叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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まさかのあげ忘れた話が二話続けてあった為、火に焚かれた笏こと作者です。こちら二話分、朝斗彦と弟子達が出会うまでのお話となります。
https://syosetu.org/novel/386526/46.html
https://syosetu.org/novel/386526/47.html

…なんでそんな大事な話あげ忘れたんだ、私。ウワー、読者の方置いてけぼりだったろうなぁ。よよよ…
ということで、先にこちらの方に目を通していただければ有難い事この上ございません。本当に申し訳ございませんでした。




五十四話 日出ずる国の女王

 

 

 

 

 戦争から十年後。

 あの後、大王として即位した泊瀬部王子*1が蘇我殿と対立したことでその地位を奪われた上で暗殺されると、大臣は額田部姫を王位につけ、彼女は女性として初めてこの和国の大王となった。

 蘇我殿は変わらずマヘツキミ*2を従える大臣として王を支える立場にあり、天災に不幸続きだったことで心配されていた即位の礼に際しても恙無く行われた。

 

 

 豊聡耳王子は嫡子を亡くしていた新大王からの信任厚く、晴れて王太子の立場を確立された。彼は大王によって政のほぼ全てを任されるようになり、広く世では上宮太子(じょうぐうたいし)……太子様と呼ばれるようになったのである。

 彼はその地位に着いたあとは、まず宣言通りに摂津に四天王寺を建立され、物部との戦で散った戦死者を弔った。そしてその後、仏教興隆の詔並びに斑鳩宮の造営を決定し、私もその事業において普請の管理人として仕事に従事したのだ。

 

 

 太子様による差配は、蘇我殿と女大王双方の合意の元で始まり、彼の天下への道は確実に未来へと敷かれていったのだ。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 山背・太秦。

 今、僕達は出来たてホヤホヤのお寺の目の前にいます。ここ、前は父上……いや、新羅明神の祠があったんだよねぇ。どうやら別の場所に移動させたみたいだけど。

 

 

 

「河勝、やっと出来たねぇ」

 

 

 

「ああ、ようやくの完成だ。ここはきっと、我ら秦氏の氏寺となるだろう。

 建て始めた頃にも言ったとは思うが、大和の朝廷に仕える臣として、私も太子様に足並みを揃えねばならぬ。故にお師匠様には毒かもしれないが、これも世の定めだ。許してくれ」

 

 

 

「気遣いありがとうね。 でも、全然気にしないわよん。 なんだったら、実はもう鬼達のところで習合が始まってるんだよねぇ。だからほぼ影響無しよ!」

 

 

 

「なっ、そうなのか!?」

 

 

 

「らしいよ? ……なんでも、東神様は夜叉? の化身だ! って誰かが言い始めたらしくて、なんか自分でも知らない間に習合してた」

 

 

 

 僕がそう話すと、河勝は「良いのかそれで…」と言って、少し考える素振りを見せたあと怪訝そうな目で此方を見ていた。何かおかしい事でもあったのかな。

 

 

 

「しかし…夜叉……? ……貴女が? どこをどう見たらそうなる、どう見ても十羅刹女(じゅうらしょうめ)多髪(たほつ)だろうが。

 ……まさか、天竺の神話にあるように人を喰らうのか?」

 

 

 

「……は!? 食べる訳ないじゃん! 僕の事なんだと思ってるのさ! てか、その多髪ってなに!? 絶対髪の毛の量の事でしょ!」

 

 

 

「さぁ、なんの事だかな〜」と言いながら、腕を組んで余所見をする河勝に対してネチネチ追求していると、若い一人の男が訪ねてきた。なんか似たような奴を昔見た気がするな。

 

 

 

「おお弓束殿、このようなところまで如何なされたのだ」

 

 

 

「この東漢弓束(やまとのあやのゆみつか)*3、此度は蘇我大臣の遣いとして来ました。主曰く、相談したいことがあるとの事なので、大和へと出向願いたい」

 

 

 

「…はて、呼び出されるとは何事か?」

 

 

 

「主からは内密な頼みゆえ、内容は明かせない。ただ、害意を持った呼び出しではないという事だけ伝えて欲しいという旨を伝えられておりますれば」

 

 

 

 僕と河勝は顔を見合わせたものの、行かないという選択肢は無かった。河勝はこの弓束に対し、「支度するゆえ、暫し待たれよ」と、伝えてすぐに出向の支度をした。

 そして、支度を終えた河勝は自らの愛馬に跨ると大和へ向けてその脚を動かすよう指示し、僕もそれについて行くのであった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 飛鳥豊浦宮(とゆらのみや)へと通され、案内されるがままに進むとそこには蘇我大臣馬子と上宮太子である豊聡耳王子、そして奥には噂の新たな大王がいた。

 

 

 

「では河勝様、私はこれにて」

 

 

 

「あ、ああ。ここまでの案内どうもありがとう……

 

 

 ……おい師匠、これは一体なんなんだ? 何故この三名が揃っている?」

 

 

 

「さ、さぁ? でも、見たところ害意は感じないよ」

 

 

 

「ふふっ。河勝、君は何を戸惑っているんだ? 早くこちらへと来てくれ」

 

 

 

 僕達が小声で話していると、笑みを零しながら王子がそう言った。

 

 なお、その横では馬子が眉間に皺を寄せている。恐らく僕のことが視えないから河勝が一人で喋っているように見えるのだろう。僕のせいで大多数の者から独り言が多いヤツだと認識されているのは全くもって可哀想である。

 王子?王子は河勝と違って要領がいいから、似たような状況になっても誰かが話しかけた事に答えてるように見せて誤魔化しがちだよ。

 

 

「ほら、王子もああ言ってるし」

 

 

「わ、分かった。はぁ〜……よしっ。

 

 

 臣、秦造河勝が拝謁いたします。ご機嫌麗しゅう、大王陛下並びに上宮太子、蘇我大臣殿」

 

 

 

「うむ、くるしゅうない。河勝よ、こちらへ」

 

 

「ははっ」

 

 

 

 どこか伯母上に似た雰囲気を持つこの女王は、なんと河勝を通した後に隣に居た僕にも目で指図した。

 おおっ、気のせいかとも思ったが、この者は中々にやれる存在だ……! 国勝のような桁外れの信仰心ゆえのものではなく、紛れもなく己の持つ力で僕を視ているッ! 

 

 

 

 そんな事を考えている間に河勝が一歩前へと進み出て臣下の礼をとると、はじめに喋り始めたのは僕から見て九百ウン十歳年下の恐るべきおじさんこと、蘇我馬子だった。

 

 

 

「河勝よ、此度は急に呼び出してしまって申し訳なかった。大王より内密に話したいということであり、こうするしか無かったのだ。

 私は既に話を聞き及んでいるゆえ、後はここに残るお二方と話されると良い」

 

 

 

 そう言うと、馬子はぽんと河勝の肩を叩いたあと、見えない僕をちょうどすり抜けるようにその場から去っていったのであった。

 

 ……僕、何度か河勝の傍で彼を間近で見ていて気付いたんだよね。

 めちゃくちゃ冷たそうで、常に眉間にシワ寄らせてる怖い顔だし、なんなら数年前に大王を陰謀企てて殺したりしてるしで、まさに表裏比興を体現した存在だと思ってたんだけど、汚れ役を自ら被ってるというか……明らかに大王、いや王子の負担を減らそうとしてる。

 器用なのにどこか不器用というか、他人から見えにくい優しさと忠義を感じるんだよね。河勝をちゃんとした為政者らしくした感じ、とでもいうのかな。

 

 ……まぁ、本人は僕のこと視えてないし、口きいた記憶もないからここで言うしかないけどさ。

 

 

 

「……ふふっ、拍子抜けした顔をしているな。河勝。安心したか?」

 

 

 

「え? ええ、私はなにか勘気を蒙って馬子殿に殺されるのではと……」

 

 

 

 河勝がそういうと、呆気にとられた大王と王子は顔を見合せて笑い始めた。

 

 

 

「流石に馬子もそんな事はするはずない。第一、蘇我部*4の民を管理するのは秦の役目だろう? 

 そんな大事な役目を持つというのにそなたを斬るなど、自らの手足を失くすのと同じだと妾は思うぞ」

 

 

 

「叔母上の言う通りだ。もしそんなことしたら太子である私が許さないから安心しろ、河勝」

 

 

 

「……なんか似たようなやり取りを昔諏訪でもしたよね?」

 

 

 

「し、したな……」

 

 

 

 僕達がつい普段のくせで小声で喋っていた時である。僕の方へと視線を向けた女王は、好奇心を抑えられない様子で隣にいた王子へと質問をした。

 

 

 

 

 

「豊聡耳王子、かの者がそなたを鍛えたという八百万の神の一柱か?」

 

 

 

「ええ、叔母上。名を八坂刀女比売命という神霊で、東の諏訪に住む金刺氏の氏神です」

 

 

 

「おお、そうか! 諏訪の神よ、我が姪をここまで育ててくれたことをまずは感謝しよう」

 

 

 

「いえいえ。 いやしかし、私を見ることが出来るとは女王も中々の手練な様子。今時の王族には珍しいことこの上ないですね」

 

 

 

「ふっ、お戯れを。妾は昔から見えざるものが人より視えやすいだけのことよ。

 ……しかし河勝よ。お主らまるで親子のように似ているではないか。まさか、お前神の落胤などとは口にせぬよな?」

 

 

 

 女王の言葉を聞いた僕達三人は皆揃って『あー……』といった表情を浮かべ、それを見た女王は、「なんだ? まさか本当に……!?」と、声色が上ずる程に上機嫌になり、玉座にて前のめりになって座った。

 そこで、河勝がかくかくしかじか……と自らに起きたことを説明すると、女王は目に見えて落胆したあと、「む……!? お主もしや現人神なのか!?」と急に目を輝かせたのである。

 

 

 

「なんか……名前だけは知っていたけれど随分と愉快なお方だね」

 

 

 

「そうなんだ。私からみれば祖父母が共にしっかりと血が繋がった叔母故、昔から慕っている」

 

 

 

「へぇ〜。でも、血縁者ってやっぱりいると安心するわよねぇ。

 私にも血の繋がった伯母上がいるからよく分かるわ。……まぁ伯母は祖父の左目から、父は鼻から産まれたのだけども」

 

 

 

「なんだそれは……まるで三貴子(みはしらのうずのみこ)の伝説ではないか」

 

 

 

 いや、まさにその通りなんだよ。信じられないかもだけど、それが僕の親なんだよ。

 

 そんな事を王子と話していると、「神の御魂と結びつくことで身体は変になったりしないのか?」などと、大王からの猛追求を受けた河勝はタジタジな表情でこちらをみて、助けを求めるのである。

 

 

 

「し、師匠……太子様、助けてくれ。大王が止まらない」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「悪かったな。取り乱してしまった」

 

 

 

 王子の非常にやんわりとした制止を受け、暴走状態に陥っていた女王は平静を取り戻した。そして漸く、呼び出された件の内容に触れたのである。

 

 

 

「そちらの我が姪、豊聡耳王子が摂津に四天王寺を建立したことは王子と強い縁ある二人ならば知っておろう? そこへと向かう道中での事だ。

 

 戦いの起きた衣摺(きずり)の地……つまりは物部の稲城跡において、突如太陽のような花が一面に咲いたのだ。初めは我らの祖である天照大御神のように輝けるその花をありがたがっていたのだが……どうも、そこに強大な妖怪が住み着いていて、花を持ち帰ろうとした者に危害を加えるらしい。

 

 そこで、神通方便の力があるというそなたに対応、もしくは討伐を願いたいのだ」

 

 

 

 話を聞いてもピンと来ていない表情の河勝に対して、僕は普段こういう時には口を出さないようにはしているものの、この時ばかりは横槍を入れてしまった。それがマズかった。

 

 

 

「……河勝、私にはその存在に心当たりがあるけど、絶対君は勝てないと思う。戦うのはやめた方がいいわ」

 

 

 

「おや、もしや貴女にはその正体が分かるというのか?」

 

 

 

「え? ええまぁ……本当に顔見知り程度だけど」

 

 

 

「なんだと?であれば話が早い! 早速話をつけに行ってきてくれ」

 

 

 

「え゛」

 

 

 ……やっと難題が終わったと思ったらまたお遣いかよ! この女王、見た目といい性格といい、伯母上にそっくりすぎる! 

 こうして、僕は伯母上に似ている女王から直々にお使いを頼まれることとなり、諏訪の時とは違って畑に一人で向かうというのは余りにも心細いので、ついでに嫌がる河勝も無理矢理連れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「私を連れて来ずとも良かっただろう、師匠」

 

 

 

「ダメダメ、自分一人だと絶対にあんなところ行けないから」

 

 

 

「そんな所に私を巻き込むなっ! 私に何かあれば秦氏の未来も潰えるんだぞ!」

 

 

 

「まぁまぁその時はその時よ。それに君にはもう姫一人に息子も二人出来たんだから大丈夫でしょ。あっ、ほら見えてきた。日輪草の畑だよ」

 

 

 

 河勝が馬を駆けて向かった先はかつての古戦場にして、今は妖しい日輪草の畑である。十中八九居るのはアイツだろうけど、まぁそれくらいならなんとかなるだろう……!!! 

 

 

 

「……ッ! 不味い! 手網を強く引いて左方向に旋回させろッ!」

 

 

 

「えっ!? わ、分かった!」

 

 

 

 指示を出し、河勝がそれに応えた刹那、目の前に妖力の弾が落ちて大きな窪みを作り出した。爆風と土埃が身体をなぞる中、僕は離れゆく河勝に対して距離をとった後に馬から降り、こちらへと戻れという念話を伝え、空に浮かぶ影へと目をやる。

 

 

 

「中々やるわね。てっきり二人とも仕留めたと思ったのだけれど」

 

 

 

「神を見くびってもらっちゃあ、困るな。……久しぶりだな、幽香!」

 

 

 

「あら、貴方のような知り合いはいた記憶がないわね」

 

 

 

「フッ……本当にそうかな?」

 

 

 

 幽香はゆっくりと地上へと舞い降りると、顎に指を置いて考えるような素振りを見せながらも、こちらへとゆっくりと近付いてくる。僕は間合いを取るように彼女を見つめながら、ゆっくりと、大回りに旋回し、進路の先にある大木が自らの身体と重なり合った直後、己の本当の姿を表した。

幽香はその大きな目を更に見開き、驚きの表情を浮かべていた。

 

 

「……! 貴方だとは思わなかったわ。本当に久しぶりね、葦原朝斗彦」

 

 

 

「泣く子も黙る恐怖の花妖怪もそれに気づけないんじゃあ、まだまだ甘いな。久しぶり、幽香」

 

 

 

「貴方は東の国の神じゃない。こんな所に居るとは思いもしなかったもの」

 

 

 

「こちらにも色々と事情があるのでね。しかし見たところ、前に会った時に比べて随分とまぁ虫の居所が悪いようだが……どうかしたんだ?」

 

 

 

「虫…?ああ、確かに私の安寧を邪魔する虫はうじゃうじゃいるわね。

そう、私の向日葵を盗ろうとする不届き者が居るのよ。私は向日葵を通じてその地の怨念を妖力に変えるから、そういうことされるのは困るのよね」

 

 

 

「昔言っていたな。でも、ここら一帯全てを刈り取るような真似を彼らはしていないだろ? 少しくらいは大目に見てやれば良いのでは?」

 

 

 

「駄目よ。一人を許したら皆が真似してやるじゃない。私、そういうのは好きじゃないの。

 ……それに、花が苦しむ声は聞きたくないわ。朝斗彦、貴方にもこの気持ちはわかるはずよ」

 

 

 

「手厳しいな。言いたいことは十二分に分かるが、僕の場合は樹木が対象だから、人々に新たに活用して貰えるならそれで良いとも思ってしまうな」

 

 

 

「甘い、甘すぎるわね……朝斗彦。人は増長する生き物、痛い目を見せない限り学習しない。……貴方もこれ以上私に口答えすると言うのならば、その答えは言葉ではなく暴力で返す他ないわ」

 

 

 

「甘くて結構。僕は恐怖ではなく友愛で人を支配する国津神だ。相容れないと言うならば、この剣を以て幽香、お前を倒す! ……河勝! 武神の意地、夜叉の戦いぶりというものを、此度そのまなこでしかと見届けよ!

 

 

 さあ、かかってこい……幽香。共に植物を愛するものとして、どちらが真の強者か、今ここで決めようじゃないか」

 

 

 

「貴方とはずっと闘ってみたいと思っていたわ、朝斗彦!そうやって大言壮語するだけの力があるか、私に見せつけなさいな!」

 

 

 

 環頭大刀を鞘より引き抜き、頭の後ろにて縛っていた髪を項の位置でバサッと切り落とすと、僕はその束を路肩へと投げ捨てる。乱雑に投げ捨てた髪からはあっという間に木々が芽吹き、そこには新たな生命が生まれた。

 

 対する幽香は地面より生えた巨大な桃色の花を手に取ると、それを自らの得物へと変え、獰猛な笑みを浮かべながらその先端を僕へと向けた。戦う準備は万端のようである。

 

 

 

「いざ……参る!」

 

 

 

*1
崇峻天皇の事。

*2
漢字で書くと大夫。古墳末期から律令制が確立されるまでの天皇を補佐した高官のこと。

*3
崇峻天皇キラーである東漢駒の息子で、漢に由来を持つ渡来系氏族の出。子孫には征夷大将軍・坂上田村麻呂がいる。カメオ出演

*4
蘇我氏が保有する部のこと。秦氏はそれを管理する役目を受け持っていたとされ、子孫に四国の長宗我部などの氏族がいるのはその為である。

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