ギルド長が過保護すぎる   作:ピロリ菌ex

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9.末路

 

 化け物たちに捕まり、しかし殺されることもなく、アルシェはメイドたちへと引き渡された。

 

 あれよあれよという間に身ぐるみを剥がされ、見たこともないほど広く、温かい湯で満たされた場所──大浴場へと連行されると、彼女たちはアルシェの身体の隅々までを入念に洗い始めた。

 同性とはいえ身体の隅々まで洗われることに、多少の恥ずかしさはあったアルシェだが、メイドたちのあまりにも完璧な手際の良さに、口を挟むことなど到底できなかった。

 

 それに、何よりアルシェを困惑させたのは、彼女たちの態度だった。

 

「お湯加減はいかがですか?熱くありませんか?」

 

「ふふっ、とても綺麗な金髪ですね」

 

 メイドたちは皆、ころころと表情を変え、アルシェに対してとても優しく、親しげに笑いかけてくるのだ。

 それは、主人が新しくお迎えした"愛玩動物(ペット)"に対する優しさなのだが、それをアルシェが知るよしもない。

 

 湯船の中でぼんやりと彼女たちを観察すると、あの黒い翼の生えた絶世の女や、恐ろしい銀髪の吸血鬼ほど人間離れした美しさではないにせよ、全員が息を呑むほど容姿端麗だ。

 

 化け物たちの巣窟だと思っていたが、目の前でニコニコと世話を焼く彼女たちは、どう見ても普通の人間にしか見えない。

 

「あ、あなたたちは……人間、なの……?」

 

 恐る恐る口にしたアルシェの問いに、笑顔でメイドは答えた。

 

「ふふっ、いえ。私共はホムンクルスでございますよ」

 

「えっ、ホム……?」

 

 ホムンクルス。

 アルシェも魔法詠唱者(マジックキャスター)として、その言葉には聞き覚えがあった。確か、古い伝承や御伽噺で語られている存在で、高度な錬金術の果てに生み出される"人工的な人間"のことだ。

 まさか、目の前でこんなにも表情豊かに笑い、温かい手で自分に触れているこのメイドたちが全員、一から作り出された存在だというのか。

 

 そんなものを、これほど大量に、しかも精巧に創り出せる存在なんて。

 

 それこそ、神しか──

 

(……だめだ。これ以上は、考えちゃ駄目だ)

 

 行き着いた恐ろしい推論に、アルシェはギュッと目を閉じて思考を強制的に停止させた。

 これ以上、あの絶対者たちの底知れない力を理解してしまえば、今度こそ本当に気が狂ってしまうと本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 アルシェはただ、優しく微笑みかけてくるメイドたちに身を委ねるしかなかった。

 

 浴場から上がったアルシェの火照った身体を、メイドたちが手際よく拭き上げ、用意されていた衣服を着せていく。

 元貴族であるアルシェにとって、他人に着付けをされること自体には慣れていた。しかし、彼女たちが纏わせる衣服は、派手さはないものの、洗練された上品さを湛えており、帝国の宮廷で見てきたどの服よりも明らかに高品質なものだった。

 

 身を清められ、上等な服を着せられる。

 

 これから自分に何が起きるのか。嫌でも想像が膨らみ、アルシェは小さく身震いした。

 

「では、トンヌラ様のお部屋へご案内いたします」

 

「…………」

 

 先導を務めるメイドを一人残し、今まで親しげに世話を焼いてくれていた他のメイドたちは、一礼すると音もなくその場から姿を消してしまった。

 

 ホムンクルスとはいえ人間にしか見えない彼女たちは、無意識のうちにアルシェの精神的な拠り所になっていたのだろう。彼女たちの温もりが消えた途端、アルシェは急激な心細さと、押し潰されそうな孤独感に襲われた。

 

 長い廊下を歩く。

 

 一歩一歩が重い。

 

 それはまるで、断頭台に向かう罪人のようで。

 

「ここがトンヌラ様のお部屋でございます」

 

 メイドによって扉が開かれる。

 どうやら、ここから先は一人で入らなければならないらしい。

 

 アルシェは小さく息を呑み、死地に踏み入るような覚悟を決めて部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 部屋の奥。

 天蓋付きの豪華なベッドに腰をかけていたのは、あの異形の少女──トンヌラだった。

 

 部屋の奥、豪華なベッドに腰をかける異形の少女──トンヌラ。

 

「あぁ、待っていたよ。アルシェ」

 

 名前を呼ばれ、アルシェはビクッと肩を跳ねさせる。何か声を出そうとするものの、恐怖と緊張で喉が引きつり、口を動かすことすらできない。

 

「いろいろと聞きたいことがあるよね、まずは座って」

 

 トンヌラは、目線で近くにある椅子を示した。

 その口調は、闘技場で骸骨に向かって駄々をこねていた「無邪気な幼児」のようなものから、どこか落ち着いた、同時に不気味さを感じさせるものへと変わっていた。

 

 アルシェはガクガクと震える足を引きずりながら、指示された椅子へと腰を下ろす。

 

「まずは自己紹介をしようか。僕はこのナザリック地下大墳墓の主人が一人──トンヌラ。よろしくね」

 

「……よ、よろしく…お願い、します」

 

 絞り出すような声でアルシェは返答する。

 

「君の自己紹介は……今は無理そうだし、まずは君の聞きたいことからはじめようか」

 

 聞きたいこと、アルシェはすでに決まっていた。

 それは、どうしても知りたかったこと。

 自分の命よりも、優先しなければいけないこと。

 

「さ、三人は……他の三人はどうなりましたか?」

 

 これを聞くことで眼前の絶対者を不快にさせ、即座に殺されるかもしれない。

 それでも知りたかった。

 

「はっきり言うと──死んだ」

 

 分かりきっていたことだ。

 自分を逃がすために、あの化け物の前に立ちはだかったのだから。生き残れるはずがないことくらい、痛いほど理解していた。

 

「…………なんで、私は生きてるんですか?」

 

 漏れ出すように次の言葉が出てくる。

 

「初めは君も殺す予定だった。けど、君を逃した後に彼らから『自分たちはどうなってもいいから、君だけは助けてあげて』と懇願されてね。その友情に慈悲として応えたわけだ」

 

「………うそつき」

 

 掠れた声が、静かな室内に力なく落ちる。

 後で追いかける、と約束してくれた仲間たちが、あの後、自分の命乞いをしてくれていたなんて。

 

 そんなことなら、自分も一緒に戦って死にたかった。

 

 限界まで張り詰めていた感情の糸が、プツリと切れる。

 堪えていた涙が溢れ出した。大粒の雫がボロボロと止めどなく頬を伝い落ちる。

 

 

 

 

「落ち着いたかな?」

 

「………はい」

 

 アルシェが声を殺して号泣している間も、トンヌラは急かすことなく、ただ黙って彼女が泣き止むのを待っていた。

 

「じゃあ、他に聞きたいことはあるかな?」

 

「わ、私は……これからどうなるんですか?」

 

 恐る恐るアルシェが尋ねると、トンヌラは無邪気に笑った。

 

「安心してよ、殺したり痛い目に合わせようってわけじゃないから」

 

 その言葉に、アルシェはひとまずホッと胸をなでおろす。少なくとも、今すぐに凄惨な拷問や処刑が待っているわけではないらしい。

 

「アルシェには僕に外の世界について教えて欲しいんだ!」

 

「……外の、世界?」

 

「そう!実は僕、この地下から一歩も外に出たことがないんだ。それもこれも、全部アインズさんが過保護すぎるからなんだけどさ!」

 

 トンヌラは不満げに頬を膨らませ、プンプンと怒る。

 その年相応の幼い仕草が、国に残してきた妹たちの姿と一瞬だけ重なり、アルシェは無意識のうちに微笑みかけそうになり──慌てて首を横に振ってその錯覚を打ち消した。

 

 それよりも、アルシェを驚かせたのは彼の言葉の内容だった。

 

「えっ、……外の世界のことを、知らないんですか?」

 

「うん、何も知らない。僕にとって、このナザリックだけが世界のすべてなんだよ」

 

「そ、それは………」

 

 アルシェは言葉を詰まらせた。

 

 どれほど強大な力を持っていようと、どれほど豪華な部屋を与えられていようと、この子は一度も本物の空を見たことがないのだ。

 太陽の温かさも、吹き抜ける風の匂いも、街の喧騒すらも知らない。

 それはまるで、地下の美しい鳥籠に閉じ込められた小鳥のようだった。

 

 あるいは、両親の借金に縛られ、没落していく屋敷という狭い世界に囚われていた自分たち姉妹と同じではないか。

 

(この子も……囚われているんだ)

 

 仲間を奪った、恐ろしい化け物の一柱であるはずなのに。

 アルシェの胸の奥には、彼に対する怒りや憎しみよりも先に、外を知らない無垢な子供に対する奇妙な『同情』が湧き上がってしまっていた。

 

「聞きたいことは、こんなものかな?」

 

「は、はい……」

 

「じゃあ、一つだけ確認しておくね。今のアルシェは、僕とアインズさんの慈悲で生きてる。本来なら盗人として処理される立場だ。……この意味、わかるよね?」

 

「………はい」

 

 先程までの子供らしい無邪気さがスッと消え、冷ややかな支配者の声音で告げられた言葉に、アルシェは震えながら首を縦に振った。

 

「ふふっ。大丈夫、怖がらないで。僕に外の世界のことをいっぱい教えて、ちゃんと役目を果たしてくれたら……いつか、自由にしてあげるよ」

 

「ほ、ほんと……ですか?」

 

「うん。それに……すごくすごーく上手くいったら、死んじゃった仲間たちも『復活』させてあげられるかも?」

 

「っ!?」

 

 アルシェは弾かれたように顔を上げた。

 

 死者の復活。

 

 高位の神官や魔法詠唱者であれば可能だという伝承は、アルシェも知識として知っていた。そして何より、常識を遥かに超えた神のごとき力を持つ彼らならば、それが可能であっても全く不思議ではない。

 

(イミーナ、ロバーデイク、ヘッケラン……!)

 

 完全に閉ざされたと思われていた絶望の暗闇に、一筋の眩い希望の光が差し込んだ。

 それが彼らの気まぐれな嘘かもしれない。それでも、その言葉にすがりつくしかなかった。仲間たちを取り戻し、愛する妹たちの元へ帰る。

 

 その道がまだ残されているのなら。

 

「………わ、私、頑張ります!! 外のこと、何でも教えます!!」

 

 大粒の涙を拭い、アルシェは決死の覚悟でトンヌラを真っ直ぐに見つめ返した。

 

「その意気だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んで!』

 

 そうトンヌラに言われ、メイドに案内された客室のベッドに寝転がる。

 

 正直、頭がパンクしそうだった。

 化け物に捕まってから、良い意味でも悪い意味でも、想像を裏切られることばかりだ。

 

(殺されると、思ったのに……)

 

 無慈悲に仲間を殺した、化け物たち。

 その一方で、人間にしか見えないメイドたちの優しい世話、温かい風呂、帝国以上の豪奢な衣服、そしてこの羽毛ベッド。

 何より、外の世界を全く知らない無邪気なご主人様と、彼がちらつかせた仲間の復活という甘すぎる希望。

 

 緊張と絶望、そこからの安堵と一筋の光。

 あまりにも急激な感情の変化に、アルシェの体力はほとんど残っていない。

 

 ふかふかのシーツに身を預け、目を閉じる。

 明日から、あの異形の少女の教師としての、絶対に失敗が許されない日々が始まるのだ。

 今は少しでも休んで、頭をクリアにしなければ。

 

(妹たち……。ヘッケラン……イミーナ、ロバーデイク……)

 

 愛する家族と、失った仲間たちの顔を脳裏に思い浮かべる。

 絶対に生き延びて、いつか全員で帰るのだ。

 

 強い決意を胸に微睡みかけていた、まさにその時だった。

 

 コンコン、と静かなノックの音が部屋に響いた。

 

「は、はい……」

 

「アルシェ様。デミウルゴス様がお見えです」

 

 デミウルゴス。

 聞いたことのない名前に、アルシェは咄嗟に身を強張らせて警戒する。しかし、警戒したところで自分に何が出来るわけでもない、とアルシェは苦笑いしながら、重い身体を起こしてベッドから降りた。

 

 扉が静かに開く。

 

 部屋に入ってきたのは、仕立ての良い赤い紳士服に身を包み、丸眼鏡をかけた男だった。知的な雰囲気を漂わせているが、その背中、腰のあたりからは、銀色の金属で覆われたような長い尻尾が生え、ゆらゆらと蠢いている。

 

 当たり前だが、彼もまた人間ではないのだろう。

 

「君が、トンヌラ様の"ペット"となった人間だね?」

 

 ペット。

 ここの化け物たちが自分をそう呼ぶのもおかしくはない。アルシェは特に否定も反抗もせず、ただ静かに頷いた。

 

「は、はい」

 

「あぁ、これは失礼。私はナザリック地下大墳墓・第七階層守護者を任されている、デミウルゴスという者です」

 

 デミウルゴスは、その丁寧な態度とは裏腹に、底知れない邪悪さを孕んでいるように思えた。

 

「わ、私に何かようですか?」

 

「君に合わせたい者がいてね」

 

「私?」

 

「君の仲間だよ」

 

「えっ、……で、でも死んだんじゃ?」

 

 アルシェの返答に、デミウルゴスは不思議そうに首を傾げる。

 

「ん?……あぁ、なるほど。トンヌラ様がそう仰ったのだね。無理もない、あの方はまだ幼少であらせられる」

 

 デミウルゴスは顎に手を当てて、一人納得したように頷いた。

 

「あぁ、すまないね。つまりあの方には、真実は知らされていないのだよ」

 

「真実……?じゃあ、三人は生きて──」

 

「クククッ……さあ、付いてきなさい」

 

 デミウルゴスはそれ以上は答えず、ただ愉悦を孕んだ笑みを残して身を翻した。

 

 アルシェは不安を胸に抱きながらも、赤い外套の後を追って、静かに部屋を後にした。

 

 

 どれくらい歩いただろうか。

 

 

 デミウルゴスがある部屋の前で足を止める。

 

 

「ここだ。さぁ、入りなさい」

 

 促されるまま、アルシェは震える手でゆっくりと扉を開けた。

 中は薄暗く、だだっ広い空間だった。その部屋の真ん中に、大きなソファが一つだけポツンと置かれている。

 

 そして、そこに座る人影が二つ。

 

 ソファはこちらに背を向けて配置されており、顔を見ることはできない。

 微動だにせず、ただ静かに肩を寄せ合うようにして座っている。

 

 しかし、見間違えるはずがなかった。

 

 金髪とあの髪型、ハーフエルフ特有の耳。共に死線を潜り抜けてきた、仲間たちが纏う見慣れた空気感。

 

「ヘッケラン、イミーナ!」

 

 不安は一瞬にして吹き飛び、歓喜と安堵が爆発する。アルシェは思わずその名前を叫び、大きなソファへと駆け出していた。

 

 ──ただ、それを見るべきではなかった

 

「ひッッ……!?」

 

 二人はボロ布のような下着しか身につけておらず、かつての肌艶は完全に失われ、まるで死人のように青白く変色していた。焦点の合わない眼は虚空を彷徨い、半開きの口からは涎が垂れ流されている。

 

 だが、何よりも異常なのは。

 

 醜悪に膨れ上がった腹。

 薄く引き伸ばされた皮膚の内側でボコボコと不規則に波打っている。

 

 透き通った皮膚の下、腕、太もも、首筋、さらには顔面に至るまで、ミミズのような無数のシルエットが這い回っていた。

 

 かすかに漏れ出る呻き声は、痛みを訴えることすらできないほどに破壊された精神の残滓。

 

 彼らは生きているのではない。無数に繁殖する『蟲』たちの苗床にされていたのだ。

 

「う"っっ……」

 

 込み上げてくる吐き気を抑えるように口を両手で塞いだ。

 

「どうしたんだい、感動の再会だよ?抱擁の一つでもしてあげたらいかがかな?」

 

 悪魔の囁きも今のアルシェには入ってこない。

 目の前のものが現実だと認識できない。

 

「おや、もう一人のお仲間も到着したようだ」

 

 その言葉に続くように、部屋の奥にある別の扉が開き、不規則な足音が近づいてきた。

 

 アルシェはゆっくりとそちらへ視線を向ける。

 

「ロ、バー……デイク……?」

 

 そこに立っていたのは、間違いなく見慣れた屈強な神官だった。

 彼はヘッケランたちのように蟲に寄生されてはいなかった。外傷も何一つない。だが、その姿は彼らとはまた違うベクトルで、異様だった。

 

「あ、あゥ……ぁ、神よ……、カミ、カミみ、アみみみみみ、……ヒカ、リ……が、あ……」

 

 だらしなく開いた口からはとめどなく涎を垂らし、かつて強い信仰心と理性を宿していた眼は、異様に見開かれたまま、一切の光を失い、濁りきっていた。

 虚空を見つめながら、赤子のように意味のない言葉を繰り返し、ただ力なく首を揺らしてよろよろと歩き回っている。

 

「彼はアインズ様の崇高なる実験──記憶操作の被検体に選ばれるという誉れを授かってね。いやはや、人間の脳というのは実に脆いものだ」

 

 デミウルゴスはさも残念そうに首を振るが、その口元は三日月のように吊り上がっていた。

 

「どうかね、嘘は言ってないだろ?

 彼らは生きている。

 死ぬことなく、至高なる御方々の役に立ち続ける。

 ──なんと素晴らしいッ!!」

 

 ガクンとアルシェの膝の力が抜け、その場にへたり込む。

 先ほどまで抱いていた、なんとか頑張っていこうという希望の光が、粉々に砕け散っていく。

 

「さて、現状を正しく理解してもらえたかな?トンヌラ様のペットである君をどうこうするつもりは私にはない。だが──自分の立場と、慈悲深いトンヌラ様に生かされている意味を、決して忘れないことだね」

 

 最後にデミウルゴスはアルシェの肩に手を置いて耳元で囁く。

 

「それと、トンヌラ様はこのことを何も知らない。もし君がそれを伝える、バレることがあったら────分かるね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルシェは気づくと自室の前に立っていた。

 

 もうどうやって帰ってきたのかも分からない。

 

 扉を開けて部屋に入ると。

 

「あ、アルシェ!ごめん、かってにはいっちゃって!」

 

 無邪気な笑顔で出迎えるトンヌラがいた。

 

「ト、ンヌラ…様……」

 

「じつはね、はやくおそとのはなしがききたくて、まてなかった!」

 

 えへへと笑うトンヌラ。

 

 アルシェは先程の悪魔の忠告を思い出す。

 

 あの部屋で見た悍ましい光景が、脳裏にフラッシュバックする。

 

(笑え……ッ! 笑うんだ、私……!)

 

 胃液を吐き出しそうになるのを必死に呑み込み、ガクガクと震えようとする膝に無理やり力を込める。

 アルシェは、引きつりそうになる顔の筋肉を総動員して、必死に口角を上げようとする。

 

 ただ、元ワーカーとはいえ、人間の少女。

 

 もうとっくに限界だった。

 

 倒れ込むように崩れ落ちるアルシェ。

 

「アルシェ!?」

 

「……なさい、…ごめんっ、ご……ごめん"なさいッ……」

 

 涙が止まらない。

 

 誰に対して謝ってるのか。

 

 自分を助けて悲惨な目に遭っている仲間に。

 

 あの忠告をしてきた悪魔に。

 

 トンヌラに。

 

 もう、なにも分からない。

 

 ただ、ぐちゃぐちゃになった頭の奥で、絶望と罪悪感だけが渦を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、頭を撫でる小さな手。

 

「よしよし、こわかったね」

 

 ビクッと肩を震わせるアルシェの頭を、トンヌラの温かく柔らかい手が優しく撫でていた。

 

「もうだいじょうぶ、だいじょうぶだから」

 

 自分の足元に広がるおぞましい現実など微塵も知らない、残酷なまでに無垢な声。

 

 それが、アルシェの心をさらに粉々に引き裂いていく。

 

 突き飛ばさなければならないはずの化け物の手は、酷く温かく、心地よかった。

 

 いつか、愛する妹たちが小さな手で不器用に慰めてくれた、あの時と同じような、純粋で無垢な優しさに、アルシェはもう逆らうことすらできなかった。

 

「あぁ……あああぁぁッ……!」

 

 アルシェはその小さな温もりにすがりつくように、トンヌラに抱きついて、ただ子供のように声を上げて泣きじゃくることしかできなかった。

 

 トンヌラもアルシェを抱きしめる。

 

 それに続く触手。

 

 甘く、蕩けるような、抱擁。

 

 アルシェは、もうトンヌラを拒めない。

 

 拒まない。

 

 だってトンヌラを

 

 愛してるから。

 

 

 

 







賛否あるのは分かってるんだ。

でもこいう残酷さがすごく好きでオーバーロードにハマったんだ。
許して、アルシェちゃん。
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