「ぼく、背伸びたんじゃないかい?感慨深いなあ。昔はこんなんだったのに」
「まだ知り合って二ヶ月とかですよね。あと、ぼくっていうのやめてください」
見切り発車なので短編としていますが、モチベ次第で続くのかもしれない。
はじめて投稿するので拙い文章かと思います。ご容赦ください...
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真っ青の空から、昼下がりの太陽が優しく降りてくる。頭上の木の葉が日光を反射して、飛び込んできたきらきらに一瞬目を塞ぎたくなった。
この近辺にはここ以外にもいくつか公園があるけれど、今ぼくがいるところがいちばん無難でちょうど良い。
ここには、小型トラックぐらいの滑り台が一つ、五人で遊ぶと窮屈な砂場が一つに、鉄棒が二つ。そしてベンチが一つ。
まあ、普通の公園だ。
バランみたいな色の柵が正方形を作っていて、広さはそこそこ。
むかし保育園でピクニックをした駅前の総合公園に比べれば、すごく簡単な作りだ。ここはフリスビーやランニングなんてまったく向いていない。
だけど学区の端っこにある「ショボ公園」はもっとひどい。
ぼろぼろのベンチが生えっぱなしの雑草に埋もれているだけで、誰もあんなとこを遊び場だとは思ってない。
適度に広く、人が少ない。そういう意味でここはすごくちょうど良い。
入り口からすぐの水道に向かい、蛇口を捻って水を飲む。口に向かって噴射するように突き上げてくる水流が気管に入りそうになって、少しむせる。
うちで飲む水道水よりうまいなあ。なんでだろう。
喉の渇きが満たされてから顔をあげると、柵にかかった看板が目に入った。赤字で大きく書かれた一文に、野球バットとサッカーボールのイラストが並んでいる。
『ボール遊び禁止!』
ぼくが三年生に上がった時、お城みたいな家が隣に建ってから付け足されたルール。錆びついてきた遊具に比べて、この看板はまだいくらかきれいなままだ。
このルールができてから、夕方にサッカーをしていた中学生のグループがいなくなって、正直ぼくみたいなのにとっては居心地がいい。
そいつを少し見つめてからそっぽを向き、ベンチの方に歩き出す。
「やあ、こんにちは。ぼく」
静かな公園の端っこ。そこに一人、もう座っていた。
墨汁をぶちまけたような髪の襟足を伸ばし、タートルネックの長袖に色の濃いジーンズを着合わせたその人は、穏やかな口調でぼくに挨拶をする。
ここ最近毎日公園で見かけるお姉さんだ。
きっと空が明るくなかったら全身が真っ黒に見えていただろうけど、お出かけ日和のきょうはジーンズのわずかな青がよくわかる。
暗い色を基調にした服装と反対に肌は新品の石けんみたいに真っ白で、細長いシルエットの体とあわせてなんだか不健康な印象を与える。
ごはんとか、ちゃんと食べてるのかな。その服って暑くないのかな。
細い指をぱたぱたやって手招きしているお姉さんの隣に座り込む。
「その『ぼく』っていうの、やめてくれませんか?子供じゃないです」
「ふはっ、君はまだじゅうぶん子供だろう。四年生?だっけ?」
吹き出した口の端が曲がって、目元は歪んだように細くなる。ぼくが近づくまで触っていたスマホを膝の上に置くと、親指を軽く折り曲げて「4」のサインを見せた。
背が高くて瞳が大きくてきれいな人なのに、にやにやと笑顔を浮かべたお姉さんはどこかワルそうだ。
右耳で光る銀のピアスもなんだかマフィアみたいで、最初のうちは怖かった。
「もう五年生です」
「そお?見えないねえ」
「お姉さんがぼくの学年を間違えるのは今月で三回目です。いい加減スベってますよ」
会ってから二ヶ月しか経ってないのに、同じボケを擦りすぎじゃないかと抗議してみる。
「だってぇ、背低いもんな。ちゃんと毎日食べてる?最近の若い子はすぐ、ご飯抜いたりするから」
「ぼくはダイエットなんてしませんよ。女子だったら、そういうの気にするやつもいるかもしれないけど」
「いやいや、男の子にだってそういう美意識があってもいいだろう。ダイバーシティの意識が足りないねえ、ぼくは」
そう言われるとあまり言い返すこともない。
しかしどこかで聞いたような言葉だが、潜水士しかいない街があるのだろうか。海底都市?
何を言っているのかわからないが、肩をすくめる大袈裟な身振りとからかうような顔つきで、どうやら揚げ足を取られているらしいことはわかる。
「というかお姉さんだって、”最近の若い子”の範囲内でしょう」
「わたしはいいの、生い先短い人生だよ」
「若いのに、おばあさんみたいなこと言いますね」
「頑張ってんだよ?アンチエイジング。ほんとは戦前に生まれたんだ」
「無理あるでしょ」
「ああ、『アンチエイジング』はわかんだね」
ケタケタ笑いながら適当なことを喋るお姉さんは、ぼくが『ダイバーシティ』の意味をとれずにスルーしたことを見抜いていたようだ。そんなにわかりやすい顔をしていたのか。
家に帰ったら母さんのパソコンで検索してみよう。
「ところでさ」
公園の一角に目を向けながら話を切り出したので、ぼくもお姉さんが見つめる先に視線を合わせる。
「ぼく、逆上がりって、できるかな?」
お姉さんはすこし錆びついた鉄棒を見やって、そう問いかけた。
いきなり何なんだろう。
逆上がり。
保育園に通っていた頃、仲良くしていた友達の中でぼくだけうまくできなかったのがすごく悔しくて、父さんが教えてくれたYouTubeの動画を見て繰り返し練習していた。
そうしているうち、一回だけ成功しただろうか。
いつもより少し高いところから見える夕焼けが目に痛いくらいオレンジ色になって、手で握った鉄棒が汗まみれの身体と反対に冷たかったのを思い出す。
それから、なんとなくずっとやっていない。
「急ですね。昔やったときは、できました」
「へえ、すごいじゃないか!わたしもできるよ」
「そうなんですか?」
お姉さんがこの公園で体を動かしているところは見たことがないし、勝手に運動音痴なんだと思っていた。
「ぼくに披露してあげよう」
どうしてか、誇らしげだ。
「いまやるんですか?」
「いまやりたくなったから」
ベンチから立ち上がったお姉さんは、全身で自信を表すようにニッと笑って両手を大きく広げる。歯が真っ白だ。
そしてやや早歩きですたすたと、ふたつある鉄棒の大きい方に近づき、手をかける。
お姉さんは「見てて」とぼくに言うと、正面を見据えて力強く地面をキックした。押し付けたお腹を軸に細長い足を高く上げて、ぐるんっと勢いよく回る。時計の秒針が一周するみたいにきれいなフォームの回転だった。
「すっげえ」
声が漏れた。
まるでテレビの体操選手だ。
ほんとのアスリートの演技はもっとハイレベルなのかもしれないけど、教科書みたく整ったお姉さんの動きを見たら「相変わらず変な人だなあ」なんて考えていたのがどっかに消えてしまって、少し見とれていた。
鉄棒を掴んで宙に浮いたまま満足げに微笑んで、お姉さんは地面に降りた。
ゆっくり歩いてこっちに戻ってくるお姉さんは、ぼくの顔を見てずっとにやにやしている。
「見た?」
「はい、見てましたよ」
「どうだった?」
どうだったって言われてもなあ。
「綺麗でしたよ」
「だろう?ふふ」
ご満悦だなあ。そんなふうに思っていると、お姉さんは言い出した。
「きみもやろうよ」
「ええ。いやあ、でも」
「
どういうこと?
お姉さんは言いながらぼくの右手をつめたい両手で握り込んで、らんらんとした目つきでぼくを見る。
手に伝わる力はけして強くないけど、いやに情熱的な謎の勢いに押されるままぼくは鉄棒へと歩いていく。
一緒に遊ぶのを断るほどでもないが、小学五年生となったいま、鉄棒なんかに楽しいようなイメージもあまりない。そもそも、公園の遊具で遊ぶこと自体いつぶりだろう。
「それでやる?ぼくは、こっちのちっちゃい方じゃなくていい?」
小馬鹿にしたようなたわ言は聞こえないことにして、さっきの鉄棒に近づく。
無視したのに、お姉さんはまだ楽しそうな顔をしている。
しかし、ただ横から見ているのと、こうやって「いまからやるぞ」という気分で鉄棒の前に立ってみるのとでは全然感じが違う。
ちょっと、そわそわする。
昔のぼくはできたかもしれないけど、いまのぼくはどうだろう。
少し離れて立つお姉さんに一瞬視線を移し、足元の砂をじっと見つめて鉄棒を握りしめる。
「い、いきます」
喉の奥が開いて、ふうっと大きく息を吸い込む。
緊張をごかますように両手に強く力を込めて、地面を蹴り上げた。
空中に振り上げた足がフラッと戻ってしまいそうになるのを、グッとお腹に鉄棒を押し付けてこらえる。
ぐるん、と体が回ろうとする。なにかを手放したような、どこか安心しないそわそわした心地。逆さまになったお姉さんと目が合う。
いまこの鉄棒を側面から見たとして、ぼくと鉄棒はそれぞれ横棒と縦棒になって、アルファベットのTみたいに見えてるんだろうか。そういう体勢になった。
「うおおっ」
なんか、できてるかも。でも最後まで一回転して、ちゃんと立たなくちゃ。
というかこのままの体勢だとやばい!
公園の地面に何度も背中を叩きつけてきた記憶がよみがえる。久しぶりの運動であんな痛い思いはごめんだ!
全身により強く力を入れて、一瞬静止してしまった勢いを取り戻さんと歯を食いしばる。
お腹が痛くて、つめたい。
空中に放り出されたようなふわっとした感覚の中、すがりつくように鉄棒を握りしめる。
身体が中心に引き付けられて、回る。
眼前一面に砂の色が広がったと思ったらその景色も過ぎ去って、反転していた視界は元通りになった。ずうっと遠く、高架の線路を走っていく電車が何となく目に留まる。
少しだけそのままの体勢で宙に浮いて、地面に足をつけて降りる。
「できました、よ」
「うん、見てたよ」
そう言ったお姉さんは、さっきまでのからかうような微笑じゃなくて、なんだかお花畑の中にいるみたいに満面の笑みを浮かべて立っていた。
振り返ったぼくも、同じように笑っていたかな。
そう思うとちょっと恥ずかしくなってしまって、少しおどけてみる。
「なんか、できるもんですね」
「久しぶりにやるとけっこう楽しいでしょ」
「はい。久々すぎて少し怖かったですけど」
「ね、一瞬だけ、落っこちるんじゃないかと思って焦っちゃった。ぼく、相当運動音痴でしょ」
むかし父さんも、「おまえ、運動してると危なっかしくて目が離せないわ」なんて言っていたな。
「あはは、お姉さんは無理やり誘った張本人なのに?」
「だからこそだよ!全くもうヒヤヒヤしたぁ」
たしかに鉄棒を回りながら少しの間だけお姉さんと目が合って、いつものにやにや顔が少しこわばっていたように思う。
だけど、
「でもお姉さん、ぼくが落ちたら助けてくれたでしょ?」
この人はろくでもない大人なのかもしれない。
平日の昼間から人気のない公園に居座って、毎日ぼくみたいな子供に話しかけて、客観的には変質者に片足を突っ込んでいるだろう。
お姉さんは普段ぼくの話を聞いている時も、表情を硬くすることがある。
本人はその変化を自覚していないみたいだけど、吊り上がった口角に反してぎりりとした目つきで、大きな瞳でまっすぐにぼくを見ている。
きょうここで鉄棒をして、顔を見てわかった。
あれは、ぼくのことを心配してくれてたんだ。あのこわばった笑顔はそういう時の表情なんだ、って。
ぼくの言葉を聞いたお姉さんは少しの間きょとんとして、そうしたらすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「ふはは、もちろん」
いつの間にかぼくは、この案外表情のわかりやすいお姉さんのことをわりと信頼しているのかもしれない。お姉さんとなんとなく過ごしている時間がそう悪くなくて、何日もここに通っている。
それに、世間から見てろくでもないのはぼくだって同じようなものだ。
「ちなみに、どうでした?」
遠くからチャイムが聞こえる。きっといまから五時間目の授業だろうか。
「ああ、かっこよかったよ」
白い歯を見せて笑う怪しいお姉さんが、本当にどうしようもなく悪い人だったとしても、別にいいと思った。
「ところでぼく、逆上がり以外にほかの技もたくさんできるんだが、見ていかないかい?」
「そんなに披露したいんですか?」