GATE/BRAMA 三つの世界が交差した時 作:Kpt. Z.V.Jelačič
ブロロロ……とディーゼルエンジンの駆動音を周囲に轟かせ、微かに響く銃声を聞いてそこから遠ざかろうとする市民の群れと、その群れに逆流する大型軍用車両が4両、通りを駆け抜けていく。
「中尉、後2分でNWメトロの市場大通駅前に到着します!中尉は我々を遮蔽物にしてくだせぇ!」
「言われんでも分かってる。駅の前に到着したら警官の盾となりながら、敵を撃て。躊躇はするな。連中は侵略者で、我々は害獣を殺処分しに来た。いいな?」
「ええ、ええ、分かっておりまさぁ。バルカン人の恐ろしさ、見せてやりましょうや!」
「……まあ、我々がバルカン人なのかと問われれば怪しくなるくらい、アメリカに居座りすぎた気はするがな」
「ですが我々はバルカン人の血を引いてるんですから、概ねバルカン人と言ってもよろしいでしょうよ。第一共和国人*1の連中なんか血が混じりすぎてらっしゃるのですから!」
少しでも戦闘区域から距離を取ろうとする市民の姿を肉眼で見やり、否応なく状況を飲み込んだところで。
自走対空砲に乗り込んでいる空軍兵は皆戦場へ身を投じることを覚悟し、自走対空砲や自衛用に乗せられている銃器の安全装置を解除して戦闘に備えながらもひたすらに目的地目指して前進し続けている。
「ああクソ、陸軍と海軍にも通報しておくべきだった。今からでも通報は間に合うだろうか?」
「その前に空軍にも伝えた方が宜しいかと思いますぜ。我々は河川艦隊でもなけりゃ、陸軍の騎兵や戦車兵でもねんですからさ」
「その通りだ、その通りだな、ヴァシレスク上級軍曹。だが我々はもうここまで来ちまったんだ。それに、今の状況で空軍にできることなんてちょっとしかないだろうよ」
「……それもそうだ。ああいえ、うちができることは河川艦隊よりも少ないでしょうね。少なくとも、対空砲や戦闘機なんかで龍を撃ち落とすくらいしか我々の仕事はないでしょうからな」
彼らが、ズヴォニミルとミトロファンが無駄口を叩いている間にも、各車の操縦手は己の職分を果たし、ハンドルを硬く握り締めてアクセルとブレーキのペダルに両足を乗せながら最短経路で通りを駆け抜けていく。
少しづつ戦場が近付き、警官が持つ銃器の発砲音が大きくなる度、ズヴォニミルはその端正な顔を歪ませ、どこか気後れしている心情を声に滲ませながら言葉を絞り出す。
「……だが、お前達を巻き添えにしちまったのは申し訳ないと思っているよ」
「なんです、その程度のことで我々に詫びようだなんて。それは我々に対する侮辱でさぁ。あんたは上官で将校様なんだ、我々兵卒には遠慮せず『お国のために戦え!』って命令してくださいよ。
少なくとも、仮に負けたって我々は本国で地上勤務している身です。脱出さえできればなんとか陸路で自分たちの家に帰れますよ!」
「ハハハ……私の出身はノーヴィ・ダルマチア、ユカタン半島だぞ。メキシコ湾を泳げってか?」
「なぁに!中尉殿にゃ良い運動になりまさぁ!頑張って泳いでくだせぇな!」
「だとすれば……私の色気はますます強くなってしまう。君たちでは太刀打ち出来ないほどに、ね」
しかしてミトロファンは自身の上官が吐き出した弱音を笑い飛ばして励まし、その言葉を受けてズヴォニミルもまた落ち着いた様子を見せて冗談を飛ばす。
その間も車両はエンジン音を轟かせて通りを進み、銃声が止むことは無かった。
普段ならばノヴァ・ヴァルソヴィアで銃声が鳴ることは軍の演習時以外無いとは言えど、この日に限って言えば彼らからしてみれば銃声が途絶えている方が恐ろしい状況であり。ただひたすらに銃声が途切れないことを、各々が信じる神へ祈っていた。
遠いようで短い道のりを終え、ズヴォニミル率いる小隊が到着した時。
彼等が目にしたのは自分たちよりも遥かに多い数の敵軍に対し、パトカーや民間人の自動車を用いて防衛線を築き上げ、標準的な警察用の火器と残り僅かな弾薬でなんとか持ち堪え続けている警官達の姿がそこにあった。
「……こちらは空軍の第23対空自走砲小隊!小隊長のズヴォニミル・ヴィンコ・イェラチッチ中尉だ!これより貴官等の援護を行う!」
「やっと来たのか!助かった!あいつらを早く叩いてくれ!!」
「言われずとも!各車、目標は敵レギオナル!水平射!!薙ぎ払えェ!!」
そこに、4両の大柄な軍用車両が飛び込んでくる。
それは、軍団兵───帝国兵───が着込む鉄製の
そして、その4両はズヴォニミルの命令一下に従い、素早く砲塔を旋回させた上で各車の砲手が直接照準用のTV照準器越しに帝国兵へ狙いを定め、発射ペダルを踏み込む。
踏み込まれた発射ペダルから発された電気信号は、ケーブルを通って来館と接した電極へ伝わり、雷管へ電気的な刺激が加えられる。
電極から電気的な刺激が加えられた雷管は勢い良く爆ぜ、薬莢内に封入された発射薬を燃焼させ、弾頭を───榴弾や焼夷弾、曳光弾といった様々な種類の弾頭を───砲身内にて高速で旋転させながら前進させ、砲口から飛び出させる。
─── ダダダダダ!! ───
八重の連続した砲声を轟かせて放たれた種々の弾頭は、帝国兵の肉体を甲冑や盾諸共引き裂いては鮮血と肉片と臓物とを撒き散らし、肉塊を量産していく。
増援として無線に応じてくれた自走対空砲の小隊を呼んだ警官らはその様子に、自分達が呼び寄せた存在が起こした事であるにも関わらず、目を背ける者すらいた。
が、砲塔上から警官らの様子を見ていたズヴォニミルは彼らの様子を見ておきながら何も言わず、ただ平然とした様子で、自分が下した命令によって引き起こされた惨状をじっと見据えていた。
(さて、我々が敵と定めた連中はレギオナルで、大した防御も武器も備えているわけではない。接近さえされなければ、郷土防衛隊どころか予備役や退役軍人、そして士官候補生や訓練兵にすら劣る。
そもそも我々には銃があるから我々の優位性は揺るがないが、連中が遠距離攻撃用に持っているのはなんだ?精々が弓や投石紐くらいだろうか。だとしたら……近場の陸軍と海軍の河川艦隊から援護さえ受けられれば、NWに展開している軍の部隊と予備役兵、それと警官だけで押し返せる。
更に言えば、多少ポーランドやモルドバへここの衛戍部隊だったポーランド人やウクライナ人、ベラルーシ人部隊が送られこそしたが、その代替えのトルコ人やペルシャ人のようなムスリム師団と日系や華僑のアジア人部隊でも十分何とかなる。
少なくとも、ここにはまだウクライナ人のコサック騎兵*3師団とポーランド人機械化歩兵師団がある。それから、
……良し、状況はまだ何とかなる。NWの司令部さえ仕事をしてくればすぐに事態は抑え込めるし、他所もある程度ははぐらかせるはずだ。
侵攻してきたのがアホのヤンクや誇大妄想狂でおつむの足らんモスカーリ、それからアカい方の中国人でなくて良かった。あいつらが敵なら、ここはもっと酷いことになっていたろう)
さて、ズヴォニミルの冷酷な計算式は放っておくとして。事の帰結から言って仕舞えば、市民と負傷者が避難する地下鉄駅の入り口を守っていた健在な警官11人に対し、通りに布陣してじわじわと1個百人隊と少々は機関砲を装備した自走対空砲と言う、歩兵にとっては戦車や装甲車と同じ位に出会したくない戦闘車両の存在によってたった数秒で、警官達の苦戦が嘘のように蹴散らされ、全滅した。
警官の応戦によって、元々は2個百人隊だった帝国兵達はそれなりの数の戦死者を出していたが、それでも装備していた銃器や所持していた弾薬数の都合上、彼らは善戦した方だと言えるだろう。
そもそも警察はあくまでも法執行機関であるし、戦っていた彼ら警察官は多少重装備なだけで至って普通の、いわばお巡りさんである。
そして、何よりも警察は軍隊と違い、一回の戦闘で大量に弾薬を消費することを考えていないし、そうなった場合は普通の警官が手に負える案件ではないのだから、早々に増援を要請している。
閑話休題。
機関砲の掃射によって少なくとも立っている敵兵は無く、あるのは倒れ伏した者と肢体を引き裂かれた哀れな亡骸だけになった頃。
ズヴォニミルはこれ以上撃ち続けても弾の浪費にしかならないと判断し、射撃中止の命令を出して周囲と上空の警戒に当たらせようとしていた。
「全車、射撃中止!周囲と上空の警戒に移れ!」
「……イェラチッチ中尉、近くにいる憲兵のヴォイチェホフスカ分隊軍曹とやらから援護要請が来てますぜ。どうします?」
「ん……憲兵か?」
「ええ、憲兵でさぁ。どうも人手が足りんってんで、近くの無線が通じる友軍に援護を求めているようですぜ。どうします?そこの警官共も連れて行きますか?」
「……警官といえど、人手はあって困らんだろう。少なくとも、こいつらには使える銃が11と少しはある。こいつらの弾は融通してもらうことになるが、援護に駆けつけてやろう」
「さいですか。それじゃ、そのことを伝えときますよ」
「頼んだ。それと場所も聞き出しておいてくれ」
「へいへい、バン*5の仰せのままに」
しかして妙なタイミングで増援要請が飛び込んできたことを、車長用ハッチからひょっこりと顔を出したミトロファンから伝えられ、ズヴォニミルはチラリと警官たちを見遣ってから警官を自身の───正確には空軍中尉の───権威を使って引き立てようと決めてからミトロファンを増援要請の発信元である憲兵分隊軍曹*6との通信にあてがう。
そして、ズヴォニミルは砲塔から降り、警官たちの前に立って彼らを指揮下に置くべく口を開く。
「……さて、勇敢なるノヴァ・ポロニアの警官諸君。現在我々は未知の敵による攻撃を受けていることは理解しているな?」
「はっ!理解しております、中尉殿!」
「よろしい。地下鉄駅の装甲シャッターは閉鎖されているか?」
「はっ!負傷者と市民の収容は完了し、シャッターは閉鎖されております!」
「上出来だ。ならば今から装備を整え、我々と共に来い。憲兵の援護に向かうぞ」
「…………ですが、中尉殿……」
「何だ。命令を遵守して同胞を見捨てるか、命令を無視して同胞を助けるか。その取捨選択くらいはできるだろう?今から上の命令を待つくらいなら、独断でさっさと行動しろ、ノロマ。我々はお前達がそこで座り込んでいようが気にはせんが、お前達が行動しないことで命を落とす市民はどれだけいることやら……」
「…………わかりました。我々は現時点より中尉の指揮下に入り、憲兵の援護に向かいます」
「ほう……随分早く決断するな。良いね、有能な味方は大好きだ、楽に仕事を進めてくれるからな」
経緯はともかくとして、これでズヴォニミルは11人の随伴歩兵を手に入れたも同然であり、少なくとも多少は接近されても対処できるようにはなった。
装甲戦闘車両に取って一番恐ろしいのは随伴歩兵が全滅し、敵の歩兵に取り付かれてしまうことである。
そうなって仕舞えば、自慢の主砲も、同軸機銃や遠隔操作可能な
さて、ズヴォニミル達が自走対空砲を率いて地下鉄駅前で戦っていたように、ノヴァ・ヴァルソヴィアとその近郊に展開していたノヴァ・ポロニア共和国軍の部隊、そして将兵と警官達は各々の判断によって、突如として“門“から現れては侵攻を仕掛けた帝国兵に対して即座に反抗を行い、市民と都市を守る為、決死の戦いを繰り広げていた。
少なくとも、彼ら彼女らは同じように“門“を通って現れた帝国から侵攻を受けていた日本と違い、ある程度は独断での行動を認められる程度には自由裁量権を持っていた。
その為に、散発的ながらも無抵抗のままでいることはなく、ある程度の損害を初動から帝国側に押し付けることに成功していた。
更には憲兵や警察、そして河川艦隊を経由して最新の情報を入手した陸軍や空軍、郷土防衛隊の総司令部は即座に指揮下の部隊へ命令を下し、議会や他国の内閣に相当する"常任評議会"からの裁可を待たずにノヴァ・ヴァルソヴィアへ集結させ、反撃の手札を揃えていた。
直ちに集結し、侵略者を撃滅せよ。
現在、祖国は攻撃を受けている。
総員に告ぐ。
麗しの祖国の為、最善を尽くせ。
直ちにノヴァ・ヴァルソヴィア地区の制空権を我らのものとせよ。
ノヴァ・ポロニアの空は我らのものであり、奴らの空では無いことを知らしめよ。
現在、祖国は敵の攻撃を受けている。
直ちに武器を持ち、祖国防衛の為、奮いて勇進せよ!
共和国万歳! 副王陛下万歳! 自由と民主主義よ、永遠なれ!