ようこそ希望と幸運に満ちた素晴らしき教室へ 作:予測精度30%のカムクラ
──ひどく頭痛がする。
こめかみの脈動を指で押し返しながら、ボクはパイプ椅子に深く背を預けた。
キィ、と。微かに軋む椅子の音ですら、今はこの上なく煩わしい。
指導室の空気は酷いものだった。逃げ場のない感情が、
その発生源である茶柱先生に目を向ける。
机を挟んで座る彼女の表情は、およそ人に向けるような代物ではなかった。せっかくの整った顔立ちが台無しだ。
「……さて、狛枝。お前は本当にとんでもないことをしてくれたな」
低い、地を這うような声。
机の上で組まれた拳は、真っ白になるほど力がこもっている。
殺気めいた圧迫感がチリチリと肌を刺激するけど……この程度、せいぜい子猫の威嚇といったところかな。
あのコロシアイで嗅いできた血と殺意の匂いに比べれば、もはや愛らしさすら覚えるよ。
「とんでもない、とは心外ですね。ボクはこれでも慎ましく生きている方だと自負していますが……あぁ、ボクみたいなゴミ屑は生まれてくるべきじゃなかった、という話なら確かに同意しますよ」
「はぐらかしても無駄だ。お前が誰に、何をしたのか。もう全て裏は取れている。いい加減白状したらどうだ?」
尋問というよりも、
無意味な問答に、堪らず肺の空気を全て吐き出す。
ここに呼び出された理由。向けられる鋭い視線。
思い当たる節がないと言えば嘘になる。が、もし本気で
「今度はダンマリか……まぁいい。できれば先にお前の口から聞きたかったんだがな。残念だよ」
「言い訳をですか?」
「いいや……動機と、
ふぅ、と感情を制御するように息を整える。
そして──さらに低く、硬い声で彼女は告げた。
「各教科担当の教師にポイントを渡し、Dクラスの査定を厳しくするよう要求したのは──狛枝、貴様なんだろう」
確信に満ちた問いかけ。ボクは何も返さない。
その無言を肯定と受け取ったのか、茶柱先生は淡々と先を続けた。
「あり得ないと思ったよ。たった二週間でSシステムを攻略し、予防策を講じたクラスがゼロポイントだなんてな。お前もそうは思わないか?」
刃物のような
「月初めで貯金の大半を失ったとはいえ、それでも耐え切れることは経験上確実だった。だが結果は惨敗。歴代最低を更新するオマケ付きだ。流石に不自然だと感じたよ」
「さぁ、どうでしょうね。運が悪かっただけじゃないですか?」
「白を切るな。私はすぐに各教科の担当に確認を取った。だが、不思議なことに誰もが口を揃えてこう返したんだ。
フン、と彼女は忌々しげに鼻を鳴らした。
「あの反応は守秘義務によるものではない。何らかの契約による拘束だ。そう確信した私は、他学年の教員にも聞き込みを行った。おかげで興味深い証言が得られたよ……お前が教師を取り替えながら、何度も指導室に出入りしていたという目撃証言がな」
そして極めつきはこれだ──そう言い放った先生は、机に一枚の紙を滑らせた。
その内容を一目見て、思わず喉の奥から乾いた音が漏れる。
「……本当、この学校には驚かされてばかりですよ。まさか生徒個人のポイント残高すらも、一介の教師が照会できるなんてね」
「流石のお前もこれは予想できなかったか? 本来であれば我々もいちいちチェックなどしない。あくまで詐欺行為といった重大な不正が疑われる場合に閲覧する、言わば緊急措置のようなものだ。そして私は、これが
職権乱用にも程がある。ボクの抗議の視線を、先生は無視するように紙面に目を落とした。
「所持金が10万を超えていたのも驚いたが、問題はここだ」
トントン、と。指で叩かれたのはとある日付の出金記録だ。
「ほとんどポイントを浪費しない生活を送っているお前が、この日だけ複数回に渡りポイントを使用している。しかも店への支払いではなく、個人への譲渡だ」
冷たく尖った爪先が、記録の羅列をなぞるように滑り落ちていく。
「おまけにその日付は、DクラスがSシステムの真相を暴いた日の翌日。そして狛枝が教師と接触していたという目撃証言とも合致するときた。偶然にしては出来過ぎていると思わないか?」
別に思いませんよ。その程度の偶然、ボクの幸運があればいくらでも量産できますから。
──喉元までせり上がっていた言葉を、退屈とともに飲み込んだ。
「疑念が確証に変わったよ。ポイントと引き換えにDクラスの採点基準を大幅に引き上げるよう、お前は教師たちに取引を持ち掛けたんだ。私への口止めも添えてな。これがお前のやったことの一部始終だ」
断罪の響きを帯びた声。どうだ、と言わんばかりの瞳がボクを射貫く。
図星を突かれた──というリアクションを期待されているのだろうか。それともミステリー小説の犯人よろしく、涙ながらの告白でもすれば満足するのかな。
生憎だけど、ボクの表情筋はこれっぽっちも動いていない。
だって、それがどうしたという話だ。
「……その穴だらけの推理で、ボクを
「つまり認めるということだな?」
「否定はしません。ボクなんかのお願いを快諾してくださった先生方に、
──ポイントで買えないものはない。
入学初日に茶柱先生から告げられた、Sシステムの肝とも呼ぶべきルール。
ボクはこれを利用し、各教科の先生たちにちょっとしたお願いを持ち掛けた。
端的に言えば、彼らの指導方針を買い取ったのだ。
査定基準を限界ギリギリまで引き上げる──それも他クラスではなく、自分のクラスのを。
前例のない要求ということで、金額は各先生の裁量に任せることにしたワケだけど……心が広い先生ばかりで感心しちゃったよ。
多くてもランチ数回分。中にはなんと
特にCクラスの
彼のような先生に出会えた幸運には感謝してもしきれないよ。
「まぁ……それも全部、無意味な出費だったんだけどね」
ボクの心からの吐露を、茶柱先生は聞き逃さなかった。
「無意味、だと……?」
「だってそうでしょう? あれはDクラスの希望がどれほどのものかを見定めるための、ほんの
「ふざけるなッ!」
バン、と机が悲鳴を上げた。
天板を叩き割りそうな勢いで身を乗り出す先生。机に置くよう指示された端末が、硬い音を響かせて床に転がった。
「その無意味な出費とやらのせいで、Dクラスは地獄に叩き落とされたんだぞ! 私の見立てでは、本来なら300CP近くは残るはずだったんだ! Cクラス昇格も現実的なラインだった! だが貴様が余計なことを吹き込んだせいで、何もかもが水の泡だ!」
早口でまくし立てる彼女の顔には、隠しきれないほどの怒りと──それ以上に、教師としての立場を忘れたドロドロの
「『最近のDクラスは
グシャっという空虚な音を立てて、紙が握り潰される。
「で、その先に待っていたのは何だ? 少しの私語、数秒の遅刻、たった一度の欠伸でも容赦なし。そんな査定の暴力にさらされて、どうやってポイントを残せと言うんだ? 仮にAクラスだったとしても不可能だろう」
「知りませんよ。結局、その程度の実力だったってことでしょう?」
「黙れ! Dクラスにここまで優秀な生徒が集まるなんて滅多に無いんだぞ! せっかく掴んだチャンスを、貴様が全て台無しにしたんだ! どう責任を取ってくれる!」
……やはり茶柱先生には何かがある。過剰なまでの憤怒を前にして、ボクは確信した。
心の内に秘めていた闇。それを認識した途端、ただの
「……クソッ」
糸が切れたみたいに、椅子へ崩れ落ちる先生。そのまま頭を抱えて深く俯いた。
「今年こそ……今年こそはAクラスに手が届くと思ったのに。貴様が余計なことさえしなければ……!」
「まぁまぁ、あまり大きな声出すと外に聞こえちゃいますよ。ほら、深呼吸、深呼吸」
ふらりと顔を上げ、影の纏わりついた
沸点を超え、急速に熱が冷めたらしい。今度は得体の知れないものを見るかのような恐怖が瞳に浮かんでいた。
「……理解できない。なぜだ? なぜ自分の首を絞めるような真似をする? クラスポイントが減れば、お前自身のプライベートポイントも減るんだぞ? そんな自傷行為に何の意味があると言うんだ……?」
今更、そんなことを聞いてくる。
あまりの滑稽さに、流石のボクも失笑を禁じ得なかった。
ここまで言ってもまだ分からないのかな。
まぁ別に、理解してもらう必要もないし、理解してもらえるとも思えないけど……何度だって言ってあげるよ。
「──希望のため、ですよ。先生」
彼女の「は?」という間の抜けた返事を無視して、ボクは立ち上がった。
「先生。ボクはね、ただ証明してほしいだけなんですよ。どんなに強大な絶望が立ちはだかろうとも、必ず希望が打ち砕いてくれるってことを。希望は絶望になんか負けないってことを、ボクはただこの目で確かめたいだけなんだ」
狂おしいほどの愛情と熱情を込めて、先生を見つめ返す。
思い浮かぶのは、コロシアイの日々を一緒に過ごしたみんなの姿。
希望の象徴として、絶望に立ち向かおうとした。絶望の残党でありながら、希望の未来を掴み取ろうとしていた。
あの奇跡そのもののような光の
「予定調和な日常からは、本物の希望は生まれない。絶体絶命の窮地、理不尽な逆境、乗り越えられない壁──そうした絶望的な状況に直面して、希望というのは初めて真の輝きを放つものなんですよ」
「何を、言っているんだ……?」
「だからボクは試したんだ。彼らが本当に希望になり得る存在なら、この程度の障害なんて軽々と踏み越えてくれる。もっと高く羽ばたいていける。そう信じてね」
あの輝きを、もう一度見てみたかった。ただそれだけのことに過ぎなかったのに。
「……本当に残念だよ。あんな結末は」
口から漏れたのは、ただただ深い失望のため息。
「何て言えば伝わるのかなぁ。真心込めて磨き上げた宝石がただのガラス玉だった、とか。乾ききった喉に真水じゃなくて泥水を流し込まれた、みたいな……とにかくボクの期待は無惨にも踏み
両手で顔を覆い、指の隙間から恨めしげに虚空を見つめる。
先生の発言の真意も、食堂のデータも、コトダマの使い方も──全てお膳立てした。
チュートリアルだからってことで、やりすぎかなと思うくらいにヒントも散りばめてあげた。
それなのに彼らは、ボクが用意したハードルすら超えられなかった。
残るはずだった300CPを守り切れず、ゼロになるまで無様にポイントを垂れ流し続けた。
「予備学科如きが希望を
「……もういい、分かった」
「いくら希望を育てるためとはいえ、希望と不良品を同列に扱ったという事実には怒りすら──」
「頼むから黙ってくれ。貴様の狂った価値観を聞いてると、こっちまで正気を失いそうだ」
疲労困憊といった様子で、茶柱先生は深く息を吐き出した。ボクとの対話は完全に平行線を辿っているようだ。
ならば、少し話題を変えてみよう。
「先生。ボクからも聞かせてもらえませんか」
パイプ椅子に座り直し、彼女の瞳を──その奥底にこびり付いた闇を観察する。
「どうして先生はDクラスをAに昇格させたいと思ってるんですか?」
「……頑張っている教え子たちを応援して何が悪い」
「うーん、じゃあ言い方を変えようかな。どうして生徒でもない貴女がそこまでAクラスに
まるでボクみたいですね──とは口が裂けても言わない。
彼女の表情が僅かに、でも確実に強張った。図星らしいけど、引き出せたのはここまでだった。
「……貴様に語ることは何も無い。どうせ話したところで、会話が成立するとも思えん」
「ふーん……そっか。まぁ、才能ある生徒たちの邪魔さえしなければボクは詮索しませんよ。先生が何を思おうがボクの知ったことではないですから」
正直、それほど興味を惹かれるものでもないしね。
肩をすくめてみせると、先生は顔を歪めてボクから目を逸らした。そのまま会話が途切れるかと思ったけど、彼女の方から引き留めるように声を掛けられる。
「……なぁ、狛枝。最後に一つだけ聞かせてくれないか」
先ほどまでの怒りも恐怖もない、ただ純粋な疑問。
「今のDクラスには、貴様の言う才能ある生徒など一人もいないのか? あいつらは価値の無いクラスだと、本当にそう思うのか?」
──不意に、思考が乱される。
最後に見た櫛田さんの目。
あの瞳の奥には、星が
不良品という汚名を着せられても、ほんの小さな
それに彼女だけじゃない。
椎名さんも、高円寺クンも、堀北さんも。彼らから見出した才能の原石は、ボクには無い確かな輝きを秘めていた。
ならば何故、彼らは不良品扱いされているんだ?
『ねぇダーリン、なに余計なこと考えちゃってんの?』
……だけど、その思考も頭痛に掻き消される。
甘ったるい腐臭から逃げるように立ち上がり、床に落ちていた端末を拾う。もはや茶柱先生を視界の端にすら入れることなく、静かに背中を向けた。
「……何度も言わせないでください。凡人はいくら努力したところで凡人のままなんですよ」
ガチャリ、と。扉の閉まる金属音とともに、ボクは冷え切った指導室を後にした。
教室を素通りする。授業なんてどうでもいい。どうせ査定基準は五月から元の水準に戻る。そういう契約だった。
外界の情報を全てシャットアウトしながら、寮の自室へと駆け込んだ。
端末も、上着も、ワイシャツも。何もかもを放り出す。
『あらやだ狛枝クン、今日は随分積極的じゃなーい? そんなにあたしと気持ちいいことしたかったの? このこの~』
浅く食い込んだ皮膚から、赤い液体がじわじわと湧き出てくる。
死人のような白い手を。真紅のネイルを。甘い囁きを繰り返す絶望を。今すぐにでも切り落としてやりたかった。
包丁に体重を乗せる。懐かしい鉄の匂いと痛覚が、徐々にボクの理性を奪っていって────
────ポン、と。
拍子抜けするような通知音が耳に届き、端末の画面がブルーライトに染まった。
意識が、奪われる。
『鞄、忘れてるぞ』
簡素で口下手な口調。珍しいことに綾小路クンからのメッセージだった。
当然、ボクから彼に帰宅する旨なんて伝えていない。
見られていたとするなら、教室の前を通り過ぎた時だろうか。大した才能も無いくせに妙に目敏い。
それに、あんなことがあった直後だ。ボクと関わりたくないと思うのが普通なのに、何事も無かったかのように連絡まで寄越してくるとは。怖いもの知らずにも程があるよ。
「……ただまぁ、今だけは感謝するよ」
こんなゴミ屑を気に掛けてくれた友人がいる。結果的に救われた自分がいる。
その幸運に、ただ感謝しよう。
ゆっくりと、包丁を手首から離す。
その重い響きと、血の生温かさだけが──ボクがここに生きていることの静かな証拠だった。
◆
あれから一週間。Dクラスの空気も少しずつ、中間テストに向けた緊張感を帯びつつあった。
平田クンが勉強会を開催すると表明したのが昨日。そして風の噂によると、今日から堀北さん主導の勉強会も開かれるらしい。
曰く、赤点組──中でもとりわけ点数の低かった須藤クンたちを救済するための集まりだとか。
彼らがどうやって退学を回避するかは見物だけど……まぁ、気にするだけ無駄なことだ。
放課後を告げるチャイムと同時に、手早く帰り支度を始める。
以前であれば、誰かしらによるお誘いの声が飛んできたところだけど、今のボクにわざわざ話し掛けるような奇特な生徒はいない。
敵意のこもった視線をぶつけてくるか、そもそも目すら合わせようとしないか。大半のクラスメイトはそういった反応だ。
……だけど、何事にも例外はある。
全くいないわけではなかった。こんな状況のボクに平然と構ってくる物好きが。
「狛枝くん。もし君さえ良ければ、講師役として勉強会に参加してほしいと思ってるんだ。どうかな?」
そのうちの一人、平田クンに笑顔で呼び止められた。
Dクラスを繋ぎ止めるために積極的な働きを見せる彼は、今や名実ともにクラスのリーダーだ。
彼がいなければ、このクラスはあっという間に崩壊を迎えただろうね。
ゴミ溜めの掃除に追われる管理人──正直なところ、ボクの目にはそんな風にしか映っていないけれど。
「……この前も言ったけど、キミたちとは口も利きたくないんだよ。それに講師役だなんて、ボクみたいな人間には務まらない。他を当たってくれるかな」
「そんなことはないよ。小テストで満点だったのは狛枝くんだけなんだ。君以上の適任はいないと僕は思うよ」
「あー、そういうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ」
ズキズキと鈍痛を訴える額に手をやる。
あと何度、この生産性のないやり取りをすれば気が済むんだろうか。
「平田クンはともかくとして。他の不良品どもは何をしたってどうせ希望にはなれっこないんだ。そんなことのために貴重な時間をドブに捨てるほど、ボクは暇じゃないんだよ」
「狛枝くん、どうして君は……」
「分かったならさっさと解放してくれないかな。ここにいると頭痛がしてくるんだ」
会話を打ち切るように、鞄を肩に引っ掛け直す。平田クンの制止の声より先に、軽井沢さんが彼の腕を引っ張った。
「ねぇ平田くん。こんな奴ほっといて早く図書館行こ。あたし、こいつに勉強教わるなんて絶対嫌だから」
警戒心を剥きだしにした鋭い眼差し。
相変わらずその瞳は、何かに怯えるように小刻みに揺れている。でも平田クンという希望が盾になっているからか、強気の姿勢を崩すことはなかった。
「……それじゃ、嫌われ者はこれで失礼するよ」
短い別れを告げ、ボクは足早に教室のドアをくぐった。
何かを言いたげな櫛田さんの視線が、いつまでも背中に突き刺さっているのを感じながら。
『ねぇねぇ、ボクが捕ったサーモンどこ行った……え、またアレやるの?』
鞄の中身をごそごそと漁っていたモノクマが、げんなりとした顔つきで肩を落とした。
『はぁ……絶望的につまんなすぎて飽きちゃったよ。だって一週間もおんなじことしてるんだもん。ほら、おじいちゃん、お散歩は終わりにしてお家に帰りましょ?』
モノクマの三文芝居には目もくれず、ひたすらに廊下を歩く。
『うぷぷ、サーモンだけに
頭痛の種を問答無用で鞄に押し込み、お目当ての場所へと急いだ。
たどり着いたのは、一年Aクラスの教室だ。
後ろの扉からこっそりと中を覗き込み、Aクラスの生徒たち──その希望の度合いを観察する。それが終わればBクラス、Cクラスへと移動し、同様に品定めを続ける。
それが、あの日から一週間欠かさず続けているボクのルーティンだった。
どうしてこんなことをしているかって?
──もちろん決まっている。この学校が定義する希望の正体を、ボク自身の目ではっきりさせるためだ。
茶柱先生の説明を鵜呑みにするなら、この学校は入学時点で、優秀な生徒──すなわち才能に愛された人間をAクラスに集約していることになる。
BクラスやCクラスは、彼らを輝かせるための踏み台。Dクラスに至っては、希望を語ることすら許されない不良品揃いの予備学科だ。
もしその選別が正しいのなら。
Aクラスにこそ、ボクの追い求める最高の希望が──至高の輝きが存在しているはずなんだ。
『キミもいい加減現実に向き合いなよ。結果は何回やったって変わんないんだから結果って言うんだよ?』
鞄の奥深くに追いやったはずのモノクマが、頭の上から這い出てくる。
見透かすような赤い目。それを断ち切るように、ボクは視線を教室内へと移した。
一人だけ、他と一線を画すほどの異彩を放つ少女がいる……が、率直に言ってそれだけだ。
確かにDクラスの面々と比べれば、知性と品格を備えた優秀な生徒が揃っている。猿のように騒ぎ立てる者はおらず、放課後も机に向かって修学に励むような勤勉な人間ばかりだ。
けれど、絶対的な希望という観点から見れば、誰もが小綺麗にまとまっただけの凡庸な石ころに過ぎない。
これがこの学校が誇る──この世界が定義する希望の象徴というのなら、あまりにも陳腐でお粗末すぎるよ。
「む、お前は……」
冷めた目で彼らを観察していると、大柄な男子生徒がこちらに近づいてきた。
「確か、Dクラスの狛枝だったか? Aクラスに何の用だ」
落ち着きのある低い声。彫りの深い顔立ちにスキンヘッドという風貌で、その存在感はどこか岩山を思わせる男だった。
彼にも若干のオーラは見て取れるが、やはり希望の象徴には程遠い。
「……別に、これといった用事は無いよ。ただ見てるだけさ」
「そうか、なら今後は控えてくれないか。クラスメイトの中には他クラスとの接触に敏感になっている者も多い。どのような目的があるにせよ、怪しまれるような行動は極力避けてもらえると助かる」
教室の入り口を塞ぐようにボクの前に並び立つ。
ここまでされたら、今回ばかりはボクも退散するしかないようだ。大人しく引き下がり、今度はBクラスの教室へと向かった。
Bクラスの特色は、単刀直入に言えば──最も統率力があるクラスだ。
一人の女子生徒を中心に、あらゆる事象が回っている。学級委員長といった本来この学校にはない役職を設け、役割分担しているのもその一環らしい。
ただ、表向きはみんなで話し合うことを目標に掲げておきながら、生徒たちのほとんどは彼女の決定にまるで異を唱えない。
実質的には、美しい皮を被ったトップダウンの運営が完成してしまっている。
それを象徴するかのように、彼らのオーラも両極端だった。
圧倒的なカリスマでクラスを牽引する少女には、確かな輝きがある。その一方で、彼女に依存しきっている有象無象には、これといった才能の欠片すら見当たらない。
「おい。お前、Dクラスの狛枝だろう」
観察に夢中になっていると、またしてもボクを呼び止める声がした。
男子にしては長い髪の生徒が、こちらをじっと見つめている。仏頂面にも見える硬い表情と、こちらを値踏みするような鋭い目つきだった。
「お前の噂は色々聞いている。優しい態度で相手の懐に入り、平気で他人に
「……誰だか知らないけど、随分と嫌われちゃったようだね。ボクはただ、ありのままの事実を口にしただけなのに」
「なるほど、やはり噂通りの人物ということか。そんな危ない奴を
彼はそう言い放つと、勢いよく扉を閉め、睨みつけるように腕を組んだ。
どうにも今日はツイてないみたいだね。Aクラスに続いてBクラスにまで拒否されてしまうなんて。
まぁ、門番気取りの凡人とこれ以上言葉を交わすのも時間の無駄だ。反論するのも億劫だったボクは、早々に目標を変更することにした。
Cクラスは一転して、ひどく殺伐とした雰囲気に満ちていた。
あちらこちらから立ち込める、棘のある暴力的な気配。ガーゼや包帯を痛々しく巻いている者も少なくない。
ただの喧嘩というよりは、一方的な暴力による支配の匂いがする。
他クラスへの対抗心だけでなく、クラス内にも明確な敵意と恐怖が渦巻いている。
獣の檻のようなその有様は、希望を育む土壌としてはあまりにも劣悪だった。
そう思案しながらまじまじと眺めていると、ふと視線を感じた。
窓際で一人、静かに文庫本を広げていた椎名さんだ。
火花が散るような空気の中。彼女の周りだけがぽつんと切り取られたように穏やかで、そして確かな
パチリと、互いの目が合う。
「あ……」
彼女の唇が動き、立ち上がろうと身を乗り出すのが見えた。
引き留めるような、気遣いに満ちた視線。それを無視し、彼女がこちらに歩み寄ってくる前にボクは足早にその場を立ち去った。
「ねぇ、モノクマ」
帰宅の波に紛れるように廊下を歩きながら、ぽつりと問いかける。
『はにゃ?』
「……いや、やっぱり何でもない」
『ちょっとー、なに出来立てホヤホヤのカップルみたいな会話してるのさ。ボクの乙女心を
ピーチクパーチクと騒ぐ絶望の声をBGMに、ボクは思考の海へと沈んでいく。
A、B、C──そしてDクラス。
全てのクラスを見て回ったけれど、結局のところ、才能の輝きに絶対的な差など存在しなかった。
どこもかしこも、ドングリの背比べ。
高円寺クンや椎名さんみたいに、突出した希望の片鱗を持つ生徒が下級クラスに押し込まれている。一方で、そうでない生徒が上級クラスでふんぞり返っている。
未だにこの学校の真意が見えない。
ボクの中の天秤は、振り子のように
希望か、絶望か。あるいは平凡か。
彼らの才能は一体どちらに振れるのか。その結果によって、ボクの行動方針が──未来が決まると言っても過言じゃなかった。
もし、天秤が絶望を指し示したとしたら。
……おそらくボクは、この世から消えていることだろう。
などと取り留めのないことを考えながら、あてもなく校舎をうろついていた時のことだった。
「あ──────ウザい」
静寂を切り裂くように、その
【モノクマ劇場】
モノクマ
「やぁ、モノミ! 最近出番が無くて寂しそうだね!」
モノミ
「やめて、言わないで!
結構気にしてるんだから!
一緒に転生できなかったあちしは後書きにしか登場できないのに……。
なんであんただけ良い思いしてるんでちゅか!」
モノクマ
「ここだけの話、モノクマ劇場で出す話題が思い付かなかったからだってさ」
モノミ
「原作一巻にして既にネタ切れの危機!」
モノクマ
「じゃあお兄ちゃんがとっておきの怖い話でもしてあげよう!
実は、狛枝クンと葛城クンの身長って同じらしいよ(180cm)。
むしろ髪の毛がある分、狛枝クンの方が大きく見えるんだって、うぷぷ」
モノミ
「ぎゃー! 怖いのベクトルが違いすぎまちゅ!
あと貴重な話題をここで費やさないでー!」