夕凪の神殺し   作:蒼井千

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北の女神
プロローグ


 

 頭に乗る大きな手を覚えている。

 

 

『いいか(ゆう)、男なら、てめえだけの宝を持て』 

 

 

 ゴツゴツとした硬い感触。岩から削り出したような掌が少年は嫌いではなかった。

 

 

『これこそ最高の宝だと世界に吼えられるような、どんな財宝の輝きにも勝る、てめえの至宝をな』

 

 

 話ながら少年の頭を左右に揺らす師。

 撫で方が下手なのを指摘すると、決まりが悪そうに撫でる手が荒っぽくなるのが可笑(おか)しかった。

 

『茶化すな、ったく、あいつの教育のせいだな』

 

 (しか)めた口から苦みばしった声が漏れる。

 猛獣が裸足で逃げだす迫力も少年には見慣れたもの。師の膝の上で足を振り笑っている。

 幼い少年にとっては、家族の話を聞けるだけで嬉しいことだった。

 面映ゆいのを男は自分の頭を乱雑に掻くことで誤魔化し話を続ける。

 

『この世にはお前だけの宝が必ずある。けどな、手に入れてるだけじゃ宝にはならねえんだ』

 

 謎かけのような内容に少年は首を傾げた。手にあるのに無いとはどういうことだろうと師を見上げる。

 

『手元にあるだけじゃあ駄目だってことだ。そいつを知っていくことで、ちっとずつ情が移っていく。そうやってはじめて自分だけの宝になる』

 

 知らないのでは価値を活かせない。ただ持つのでは無二の宝とはいえない。理解を深め情をかけたいと思うものこそが宝だと師は教示した。

 

 それを受けて少年は疑問を尋ねる。“どうやって見つければいいの”と。在処(ありか)もどんなものかも分からないのに。

 

『そいつはな、ここが教えてくれる』

 

 少年の胸を師は指差した。

 

『てめえだけの宝を探す、お前だけの羅針盤(らしんばん)だ。見つけりゃあ勝手に動きだす』

 

 だからと、師は弟子の頭へ手を置く。

 

『誰かの付けた価値に惑わされるな。お前の鼓動を信じろ。そして見つけたら迷わず手を伸ばせ。絶対に手離すなよ』

 

 師の声を覚えている。

 声音に微かに混じる寂しげな色を。溢れ落ちた言葉に気づき(すく)いあげた深意の一端。お前は間違えるなと記されたそれを。

 

 子に同じ(てつ)を踏ませまいとする先達としての教訓。されど足枷とならぬように内に秘められた想い。

 

 語る師の背中が小さくなったように感じられて。

 

 少年にはそれが我慢ならなかった。

 

 自分を卑下するような態度が気に入らなかった。落ち込む師などらしくもない。

 傲岸不遜に弱気も災難も笑い飛ばす。そんな師がいなくなるのが嫌で。

 

 

“じゃあ、見つけたらお祝いしてよ。世界一の宝を拝ませてあげるから”

 

 

 気づけば少年は立ち上がっていた。

 そして師を正面から挑発する。見つけた上で手に入れてみせると。師が悔しがるような秘宝を見せつけてやると。

 

 不敵な笑みで豪語された師は暫し黙り込む。しかし、少しすると呵々と笑い弟子を小突いた。

 

『はっ、ひよっこが。背伸びするには身長が足りえっての。そんなちっこくちゃあ庭先も探せねえぞ』

 

 意図を見抜いた師は生意気だと乱雑に弟子の頭を撫でつける。けれど、つり上がる口角が内心を雄弁に物語っていた。

 

『だがまあ、楽しみにしといてやるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは過去の断片。今は亡き家族との記憶。

 

 交わした約束は果たされることはない。

 だが、決して無意味などではなかった。

 

 

 何故なら少年は見つけたのだから。

 

 

『私は聖蘭、天宮(あまみや)聖蘭(せいら)です! 天使様に助力は願っても、縋り付くつもりはありません!』

 

 首にかけた銀の鍵を固く握り(まじり)には涙を浮かべる少女。足は震えしっかり立っていることでさえ叶わず今にも崩れ落ちそうで。

 けれども、決然とした意志を胸に声を張り上げる姿はどこまでも気高くて。

 

 

 高鳴る鼓動と共に目を奪われた。

 

 

 銀光を纏う誇り高き瑠璃(るり)の姫。

 

 

 その日、少年は(彼女)を見つけた。

 

 

 

 

 

 







二章開幕。

ここからが大変で目が回りそう。書くこと多いよ……

・主人公とヒロインについて
・まつろわぬ神との対峙
・主人公の権能の詳細

少なくとも二章でこれは書かなくては……


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