GATE/BRAMA 三つの世界が交差した時 作:Kpt. Z.V.Jelačič
第1話:斯くて日常は崩れ去る
ズヴォニミル・ヴィンコ・イェラチッチ空軍大尉、24歳。
若くして大尉に任ぜられたのは彼がクロアチア系貴族家であるイェラチッチ家の出身であり、尚且つ出身家門が国王選挙における選出権を持つ高貴なる血筋であるからか。
あるいはその秘めた能力を嗅ぎ付けた空軍人事部による仕業か。それとも、空軍士官学校を出ていながらも空軍内の出世競争に対して興味が薄かったのがかえって評価されてしまったのか。
それは誰にもわからないが、少なくとも言えることとして、彼の土壇場における適応力と即興性はノヴァ・ポロニア共和国と言う大国の、仮にも空軍とは言えど一応は前線部隊に類される自走対空砲小隊の指揮官を任せられるほどには人並み以上のものを持ち合わせていること。
当時彼───中尉だった───が指揮していた自走対空砲小隊には砲塔の左右に12発の筒状発射器に収められた短距離地対空ミサイルだけでなく、航空機や───弾種にもよるが───装甲戦闘車両すらも引き裂ける2門の35mm機関砲を、ソ連・ロシアの2K22 ツングースカや96K6 パーンツィリ-S1のように装備している新型の装輪式自走対空砲であったこと。
そして、その自走対空砲小隊は展開先であるノヴァ・ヴァルソヴィアの一地区にて低空域の警戒任務を行う為、駐屯地を出てノヴァ・ヴァルソヴィア市内の広々とした通りを走り抜け、かつては防壁で近隣の地区と隔てられていた陸軍や空軍、憲兵や郷土防衛隊の総司令部やノヴァ・ポロニア最高裁判所、国家警察本部等が立ち並ぶ要塞地区から、かつてはインディアンの一部族であるオタワ族との交易所や連絡所が存在していた商業区であるオタワ地区へ入り、指定された公園に設けられた防空陣地で捜索レーダーと双眼鏡越しの肉眼、そして
それが、功を奏したのかは誰にもわからない。
しかし、一つだけ明確な事実が存在する。
そこで、彼らは“門“から現れた軍勢と対峙することとなったのである。
自走対空砲と同じ"タトラ・ダナ"*1シャシーを用い、指揮下にある車両の射撃管制に必要な諸々の機材を備えた管制車の中にて。
防空司令部から衛星を通じたデータリンクシステムによってリアルタイムで送り付けられた不審物体の存在が、自走対空砲の管制用スクリーンの上に複数の輝点となって映し出され、動きを示す。
その様子を見て、指揮官と彼の部下である、軍用のヘッドセットを耳に装着した管制官は2人して視線をスクリーンへ釘付けにしたまま自分達の直属の上司に当たる防空司令部からの通達を聞き、指揮官であるズヴォニミル・ヴィンコ・イェラチッチ中尉の判断を聞くために質問を投げかける。
「イェラチッチ中尉、NW*2防空司令部の早期警戒管制機よりオタワ地区方面にて不審な飛行物体の反応が確認されたとの通達がありました。機関砲とミサイルの安全装置を解除させますか?」
「安全装置の解除はするな。民間機やドローンが何かしらの届出を忘れているだけかもしれん。私はNW航空管制とNW防空司令部に問い合わせてくる。それまでくれぐれも発砲……いや、照準レーダーの照射もするな」
「了解、捜索レーダーで動向だけ探らせます」
「そうしてくれ」
部下からの質問に答えを出しつつも、指揮官である彼は防空司令部からの通達に疑問を覚え、ポケットから頑丈なケースに収められたノヴァ・ポロニア共和国軍正式の電子手帳型
チャットによる防空司令部*3への問い合わせでは大した情報こそ得られなかったが、その代わりと言うべきか、「火器の安全装置を解除して戦闘に備えろ」だの「自衛の為の発砲を許可する」だの物騒な文言が返ってきたのを見て、彼は少し顔を顰めたもののすぐに表情を戻して真面目くさった将校の顔を装う。
これが彼のチャット相手となった防空司令部勤務のルオン某上級准尉*4の独断なら良かったのだが、最後に防空司令部からの正式な命令であるとわざわざ赤文字で強調している以上、防空司令部は何かが起こると判断してのことだろう。彼は防空司令部勤務に選ばれるような人物が独断で指揮下の部隊に無茶苦茶な命令を下したりはしないと知っているからこそ、その命令を大人しく受け取り、無線のスイッチを押し込んで自走砲小隊へ命令を下す。
「第23自走対空砲小隊*5の全車へ、NW-DOPより命令が発布された。全火器の安全装置を解除し、戦闘に備えよ。これはNW-DOPから正式に下された命令だ、警戒を厳とせよ」
少なくとも、ドローンが兵器として多用されるこの時代にはどれだけ空を警戒しても困ることはないから、と自身を無理やり納得させたは良いものの。どこか落ち着かないところがあるのか、外の空気を吸いに行こうと一旦管制車を降り、公園の芝生を踏み締め、ぐいと体を伸ばしていた所、ビルの間を縫うように飛ぶ翼龍を視界の隅に捉える。
「……にしても、何で今日にこんな騒ぎを起こすかねぇ……」
最初こそ気のせいか何かだろう、と翼龍の存在を気に留めずにストレッチをしていたものの、ふと気になったのかビルの方を注視してみれば。
そこにはその翼を広げながら羽ばたく翼龍の姿があり。更にはその体を前傾させ、地上へ攻撃を仕掛けているのを見て、何か大事件が起きていると悟った彼は急いで管制車の中へ戻り、自衛用火器としてラックに掛けられたビグネロン短機関銃*6を手に取り、34発の専用弾倉を叩き込み、コッキングレバーを引いてボルトを後退させる。
焦った様子ですぐに戻ってきたかと思えばいきなり短機関銃を手にした自身の上官の姿を目の当たりにして、部下である彼らは何が起こっているのかまでは理解できていないものの、自分達がおそらくよろしくない状況にあることを把握し、スクリーンを睨み付けることに専念する。と、言うよりも彼らができることはそれくらいしかないのだ。
「諸君、これより我々が相対する敵は諸君らが想像した
我々は兵士として、共和国の騎士として、機関砲とミサイルと雑多な小火器を振るって我々の勤めを果たそう。共和国万歳!」
「……中尉、我々に援軍は来るんでしょうかね?ファンタジーの生物が相手なら、ただの歩兵だけじゃどうしようにもならないでしょうよ」
「さあな、スヴェティ・ユライ*8かクラク王子、もしくは靴職人のスクブ*9か……そういう竜殺しのお歴々が来てくだされば良いのだが、本当に来てくださるのかは不明だ。まあ、戦闘機隊にスクランブルくらいはかけているかもな」
「弟に殺されてしまったクラク王子はともかくとして、ヘイラーゲ・ヨルゲン*10には来てもらわないと困りますよ。信徒を脅かす竜の退治は彼の仕事ですから」
「ああ、違いない。彼には是非とも竜殺しの先達として色々とご教授いただきたいことがあるからな」
そんな部下の姿を見て彼は満足気な様子で頷きつつもスリングでビグネロンを右肩に提げ、9×19mmパラベラム弾が34発押し込まれた箱型弾倉を空軍士官用ジャケットのポケットへねじ込みながら自身の見解に基づいた演説を振るい。
視線をスクリーンへ向けたまま、それを聞いていたノルウェー系の出自を持つ管制官の1人は冗談を飛ばし、彼もまた冗談で持って応酬する。
そんな具合に管制車の空気は和やかではあったものの、その空気を一瞬にしてかき消す報告が入ってくる。
「……イェラチッチ中尉、NW-DOPより不審な反応が更に増加したとの報告です。また、憲兵総司令部よりNW全域へ向けた命令が軍・警察問わずのNW緊急周波数で通達されています」
「そうか、憲兵総司令部からの命令の内容は?」
「『オタワ地区の"門"から出現した古代ローマの甲冑を身に付けた集団はリエナクト団体にあらず。無差別で市民を殺傷する敵性集団であるから、迅速にあらゆる手段を用いて敵性集団を排除せよ。これは憲兵総司令部から全NW衛戍憲兵に対する至上命令である』とのことです。どうやらオタワ地区の方で何か大事件が起きているようですね」
「ふむ……ここで留まり、敵性集団を迎え撃つか、或いはここを離れてオタワ地区の憲兵を援護するか……」
「中尉、警察無線を拾いました。なりふり構わずなのでしょうか、とにかく近くの無線が通じる相手に対して援護を求めています」
「繋げてくれ、話が聞きたい」
「了解」
NW-DOPからの報告や憲兵総司令部から発された命令を聞きながら顔を顰め、自分達はどのように行動するべきだろうかと思索に耽っていたところで、本来ならば聞くこともない警察無線の電波を拾ったとの報告が入る。そして、それは援護を求めて発されものである、との補足がされたところで彼はその電波を繋げろ、と命じる。
部下である通信手はその命令を受け、すぐに周波数を合わせて件の無線の発信元へ通信を繋げる。
「中尉、件の警察無線の発信元に繋がりました。ヘッドセットをどうぞ」
「どうも」
発信元との通信がつながったことを確認した通信手はすぐさま上官へ予備のマイク付きヘッドセットを渡し、発信元とのやり取りの矢面に立たせる。
が、彼は部下の行動を咎めることもなくそのままヘッドセットを受け取って耳に装着し、発信者を呼び出す。
「こちらSP KRNP*11の第23自走対空砲小隊、小隊長のズヴォニミル・ヴィンコ・イェラチッチ中尉だ。発信者に次ぐ、直ちに応答せよ」
『こちらは国家警察、第17ノヴァ・ヴァルソヴィアパトロール隊所属の警官!アンジェイ・ボンダルチュク巡査だ!迅速な援護を求む!我々だけでは持ち堪えられない!』
「ボンダルチュク巡査、そちらの状況はどうなっている?簡潔に、そして明確に報告せよ」
『現在我々はNWメトロ、オタワ線の市場大通り駅前にてローマ風の装備をした武装勢力と交戦している!我々も応戦こそしているが、このままでは我々も保たない!大至急援護を!それから軍の方にもこのことを伝えてくれ!』
「わかった、すぐにそちらへ向かう。それまで耐えろ!」
『我々も耐えてはいるが、そう長くは持ちそうにない!可能な限り早く援護を!通信終了!』
一般的なノヴァ・ポロニアの警官が持つ自動拳銃、それからパトカーに載せているカナダ製自動小銃や国産の散弾銃から放たれる銃声が盛んに聞こえてくる中、発信者のボンダルチュク巡査は悲鳴を上げるような声色で、しかし命じられた通りに状況を報告していく。
その報告を聞いて、彼はため息をついてから部下へ管制車を公園に置き去りにし、自走対空砲のみで増援を呼んだボンダルチュク巡査らが激しい防戦を繰り広げている戦場へ向かうことを命じつつ短機関銃片手に指揮車から降りては急いで移動準備を始めている自走対空砲を横目に、腰のホルスターに収めた官給品の自動拳銃であるwz. 35 ViS拳銃*12を引き抜き、スライドを引いて薬室に1発の9mm弾を送り込む。土壇場の抵抗用、そしていざという時には自分や部下を楽にするためのものとして。
「……全車に告ぐ。指揮車はここで待機し、引き続き対空警戒に当たれ。そして自走対空砲各車はこれよりメトロの市場大通り駅へ向かい、警察の援護を行う。自走砲の指揮は私が直接行う!」
「中尉、正気ですか!?あなたはここに留まっているべきだ!」
「私は正気だよ、下級准尉。残念ながら状況は最悪と見て良いだろう。このような状況下では、指揮官が直接出向いて判断せねばならんこともある。今がその時だよ」
「……そうですか。中尉、くれぐれも注意してください。我々は上官がイェラチッチ中尉のままであることを望んでいます。何せあなたは我々を自由にしてくれるのですからね」
「ま、たかだかズマイとレギオナル*13くらいなんだ、すぐに問題は終わるさ」
それから近くに居た自走対空砲の砲塔へ飛び乗り、車長用の周囲視察装置が装備されたハッチを拳銃のグリップで叩き、その下で席に座りながら捜索及び射撃管制レーダーの探知結果を映し出すディスプレイを眺めているはずのルーマニア系人の車長を呼び出す。
「おい、車長!ミトロファン・ヴァシレスク上級軍曹!そこにいるだろう!出てこい!」
「へいへいなんでしょう?御用聞きいたしましょう」
「先も言ったようにメトロの市場大通り駅へ向かい、そこでレギオナル共を撃つ。それからズマイも来るようなら撃つ。で、その時に責任者も必要だろうから私も同行する。後はわかるな?」
「あー……つまり、デサントするから運転は配慮しろ、ですかね?」
「ご名答。後で一杯奢ってやる」
「まあそれはありがたいんですがネェ……大丈夫なんですか?」
「それは後で考える。今はとにかく移動しろ!わかったな!」
「へいへい了解しました。しっかり掴まっててくださいな!」
ガンガンとハッチを叩く上官からの呼びかけに、冬眠明けの熊にも似た気怠げな様子を見せつつ、呼び出された件の車長は兵隊らしく砲塔へ上官を乗せてオーダー通り、咽頭マイクで操縦手へがなりたてて戦場へ向かわせていく。
その砲塔上に上官である中尉を乗せ、一応振り落とされない程度の速度で移動し始めていく。
彼らは、赴いた先にて自らが、そして自らの祖国が相対することとなる敵を初めて目にし、撃つ事となる。
だが、彼らは知らない。
突如現れた先の"門"にて、何があるのか。誰と出くわすことになるのか。
ひとまず現時点で言える事としては、クロアチア系の将校によって急いで戦場へ駆けつけた自走対空砲によって地下鉄駅前に布陣していた警官らと、駅へ避難していた市民が救われたこと。
そして、警官や市民を襲っていた不届な軍団兵と翼龍は自走対空砲が備えている35mm機関砲で皆引き裂かれたことくらいである。