大体レベル70くらいの新米冒険者! 作:松脂松明
“傭兵隊”に入り馴染んできたこの頃、俺の能力は一定の評価を得ていた。どの武器でも使え、身体能力が高いという評価を、ありがたくも三級冒険者以上の方々から頂いたのだ。
チームとしての評価も悪くない。バランスのとれた構成に、積極的に前へと出ようとする。なんというか“傭兵隊”に所属するチームは基本的に大雑把だ。そこで真面目な俺たちが、かえって一目置かれるようになってしまった。
「敵の勢力圏内で情報収集ですか?」
「ああ。向こう側にも森林があるだろ? そこで魔族どもは指揮官会議をやってるらしい。まぁサクラスは考えないし、当然だわな。通常、こういった任務は
その評価からこの任務が回ってきた、らしい。ブライアーは白湯を飲みながら、いたって平静だ。通常やらない任務が来るのも、それを俺たちに任せるのも覚悟済み。大物とはこういう人物か。
「でもなんだって私たちがやるのよ。言っちゃなんだけど、私とか隠れるのには全然向いてないわよ」
「それはわたくしもですわね。どちらかといえば、当然に正面から行く方ですし」
ミュゼとマルグリットは反対らしい気配だ。まぁ敵の森で火なんて扱えば、目立つわな。いや、見方を考えれば、むしろかえって……
「ブライアーの大将は最初から失敗すると思ってるんで?」
俺の問いかけに少しだけブライアーが反応した。手にしたカップが一瞬ぴくっとしたのだ。
そう。“
「そうだ。情報を持ち帰るならイサオだけに頼むが、魔族の感覚は敏感だからな。大体都合よく重要な話をしているとは限らんだろうが。そもそも依頼してきた軍自体が、失敗することを見込んでいると俺は思っている。このところ失敗が目立つからな正規軍。“勇者隊”と“傭兵隊”の評価でも下げる気なんだろうよ」
「足を引っ張り合ってる場合ですか」
「そう言われても売られた喧嘩を、毎度買うわけにはいかんからな。結局正規軍ありきだしな」
アランがイライラしている。まぁ魔族が一か所に集まっているところなんて、アランにとっては仇が群れているわけだからな。潰したくもなるだろう。
そこではたと気付く。これはアランに対する試金石だ。殺意を抑えられるかどうかで、器を見定めようというのだろう。いやだね、偉い人ってのは。
「まぁとりあえず真面目にやって、駄目そうなら逃げますよ」
「ああ、それでいい。あとは俺の仕事だ」
俺が話を打ち切り、ブライアーの天幕から出る。これは俺の出番かな。
「アラン。気持ちは分かるが、こらえてくれ。情報収集は俺がやる。失敗する見込みだが、成功させてもいいだろう?」
「イサオ、だがどうやって……」
「俺だけ先行して、聞き耳をたててくる。そのあと、お前たちと合流して逃げる。たまには殺すんじゃなくて、鼻を明かすのもいいだろう?」
「ごめん、助かる……」
敵領域での情報収集という最悪な仕事だ。潜入してるのがバレた時点で情報は鮮度を失う。それを避けるなら、俺一人の方が確率は高い。まぁあくまで高いだけだが。
こうして、俺たちは夜闇に乗じて、出発することになった。魔族やサクラスはむしろ夜の方が元気な気がするが、気持ちの問題だ。
“傭兵隊”に入ってから知ったことだが、敵の本陣は森のさらに向こう側にあるらしい。なので、森までは普通にたどり着くことができた。俺は合図を出して、皆にここで待つように指示する。
一人で森に入り、時折棒立ちになっているサクラスを避けながら進んでいくと、広場のような空間を見つけた。そこでは火を囲んで、サクラスとは違う異形たちが集まっていた。当たりだ。
それまでは上手くいっていたのだ。サクラスは自我が薄いので、司令官たちにさえ気をつければ敵の話ぐらい盗み聞きできた。あとは情報を持って帰るだけだったのだ。
だが……俺は失念していた。“勇者隊”もチームを派遣していたのだ。
「何者だ! 見ているのは分かっているぞ、夜に我らから隠れることなどできはせん!」
司令官の一人が、俺とは違う方向を指し示し、静かな夜は一気に騒がしくなった。俺も気付かなかったので、“勇者隊”のチームはかなりの隠形の使い手だったようだが……俺は彼らを見捨てる判断をして、撤退することにした。
だが……その司令官の中に更なる異形が混ざっていたらしい。俺は今絶賛、追われている最中だ。奇妙なのは、他の司令官には何も告げずに、一人で俺を追っているということ。なぜ俺に執着する?
(何なんだアイツは……独り言すら言えん)
「臭う、香る。いるのが、あるのが分かるぞ。聖鎖の臭いだ」
くっそ。コイツは気配を消しても的確に追ってくる。聖鎖の臭いというのは、【師匠】から譲り受けたこの鎖のことか? 森林に逃げた俺を追えるのはコレを探知しているからか。聖銀のようなものを追えるわけだ。
このまま逃げ隠れしていても距離を離せないが、敵の勢力圏内から出るまでは仕方がない。こいつもそこまでは追って来れないかもしれないことを期待しつつ、戦闘に備える。それに仲間と合流すれば、四対一で戦える。
それにしても夜闇に慣れた俺でも、こいつの姿ははっきりとしない。よほど体色が黒に近いのか、ぼやっとして写る。体は人間より多少高く、二足歩行している。だが、走り方が奇妙で、奇妙なリズムをきざむ。それでいて、結構速い。
(嫌な気配だ……かなり強いなコイツ)
滲むような感情が向けられているのが分かる。これは殺意か? 場当たり的ではない、積もって固まったような……聖鎖の持ち主を決して許さないという決意を束ねている。
俺は意を決して、速度を増して逃げ出した。幸いサクラスはいない。今ならそれなりの速度を出せる。
自分で思うのもなんだが、かなり速かったはずだ。それをコイツはあっさりと追いついてきた。駿馬に勝るとも劣らない速度。仕方ない、ここでやり合うか。そう思った瞬間、熱線が夜を照らし出した。
「イサオ!」
「アラン!? じゃあこの炎はミュゼか! スマン、追いつかれた!」
足元の草が延焼し、仮初の戦いの場を整えていく。そこにいたのは感じた通り、正しく異形だ。
鳥を無理やり成長させたような立ち姿に、人面が張り付いている。背の丈は人より頭四つ分ほど高く、四肢にはかぎ爪を備えている。漆黒の羽毛はその邪悪さを固めたよう。
「ようやく、逃げるのを止めたか。殺してやるぞ、かつての魔王様に仕えた、身として。このウェルテラが」
「アラン、マルグリット、力を貸してくれ。コイツ、相当強い」
「魔族を見逃す僕じゃないさ」
「ミュゼさんが気になりますが……出し惜しみができる相手じゃなさそうですわね」
俺、アラン、マルグリットが並び立つ。三人揃って一人に対処するのは随分と久しぶりだ。
ウェルテラがかぎ爪を拳のように握る。そう思った瞬間にはマルグリットが目前で盾を使って一撃をこらえた。予想以上の速さだが、呆けちゃいない。鎖をマルグリットを迂回するように放ち、アランが剣で切りかかる。
「〈
しかしその攻撃は生えてきた氷の巨大な棘に遮られた。アランが寸前で躱せたのが幸いだ。
魔法まで使うのかコイツ……遥か背後から飛んできたミュゼの熱線に対しても、氷を飛ばしてあっさりと対処する。
やりづらい。コイツは感情と戦闘を切り離せるタイプだ。正々堂々、正面から自力で圧倒しにかかる。
「今代の聖鎖の使い手は、命知らずではないか。貴様の前は、随分と攻め立ててきたものだが」
「いや、【師匠】と一緒にされてもな」
わずかな会話を挟んで、再びぶつかり合う。片手にエストックを抜き放ち、鎖と同時に扱う。敵の速さは健在。三対一の攻防を演舞のように織り上げる。直撃はマルグリットが防いでくれるので、俺とアランが攻め立てるがウェルテラは絶妙な見切りで躱す。
「聖鎖ってなんだ!?」
「使い手が知らぬ。ゆえに語らぬ」
ウェルテラは情報も渡さない。憎みながら冷静に対処していく様は、戦士として敬意を覚えるほどだ。近接戦闘に関して言えばウェルテラは俺より少し強い程度だが、それで三人を相手どれるのは並外れた経験によるものだ。
「そこっ! ハァァっ!」
だが、それが断ち切られる時が来た。数十合におよぶ攻防の末に、マルグリットが攻撃に回る機会が来たのだ。俺とアランも攻め手を止めてはいない。翼のような腕でメイスを受け止めるが、めきりと良い音がした。腕一本奪った。これだけでこちらが圧倒的に有利になる。均衡は崩れて……
「……ここまでか」
ウェルテラは最後まで恐ろしい相手だった。
「ここに来て逃げる!?」
「自殺願望は、持ち合わせていない。聖鎖の使い手、勝負は、預ける。だが、いずれ、殺す」
ウェルテラは去っていった。追撃の鎖と炎を淡々と氷弾で撃ち落として。
……【師匠】の代からの因縁か。聖鎖とやらを調べる必要がありそうだった。
ともあれ俺たちも逃げるべきだ。この失敗は織り込み済みであり、見つかったのは“勇者隊”のチームということで不問となった。
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