君の奇跡の愛(ワンダー・オブ・U)   作:時崎

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キラ・吉影とキラークイーンその①

 街路には鮮やかな幟がはためき、香ばしい匂いを漂わせる屋台がずらりと並び始めていた。

 子供たちは駆け回り、露天商は声を張り上げ、いつも以上にオラリオは活気に包まれていた。

 なぜならば今日は怪物祭だからである。

 怪物祭とは、オラリオ最大ファミリアの一つ、ガネーシャ・ファミリア主催の年に一度の祭り。

 モンスターを使った見世物であり、毎年多くの観光客を呼び寄せるオラリオ最大級の行事。

 

「………」

 

 だが、あの事件に巻き込まれたベルは活気づけれるわけはない。

 初めて見た人の死体の光景は、音も匂いも温度も伴ってまだ彼の内側に張り付いている。

 目を閉じれば、あの無機質な重さが今も蘇る。

 

「おーい、ベルくーん!」

 

 すると背後から聞き覚えのある声がベルの耳に入った。

 思考を断ち切るように、彼は歩みを止め声の主へと顔を向ける。

 黒髪のツインテールに小柄な体躯に不釣り合いなほどの豊かな胸元。

 人混みの中でも否応なく目を引く、眩いほどの美少女がそこに立っていた。

 

「…か、神様」

 

 彼女はベルの主神であり、同時に家族のような存在――女神ヘスティア。

 小柄な身体に似合わぬほどの存在感と、底抜けの明るさを携えた女神だった。 

 

「…ベル君」

 

(あの事件が起きてからベル君はダンジョンに行くことが多くなった…それに比例してステイタスもどんどん上がって…)

 

 成長している。

 それは疑いようのない事実だ。

 だが、その急激な伸び方が、ヘスティアには不安でならない。

 

「どうかしましたか?」

 

「………」

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 本当なら、聞くべきことは山ほどある。

 だが、それを口にすれば、ベルは『大丈夫です』と笑う。

 それをここ最近ずっと繰り返していた。

 

「神様?」

 

「よし、今日は怪物祭だぜベル君! 今日くらいはダンジョンじゃなく、僕とデートをしようじゃないか!」

 

「で、デート!?」

 

 ヘスティアの提案に反射的に上げた声が、通りの空気を一瞬だけ切り裂いた。

 すれ違う人々の視線が、二人に集まる。

 ある者は嫉妬の目を向け、ある者は微笑ましい目を向けている。

 その視線にヘスティアはまんざらでもない様子だ。

 

「ふふっ、さぁ行くぞベル君!」

 

 ヘスティアはベルの手首を掴み、半ば強引に歩き出そうとする。

 その小さな手は温かく、どこか必死さを帯びていた。

 その様子も見てベルは自然に頬が上がる。

 

「…ッ!!」

 

 だが突如として、ベルの足が不意に止まった。

 自分でも理由が分からないまま、身体だけが拒絶するように硬直する。

 視界の先に映ったのは、曲がった背中に年季の入ったマフラーを首に巻いている老人の姿だった。

 背を向けているはずなのに、空気だけがこちらへと伸びてくる。

 視線を感じる――そんな錯覚をしてしまうほど、異様な存在感。

 

 胸の奥が、ひどくざわつく。

 理解する前に、ベルは反射的に視線を落としていた。

 

「はぁ…はぁ…ッ」

 

 呼吸が荒くなり、思わずヘスティアへ握る手を強める。

 

「ど、どうしたんだい! ベル君!」

 

 すぐ傍で、ヘスティアの声が響く。

 焦りと心配が滲んだ、その声。

 

 その一声が、糸のようにベルの意識を現実へ引き戻した。

 はっと息を呑み、ベルは顔を上げる。

 心臓が耳の奥で脈打つ中、再び前方へと視線を向ける。

 

(いない…今のは幻覚?)

 

 老人の姿は完全に消えていた。

 だが胸の奥だけが、置き去りのまま強く締めつけられた。

 息がうまく吸えない、喉の奥に、冷たい空気が引っかかる。

 

「す、すいません、神様…気を取り直してデートしましょう!」

 

 ベルは笑ってそう言い、ヘスティアの腕を引っ張り歩き出した。

 

(違うだろう、ベル君…君は何を隠しているんだい?)

 

 ヘスティアは分かってしまう。

 ベルの笑顔はいつもと変わらないはずなのに、その奥に沈んだ影だけが、どうしても拭えない。

 神である自分には見えない『異物』が、ベルの瞳にだけ焼き付いている気がした。

 

 

「キャァァアアアア!!」

 

 

 突如として、人混みを切り裂くような女の悲鳴が響いた。

 祭りの喧騒が一瞬で裏返り、ざわめきがざわめきを呼ぶ。

 

 ベルとヘスティアは同時に声の方へと顔を向けた。

 

 ゆっくりと一体の怪物が姿を現す。

 

 白い体毛に覆われた巨大な躯体。

 人の倍以上はある体躯が、路地を塞ぐように立ち上がる。

 長い腕、太い指、岩のように盛り上がった筋肉――シルバーバック。

 

「モンスターだぁぁああッ!! モンスターが出たぞォォオオッ!」

 

 

「ヴォォオオオオオ!!」

 

 

 低く、腹の底から響く咆哮。

 空気が震え、近くの屋台ががたがたと揺れる。

 

「なッ!」

 

 声が、喉の奥で弾けた。

 視界に映る巨大な白い躯体を前に、ベルの思考は急速に沈静していく。

 逃げ惑う人々の悲鳴、砕ける屋台の音、それらを、遠くから聞いているような感覚。

 

(……大丈夫だ)

 

 胸の奥で、そう言い聞かせる、あの時とは違う。

 足は動くし視界も定まっている。

 

 ベルは腰に手を伸ばし、慣れた動作で鞘からナイフを引き抜いた。

 

「ハァアア!!」

 

 刃先を低く構え、地面を蹴る。

 筋肉の動きが鈍る瞬間を見計らい、全体重を乗せて踏み込んだ。

 刃は、背面に当たった。

 

(硬ッ!?)

 

 ギィ、と嫌な感触が手元に伝わる、切れない。

 皮膚が、まるで硬質の革のように刃を弾いている。

 

 次の瞬間、巨大な影が視界を覆った。

 

「――ガッ!!」

 

 鈍い衝撃。

 シルバーバックの拳が、容赦なくベルの胴を叩いた。

 息が、肺から一気に叩き出される。

 

「グハッ!!」

 

 身体が宙を舞い、背中から地面へ叩きつけられ何度も回転する。

 

「ベル君!」

 

 ヘスティアの叫びが、遠くで聞こえた。

 音は滲み、輪郭を失い、まるで水の底から響いてくるようだった。

 視界が揺れる、天と地の境目が崩れ、白い空が歪みながら滲んでいく。

 

 その時ぽつり、と、ベルの頬に、冷たい雫が落ちる。

 

 一滴だけでは終わらない。

 ぽつ、ぽつ、と間隔を詰め、やがてそれは無数の線となって降り注ぎ始めた。

 

 雨だ

 

 音を塗り潰すように、静かにしかし容赦なく降り続ける。

 色とりどりの幟は重く垂れ下がり、屋台の木材を叩く水音が、規則正しく鳴り始める。

 人々の叫びも、足音も、すべてが雨に吸い込まれていく。

 

 空は白く、重く、感情のない顔で街を覆っていた。

 まるでこの光景そのものを、どこか高い場所から嘲笑っているかのように。

 

 

 バゴォォオオン!!

 

 

 遠く、どこかで雷でも、爆発でもない。

 もっと鈍く、もっと重い。何か巨大なものが、根元から崩れ落ちたような音が響いた。

 

 地面を伝って、わずかに震えが遅れて届く。

 それが何なのか、ベルには分からない。

 ただ、シルバーバックではない、もっと巨大な何かが関わっている、そんな予感がベルの脳裏によぎった。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

――モンスターが暴走する一時間前

 

 朝の光が、庭先に張られた洗濯物を白く照らしていた。

 風に揺れるシャツやタオルの間を縫うように、男は一枚ずつ丁寧に干し終え、軽く肩を回す。

 そのまま家の中へと男は戻る。

 

 居間には、学帽を被ったままの少女がいた。

 年の頃は二十代ほど。

 椅子の背に腰掛け、膝の上には脱いだ外套を丁寧に畳んでいる。

 布の端を揃え、皺を伸ばし、無駄のない手つきで折り目を整えていくその動作は言うまでもなく几帳面だ。

 

 その向かいに立つのは、穏やかな雰囲気を纏った五十代ほどの女性――吉良・ホリー・ジョースター。

 ホリーは何も言わず、ただその様子を眺めている。

 畳まれていく服と少女の横顔を、柔らかな眼差しで追いながら。

 

「吉影、京、紅茶でいいかしら?」

 

「あぁ、紅茶でいいよ」

 

「私も」

 

 その言葉を聞いて嬉しそうにホリーはキッチンへ向かい、ふと足を止めた。

 棚の前に立ち、しばらく何かを考えるように視線を泳がせる。

 

「あら…?」

 

 小さく首を傾げる。

 そこにあるはずの次の動きが、すっと抜け落ちてしまったかのようだった。

 視線が、ふと本棚へ向く。 

 

 一歩、また一歩と、本棚へ歩み寄る。

 指先が背表紙をなぞるように滑り、途中で止まる。

 まるでそこにあると分かっていたかのように、一冊を引き抜き迷いなく吉影に渡す。

 

「ほら吉影、迷宮神聖譚。昔から好きだったからね~」

 

「京は…ってあら~~帽子変えたの? さすが私の娘ね似合ってるわよ!」

 

 ホリーはその学帽の鍔に指先を添える。

 軽く押さえ、角度を整え、布地の縁をなぞるように撫でる。

 一度離れた手がまた戻り、今度は帽子の上をゆっくりと撫でた。

 

 京は何も言わず、ただ静かに、その手を受け入れていた。

 沈黙が落ちる、決して重苦しいわけではない。

 だが、言葉を探す間のような、微妙な間が空気を満たしていく。

 

「…今日はダンジョンに行ってくるよ」

 

 沈黙を打ち破るように、吉影はそう口にした。

 

 手元の本に視線を落とし、表紙を一度だけ指先で撫でる。

 紙の感触を確かめるような、その仕草のあとで、彼はゆっくりと立ち上がった。

 何事もなかったかのように本棚へ歩み寄り、元あった場所へ戻す。

 

「そう! 気を付けるのよ!」

 

 吉影は小さく頷き、居間を抜ける。

 扉の前で足を止め、伸ばした手がドアノブに触れたその瞬間だった。

 

「今日は早く帰ってきなさいよ~! 吉廣も帰ってくるんだから~!」

 

 その名前が、空気に落ちた時ドアノブを握る指が、きゅっと強張った。

 

「……ッ……」

 

 喉が鳴り、言葉にならない息が胸の奥で引っかかる。

 視線を上げることはせず、ただ一瞬だけ、床へと目を落とした。

 

「…父さんはもう死んだじゃないか…母さん」

 

 吉影がぽつりと落とした言葉に対し空気は一瞬で凍りついた。

 

「……な、何を言ってるの吉影?」

 

 ホリーは目を瞬かせ、戸惑ったように首を振る。

 言葉の意味を拒むように、無意識に一歩下がった。

 

「吉廣は……今……」

 

 ホリーの言葉が、途中で途切れる。

 続くはずの言葉を探すように、視線が宙を彷徨った。

 けれど、その先はどうしても形にならない。

 

「う…うぅぅう…あぁああ!!」

 

 堪えきれず、ホリーは声を上げた。

 足元に積まれていた、畳みかけの洗濯物を、感情のままに蹴り飛ばす。

 

 柔らかな布の塊が床を滑り、散らばる。

 整えられていたはずの形が、あっけなく崩れ落ちた。

 ホリーはその場に立ち尽くしたまま、肩を震わせる。

 涙が頬を伝い、視界を歪ませても、拭おうとはしなかった。

 

「……吉影、あとは任せて」

 

 低く、落ち着いた声。

 感情を押し殺したようなその声音に、わずかな震えだけが滲んでいる。

 京はホリーの横に立ち、自然と視線を遮る位置に入った。

 

「……分かった」

 

 短くそう答え、何も言わずに踵を返す。

 

 わずかに軋む音とともに扉が開いた瞬間、外の光が一気に流れ込んできた。

 

 鋭い陽光に思わず目を細め、吉影は反射的にマリンキャップを深く被り直す。

 影が落ち、視界が落ち着くと、街の輪郭がはっきりと浮かび上がった。

 行き交う人々の足音、重なり合う話し声、露店から漂う匂い。

 

「……今日は怪物祭だったか」

 

 誰に聞かせるでもなく、キラは懐かしむような声で小さく呟く。

 そのまま人の流れに身を委ね、数歩前へと進んだ。

 

 通りを歩くうち、自然と耳に入ってくるのは、すれ違う者たちの噂話だった。

 意識せずとも、雑音の隙間から言葉だけが浮かび上がってくる。

 

「おいおい聞いたか? ロキファミリアの予定されてた遠征が中止だとよ…って信じてないな!」

 

「豊穣の女主人営業停止かよ…どこでこれから飯食えってんだ…」

 

 男たちは肩を並べ、愚痴とも情報ともつかない声を落としながら通り過ぎていく。

 その会話をキラは振り返ることもなく、ただ聞き流した。

 

 その瞬間。

 

 ドン

 

 肩にはっきりとした衝撃が走る。

 人とぶつかったのだと理解するより早く身体がわずかによろめいた。

 

 ぶつかった男はすぐ目の前に立っていた。

 紫色のリーゼントという奇抜な髪型とは裏腹に、体格は筋肉質ではあるものの吉影と大差はない。

 

「悪いな…」

 

 その言葉は、無意識のうちに吉影の口から零れていた。

 男は何も言わず、視線だけを一瞬こちらに向ける。

 

(…コイツ知ってるぞ…たしか…)

 

 記憶の底を鈍い感触が掠めた。

 

 

 




お久しぶりです
パソコンがぶっ壊れてまともに作業ができなかったに加え、リアルで結構忙しかったため投稿がまったくできませんでした、楽しみにしてくれた方は申し訳ありません

追記
最期の人物は東方仗助ではありません、ジョジョリオン関係の人です
そしてこれ以上ジョジョの登場人物はでない予定です、期待していた方は申し訳ありません
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