メニュー10 お茶会
私とホシノちゃんは2日経った今日もまだ光っていて、人前に出る事が出来ないので生徒会室でひたすら書類整理に明け暮れていた。
「カワサキさん。宝石肉はもう良いです、美味しいですけど光るのは困ります」
「それは正直すまん。神秘と反応してるとは夢にも思わなかったんだよ」
余りに光り続けるのでカワサキさんの持っている道具で調べてみたんだけど、私とホシノちゃんは神秘活性化状態という物になっていたらしい。カワサキさんも私も意味不明だったが、その道具にはそう表記されていた。宝石肉の効果でヘイローが活性化し、身体能力が向上してるらしいんだけど、正直実感はあんまりない。精々疲れにくいとか、頭の回転が早くなった気がするとかそんな程度だ。
「戦闘でもすれば実感が沸くかもしれないですけど……どうします? ユメ先輩」
「モモトークで拡散されるって判りきってるから絶対いや」
光ってるアビドスの生徒みたいな感じで絶対拡散されるので戦闘は断固拒否したい。
「まぁヘルメット団の襲撃も殆どないですしね、カワサキのおかげで」
「人間誰しも食うものが食えれば気も落ち着くもんさ」
カワサキさんが炊き出しをやっているのでカワサキさんから食事を貰ったヘルメット団は随分と大人しい物だ。だからこうして書類整理に集中できるわけだけど……やっぱりちょっと複雑だ。
「あ。カワサキさん……トリニティから返事が来てますよ」
「なんだって?」
「お茶会に招待していただき感謝すると、現ホストの神代メアさんとティーパーティ付きのメイドの君従アンナさん、それと護衛が2人と書記官を2人同行させるとありますね。どうします?」
乗ってくるかの様子見だとカワサキさんは言っていたけど、こうして乗ってきた今どうするのか? とカワサキさんに尋ねる。
「勿論お茶会をするさ。招待したのはこちらだからな」
「え? 本気ですか」
ホシノちゃんが本気かというが私も正直同じ気持ちだ。トリニティだけならまだしもティーパーティともなるとその財力は桁違い。おもてなしの準備をしても馬鹿にされる可能性が高い。ホシノちゃんが心配するのも当然だ。
「ああいう連中は上から見下すのに慣れてるんだ。だから逆に見下ろしてやるくらいの気持ちでいい、まぁ俺に任せておけ」
私とホシノちゃんは何も心配しなくて良いと笑い、お茶会の準備があるからと生徒会室を出て行くカワサキさんの後姿を見送る。
「大丈夫かな? 凄く心配」
「私もです。そもそもトリニティがアビドスに来るなんて信じられないですよ」
アビドスが没落し、ゲヘナとトリニティが今はキヴォトスでの最大高だ。そんな高校が復興し始めたばかりのアビドスに来るなんて絶対禄でもない話に違いないと私もホシノちゃんも心配していたんだけど……。
「ゲヘナと同じで双方不干渉で話を取り付けることが出来たぞ。後駄目元だったがキッチンカーの出店の許可も取れた」
私やホシノちゃんでは完全に丸め込まれていただろうトリニティの代表との話し合いで私達にとってかなり有利な条件を勝ち取ってきたカワサキさんに私もホシノちゃんも目を丸くする事になるのだけど……それ以上に衝撃だったことがあった。
「に、似合わない……」
「い、違和感しないよ……」
トリニティ生と話すので敬語口調のカワサキさんを遠隔視の鏡で見ていた私とホシノちゃんは爆笑する程に似合わないと口を揃えるのでした……。
正直トリニティのトップが誘いに乗ってくるとは思っていなかった訳だが、尋ねてくるというのならばこちらもそれ相応の出迎えの準備をしなければならない。
「まぁ茶器はこんなもんで良いだろ」
アイテムボックスから取り出したティーセット。磁器製で俺の目から見ても悪くない品だ。
「後はケーキスタンドでもあれば形は大丈夫か」
トリニティは格式高い……まぁ裏を返せば融通が利かなかったり、堅苦しかったり、閉鎖的だったりと俺の偏見も含まれるが大体そんな所だろう。
「まぁ見下されるのは趣味じゃないからな」
俺だけならばまだ良いが、ユメとホシノまで馬鹿にされるを黙って受け入れるつもりはないので俺なりの方法で出迎えさせて貰う。ただまぁ成金と思われないように加減は必要になるが、そのくらいは俺にだって分かっている。
「何が役に立つか分らんな。本当に」
思い出したくもない富裕層での暮らしの事――正直に言って思い返すのも嫌だが、それでも役の立つのならばその知識も使うまでだ。
「使うのはクラシカルで良いだろ」
設置アイテムは山ほどあるので、それを駆使して調度品を一通り揃える。
「このカーテン趣味が悪いな。それにテーブルクロスも」
一通り揃えた後に組み合わせが悪い家具をアイテムボックスに格納し、別のアイテムへと配置しなおしているとある物を見つけた。
「お、懐かしいな。これ」
玉座の間に飾ったギルメン全員の紋章の旗。その予備が出てきたから折角なのでそれも飾り付ける。
「うん。悪くないな」
俺の紋章付きの旗がどこかの貴族の印みたいになっていて、一気にそれっぽくなった。
「後はアフタヌーンティーだからな、ちゃんと準備しておくか」
アフタヌーンティーは基本的に3段構成で1番下は塩気のある軽食セイボリー、主にここはサンドイッチやキッシュ、ミニバーガーなどだ。そして中段は焼き立てのスコーンとクロテッドクリームとジャム、そして一番上はペストリー。季節の果物などを使い紅茶との相性を考えたケーキやタルト、ムースやマカロンで構成される。
「とりあえずペストリーはアイテムボックスので行こう」
決してこれは手抜きではない、確かに俺はある程度はスイーツも作れるが、あくまである程度。本職には劣るのは俺も自覚している。ならばここはアイテムボックスに格納したままの高級スイーツセットを使うのは決して手抜きではない、適材適所という奴だ。だがそれ以外はちゃんと自分で手作りするつもりだ。
「まずはやっぱりスコーンだな」
アフタヌーンティーにスコーンは欠かせない。なのでまずはオーブンを220度まで予熱しておく。
「バターと小麦粉とベーキングパウダーっと」
バターに小麦粉とベーキングパウダーをすり合わせるように混ぜ、そこに砂糖も加えて全体を良く混ぜ合わせる。
「牛乳っと」
牛乳を加えて粉っぽさが無くなるまで良く捏ねたら2cmほどの厚さに生地を伸ばし、丸い型で生地をくり抜いて後はオーブンに入れるだけだ。クロテッドクリームとジャムを使うので本体の甘さは控えめなくらいが丁度良い。
「次はクロテッドクリームだな」
本場のティータイムでは欠かせないクロテッドクリーム。これは生クリームとバターの中間くらいのクリームでバターの濃厚さと生クリームの滑らかさを持つクリームだ。作るのはそう難しくないのだが、作業工程がめんどくさいのがこのクロテッドクリームだ。
「まずは生クリームっと」
動物性の生クリーム。これを清潔な耐熱ボウルの中にいれ、そのボウルが全部入るくらいの鍋にお湯を沸かし、湯煎にかける。
「80度から90度だったな」
弱火で火に掛けたまま湯煎をし、その間は80度をキープする。暫くそうしていると生クリームの表面に膜が浮いてくる。そのままの状態を維持していると膜がどんどん厚くなり、30分もすれば乳脂肪分の膜が出来る。
「良し、OKっと」
本当はこのまま自然に粗熱をとるのだが、今回は時間を加速させ強引に粗熱を取り、乳脂肪をヘラで丁寧に取り除き別のボウルの中に入れて滑らかになるまで混ぜる。
「ん、流石はレイジングブルの生クリーム。想像以上に美味いな」
EXランク食材のレイジングブルの生クリームを使っているだけあり、段違いの滑らかさと濃厚さを持つクロテッドクリームに仕上がった。これならばトリニティのお嬢様にも受け入れられるはずだ。
「スコーンも焼けたか、こいつは保存しておいてっと」
15時ごろとしか聞いてないので焼きたてのスコーンは保存で状態を維持しておく、これでいつ尋ねて来られても焼きたてのスコーンを提供できる。
「後はセイボリーだけだな」
護衛が2人と書記官が2人、メイドが1人とティーパーテイのホストの計6名が来るらしい。ならばしっかりと作っておいたほうが良いだろう。
「スモークサーモンのサンドイッチにミニバーガー……キッシュに、後は簡単なパスタでも用意するか」
護衛は恐らく正義実現委員会とやらがくるだろうからちゃんと腹に溜まる物を用意しておいた方が良いだろう。どんな物が喜ばれるだろうかと考えながら俺は冷蔵庫から食材を取り出していくのだった……。
アビドス高等学校へ向かう――それは当然の事ですがサンクトゥス分派・フィリウス分派の代表からは何を馬鹿なと嘲笑されましたが、私はアビドスに向かう必要があると考えていました。そしてそれはアビドス高等学校の門の前で待っていた男性の姿で確信へと変わりました。
「本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」
「パテル分派代表神代メアです。本日はお茶会に招待してくれた事に感謝を」
互いに一礼する。いうならばそれだけ、それだけの仕草ですが……只者ではないと一目で理解しました。
(余りにも堂に入っている。立ち振る舞いに慣れすぎている)
どうせ成金、梔子ユメに取り入っているだけの小物というのがティーパーティとしての判断でしたが、彼は明らかに上流階級の立ち振る舞いになれている。挨拶だけですが、ただの成金ではないと一目で分りました。
「こちらは正義実現委員会の剣先ツルギ、草薙タツミ。私の護衛となります。そして書記官として桐藤ナギサと聖園ミカ。そして私共付きのメイドの君従アンナです」
「これはご丁寧に、私の事はカワサキと呼んでください。訳あって名はないのでね。まぁ立ち話もなんですこちらへ」
そう笑って私達を先導して歩き出すカワサキの後をツルギとタツミが続き、私の少し後にナギサとミカが続き、1番後ろをアンナがつき、警戒態勢のままアビドスの校舎へ足を踏み入れる。
「梔子ユメさんはどうしたのですか?」
「少々体調が優れないので休んでいますよ。それに今回はアビドス生徒会ではなく、私個人の招待ですからね。今回のお茶会ホストとして歓迎させていただきます」
確かにこのお茶会の誘いはアビドスとしてではなく、アビドス砂漠を一夜にして復興させたカワサキ個人とティーパーティとの話のようだ。軽い世間話をしながらお茶会の会場へと案内され会場へと足を踏み入れる。
「わぁ……」
「ミカさんッ」
ミカが思わず声を上げるのも分る。白を基調にした一目で1品と分る調度品で固められたその一室は1つの芸術品だった。
「お好きなお席へどうぞ。本日は気楽にお茶会を楽しもうと思いご招待したのですから」
そう促されたので、私が上座でカワサキを向かい合うように座り、世話係のアンナ、ツルギ、ナギサ、ミカ、タツミと椅子に腰を下ろす。
「見事な茶器ですね」
「お褒めに預かり光栄です」
磁器製で美しい装飾が施された茶器はトリニティでもお目にかかれるかどうかの逸品だ。それに机の上に用意されている茶菓子に軽食もシンプルではありますが品がある。
「どうぞお召し上がりください」
ハンドルに指を通さず、親指・人差し指・中指で摘むようにカップを手にし紅茶を口にする。爽やかな柑橘類の香りと柔らかな甘みと苦味に頬が緩む。
「アールグレイですね、とても美味しいです」
「それは何よりです。お口に合うか分かりませんが食事の方も腕を振るわせていただきました。是非ご賞味ください」
「腕を……これらはカワサキさんが?」
「ええ、こんな成りですが本職は料理人でしてね」
ニコニコと笑っているカワサキさん。一見ではやり手の若社長というイメージでしたが、料理人だったとは驚かされた。
「詳しく打ち合わせをする時間はありませんでしたのでセイボリーにスモークサーモンとローストビーフのサンドイッチの2種類、それとミニバーガーと季節の野菜のキッシュ、モッツァレラチーズのトマトソースパスタ。スコーンは勿論焼き立てと特製のクロテッドクリームと苺ジャムとマーマレードを、ペストリーは桃のムースやマスカットを使ったタルトなどをご用意させていただきました。アレルギーなどがなければ幸いです」
3段のケーキスタンドが5つ、それぞれに見事に盛られている食事の数々をさらさらと紹介するカワサキさんの姿は確かに本職が料理人というのも納得だ。
「それではいただきます」
「ええ、どうぞお召し上がりください」
3段のケーキスタンドの1番下からスモークサーモンのサンドイッチを取り皿に取る。耳が綺麗に切りおろされ、正方形の1口サイズのサンドイッチを1口齧る。
(これは……間違いないですね、間違いなく彼は1級品のシェフのようです)
しっとりとし、塩気も控えめにされたスモークサーモンのサンドイッチ。香り付けに使われているレモンの爽やかな香りもまた良い。
「美味しい……です」
「それは良かった。トリニティの治安維持をしておられる正義実現委員会の方が来られると聞いていたので少々張り切りすぎてしまいましたが、お口に合ったようで何よりです」
正義実現委員会がトリニティの治安維持活動を担っていることを把握し、その上で少々多めの料理を用意する。それはカワサキさんからの友好の意志が込められた物であるのは間違いない。だからこそ、私と1年生だけで来て正解だったと安堵した。
「いや、本当に美味しいですよ。トリニティでもここまでの品はお目にかかれないかもしれません」
トリニティでは程度の低い食品を食べるとアレルギーが出るという人もいますが、そんな訳はない。ようは高級品以外受け付けない、自分達は選ばれた存在という選民思想からだ。今回は1年生だけを連れてきましたが、同級生や2年生を連れてきたらアビドスの人間が作った料理なんてと言って口にしなかった可能性もあった事を考えれば、トリニティとのアビドスの関係の悪化は確実です。そう考えれば1年生だけを連れてきたのは間違いなく正解でした。
「お、美味しい……特製と言っていましたが、これほどの品を口にしたのは初めてです」
焼き立てのスコーンを半分にし、クロテッドクリームと苺ジャムを乗せて頬張った時。淑女として振舞う事を忘れるほどの衝撃を受けました。濃厚なのに口の中でサッと溶ける口溶け、それが焼き立てのスコーンと抜群にあう。
「本当だ。物凄く美味しい……」
「確かにこれほどの物桐藤家でも食べた事がありません」
思わず声を漏らしてしまうほどの至極の1品でありながら、優しさと思いやりに溢れたその味はティーパーティの現ホストとしての重責を背負っている私に食事の本来の楽しさを思い出させてくれるそんな優しい味でした。
アビドスからのお茶会に行く為の護衛を正義実現委員会から出して欲しいというティーパーティからの依頼に現委員長は1年生の僕とツルギの2人だけを向かわせた。そもそもこの訪問自体が反対意見が多く、それを神代先輩がゴリ押してきた形なので正規の訪問としては認められなかったのだ。
「とても美味しいスコーンとクロテッドクリームでした。自信の1品というのも納得です」
「喜んでもらえて何よりです。お茶のおかわりは如何です?」
「是非」
以前トリニティの駅前ですれ違った男性――このお茶会のホストであるカワサキはとても穏やかな気質の人物だった。それに……本職が料理人というだけあって用意されている料理はどれも絶品だった。
「う、美味い……まさかこれほどまでとは……」
「うん、美味しいよねツルギ」
用意してくれた軽食はどれもこれも本当に美味しかった。ミニバーガーに、ローストビーフやスモークサーモンのサンドイッチ。肉を使われた満足感のある軽食には僕もツルギも大満足だった。
(いや、でもこれ本当に美味しい。もっと大きければもっと嬉しいんだけどなぁ)
小さいパティが挟まれたハンバーガーを齧りながら心からそう思う。恐らく小麦から拘ったパンズは柔らかいだけでなく、風味も甘みも良く、小さいが存在感の強いパティ自身の旨味とパンズの旨味を引き立てている。これがもっと大きくてトマトやレタス、それにチーズなんかも挟まれていると本当に嬉しいんだけどなぁと思わず思ってしまう。
「このクッキー凄く美味しい。私気に入っちゃいました」
「喜んでくれて用意したこちらも嬉しいよ。良かったら持って帰るかな?」
「良いの!? ナギちゃん。このクッキー持って帰って良いって」
「ミカさん……」
ミカに振り回されているナギサを見て苦笑しながらアールグレイを口にする、その豊潤な香りと甘みを楽しむ。
(なんだろう、懐かしい)
料理も紅茶もどこか懐かしいと思える。どこかで、ずっと昔どこかで味わった気がする。
「とても優しい味ですね。どこかで貴方の料理は食べた気がします」
それはティーパーティ付きのメイドであるアンナも同じなのか、普段見ないような柔らかい表情をしていた。
「気のせいではないですかね? 私と貴女達は今日初めて会うのですから」
気のせい――確かにその通りだと思う。だけど……間違いなく僕は「カワサキ」を知っている気がする。
「その旗どこかで見たような気がするね」
「タツミもですか? 私もなんです」
デジャブ。既視感なんて言葉では片付けられない奇妙な懐かしさ――それを僕とアンナは感じていた。
「不思議な事もある物ですね。それともカワサキさんはお2人と面識が?」
「いいえ。私はこの通り外から来た人間ですので、面識はありませんよ」
ヘイローがないカワサキは間違い無くキヴォトスの外から来た人間だ。それは分かっている、分かっているんだけど……。
(凄く懐かしいんだよね)
心のどこかに空いている穴が埋まったような、嬉しいのに悲しくて、だけどとても満たされている気がする。
「シャインマスカットのタルトですか、見た目もとても美しいですね」
「デザートの類は苦手なのでそう言って貰えて一安心です。どうぞ皆さんも召し上がってください」
話を強引に切り上げられた。触れて欲しくないのか、それとも……余り近づけるつもりはないという意思表示だったかもしれないけど、僕はあえて更に踏み込んだ。
「その口調。似合ってないね」
「ええ。確かに、貴方の口調はそうじゃなかったと思うのですが」
失礼だとは分かっている。だが、だけどこうじゃない。カワサキの口調はこうじゃなかった。こんな取り繕った……いや嫌悪しているとも言える慇懃無礼な態度はカワサキらしくないと思ったのだ。
「このチョコレートのケーキは割りと自信作でしてね。どうぞ」
僕とアンナの言葉にカワサキは小さく眉を動かしたが、声を荒げる事も、不快そうな態度もそれ以上見せることも無く僕とアンナにチョコケーキを勧めてくる。神代先輩に小さく睨まれるが、それでも似合わないと思ったんだ。
(どうしたんだタツミ。お前らしくない)
(ツルギ……うん。僕もそう思う)
なんだか自分が自分じゃないような、忘れていた何かを思い出しそうな。自分が消えてしまいそうで怖くもあるのに何故か心地よさも感じる。その不思議な感覚に浮き足立っていることを自覚した僕は口を開くとなにかとんでもないポカをしそうでここからは黙っていようと思いケーキを口に運び始めたのだけど、僕の視線は自然とカワサキを追ってしまっているのだった……。
神代先輩についてくるように言われ、アビドスへと来ました。最初は何故と思いもしましたが、今はアビドスに来て正解だったと思っていました。それほどまでにアビドスは大きく変わろうとしていたからです。
「ではアビドスはゲヘナに与する予定はないのですね」
「そこは訂正しましょう。私達アビドスはゲヘナにもトリニティにも、いいえ、どの学園とも今現在は提携する予定はないのです」
「それは何故? アビドスの復興に力を貸しましょうと言っているのですよ?」
「それをすればアビドスはトリニティの傘下へとなってしまうでしょう? 時間は掛かりますが私達は私達でアビドスの復興を成し遂げるつもりなのです。ですからアビドスはゲヘナは勿論、トリニティからも支援を受けるつもりはありませんよ」
神代先輩の支援を断ったカワサキさんは穏やかな、だけど強い拒絶の意志を感じさせる笑みを浮かべて紅茶を口にする。
「なんで? 支援を受ければすぐにアビドスを復興できるのに? それともゲヘナと手を組むつもり?」
ミカさんの若干の棘のある言葉に思わずミカさんに視線を向ける。ミカさんは地頭は良いが感情的だ。正直に言えばこういう場には余り向いていない性格だ。神代先輩が小さく溜息を吐き、口を開こうとするがそれよりも早くカワサキさんが口を開いた。
「確かにお嬢さんの言う通りだ。だがアビドスにはアビドスの目指すゴールがある。だから今はその力を借りる訳にはいかないだけだよ。協力体制というのなら双方の力関係が同等でなければ成立しない物だからね。だからトリニティが協力してくれるというのならば、それはアビドス自治区が復興した後にこそお願いしたい。そうなれば対等だからね」
柔らかい口調ではあったが同等と対等と言葉をカワサキさんは口にした。それは現在のティーパーティの意向を知っているからこその言葉だろう。
「ゲヘナとも組まないの?」
「組まないよ。ゲヘナに行ったのはゲヘナ生の不法侵入と備品の破壊でね。それについての慰謝料と迷惑料の請求に行っただけなんだ」
「そうなんだ! やっぱりゲヘナは禄でもないよね! カワサキさんもそう思う?」
「私はキヴォトスに来たばかりだからね。まだ好きも嫌いもまだ判断出来る状況じゃないよ」
ミカさんが再度口を開く前に袖を引いて私に視線を向けさせる。
「あれ? どうしたのナギちゃん」
「ミカさん。私達は今日は書記官です。あまり喋るものではないですよ」
「えー? でもカワサキさんは嫌そうな顔をしてないよ? 神代先輩駄目ですか?」
「ええ。今日はやめておいて下さいミカ。正式な訪問ではないといえ、アビドスとトリニティの今後の関係について重要な話でもありますから」
神代先輩の言葉にミカさんはつまらなそうに返事をしたものの、黙って書記としての活動を再開してくれたのでそれに安堵する。
(まだカワサキさんはどちらでもない、悪い印象をつけるものではないですからね)
今はとカワサキさんが言っていた事を考えれば、アビドスが復興した後にゲヘナと組むかもしれないし、トリニティと組むかもしれない。両方の可能性がある以上言動には気をつけなければならない。
「では私神代メア個人として貴方に協力出来る事はありますか?」
「そうですね。それでしたらゲヘナからも許可を得ているのですが、近いうちにオープンするプールと商業施設のPR活動としてトリニティで活動する許可をいただきたい」
「PRですか……ちなみに何をするおつもりですか?」
「キッチンカーでチラシを配りながらクレープの販売でもと考えています」
カワサキさんの言葉に神代先輩は少し黙り込み考える素振りを見せる。だがそれも当然です。他の自治区がトリニティで商品を販売する。それは極めて厳正なチェックが入る。この場で許可を出せるものではないからです。
「それについては後日返答させていただいてもよろしいでしょうか? 私だけでは返答出来る物ではありませんから」
「ええ、大丈夫です。それと無理はなさらなくて大丈夫ですよ。出来ればの話ですから」
出来ればと言っているがゲヘナでは許可を取っている事を考えれば、トリニティもどう動くか考える必要があります。少し緊張感を増したましたが、カワサキさんはそれ以上ゲヘナとトリニティについては話すつもりはないらしく、この後は普通の世間話やオープンするプールなどの話でお茶会は終わりを告げた。
「そういえばクロノスのニュースで魔法とか言ってたけどカワサキさんは魔法使いなの?」
「魔法使いか否かと言われれば魔法使いと言わざるを得ないですね。私は本職ではないですがね」
「凄い凄い! ねぇ、ねぇ! 私も魔法使えるかな? え、アンちゃん、ナギちゃん。待って! カワサキさんに話を聞きたい~!」
指先に炎が灯り、それが水、氷、電気と形を目まぐるしく変える。その光景に私達は絶句し、はしゃぐミカさんをアンナさんと私で左右から挟んで無理矢理アビドスの校舎から連れ出しはしましたが、私達は頭を抱える事となりました。何故ならばアビドスに本物の魔法使いがいるという事実は決して無視出来ないものなのですから……。
「に、に……似合わないにもほどが……あははははッ!!」
「わ、笑っちゃ駄目だよ。ほ、ホシノちゃん……」
「お前も笑ってるだろうが、ユメ」
「い、いや、でも……あの敬語……に、似合わないにも程がありますよ!!」
「自覚はあるがそう笑うほどでもないだろうよ」
なおトリニティ勢がカワサキショックを受けている頃。アビドスでは敬語口調のカワサキを見ていたユメとホシノが笑い転げ、そんな2人を見てカワサキは面白くなさそうな表情を浮かべつつも、穏やかで賑やかな時間が流れていた。
「やっと光るのも収まったな」
「本当ですね、2日とちょっとは流石に困りましたよ」
「本当ですね」
トリニティとのお茶会が終わり、日が落ちた頃にユメとホシノの発光はやっと収まっていた。これで1つ問題が解決した訳だが、ここに更にカワサキが無意識に1つの爆弾を投げた。
「息抜きを途中で中断したしな、プールの設備の確認を兼ねて明日プールで遊んでみるか」
「良いですね、暑くなってきましたし1回私達で遊んでおくのも大事ですよね」
「では明日はプールで遊ぶということで」
カワサキとしては何の思惑もない、ユメとホシノへのレクリエーションのつもりだった。そしてユメとホシノも軽い気持ちでプールの確認という名目でプールで遊ぶ事を決めた。
「あれ、ホシノちゃんから電話だ。どうしたんだろ?」
『ユメ先輩。今から買い物に行きましょう』
「今から? もう20時だけど……」
『明日スクール水着でカワサキの目の前でプールに入るつもりですか?』
「はっ!? さ、流石に不味いかな?」
『私は不味いと思いますよ。今なら閉店ギリギリ滑り込み出来る筈、急ぎましょう』
「す、すぐに行くよ!」
同性だからスクール水着で平然と泳いでいたユメとホシノだが、カワサキがいる前でスクール水着で泳ぐ勇気はなく、大慌てで買い物に飛び出して行ったのだが……。
「こ、これ……無理無理無理! 無理だよ!?」
「ユメ先輩の胸が大きすぎるんですよ。もう諦めてビキニにしましょうよ」
「無理ぃ!!」
自分に合うサイズの水着がビキニしかなく、羞恥心で顔を真っ赤にするユメとそんなユメをあきれた様子で見つめているホシノはワンピースタイプの水着をちゃっかりと確保していた。
「もうこの辺にしようかな……」
際どいデザインの水着しかないユメは適当にハンガーにかけられた水着を手にとる。だがそんなユメを見てホシノは深い溜息を吐いた。
「ブチィ、ブルンってなりたいなら私は止めませんよ」
擬音ではあるがホシノが何を言いたいのか理解したユメは適当に取った水着を元の位置に戻した。
「こうせめて防御力が欲しいんだけど……」
「防御力って……まぁ言いたい事は分りますけど、とりあえず探しましょうか」
「うん。もうこの際デザインは置いておいてブチイしないのが良い」
「少なくとも私の覚えている限りでは2回は千切れてますもんね」
「それは駄目、絶対に駄目、なんとしても千切れない水着をッ」
閉店時間ギリギリの店内で水着を探し回るユメとそのユメの後ろを歩きながら、閉店準備をしている店員にもう少し待ってくださいと声を掛けるホシノの事なんか知る由もないカワサキはと言うと……。
「サーフィンか、うん、こういうのも良いな」
ポイントを使ってプールのアップデートを続けているのだった……。
メニュー11 プールご飯 へ続く
トリニティ勢の口調が若干ふわふわで申し訳ないです。本格的に出て来る時までにはもっとキャラ造詣を掴んでおきたいと反省です。とりあえず今回はカワサキさんが魔法を使えるって事を知り、警戒度を上げるって所なのでお許しください。次回はプール開業に向けての食事などを色々と書いてみようと思いますので次回の更新もどうかよろしくお願いします。