クラスメイトの乾さん 作:スティック/糊
「急に正座してどうした」
8月も下旬に差し掛かり、夏休み終わる前に撮影できたらいいよねと言う彩寿歌の希望で月末にスタジオの予約をしたと言う頃。
もはや自然な流れで遊びに来た彩寿歌が万智夜の部屋に入ると同時に流れるように正座をし始めたのだ。
「その……今度の撮影妹連れてきてもいい?」
「過度に騒ぎ立てなければ構わないが…」
そこで出てきたのはなんてことはない話だ。
今まで彩寿歌の話を聞いており、コスプレを良くするお姉さんだけではなく、妹さんも男装コスをする位にはこのジャンルが好きだと言うことは知っていたのでそれは別に構わない。
「それは大丈夫、ちょっとテンション上がっちゃうことあるけど今どき珍しいレベルで良い子だから。それに姉さんの写真いつも撮ってるの妹だからカメラマン問題も解決するの」
姉の贔屓目があるのかどうかは分からないが、良い子らしい。
そのうえ三脚でカメラ固定で取るか、なんて話をしていた所での救世主みたいなところまである。
「で、何をやらかしたんだ」
「……その、ですね」
だが、それだけではないのだろう。
彩寿歌の普段の奇行が少しばかり目立つが根っこはビックリするくらい真面目なタイプだ。
夏休みの宿題だって7月中に終えて、妹さんの宿題の面倒も見る程。
付き合いを始めてから書籍の締め切りを破ったと言う話も聞かない。
自分で言ったことはしっかり守るタイプ。
故に、何かやらかしたんだろうな。
万智夜はそう悟った。
「Ibやってる時に寝落ちして妹にバレちゃった♡」
「ネットでの情報拡散は」
「それはない」
「ならいい。深刻そうに言うから何事かと焦った」
「……怒らないの?」
「怒るようなことがないからな」
どんなヤバい事をやらかしたのかと焦ったが思いのほか軽い。
本当に情報をしっかりと堅牢に守るつもりなら部屋から一歩もゲームを持ち出させることはしない。
「と言うかデバック頼んだのは俺だ。変なゲーム体験になって残念なゲームになってなければそれでいい」
「優しさの化身か……?」
「Unityの練習で作っただけだしなぁ…」
Ibは前世で有名だったフリーのインディーホラーゲーム。
一部界隈から絶大な人気を誇る名作であり、ツクール系のソフトウェアで作成されたことでも有名だ。
それこそ家庭用ゲーム機に移植されるほどの人気な作品である。
それを万智夜はUnityと呼ばれるゲームエンジンの操作を覚える練習がてら再現制作を行っていた。
「一部3Dぶち込んだりだいぶ自由に作ってたから界隈に怒られないかこっちが心配するくらいだ」
「身内で遊んでいるのが異常なクオリティだからね!?」
「転生者特有の『本家が現れたら怖いンゴ精神』なのは知っているだろうに」
「それはそうなんだけどさぁ!」
万智夜はIbをそれこそ自由に再現した。
Unityと言うゲームエンジンは多くの神ゲーに使用される万能なゲームエンジンで、今世でも存在していたことに極めて感謝したほどだ。
それを作ろうとした経緯が若菜にBlenderを教えている時にふと思いついてしまったのだから致し方あるまい。
昔作ったのをリメイクしただけなのでそこまで時間は駆けていないので細部に自信はない。
「で、妹氏にバレたことで何か悪い事でも発生するのか?」
「妹ホラゲー強火オタクだから、開幕めっちゃ色々なこと聞かれると思う」
「……どうにか乗り切るよ、うん」
「ほんとごめん」
そう言う方面かぁ……。
「ストーリーは丸パクリの柔い感じでダイブ二次創作じみちゃったからそっちにツッコミ食らうとキツイ……ゲームの演出とか技術的な方面ならしっかり話せるんだけど」
「一応バックアップ的なストーリ制作解釈は捏造してこちらに用意してあります」
「……準備良いな」
「そりゃ、私のやらかしだし」
そんな心配を押しつぶすように捏造背景を用意してきた。
あまりにも準備が良い。
「助かる」
「面倒な手間かけさせてごめんね?」
「このくらいならいくらでも構わねぇよ。可愛い妹さんなんだろ」
「まあね」
色々誤魔化すことだってできただろうに捏造ではあるモノのしっかりと妹さんの気持ちを壊さないようにしているのだ。
万智夜は彩寿歌の家族を大事にする所が好きな所の一つだ。
「で、必然的にCCさくらのことまで露見する訳だが」
「あ、そっちは解釈違い起こさないように全巻読んだら連れて行ってあげるって言ったから大丈夫」
「……時々やることがえげつないよな、お前」
しれっと笑顔でとんでもないことを良い始めたぞ彼奴。
「だって、オタクは最初に摂取したCPを本能的に正式カプと認識する場合の多い生き物だよ?さくらちゃんの公式カプは小狼。これはCCオタク的に絶対的なところあるから」
「まぁ、月桜なのか桜月なのかはアレとして、公式カプが強すぎてマイナーカプみたいなところあるしなぁ。と言うかこの短期間であの文章量読めと言うのは中々酷では?」
「公式を知ってからじゃないと許さない」
「強火だな」
「強火じゃなかったら同人作らないよ」
「それはそう」
果たして現れるのか?妹さん。
だが、寿歌曰く本の虫たる自分の影響で活字を読む習慣はあるからだいぶあり得るらしい。
「まぁ、それよりヤバいのがCCさくらが乾家に露見したことで『烈‼』の超強火オタクの姉に露見した場合の化学反応が未知数な所なんだよね」
「……察するにそっちの方がやべぇ爆弾じゃん」
「妹の50倍はヤバいぞい♡」
「オイこら」
「そうなんだよ、そこどうしよう。めっちゃ怖いんだよぉ!」
「そうなることは制作する段階で察しついてたんじゃねぇのかよ!!!!」
「でも、でもオタクが止まることととかできる訳無くない?????」
「それはそう」
「大丈夫!何とかなるよ!!」
「無駄に丹下氏に寄せようとしおって……!」
結果は天の導くままに、と言うことになった。
その時になったら考えようの精神だ。
一応、妹さんには口止めをしているそうだが本棚に突っ込んでる時点で無意味なんじゃねぇかなと万智夜は訝しんだ。
〇 〇
「とりあえず今回は初めての撮影と言うことで気合を入れずにベタな白ホリを借りてみました」
「悪いがそのベタが一ミリもわからん」
「私もよく知らないので後から加工が楽そうな真っ白な何もない部屋です」
「わかりやすい」
白ホリ、正式名称白ホリゾント。
壁と床の境目がなだらかな曲線でつながった、白い背景の撮影スペースのことらしい。
比較的安価かつ光源やレフ版を借りられるところを選んだと言う。
マンションの一室を改造して作成されているらしく、広くはないが片手で数える人数なら全然問題ないどころか少し持て余すくらいだと言う。
素人考えで恐縮だがスタジオを取っている時点で気合は入っていると思う。
「やっぱり教室のスタジオ選びたかったんだけど、気軽に借りられそうなコスプレイベント主催をよくやってる企業のハコがあって貸し切りでもリーズナブルだったから行ける!って思ったんだけどここで年齢制限に引っ掛かっちゃって」
「転生者実年齢忘れがち問題」
「18歳以下は夜に厳しいのすっかり忘れてた」
コスプレの撮影スタジオは都内に結構存在するらしく、その中でもやはり教室や屋上を舞台にした所は何処も人気なのだと言う。
その中でもシェア型の撮影ルームの通常営業終了後に3時間単位でレンタルを行えるのでコレだ!と彩寿歌はなったらしい。
だが、そこで立ちはだかったのは年齢制限の魔。
19時以降の貸し切りで未成年が使用するのは禁止されている場合が殆ど。
コスプレの文化本当にそう言う所しっかりしてる。
「廃校借りるのもありかなって思ったんだけど初心者には絶対持て余す」
「だろうな」
「でもいつかやりたい。作品作りのロケーション把握にも役に立つし」
「俺も資料としては少しほしい所だな」
「18歳超えたらやろうね」
「そうだな」
後は単純に廃校を借りるにも移動がだるい問題も存在した。
仮に行うにしても……車の免許取ってからだな。
「でね、色々調べてみたんだけどメイク時間短縮に自宅で顔面作ってマスクとサングラスで隠して入場すると言う時短テクがあるらしいの」
「クレンジングを忘れたら終わるやつ」
「水泳の授業があるから下に着こんだら替えの下着忘れちゃった、みたいな感じだね」
「最悪またグラサンとマスクで帰れるからまだ救いがある……のか?」
グラサンマスクで歩くのはシンプルに絵面が悪いので気を付けないといけないやつ。
と言うかスタジオに洗顔できるようなスペースがあるのかもわからんけども。
「と言う訳で勉強してきたから顔面貸して?」
「わかった。顔洗ってくる」
当日にテンパるよりは練習しておきたいのはそれはそう。
若菜の影響か人によって仕上げるメイクの違いは少し気になる所だ。
「ちょっと待て、何だその数」
「軍資金の暴力♡」
「なんだろう可愛くない」
洗面所に向おうとしてチラリ彩寿歌の方を除けばすごい量の化粧品や道具類が積まれていた。
……年頃の少女が化粧にハマっていたとして年間に詰める量を優に超えてないかそれ。
万智夜は一端思考を停止しておとなしく洗顔することにした。
〇 〇
「なんか準備手慣れてるね?」
「俺も俺で最低限は勉強しておいた」
「シゴデキ彼氏くんさぁ…」
洗顔後、ネットを被ってリビングに戻るとそんなツッコミを貰った。
「前髪なくても顔がいいとかズルくない???」
「両親に感謝要素。お前も大概だろう」
「私も感謝してる」
ぶつくさと言いながらも彼女はしっかりと手を動かしていく。
「肌白っ」
「なんだ、褐色が好みか」
「日焼けをしたらチャラくてエッチだからダメです」
「……今後のイベント要素として残しておくか」
尤も万智夜は非常に日焼けしずらい質と言うだけである。
引きこもりでもないのに肌が白いのは母方の祖父である英国の白人遺伝子らしい。
万智夜は分類的にはクォーターに位置する。
青少年的には不健康と思われないならそれで構わない。
そう言う彩寿歌も大概白いのだが、本人曰くインドア派だからとのこと。
これでも例年的よりは焼けているのだとか。
昔はまるで日に当たらない図書室っ子だったので青白く不健康に見えたかもしれないと彼女は言う。
「そう言えば彩寿歌は読書スキーなのに視力が悪くならないんだな?」
「超健康体なもので。眼鏡っこがご所望なら眼鏡しようか?」
「別に俺は眼鏡スキーな訳じゃないぞ」
「その割には伊達眼鏡の民だよね」
「ブルーライトカットとUVカットの為だな」
「それは初耳」
「昔っからパソコンには触れてたからな」
それこそDTMに始まりゲーム制作などが万智夜の趣味であるためだ。
初期費用突っ込めばそれなりに長く遊べるのがいい所だ。
何ならプログラミングを覚えれば一から作れるし無限に時間は溶ける。
彩寿歌に出会わなければバイト行って学校行って後はひたすらパソコンだっただろう。
「PC趣味少年だったはずなんだが不思議と目は悪くないんだよ」
「健康なことは良い事だよ。本当に」
「これからも気を付けてはいくよ」
「そうしてクレメンス。……まぁ、食生活の方は私がきっちり面倒見てあげるからね」
「頼もしい事で」
「何分料理教室の先生やっている母がいるもので」
家事万能な彼女強い。
「一応ランニング程度はしているが、そこまでマッチョにはなれんぞ?」
「ガチムチは勘弁かなぁ。暑苦しいのはヤ。というか今のままでも程よい逆三角やろがい」
「なら崩さないように努力はする」
現状でも鎖骨がえっっで、腹筋ががっつり割れているのにこれ以上エッチになる気なのかこの彼氏は???
彩寿歌はメイク筆を今すぐにおいて腹筋を撫でまわしたい衝動を抑えていることはポーカーフェイスで隠した。
「そう言われると私もボンキュボンにはなれないよ?と言うかデブ専なら矯正するから早めに言って?」
「一目で不摂生だと思うような状態じゃなければとやかくは言わんぞ。彩寿歌も大概周囲に喧嘩売るようなスタイルじゃねぇか」
「それなりに頑張ってますので。グラビアアイドルには負けるがそこいらの整形前提のアイドルよりはいい体してるつもり」
ちょっとこの彼女強すぎではなかろうか。
デブ専になると矯正の道になるのか?????
体系に関してはつもりじゃなくて事実の間違いだろうに。
「でも妹とか紅音ちゃんには負けるんだよなぁ……パイ」
「俺にどうリアクションせぇと!?」
「最近G寄りになってきたFで勘弁してね彼ピッピ」
「一切の不満はございませんけど!?」
「ふふ、それは良かった」
メイクをしているせいで顔を隠すこともできない。
顔が赤くなることを自覚しながら彩寿歌から向けられる優しいまなざしをぎゅっと目をつむることで耐えた。
「そう言えば夏なのに水着イベント消化してないや。海行く?」
「あのパリピな空間は陰キャにはキツイ」
「私、海なら水着ではしゃぐよりも美味しい海鮮の方が好き」
「わかるマン」
「お泊りする時があれば黒ビキニで背中流してあげるからそこは期待しておいて?」
さっきから露骨に胸をアピールしてくるじゃんこの彼女さんはさぁ!
「そんな時が来たなら俺の理性がボロボロになるから勘弁してくれ」
「18になるまでは我慢しますとも」
「大変理解のある彼女さんで助かります」
どうしてこうも万智夜が古臭い事を言っているのかと言えばヤングマザーでシングルマザーであった母の大変さを目に見ているからだ。
少なくとも一度手を出してしまえば引っ込みがつかなくなることは万智夜は自分の理性を重々理解している。
なので経済的には今後に期待してもらうしかないのだが、社会的な責任は破局しない限りはとるつもりだ。
中身がいくらおっさんであろうと実年齢が実年齢でそこはどうしようもないのだ。
「ま、後二年の間にしっかりと性的対象が私になるように女を磨いておくよ」
「―――18になったら暫くベッドから出れると思うなよ」
「ひゃ、急にエッチな声出さないでよ!?」
「エッチなのはお前だ」
「アイラインズレたぁ!」
本当にこの彼女どうしてくれようか。
この彼女は少し低めの声が好みらしい。
万智夜は学習した。
なお、万智夜が必死に理性と戦っている所とは裏腹に、彩寿歌の方が出会ってからどんどん自分好みになっている彼氏に理性の限界が訪れかけていた。
この彼氏理性が強いッ…!
双方、だいぶ理性はボロボロである。
〇 〇
「ふぅ、出来た」
「ミスってすぐに拭き取ろうとすると余計大変なことになるのは塗装と変わらないんだな」
「塗装はよくわからないけどなんとなくは分かる」
少し時間はかかったがメイクは出来上がった。
出来上がったメイクを手鏡で見せて貰うとやはり違いは出る。
「自分でメイクするよりも現実味があって良いな」
「え、メイクまで自分でやってみたの?」
「最低限は勉強しておいたと言っただろ」
「メイクの受け入れ態勢で来てるだけでこの上なくえらいのにメイクまで覚えたの?この彼氏強い」
彼女の仕上げたメイクは自然な感じでキャラに寄せるようなメイクで元を生かしているのがよくわかる。
……これがメイクに一切興味を持っていなかった人間のテクニックか????
センスが強すぎる。
「写真、あるよね?だして?」
「俺が自撮りするような人間だとでも?」
「くっ、今すぐ今の化粧落としてメイクしてもらうしか……!」
「あるけども」
「あるんかい!」
「スマホスマホっと、はい」
以前若菜の所でメイクをした写真を出す。
あの後若菜なりの解釈でメイクをして貰ったりもしたが、彼の方がやはり技術力が高い様に思えた。
「こんなの現代ファッション月概念じゃん」
「知らない概念きたな」
「原作!ほぼ原作!」
「なお角度がズレると残念仕様に」
「写真だからそんなこまけぇことはいいんだよ!」
「圧。で、こっちが若菜にやってもらったほう」
「私より彼氏を生かすのが上手い、悔しい。もっと勉強する」
「向上心すげぇな」
その理論で行くなら俺も彩寿歌にメイクをしてみたいのだけども。
そんなことは口に出さないが、正解のないメイクは中々に奥が深いのだと新しい世界を知ったような気がした。