クソデカ羅生門とかあの辺を読んでいたらふと頭に浮かんできてしまった。

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メロスは激怒した。必ずかのチーム統括責任者(チームプリンシパル)()()()()と言わせてやらねばならぬと決意した。

 

メロスには政治(スポンサーとの駆け引き)が分からぬ。メロスは、F1ドライバーである。タイヤを溶かし、タイムを削って暮らして来た。

 

 


 

 

UAE(アラブ首長国連邦)の首都、アブダビの夕焼けに染まるヤス・マリーナ・サーキット。ここで行われる今週末のF1最終戦はシラクス・レーシングにとって、ただのレースではなかった。

メインスポンサーを含めた複数のスポンサーが撤退するとの噂が飛び交い、チーム解散が激しく危ぶまれるような状況であった。

シーズン序盤は調子が良かったものの、開発の遅れやチーム内の不和が重なって何人ものスタッフの首が飛び、罵声が飛び交う中で成績が伸び悩み、悪循環のなかでようやく少し立て直したところでのチーム解散という話である。

ドライバーのポテンシャルは概ね高いと言えた。片方は派手ではないがクレバーに好成績を出すタイプ。そしてもう片方の性格はきわめて直情的で、メンタルに左右されて成績も上下したりと不安定な天才タイプであった。

 

ピット奥の会議室に立つチーム統括責任者(チームプリンシパル)・ディオニスの表情は冷たかった。スポンサーに寄り添い、クルーやドライバーたちには一切の感情を見せない男であった。それどころか、彼はチームを畳みたがっているだの、スポンサーから私的に多額の金を貰っている、ドライバーのことを憎んでいる、実は別のチームに逃げたがっているだのと本当なんだか嘘なんだかも分からないような噂が山のように飛び交っていた。それらをくだらぬといった態度で明確に否定することもなく、冷めた目つきと厳しい態度を徹底してクルーに接する。それがメロスを苛立たせた。

 

「分かっているな、せめて私のキャリアを傷つけるな。つまりマシな結果を出せ。まあ、できるなら、の話だがな」

 

メロスとのブリーフィングの最後で吐き捨てられたディオニスの声は、どこまでも事務的で、感情の欠片も感じられなかった。メロスは激怒した

 

メロスは部屋を出ていこうとしていたディオニス(チームの王)の胸ぐらを気づけば掴んでいた。ディオニスはそんなメロスの手を振り払いながら冷静に口を開いた。

「なんのつもりだ」

メロスは怒りにまかせていきり立った。

「あんたはチームのことをなんとも思っていないんだな」

「何を言うか、私ほどチームのために奔走している者はおるまい」

ディオニスのそんな冷めた口調に対し、メロスは半ば嘲るように吐き捨てた。

「その結果がチーム解散か?随分落ち着いていられるな」

ディオニスはそっとため息をついた。

「やはりお前たちは何も分かっておらん。金のことを考えずにただ走ればいいのは楽なもんだな。私がどれだけ心を配ってスポンサーと日々駆け引きをしているかなど知らんだろう。ああ、そうだ、私はチームの()()のことも考えねばならんからな。そしてクルーや関係する企業に未払いを起こすよりは畳んだ方がよほどマシな選択肢だとは思わんか。」

メロスは思わず目を逸らした。そう言われてしまえば反論の術がない。

 

何度か口を開きかけては口ごもって、そして嘆願するようにこう言った。

「しかし、表彰台(ポディウム)に登るなら話は変わるんじゃないか?そうだ、俺たちは今までドライバー二人が同時に入賞したことはない。やってやる。あんたが前に言っていたF2への移籍のオファーもクソ喰らえ。セリヌンティウスと別のチームで戦うのも真っ平御免だ。あいつとは一蓮托生でやってきた。もし最終戦で二人で表彰台を取っても撤退するなんてふざけたことをするなら、Twitterであることない事書いてスポンサーとあんたを炎上させてやる」

そう啖呵をきった。そんなメロスの台詞に対し、

「ばかな」

と、ディオニスは嗄れた声で呟いた。

 

そして数秒沈黙した後、ディオニスは続けた。

「セリヌンティウスは予選P2(2位)であるし直近の成績も安定しているから表彰台(ポディウム)は現実的だろうが、前戦で下位に沈んだ上にPU交換(パーツ交換規定)で5グリッド降格となったお前がここアブダビで入賞なぞ無理に決まっておろう。まあ良い。……そこまで言うのならばスポンサーにも話をつけておいてやろう。確かに彼らは金銭事情そのものよりもROI(費用対効果)を強く気にしておる。つまりは成績次第だ。」

ディオニスはそこで嘲るような顔をし、

「しかし、こうして私に食ってかかって親友(チームメイト)(キャリア)も巻き込んだ自覚はあるのか?よかろう。表彰台(ポディウム)をふたつ取れるならスポンサーは私が()()()()()()引き止めてやる。その代わり、お前がP3(3位)まで順位を上げられなかったら、たとえセリヌンティウスが優勝したとしてもチームが解散した後のお前らの移籍の推薦の話は一切無しだ」

そう言い放って、スーツの襟を整えながら部屋を出ていった。

 

こうして、この最終戦はチームの存続とドライバーたちのキャリアを賭けた運命のレースとなった。ドライバーが2人とも表彰台、すなわち3位以内に入れればチームは解散を免れる。 しかし10位(P10)スタートのメロスが先頭に追い付けなければドライバー二人の解散後の推薦もしない……こんな約束が交わされたという噂は、メロスが喋った訳でもないのに一夜明けるまでにクルーが全員知るところとなり、決勝当日は皆が朝早くから心をひとつにし、最善を尽くして仕事をこなした。

 

メロスはブチ切れて勝手にそんな交渉をしたことをセリヌンティウスに謝罪した。自身のキャリアまでもが懸かった話であるにもかかわらず、セリヌンティウスはただ無言で頷き、固く抱擁した。それで十分だった。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

3秒ライト点灯(three lights)……

 

4秒ライト点灯(four lights)……

 

5秒ライト点灯(five lights)……

 

……

 

 

……レース開始(black out)

 

メロスは、闘志を(みなぎ)らせてペダルを踏み込んだ。ライバルとの熾烈なバトルを制してセリヌンティウスと共に表彰台に乗る。そう、結果を出しさえすればチームは救われるのだ。

 

序盤の混戦を制し、メロスは10位(P10)から7位(P7)まで上げた。さらに2周目でDRS(空気抵抗軽減)の使用が解禁されるとすぐに、すぐ前を走る赤い猛牛が描かれた濃紺のマシンをぶち抜いて6位(P6)に浮上した。

前戦で不調だったPU(エンジン)は快調に回っている。タイヤもがっちり食いついていて手応えを感じる。

チームメイトのセリヌンティウスは無線によると2位(P2)を維持してフィルステッペンの後についているとのこと。無理なアプローチはせずに安定した走りをしているようだ。ひとまず心配はいらないだろう。

 

さて、メロスの前を阻むのは5位(P5)のへミルトン。P3とP4はすぐ先で激しくやりあっているので、この黒と銀で彩られたマシンを抜けば表彰台争いも見えてくる。

まぁ行けるだろう。なんとなくそんな楽観的な気持ちを持ちつつ、メロスは慎重に隙を伺っていた。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

12周目。P5を走るへミルトンとの激しい攻防(サイド・バイ・サイド)にてマシンが軽く接触しメロスの車体が揺れた。彼らはほぼ無意識の反応で態勢を立て直す。両者のラインが乱れ、スライドして縁石に乗り上げながらも何とかうまく立て直した。クラッシュには至らず、危険な局面ではあったものの勝負はただ単に仕切り直しかと思われた。

 

しかしメロスがハンドルに力を込め直した時、無線からスチュワード(レース審査員)の無慈悲な通達が響いた。

 

『メロス、5秒タイムペナルティ。』

 

(ふざけんな、クソFIA(メルセデス贔屓)が!!!!何もしてないだろ!!!!)

 

悪態をつきつつ、まずはマシンを遠隔チェックしてもらう。幸いフロアなどに大きなダメージは無さそうだ。ウイングやサスペンションにも異常は見当たらない。不幸ではありつつその点は幸いだった。

動揺している間にへミルトンは離れてしまった。また追いかけたいところだが問題はペナルティだ。ピット時に作業をせずに5秒静止する必要がある。

 

どうしたものか。C4ミディアムタイヤの寿命はこのサーキット(ヤス・マリーナ)ではおよそ14周が目安。つまりそろそろグリップの低下が無視できなくなってくるタイミングである。

我慢して走ってあとでタイヤを贅沢に使うというオーバーカット戦略もありえたが、SC(セーフティーカー)VSC(バーチャルセーフティーカー)が出てしまうとペナルティを消化できない。メロスはアンダーカット(早めの交換)を決意し、次周でピットに向かう旨を伝えた。

 

メカニックはすぐに用意すると答えたが、その後にディオニスの声が続いた。

「終わりだな、せいぜい五体満足でレースを終えることだけ考えろ」

 

その冷めきった声にメロスはどこか心が折れるような感覚を覚えた。悪あがきかもしれないがまだやれることはあるだろう。それなのにそんな言い方はいくらなんでも無いだろう。

 

しかし……彼の言う通りなのかもしれない。

きっと自分にF1のシートは不釣り合いなのだ。シートを失っても仕方ない。そう、自分にはF2あたりでのんびり走る程度の実力しかないのだ。そうだ、そうなんだろう。

 

セリヌンティウスよ、君は2位を走っている。立派なものだ。素晴らしい友だった。

君はF1ドライバーとして輝くべきだった。しかし彼を巻き込んで無理な約束をするべきではなかった。すべて俺のせいだ。

 

いつもならメロスはこれしきで諦めることはない。むしろアグレッシブな走りを繰り出して結果を出すタイプだ。

しかし自身のみならず友の選手生命が掛かった局面でのFIAの理不尽な裁定とボスの冷たい言動が彼の強靭な精神をもじわじわと折ろうとしていた。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

心がささくれるのを感じながらメロスはピットに戻った。 

マシンを停車させてから5秒間静止する。実にもどかしい。

まるで永遠のように思える時間が過ぎたあと、ミディアムタイヤが取り外されてハードタイヤにつけ変わる。しかし普通なら2秒で終わるはずが、一向にジャッキオフされない。

もう5秒ほど経ってようやくサスペンションが沈むとロリポップ(指示標識)が裏返され、メロスは慌ただしくアクセルを踏み込んだ。

 

「どういう事だ!」

コースに復帰したメロスが無線で叫ぶと、申し訳なさそうにチーフエンジニアが答えた。

「すまない、ホイールガン(タイヤ外すやつ)の故障で手間取った」

その言葉にメロスは「了解」とだけ答えたあと、()()()()()()()()激しく悪態をついた。

 

アンダーカットとはいえ5秒ペナルティ、さらにピットトラブルで順位は激しく後退。諦めという言葉は辞書にないが、それでも望みは限りなく薄く思われた。

メロスはアグレッシブな走り方でまだ温度の低いタイヤに熱を入れながら前を猛追する。しかしレースが進んでそれぞれのタイム差が激しく、ちょっとやそっとでは追いつきそうにない。あまりプッシュすればタイヤを痛め付けることになるし、限界領域まで攻め込めばコンマ0.0数秒レベルのゲインに対してただただクラッシュやコースアウトによる大幅なタイムロスのリスクが増大するだけだ。車が物理法則に支配されている以上、ある程度のタイムより速くなることはありえなく、ただ単にハードに攻めてどうにかなるような問題では無い。状況はきわめて厳しかった。

 

ほとんどのチームでタイヤ交換が進み、レースは20周を経過した。交換タイミング前後のタイム差と彼の渾身のプッシュにより、順位が落ち着いた段階で彼は実質10位という位置にいた。望みは薄い。もう少しはポジションを上げられるかもしれないが、スタート時の10位とは訳が違う。何しろ車ごとに数秒以上のタイム差があるのだ。ここからP3という目標ははるか彼方で霞んでいた。

5秒ペナルティは痛かった。それに加えてピットトラブル。誰のせいという話でもないが、メロスのせいではないだけに口惜しい。どちらにしても怒りをぶつけることも出来ないし、ただ感情を抑え込むしかないのである。

 

已んぬる哉(マジ詰んだな)。セリヌンティウス、すまない……俺は……)

 

そんなことを思いかけた時、突然コースマーシャルが赤色の旗を振り始めた。レッドフラッグ、レース中断の合図だ。余程大きなクラッシュでも起きたのだろうか。不謹慎なことは分かっているが、メロスにとってそれは天の恵みの事故と言う他なかった。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

ピットで待機する。なんとももどかしい。空気が悪くなってもおかしくないところだが、クルーはそれを表に出さずにテキパキと仕事をこなす。タイヤを交換し、ここまでの膨大なデータからストラテジーを詳細に検討しているとあっという間に再開の指示が出た。ターン8(超高速コーナー)で大破したモリス(豆腐メンタル)のマシンとデブリは案外にも早く片付いたようだった。

 

5つの赤いライトが消えた瞬間、メロスは光のように飛び出した。

逆噴射し(出遅れ)た数台をスマートに追い抜き、さらに1コーナーでラインの空いたところに思い切って飛び込む。再スタートから瞬く間に4台を抜き、これで6位(P6)である。

 

そこから先はさっそく間隔があいてしまった。メロスの長い戦いが再び始まる。

 

20周目という絶妙なタイミングのレース中断からのタイヤ戦略は各チームで差が見られた。アブダビはコンディションが過酷なためソフトを選ぶチームはさすがに無く、ミディアム→ハードを選ぶチームがやや多かった。しかし、チームによって(リバース)やハード→ハードなどと差が見られ、それが試合の行方を大きく左右されることが予想された。

 

メロスはSC(セーフティーカー)が出ないことを祈りながらノーマル戦略、つまりミディアムタイヤを選択した。であればタイヤの美味しいところを使い切って一気に順位を上げるしかない。

リバース戦略(先に硬い方を使うの)も検討したが、ロケットスタートでの食いつきを少しでも良くしたいのと、あまりに先頭から離されすぎると終盤でミディアムを履いても回復が難しい、という判断だった。

 

それは今のところ良い方に働いていると思われた。ミディアムタイヤをほとんど丸ごと使い切る勢いで5位(P5)のへミルトンとの死闘を繰り広げ、メロスはついに33周目でポジションを上げることが出来た。メロスはようやく一息入れるが、この戦いでの勝利は激しいタイヤ摩耗との引き換えだった。

BOX BOX(そろそろピットに)……、BOX BOX(戻ってこい)……」

無線のその指示にメロスは頷いてピットを目指した。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

今度はピットトラブルもなく、アンダーカット気味のピットインはむしろタイム的にアドバンテージに繋がっていた。

 

しかし目指すは3位(P3)である。

前を走るルクリール(P3)ピアステ(P4)はリバース戦略を採用していた。つまりハードタイヤで長く引っ張り、最後にミディアムタイヤでスパートをかけるという段取りである。それに対してメロスは交換したばかりのタイヤでタイムを削っていく。

 

しかし3位争いの彼らが42周目でもつれるようにピットインし、再びコースに戻ったのはぎりぎりメロスの()だった。

メロスは奥歯を噛み締めた。ここで抜けなかったのは痛恨である。彼らはフレッシュミディアムで圧倒的なアドバンテージがある。メロスのハードタイヤでは勝ち目は無い。

彼らのタイヤが温まり切る前に抜くしかないとメロスは反射的にオーバースピード気味に突っ込むも、アンダーステア(曲がりきれない!)からのクロスラインで失敗し、直後のストレートの立ち上がりで突き放されてしまった。

 

「ダメか……!!」

 

DRS(空気抵抗軽減)を使って追い縋ってもコーナーでジリジリと差が開く。DRS圏外に出てしまったらもはや逆転の目は潰えるだろう。

メロスの必死の走りにも関わらず、45周目には2秒の差が開き、もはや絶望的な状態であった。

ジリ貧のまま、あと13周でレースが、そしてシラクス・レーシングが終わりを迎えてしまうのだ。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

メロスは誰よりも丁寧にタイヤを労りながら高い速度を維持することに全神経を集中させていた。唯一の望みはレース最終盤だと彼は信じていた。

 

55周目、果たしてメロスが睨んでいた展開が現実になろうとしていた。

P5のメロスに対して決定的な差が開かないままリバース戦略を採用したルクリール(フェラーリ)ピアステ(マクラーレン)のタイムが落ちつつある。ミディアムタイヤは確かに速いが、寿命にも限りがあるのだ。

42周目でミディアムタイヤに交換したら最終盤でタイヤが厳しくなるだろうとメロスは予想していた。しかもフェラーリとマクラーレンはコンストラクターズポイント(メーカーごとの得点)争いで一歩も引けない争いをしている。複雑すぎてさすがに詳しい条件をメロスは覚えていないが、3位争いが年間ポイントで逆転につながるほどの僅差だったのは確かである。

 

つまり、前を行く彼らは必然のバトルでタイヤを激しく消耗させていた。追い抜き(オーバーテイク)やその防衛のためにベストラインを外せばその分タイムも悪くなる。意外にもメロスがちぎられずにハードタイヤでもギリギリついていけていたのはそれが理由である。

ここへきて彼らのタイムは明確に落ち始めている。メロスは最後の勝負に出る覚悟を決めた。

 

やることはシンプルだ。プッシュしてタイムを上げてDRS圏内まで追いつき、ぶち抜く。ヤス・マリーナのオーバーテイクポイントの少なさ、追いつく難易度の高さ、そして2台を一気に抜いた後に再び抜き返される展開などを考えると、チャンスはファイナルラップのセクター2という一瞬のタイミングしかないと思われた。そこにはコースに2箇所しかないDRS(空気抵抗軽減システム)が使える区間が連続して存在するのだ。全てがここにかかっている。

 

57周、全身全霊をかけた走りでメロスはとうとうピアステのDRS圏内まで追いついた。セクター1を終えて高速区間のセクター2へ。空気抵抗(ドラッグ)が減少したマシンはグイグイと加速する。タイム差もまだあるためオーバーテイクは仕掛けないが、バックストレートの伸びの感触では十分に逆転の目はありそうだった。

 

テクニカルなセクター3を抜け、いよいよファイナルラップに突入である。

自分のみならずセリヌンティウスの選手生命や大勢のクルーの首も掛かった運命の1周だ。クルーは瞬きもせずにモニターを凝視し、ファンもまた固唾を飲んでライブ中継を見守っていた。

セリヌンティウスはP2で単独クルージング気味に走っているとのことだ。待ってろ、どうにか追いついてみせる。ああ、走れ!メロス。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

セクター1終盤、検出ポイントでのタイム差は0.4秒。

ピアステは前を走るルクリールとのバトルに過熱していて後ろから近づくメロスにはあまり注意を払っていなかった。

立ち上がり重視のラインからDRSによってドラッグが減少したマシンはピアステのマシンが作り出すトウ(スリップストリーム)、つまり前の車の後ろに発生するエアポケットに吸い込まれるように加速し、張り付いたところでメロスがハンドルを切ってぐいと横に並ぶと、彼のマシンはするすると前に出た。シケインへの飛び込みを経て7コーナーではメロスのマシンは完全に黒とオレンジに塗装されたマクラーレン(MCL38)の前にいた。

 

そして再び超高速コーナー、2つめのDRS区間である。メロスはDRSと共にERS(バッテリー)が溜め込んだありったけの電気エネルギーを放出した。

その差はトップスピードで秒速5mにも達するアドバンテージをもたらす。ピアステとの勝負でERSの電力がほとんど底をついていたルクリールは、メロスのマシンが横をすりぬけるのを指をくわえて見ていることしかできなかった。

 

9コーナーを抜け、第3セクターにてメロスは必死にマシンを駆る。

DRSはもう使えないが、気を抜いたら至極簡単に抜き返される。メロスはスクーデリア・フェラーリの真っ赤なマシンが後ろに張り付いているのを背中でピリピリと感じながら、垂れかけたタイヤを引きずって必死にラインをブロックする。

コーナーではイン側(内側)を取り合い、しかし気を抜けば漁夫の利で後ろからまとめてぶち抜かれかねない。3人ともが必死であった。

 

最終コーナーを抜け、スリーワイド(3人横並び)気味にマシンが並ぶ。

メロスは最後の電力を使い切るべくERSモードを最大(オーバーテイク)にした。PU(エンジン)が甲高い唸り声を上げ、白と黒の旗(チェッカーフラッグ)が激しく振られるのを目の端で捉えた。

 

メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

激闘の末に3位(P3)を勝ち取ったのはメロスだった。

 

急速に身体から力が抜けていくのを感じた。

アクセルを緩め、クールダウンラップ(ウィニングラン)に移行する。

ガッツポーズを取る力すらなく、目が潤むのを堪える。

 

無線越しにはどよめきが聞こえる。あっぱれ。口々に何かをわめいている。

メロスは何か言おうとしたが、喉が掠れて何も言葉が出てこなかった。

 

ピットに戻り、車を停車させた。

1位(チャンピオン)フィルステッペン(絶対王者)と目が合う。彼は黙ったまま、ただニヤリと笑った。それは「やるじゃん」と物語る、最高の賛辞だった。

 

マシンから降りようとするとセリヌンティウスが手を貸し、メロスがコンクリートに両足をつけると同時に彼らは固く抱擁しあった。

しばらくそうした後、メロスは小声で言った。

「すまん、正直、ペナルティ食らった時は心が折れかけたよ」

そう言うとセリヌンティウスは軽くメロスのヘルメットを小突いたあと、こう言った。

「まぁ、チーム解散が全く頭を過ぎらなかったかといえばさすがに嘘になるかな」

その言葉に、メロスはヘルメット越しに軽く頭突きをし返した。

 

そこにディオニスが近づいてきて、不満そうに鼻を鳴らした。

 

「まったく、やってくれたな」

彼はそう呟くと、かすかに口元を緩めた。

 

「まあ、あんな戦いを見せられては、チーム解散は回避するしかないだろう」

その言葉にメロスとセリヌンティウスは目を見開いた。

 

それからディオニスは他のクルーや近くの報道関係者にも聞こえるように声を張り上げた。

「スポンサー撤退の話は撤回された。来年も私がお前らのボスだ、残念だったな」

 

ピットクルーたちが爆発した。万歳、と叫ぶ者もいた。

 

セリヌンティウスは気を利かせて教えてやった。

「そういえば、君の彼女が待っているぞ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

勇者は、ひどく赤面した。

 

(古伝説と、シルレルの詩から?)

 


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