サンクトゥムタワー襲撃事件から一週間。
連邦捜査部シャーレは事実上解体され、また顧問の指名手配によって権力を失い、その余波は連邦生徒会を始めとする殆どの学園・組織に混乱を与えた。
デイビッド達の赴任以前の、最悪のキヴォトスの再来である。
そしてこれにより、ヴァルキューレ警察学校にはいくつかの特殊部隊が新設やその補助であるPMCの大幅投入。連邦防衛室の主導で治安悪化を止める苦肉の策であった。
ここで残された大きな問題の一つに、エデン条約の締結がある。
調印式の立ち会いは、連邦捜査部シャーレに代わり、穴埋めとして上部組織の連邦生徒会が参加した。
連邦生徒会長がいないのでは話にならない、と一度は拒否を受けた介入だが、調印一週間前を切る土壇場になってのやむを得ない判断のもと決定されたのだ。
そして同じく『先生』の被害者、それも直接の襲撃を受けたという立場だった、彼女たち連邦生徒会。
先生の行動を疑い、その真意を推し量ろうと試みるリンでは務まらないと、防衛室をはじめ、財務室、体育室、保健室、調停室が名乗りを挙げたことで、方針を転換して条約へ介入することを決定したのだった。
「……こちらデイブ。到着した。」
"通功の古聖堂"の裏。長い間廃墟として市街地の一角に放置されていた聖堂は、調印式に必要な最低限以外は改修されていない。
上辺だけ綺麗に繕うのは、俗に言われるトリニティらしさを体現したようだった。
埃を被った廃屋に、彼は息を潜めた。
「武器に異常は?」
「特にない。」
今回は普段持っているH&K Mk23ことソーコム、フラッシュ・バンに加え、新型がある。
「オタコン、こいつは……」
「前のが故障したから用意したんだ、マーケットで準備できた
「随分手が込んでるじゃないか。」
「アロナのおかげさ。彼女、相当手伝ってくれたから。」
「お前も箱を出入りできるんだったか。」
「ああ。」
壁の亀裂から向こう側を覗くと、直線上に見張りが一人居る。脇にもう二人。
リークがあったのは五日前。
ブラックマーケットに潜伏中の彼らの元に、封筒に入ったUSBが届いた。
オタコンが読むと、その中身はアズサからのメッセージ。
先生へ。
メッセージが無事に届いていたら幸いだ。慣れない媒体を使うけど、今日は先生たちに
……アリウスのみんなは、調印式を襲う気だ。具体的な方法を知ることはできなかったけど、あの大聖堂に爆弾か何か仕掛けたらしいことを聞いた。
私は、そして補習授業部でも侵入できないと思う。先生も追われる身として動きにくいと思うけど、どうか、どうか協力してほしい。
図々しいお願いだが、私をあそこまで尾行できた先生なら、できると信じてる。
「……」
近くでコンコンと乾いた音がした。
侵入者に違いないと感じ、見張りは一人を残して廃屋の様子を見に走った。
「叩く音だったよな?」
「……また鳥じゃないのか?」
「ほら、アレ。」
この辺りの街は妙に鳥が多い。特にカラス。
ちょうど飛んできた一羽が石畳をつつく音が響いた。
「……そうみたいだ、気が張ってたな、戻ろう。」
「ああ。」
「「!」」
残っていた見張りが、崩れたように倒れ伏している。
「どうした!具合は!?」
「…睡眠不足かな…痺れちゃって……」
犯人はMk-IVであった。
放電の汎用性は高く、人一人程度なら短時間気絶させることができる。
調整次第でより短い間の無力化も可能だ。
「……荒れた庭だな。世界遺産みたいなものと思ってたが。」
「重要視もされてなかったようだし、むしろよく使おうと思った方だよ。多分、昔の公会議で使われたのが理由だろうね。」
「調印式の会場がここまで雑な警備だと心配になるな。」
「…それ、君が言うことかい?」
そこからの道には、やけに下りの階段が多い。気は進まないが、ただでさえ封鎖の多い場所なのだから一本道に従うほか無かった。
ふと、ここまでの出来事を考え巡らしていると、アロナが通信にアクセスした。
『このあたりは巡回が多いみたいです。気を付けてくださいね?』
「そんなこと分かってる。」
『あ、今回の
「140.96?」
『ご名答です。では!』
やかましいアロナも、ここでは多少のストレス緩和になる。再び気を引き締めて、前進。
「…?」
見張りだ。先程の生徒よりも重装備。
突撃銃ではなく機関銃、ボディアーマーまで着込む気合いの入りようだ。ツーマンセルで動いているあたり、警備を徹底していることは容易く分かった。
もう一度思考に飛び込む。仮に麻酔や電撃を使っても、先程のように無力化することもできるかどうか。
ふと見つけたダクトのような穴に、頭を突っ込んでみた。
苔の臭いがするばかりで、肩がつっかえてしまう。
「…オタコン、用途の分からない穴がある。ダクトにしては狭すぎる。」
「有難く利用させてもらおう。スネーク、操作は要らないよ。」
「どうして?」
「今の僕は本体に内蔵されてる。つまり生身だからだ。」
Mk-IVが屈んで、ホイールを転がす。
「随分ギリギリだな……スネーク、下は任せた。」
「分かってる。」
「……上に出たよ。」
「何がある?」
「いや……この辺は何も無いな、もっと向こうを探してみる。」
「…こっちは先に進めそうにない。」
通信が入る。
『……こちらアロナです。』
「どうかしたか?」
『この辺り、妙に殺風景じゃないですか?』
「…そうだな、苔が目立つ。」
『………なんというか、壁に違和感があって。』
「壁?」
色が違うことには気づいていた。が、素材の色ではない。
下側の色が濃くなり、黒ずんでいる。
……水だ。
「オタコン、そっちに水源がないか?」
「?特に───いや、これかな。」
「バルブみたいなものがあるし、地下水なんかを汲み上げる物かも。」
「開いて水を流してくれ。」
「……そういうことか!わかったよ。」
Mk-IVがマニピュレーターを伸ばし、ハンドルにがっちり巻き付けた。
「…ハンドルが重い!」
エンジニア部製マニピュレーターの強度は充分だが、力が足りない。
しかし、メカニックを舐めてはいけない。〈そんなこともあろうかと〉という備えはこういう時に役立つ。
オタコンは脚部後ろからREXのような支えを展開、床に突き刺した。
猛烈な勢いで巻き取り、すっかり錆び付いたハンドルを動かそうと試みる。
カンッ。
「何か音がしませんでした?」
「聞こえました。チームBが見に行くでしょう。」
「こちらチームB、貯水タンクから放水されてます!」
「放水!?」
「……老朽化でしょうか、もう足元まで…」
「警戒しながら後退。隊長へ報告を。」
異変に気づいた見張りたちが、奥へ下がっていく。
「オタコン、よくやった。」
「機体がミレニアム製で助かった……」
『…デイブ先生!あのイカダに掴まってください!』
上がる水面に身を任せて、スネークは浮かんでいた。
先程まで縄で提がっていた板に掴まって、どうにか腐った水から上がった。
「スネーク!」
「……ブラックマーケットに良いドクターがいるといいが。」
「……っはは、は。」
耳から水を掻き出しながらぼやき、オタコンが笑おうとする。
『もしかしたら……この足場の先で、地下へ降りられるかもしれません。』
「地下?」
『向こうは水が下っていく作りになってます。もしかしたら。』
「……地下から聖堂に?」
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一方、雷電は式場側にいた。
建物の屋上から不審な人物を捜している。
「………」
視覚と聴覚の感度を一段階引き上げた。
そこに、万魔殿生の格好をした生徒が列を横切った。
時々不規則な動きをする生徒は見られるが、特に急いでいる様子がある。
そんな挙動で古聖堂へ向かっていくのだから、余計に怪しい。
CODEC 141.80……
「こちら雷電。」
「……聖堂に怪しげな生徒が入っていった。ゲヘナの制服を着てるが、
「分かった。そいつを追う。」
「今はどこに?」
「…………聖堂のどこかに出た、そろそろポイントに着くだろう。」
「連邦生徒会も来る頃だ。時間が無い、急いでくれ。」
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彼が咳き込んだ。
倉庫らしい、ここも埃っぽい部屋に出た。
資料館か何かにした方が良いと言えるほどに、この部屋は居心地が悪い。
「……ショートカットは成功だ。」
位置情報が更新されたレーダーを見つめ、スネークは少し安堵した。が、再び全身の神経が引き締まるのを感じた。
『先生。』
「アロナ、会場の方は?」
『リンさんとカヤさん、アユムさんが到着されました。そろそろトリニティとゲヘナも…』
「早いな。先を急ぐ。」
「行政官…いえ、代行。緊張されていますか?」
「いえ。問題ありませんよ、不知火室長。」
「……」
ゲヘナとトリニティの精鋭たちに挟まれながら、三人は聖堂へ促される。
当然といえば当然だろうが、両校からの連邦生徒会への評価は、以前ほど芳しくない。
会長の失踪以降ろくな動きを見せない連邦生徒会を、置物と蔑む者もいる。
カヤの目には確かな光があった。同行する二人に対しての
何かを見据え、望むような、少しばかり幼い目だった。
石段を確実に昇って一度振り返る。
軍勢を見て思うのは、不安か優越感か。
「先生……?」
リンは視界の端にデイビッドを捉えた気がしてならなかった。
護衛が無反応なので、彼女は自分の気のせいだろうと結論付けた。
「ここの警備は万全なんですね?」
「ええ。ヴァルキューレとの連携もしっかり取れています。隙は有りません。」
無いはずの隙から飛び込んだ男は、確実に存在した。
そしてリンは油断していた。ヴァルキューレはカヤの支配下、彼女の思いのまま。それに気づくことができなかった。
スネークは通路の奥へ辿り着くと、そこには陽に照らされる木箱の山があった。
『これ、全部…』
「十中八九、爆薬だ。でもこんな量……」
「オタコン、アロナ、外に連絡できるか。 」
スネークはシッテムの箱でその光景を撮影した。
その時。
その分、その秒。
会場に集う生徒の瞳と幾つかのカメラが、ただ一点を捉えた。
細い翼が空を切って泳ぐ、巡回ミサイルに。
遅くなりました。
書き始めてもう1年と少し経つんですね……