願いも、消えてしまった……それでも、これからの全てが無くなった訳ではない。
だから受け入れるのだ……どれだけ受け入れ難くとも、これは必要な学びであったのだと。
我が儘ばかり振る舞う子供のままで居た事によって負う事になった、必然の傷であると。
「……セリカだ。」
と、不意に音を鳴らすモモイのスマートフォン。
見れば画面にはここ数日の間で出来た、他校の友人の名が。
「もしもし、セリカ……終わったよ、全部。」
〈ええ、私も見てたわ。〉
きっと、彼女も授賞式の様子を見ていたのであろう……そう思いながら電話に出てみれば、まさにその通りであって。
どうせ直ぐにバレてしまうであろうが、事前に涙を拭いて鼻をかんで、ギリギリ誤魔化せる範囲の鼻声まで落ち着かせて、さて彼女はこれから自分達に向けてどんな言葉を送ってくれるのだろうかと、モモイは半ば自嘲気味に笑いながら耳を澄ませる。
〈本当……やれば出来るじゃない、あんた達。おめでとう。〉
「……え?」
〈え?〉
モモイの口から、思わず疑問に塗れた声が漏れる。
その声を受けて、電話の向こうのセリカも同じ様な声を上げて……。
「待って、おめでとうってどういう事?」
〈は?どういう事って……そのままの意味だけど?〉
「え?だって私達の作品は入賞してないし……?」
〈はぁ?何言ってんの?〉
まるで会話が噛み合っていない……彼女は一体何を言っている?
互いに疑問符を浮かべているような、そんな奇妙な状況が出来上がっているのは、何が原因だ?
〈……もしかしてあんた達、今TV見てないの?〉
その答えは、これ以上聞いていられないからと先に消したTVの画面の先に有る。
「ミドリ!!TV点けて!!」
「えっ!?う、うん!」
慌ててリモコンを拾い上げ、ミドリが電源を入れる。
既に優勝作品の発表は終わっていて、例年ならばもう閉式の挨拶を終えていても良い筈なのに……再び映し出された画面の中では、まだ授賞式が続いていた。
何が起きているというのか……ゲーム開発部の4人は再びTVの画面へと釘付けになる。
〈ミレニアムプライスはこれまで生徒達の才能と能力で作られた作品に対し、実用性を軸に据えて審査を行ってきました。これはより良い未来を求め、それを実現していくという趣旨に基づくものです。〉
画面に映し出されたのは、今回のミレニアムプライスの審査員……その代表者の姿。
そして、傍らに置かれている1つのゲームソフト。
〈しかしこの作品はそれまでとは違う、全く新しい角度による実用性を感じさせてくれました……あのゲームを体験させて頂いた時、審査員は皆確かに在りし日の思い出を想起させながら、同時に未来への可能性も感じていたのです。〉
“テイルズ・サガ・クロニクル2”……今回のミレニアムプライスの為にゲーム開発部が製作し、出品したゲーム。
そしてもう1つ、審査員の傍らに置かれている色紙に書かれているのは……。
「特別賞……。」
この度の異例となる選出は、そのような理由あってこそです……そう審査員が語りを締めたように、それは例年には無い特別な
既存の枠組みには囚われない、しかし賞という同じ名を関していて。
という事は……?
〈さっきユウカさんに聞いてみたけど、これも立派な賞だって。だから……。〉
「おめでとう、あなた達!信じてたわよ!」
「「「ユウカ!」」」
ほぼ同時であった。
電話越しのセリカの声、勢い良く開かれた部室の扉、そして飛び込んできた者の姿。
「待って待って、特別賞って……。」
「そうよ!受賞したのよ!あなた達のゲームが!ミレニアムプライスで!」
ユウカが少女達4人を余す事無くと言わんばかりに抱き締める……その瞳を潤ませて、まるで自分事のように喜びを露にして。
「って事は……。」
「ゲーム開発部は……!?」
問い掛ける少女達の声が震えている。
胸の奥から、何かが一気に込み上げきている。
その今にも爆発してしまいそうな何かの……沸き上がる感情の蓋を、ユウカは微笑みを携えながら開けた。
「ええ、約束通りよ。後で部室の延長申請とか部費の受取処理とかはしなくちゃいけないけど、その辺りはまた落ち着いてからでも「「「やったあああああ!!」」」……って、聞いてないわね。」
ユウカの話を最後まで聞く事すら無く、4人はその場で飛び上がった。
ついさっきまで、全てを失ったと思っていた……これまでの全てを諦めなければならないと思っていた。
でも子供なりに尽くした精一杯に、世界は御褒美を与えてくれたのだ。
「ありがとう!!ありがとうユウカ!!大好きっ!!」
「私が何かした訳じゃないわ、あなた達がちゃんと成果を出しただけよ。」
「それでも!!それでもありがとう!!ほんとに大好き!!」
つい先程まで涙で濡れていた顔が、今度は喜びでぐしゃぐしゃになる。
泣いて、笑って、また泣いて……感情が追い付かない。
そんな少女達の様子を、ユウカは全く忙しないと呆れたような目で見ながら、しかし真っ向からぶつけられた好意の言葉には少しばかり照れ臭そうにもする。
正直、嬉しかったのだ……これまで彼女達とは何度も衝突して、何度も互いに嫌みを言い合って……セリカにはああ言われたが、やはりどこか不安に思っていた部分があった。
でもこうして無邪気に抱き付いてくる姿を見れば、その心配は杞憂であったと身に染みて分かる。
一連の過程に関しては決して手放しに喜べるものでは無いが、それでも今回の件は起こって良かったものだとユウカは思った。
「やっほー、ゲーム開発部!見たよ、ミレニアムプライス!やったじゃん!」
「調べてみたけどTSC2、今ネット上で凄い評判になってるよ。有名なアイドルの名前より検索数多くなってるぐらいに。」
再び開かれる部室の扉。
今度入ってきたのはヴェリタスからマキとハレ、エンジニア部からヒビキとコトリの計4名であった。
「私達もやってみたよ、TSC2……凄くやりがいがあった。」
「まあ正直に言いますと、ネット上の賛否両論の意見も納得といった感じではありますが……間違いなく良い作品ではあると断言出来ます!」
集まった仲間達から口々に送られる感想。
決して都合の良い言葉ばかりでは無かったが、それでも自分達が作ったものを誰かが遊んでくれて、自分達が歩いてきた道を誰かが見てくれて……今はそれだけで十分であった。
「……モモイ。」
「うんっ!」
アリスがモモイの名を呼ぶ。
おもむろなそれではあったが、モモイはしっかりと返事を返す。
「……ミドリ。」
「うん!」
ミドリも、姉と同じ様に滞る事無く呼び声に応える。
「……ユズ。」
「うん……!」
そしてユズも、普段の控えめな声量を上げて応じる。
「アリスはこれからも、このゲーム開発部で冒険をしていきたいです……この感動をもっともっと味わって、広めていきたいです。」
アリスが3人の事を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
最初は何も知らなかった……自分が何者なのかすら分からず、それでも僅かな経験を通じ、世界を救う勇者として振る舞い始め、今に至った彼女。
「だから改めて、アリスの事をパーティーに加えてくれませんか?」
そんな彼女の、己の意志による改まった決意を、拒む理由など何も無かった。
「もっちろん!アリスはもう、うちの優秀な部員だよ!」
「これからもよろしくね、アリスちゃん!」
「一緒に色んな事しようね……!」
「はい!パンパカパーン!アリスは改めてゲーム開発部のパーティーになった!」
どうやら自分探し以外にも、もう1つ見つけたようだ……ゲーム開発部の活動を通して、アリスが成したい事が。
その事をユウカも嬉しく思いながら、しかしこのまま浮かれさせたままにするのも良くないとして咳払いを1つ入れる。
「良い空気に水を差すようで悪いけど、これで全部終わりって訳じゃないわよ?これからはちゃんとミレニアムの部活動として相応しい実績と成果を上げていって……。」
「分かってるって!よーし、それじゃあ今から祝勝記念のゲーム大会だ!皆でスカッシュブラザーズやるぞー!」
「「「おー!」」」
本当に分かっているのだろうか……だが絶え間無い笑い声が響いている様子を見ていると、ユウカもそれ以上強く言う気にはなれない。
きっと彼女達も、これからは少しずつでも成長していく事だろう……ならば今日くらいは、目を瞑って見逃しても良いのかもしれない。
〈こらー!!さっきからそっちだけで盛り上がるなー!!私も交ぜろぉー!!〉
ゲーム開発部の、そしてミレニアムサイエンススクールの日々は、こうして新たに始まっていったのだった。
『セリカさんから連絡が来ました、今は電話するのは止めておいた方が良いそうです。向こうが盛り上がり過ぎてて無視されるとか。』
「分かった、じゃあまた後でだね。」
一方、
ショウマもまた、ミレニアムプライスの授賞式を見てゲーム開発部の努力が報われた事に安堵の色を見せていた。
そうだ……始める前から諦めるべきではない。
どれだけ不可能に思えても、必ずそこへ至る為の道も手も有る……それはゲームだろうが現実だろうが変わらない。
そう言える程に世界というのは広く、優しくもあるのだから。
「きぃー!!何なのよこのゲーム!?難し過ぎない!?ゲームバランスどうなってるのよこれ!?」
「あははっ!アルちゃんさっきからずっとおんなじ所でゲームオーバーになってるじゃん!ウケるんだけど!」
「アル様の手をここまで煩わせるだなんて……こんなゲーム……こんなゲーム……!!」
「ハルカストップ、これショウマさんが買った物だから壊しちゃ駄目。」
……だから部屋の隅でTSC2相手に悪戦苦闘している便利屋68の面々も、その内きっと攻略の活路を見出だせる事だろう。
「成る程な……それで見事にしてやられたって訳か。」
「申し訳有りません……この依頼を受諾して、作戦を準備したのは私です。メイド部の名前に傷を付けてしまいました……。」
同じ頃、ミレニアムサイエンススクールのどこか。
そこではアカネ、カリン、アスナの3人が、1人の小柄な少女を前に謝罪の意を示していた。
「んなこたぁどうだって良い。それより次の依頼が待ってんだ、さっさと準備しろ。」
「あれ、意外だね?リーダーならお礼参りとか言ってリベンジ仕掛けに行くと思ってたのに。」
その少女こそ、3人が所属している
「リオから釘刺されてんだよ、“井ノ上 アリスを初め、ゲーム開発部や
「会長から……?一体何故……?」
「あたしの知った事かよ……ほら、次の依頼が待ってるっつったろ、行くぞ。」
その理由に、何故唐突に
今回の件とはまるで無関係である筈なのに何故そのような指示を出して、そして指示を出せる程に事態を熟知しているのか。
3人も、ネルも、その思惑の一切を読み取る事が出来ずに、仕方無く詮索を諦める他無かった……。
「お疲れ様です、先生。」
「あ、リンちゃん。」
「その様子ですと、どうやらミレニアムサイエンススクールの件は解決したみたいですね。」
「うん。色々あったけど、何とか丸く収まったかなって。」
ショウマが便利屋68の遊戯を眺めていると、オフィスへリンが入ってくる。
彼女はショウマが向けている視線の先の光景と、彼がゆったりとした様子で椅子に座っている様から、昨日のゲーム開発部やアリスに纏わる事情が一段落したのだと目ざとく察する。
思えば今回もまた彼女に世話になったもの……ショウマはその通りであるから安心して欲しいと伝えるも、リンがその表情を和らげる事は無い。
「……ですが、もう暫く注意をしていた方が良いかもしれません。」
「え?どうして?」
何故なら、これで全てが解決したとは思えないから。
どうしてそう思うのか……その理由は昨日も僅かに疑問に思っていた、とある人物の存在が在るが故であった。
「覚えていますか?私が彼女……井ノ上 アリスをミレニアムサイエンススクールへ編入させた理由を。」
─夜分に失礼するわ、七神 リン行政官……いえ、今は連邦生徒会長代理と呼ぶべきかしら?
─あなたは……。
─ミレニアムサイエンススクール、セミナー会長の調月 リオよ。まずはこのような形で言葉を交わす事になる事を謝罪させて貰うわ。訳有って直接出向く事が出来ない状況なの。
─調月 リオ……連邦生徒会長同様、年度初めに学園から姿を消したと聞いていましたが。
─ええ、それについては事実であると肯定するわ。でもその理由を説明するのは今の状況に於いて合理的ではない……早速だけれど、本題に入らせて貰うわ。
一昨日の夜、リンの下へと現れた来訪者、調月 リオ……彼女との会話がリンの脳裏に思い起こされ、そしてショウマへと伝えられる。
─
─彼女を生徒として扱うと?いえ、そもそも何故あなたが彼女の事を?
そう聞くと、目の前の機械が突如としてその姿を消す。
そして数秒経った後、同じ場所にまた現れて……どうやらステルス機能を搭載しているようだ。
─この機体……
─……何故そのような事を?
─このキヴォトスに突如として現れた未知の変数を無視する事は出来ないわ……そしてそれは、あの廃墟で発見された少女も同じよ。
彼女は井ノ上 アリスの事を……それ以前にショウマの事を警戒していた。
その上で彼女が何を考えているのかは、リンでさえ現在に至っても憶測が立てられない。
─これは何も一方的な話では無いわ。
彼女はただ、未だ不自由な組織の身に不明瞭な介助の手が加えられるのを認めるしかなかったという。
─彼女の身体データ、思考パターン、日々の行動……それら必要な情報をミレニアムで収集し、あなたへ提供する……決して悪い話では無いと思うのだけれど。
「調月 リオちゃん、か……。」
井上 ショウマという存在は、このキヴォトスで着実に大きくなっていっている。
同時に、この世界に秘められた謎も少しずつ見え隠れし始めて……故に、暗躍する者の存在も仄めかされて。
ショウマはシッテムの箱に保管されている、各学園の生徒名簿……その中からリオの名簿を見つけ内容に目を通しながら、彼女の名を口にするのであった。
「さて……これでどうだい?」
「ええ、とてもスムーズに動きますわ……いつもありがとうございます、ウタハ。」
ミレニアムプライスを通じて、それぞれの顛末が綴られた後……深夜のエンジニア部にて、ウタハが流線的なボディが特徴の、とある車椅子の調整を終えた。
そしてその車椅子の持ち主たる少女が、試運転を通じて柔らかな笑みを浮かべる。
彼女こそ、現在のミレニアムサイエンススクールに於いてリオと並ぶ才女として知られる、明星 ヒマリである。
不自由な体を持つ彼女は普段から車椅子の調整をウタハに頼んでいるのだが、今日に於いては……それも深夜に顔を出したのは、それだけが理由ではない。
他に誰も居ない、会話の内容を聞かれない、この時間帯でなければいけなかったのだ。
「部長、お客さんだよ。」
と、ヒマリの隣に居た薄着の少女……
そこには言葉の通り2人の少女の姿……コタマと、そしてもう1人。
「あら、チーちゃんにコタマ。ご機嫌如何ですか?」
「だから止めてって言ってるでしょ、その呼び方……ご機嫌の方はお陰様でね。誰かさんが部活ほっぽり出してる所為で年度明けからずっと忙しいよ。」
「すまないね2人共、こんな所まで呼び出してしまって。」
「それは全く構いませんが……それで、私達を呼んだ理由は?」
その少女の名は、
そしてここに居るのは、皆3年生……つまりは全員が
「あなた達を呼び集めたのは他でもありません……来ているのでしょう?あの女からのメッセージが。」
「あの女呼ばわりとは、相変わらずの仲みたいだね。」
「当たり前です。私が山嶺から湧き出る穢れ無き澄んだ水ならば、あの女は地下で澱んで油膜も張っている泥水が如くですわ。」
「水と油は交わらない、ね。まあそっちの確執についてはどうでも良いんだけど……確かに来たよ、リオからのメッセージ。」
徹底的な合理主義者であるリオと、必要とあらば内情も視野に含めるヒマリ……昔から変わらぬ反りの合わなさに他3人は肩を竦めながら、それよりもとヒマリから切り出された話に乗る。
「まず私の所には、“G.Bibleの確実な保管を頼みたい”という旨が書かれたメッセージが送られてきました。」
「G.Bible?」
「とある場所から発見されたデータです。既にそちらにもコピーしたものを送っている筈ですが……。」
「ええ、拝見しました。後でエイミにも見せますね。」
最初に発言したのはコタマ……決して専門という訳ではないが、G.Bibleの存在自体はコタマ自身興味が有った為、時間が空いた時にでも解読をと考えていた。
しかしそこにリオが介入してくるとなると、少々事情が変わってくる。
何故彼女がその存在を知っていて、またその存在に関心を示しているのか……。
「それで、あのデータ……あなたはどう見ますか、ヒマリ?」
「軽く目を通してみましたが、あれは本来単一で意味の通る記号の並びを細断化し、複数個の情報として分ける事で、単一での情報の解読を不可能としている……そんな古典的な情報保護法が施されているものでしょうね。」
「つまり、そのG.Bibleと組み合わせられる様なデータがどこかに有るという事ですか……。」
「まだ詳しくは見ていないので何とも言えませんが、恐らくは。」
また意外にも、リオはG.Bibleの解読ではなく保管を命じてきた。
ヒマリが言ったように、たとえリオ程の人物であってもG.Bibleの解読は不可能と判断したのだろうか……しかしそう断定するには、これまでの彼女との付き合いがノイズを走らせる。
彼女は仮に証明が難しいような出来事に直面したとしても、決してそのまま匙を投げるような人物ではない……むしろ必ず真実となる解を導き出そうと愚直になる人物だから。
「チーちゃんは?どんな内容のメッセージが送られて来たので?」
「“井ノ上 アリスの行動を可能な限り記録して、目を光らせておいて欲しい”って。あと、“記録した情報は締結した取引に基づく為に連邦生徒会の七神 リン行政官へ渡すように”とも。」
「私の所にも同じ様な内容のメッセージが来たよ。“定期的に井ノ上 アリスの身体データを取得して様子を見るように”、そして“取得した情報は締結した取引に基づく為に連邦生徒会の七神 リン行政官へ渡すように”と……君には?」
「“私の代わりに井ノ上 アリスやミレニアムの事をお願いする”と……“その為の特異現象操作部だ”ともね。」
特異現象操作部……リオが秘密裏に設立し、部員も彼女によって直接スカウトされたヒマリとエイミの2名しか居ないものの、目的としてキヴォトスに秘められた謎を解明するという大事を定められた部活動。
ヒマリとしては背を向けてまで嫌う程の人物からの頼みなど、最初は聞き入れるつもりは無かった。
だがコタマがメッセージを受け取った時に感じたのと同様にリオが介入するとなると、そこにはどうしても向き合って応じざるを得ない程の深い疑念が生まれてしまう。
ましてその特異現象操作部として最初に命じられる中に含まれているものを鑑みれば、だ。
「その井ノ上 アリスって子……何者なの?」
「
「
「機会が有ったら是非話してみると良い、面白い子達だよ。それで、その両者が記憶喪失の状態で彷徨い歩いていた彼女を発見し、保護したのが始まりらしい。」
「……分かりやすくブラフだね。」
「ああ、これは私達の間だけの口外厳禁となる情報だが……どうやら彼女は現在連邦生徒会によって禁足地と指定されている、あの廃墟で発見された存在らしい……普通の人間ではない可能性も非常に高いと見込まれるそうだ。」
「因みに先程言いましたG.Bibleの元の在処というのも、実はその廃墟なんです。」
G.Bible、井ノ上 アリスときて、今度は廃墟……言葉を並べれば並べる程、不可解な要素が現れてはそれらが朧気な線を結んでいく。
だがしかし、リオからはそれらへの詮索は極力控えるよう前以て釘を刺されているのだ……どうしても必要に迫られた時は細心の注意を払って望むようにとは付け加えられていたものの、やはり考えれば考える程彼女の言には明らかな齟齬や矛盾などの不可解な要素が見える。
未知の情報を前に解読という真実を追い求める行為ではなく、逆に真実を置いて伏せるとも解釈出来る保管という行いを命じ、設立した組織の活動目的に沿う案件に関わらせながら、極力それらには干渉しないよう指示したり……はっきり言えば、全てが彼女らしくない選択の数々なのだ。
「……どうするの、部長?」
「非常に癪ではありますが、
調月 リオが何を思い行動しているのか……その答えは、まだ誰にも分からない。
だからこそ彼女達はそれぞれの役目を果たせるよう、今は盲目的に務めるしかなかった。
「さて……あの女は一体、何を企んでいるのやら……。」
その回答を得られた時、自分達がどのような現実を目の当たりにするのか……その一切を気付けないまま。
そのむかし、ひとつのへいわなせかいがありました。
おいしいものがたくさんあって、みんななかよしで、しあわせがいっぱいにみちあふれている、そんなせかいが。
ところがあるひ、そのせかいにとてもわるいひとたちがやってきました。
そのひとたちはほかにもいろいろなせかいをめちゃくちゃにしてきた、とてもこわいひとたちでした。
このままだと、このせかいもめちゃくちゃにされてしまいます……だから、そんなことはぜったいにさせないと、ひとりのゆうしゃがたちあがりました。
ゆうしゃはたたかいました……たとえ、ゆうしゃにとってたいせつなひとがころされてしまっても、みんなでちからをあわせて、あきらめずに、さいごまで。
やがてゆうしゃによってわるいひとたちはたおされ、せかいはふたたびへいわになったのでした。
「井ノ上 アリス……そう……そう名付けたのね。」
ですが、おかしいです。
それならどうして、このおはなしのさいごには“めでたしめでたし”とつかないのでしょうか。
「……見極めさせて貰うわ、あなたの事を。」
勇者達の物語は、まだ終わっていない。
「そして、
彼女は……調月 リオは、モニターに映るアリスとショウマを見て、そう呟いたのだった……。