二教院大学民俗学紀要 第27号(19XX年3月)
二教院大学名誉教授 石田 庸名
霞廊二重足音考
―遠海地方那珂宮旧市街における音響怪異の民俗誌的再検討―
一 序論
本稿は、遠海地方に伝わる怪異譚の一つ「霞廊二重足音」について、その成立過程・伝承史・民俗学的性格を整理し、柳田國男以来の妖怪論(神の零落説)との比較に基づき、那珂宮旧市街の遊廓建築「霞廊」に付随する音響現象を再検討するものである。霞廊は昭和末に廃業し、平成期に取り壊されたが、その怪異は依然として語り継がれ、現在では遠海の学生・若者らによる肝試しの対象となっている。本稿は二教院大学民俗学研究会の調査成果を基礎とし、同大学刊行物に掲載された先行論考を参照した。
二 霞廊と二重足音現象
霞廊(かすみろう)は、那珂宮市旧市街の海に近い一角に所在した遊廓建築の通称である。江戸後期の地誌『遠海郷談』(文化十一年〔一八一四〕)には「霞楼と号する妓楼に入りし若者、夜な夜な己が背後に足音を聞き、夏の盛りにて熱病のごとく斃れたり」とあり、若者は死の直前「音が肩にかかった」と譫言を洩らしたとされる。この表現は以後の伝承にも頻出し、単なる聴覚幻覚ではなく身体的接触を伴うものとして理解されてきた。
現象の特徴は単純である。曰く、「廃宿に入った者は、以後、己が歩みに“第二の足音”を重ねて聞くようになる」。二重足音は本人のすぐ背後で鳴り、いかなる時刻・場所でもついてくるが、周囲の者には聞こえない。一定の間合いを保ちつつ、時として不意に近づき、あるいは遠ざかる。伝承によれば、足音が追いついた時、取り憑かれた者は死に至るという。
明治三十年代の新聞小報には、「迷信として笑う向きもあれど、霞廊にて遊女を抱えた者が後日病に伏す事多し」との記事が散見され、原因を不衛生な環境に求めつつも、地元では「足音に追い付かれた」と囁かれていたことが記録されている。
三 民俗学的定位―付随霊の音声化
民俗学的に見れば、「二重足音」は“付随霊”の一種とみなすことができる。付随霊とは生者の行動に伴って影のように寄り添い、やがて宿主を蝕む霊的存在である。一般に足跡や影と関連づけられるが、遠海の例は“音”として感覚される点に特異性がある。足音は人間存在の基礎的なリズムであり、歩行は自己の境界を空間に刻む行為である。そこに「第二のリズム」が重なることは、自己と異物との境界が侵蝕される兆候と解釈できよう。すなわち「二重足音」とは、他者の歩みが自己に寄生することを象徴する怪異である。
四 起源に関する諸説
霞廊二重足音の由来については、主に二つの説が伝わる。
一つは、霞廊で働いた遊女たちの怨念が足音となったとする説である。客の歩みに従う宿命を負わされた彼女らは、廃墟となった今も背後に寄り添い、やがて追い越すことで“連れ去る”のだと語られる。
もう一つは、建物自体が“音”を孕んだとする説である。潮風に晒された廊下の板が長年にわたる客と遊女の歩調を吸い込み、木材そのものが反響するようになった。そこを踏んだ者は建物の記憶に足跡を重ね、過去の音と一体化してしまうとされる。
両説ともに“音の記憶”を核としており、霊的寄生と物的反響が重層した現象であることを示唆している。
五 「追いつく」ことの意味と回避法
重要なのは足音が「ついてくる」だけでなく「追いつく」とされる点である。追いついた瞬間、足音は宿主と完全に重なり、肉体と霊魂の境界を食い破る。その結末が死であると伝えられている。
もっとも近代以降の口碑によれば、足音の正体を言葉にし記録することで“名を与え”、他者に渡した者は、追いつかれる前に足音を振り払うことができたという。この方法がいつから伝わるかは不明だが、いわば「怪異を物語に封じる」術として継承されてきた可能性がある。
六 柳田國男の妖怪論との比較
柳田國男は『妖怪談義』において、妖怪を「多くは信仰が失われ零落した神々の姿」と定義した(柳田一九七七;遠瀬一九七七;甲斐一九八九)。妖怪=神の零落説は、祭祀や信仰の衰退とともに神格が恐怖の対象としての妖怪へと転化していく「ばけ物思想の進化過程」として示されている。霞廊二重足音は、まさに信仰の衰退・歓楽街の廃絶という社会変容の中で顕在化した怪異とみなせる。すなわち、遊女という半ば聖域的存在と、潮風にさらされた建物という“場”が、信仰の崩壊とともに“音の妖怪”へ転化したと解釈できる。
小松和彦は「祭祀された妖怪が神であり、祭祀されない神が妖怪となる」と述べ(小松二〇〇七;一九三頁)、妖怪と神の関係を双方向的に捉えた。霞廊二重足音もまた、祭祀の不在が怪異を呼び込んだ例である可能性がある。
七 遠海地方の音響怪異文化
遠海地誌に記された事例は、霞廊以外にも「籠目婆」「潮繭」「呼び庵」など音・声・足取りにまつわる怪異が多いことを示している。山間部の「呼び庵」は旅人の名を呼び、森の茶屋に誘う。沿岸部の「籠目婆」は鼻歌を口ずさみ窓から覗く。これらはいずれも「聴く」という行為が怪異の媒介となる型を共有している。すなわち遠海においては「見る」よりも「聞く」ことが境界侵犯の契機として恐れられてきたのである。
八 結論
本稿では、那珂宮市旧市街における「霞廊二重足音」現象を、歴史的記録・口碑・民俗学理論の三側面から再検討した。第一に、江戸後期から現代に至るまで連綿と続く「二重足音」伝承は、遊廓という都市周縁の場に刻まれた音響記憶と、遊女という“従随する者”の社会的位置が重なって形成された複合的怪異である。第二に、柳田國男の妖怪=神の零落説および小松和彦の双方向モデルに照らすと、霞廊二重足音は信仰の衰退と祭祀の不在が「音の妖怪」を生じさせた事例として理解できる。第三に、遠海地方全体に共通する「音を介した境界侵犯」の文化的コードが、霞廊二重足音の恐怖を支えていると考えられる。
怪異は場に宿るのか、人に憑くのか。その判別は容易ではない。だが少なくとも、遠海という土地において「聞く」という行為がいかに死や異界への転化をもたらすかを示す実例として、霞廊二重足音は今日なお研究の対象たりうる。
参考文献
柳田國男『妖怪談義』講談社学術文庫、1977年
遠瀬 玄『妖怪談義』蒼梧書院学術文庫、1977年
宮原 登志『日本民俗における怪異と信仰』岸波書店、1988年
甲斐 烈「地方都市における怪異伝承の変容」『相模文化大学紀要』第42号、1989年。発行:相模文化大学出版局
(原稿受理 19XX年1月10日)
(掲載決定 19XX年3月20日 二教院大学民俗学紀要第27号)